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海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
呪われし海にセイレーンの歌
34/86

第33話 骸骨の手記

 残りの場所も全て探したが、手帳以外にめぼしい収穫はなかった。

 約束の場所に戻って、もう一度まじまじと手帳を見る。室内にあったおかげか、それほど朽ちてはいない。雨風にさらされなかったおかげだろう。

 だが、ベタッとしたこげ茶の汚れやシミは目立つ。恐らくは肉が腐った汁だろう。あまり気分のいいものではないが、どうしようもない。

 エルモたちがくるのを待つ間、ジョナサンは手帳を調べていた。

 大まかには、日記以外には、指示や連絡のやり取りしか残されていない。

 手帳の、頭の方。最初の方のページに、クラフトの兄らしき書き込みを見つけた。

『ありがとう、僕のわがままに付き合ってくれて』

 不吉な旅を手伝ってくれる乗組員に、挨拶して回っていたようだ。

 声が聞こえて、ジョナサンは顔を上げた。

「あっ、早いね! お待たせ!」

 エルモたちが帰ってきた。

「そっちはどう? お兄さんいた?」

「いいや。いない。そのぶんだとそっちにもいなかったようだな」

「うん。でも収穫はあったよ」

 エルモは筒状に巻かれた羊皮紙を見せた。こちらは、目立った傷みや汚れはない。

「こっちもだ」

 ジョナサンは、骸骨が抱えていた手帳を見せる。

「どっちから話す?」

「ジョナサンたちの方からお願い。こっちは……、手がかりではあるけど、これだけではなんともっていうか、どう話していいかわかんないから」

「わかった。これは、下の休憩室に残ってた骸骨が抱えてた日記だ。俺たちもまだ最後までは見てないが、ここでなにが起きたのか書かれてるみたいなんだ」

 ジョナサンは、クラフトの兄のものらしき書き込みがあるページを開いて見せた。

「これはお前の兄さんの字で間違いないか?」

 クラフトは、そのページをまじまじと見てから、頷いた。

「マチガイナイ」

 その書き込みはこう続いている。

『僕の家系は呪われている。そのために海に出るのを禁じられているんだ。そんなのは迷信だと証明したい。手を貸してくれて、本当にありがたい』

 日記の主は、おそらくジェスチャーやハンドサインで答えていたのだろう。返答らしきものは記されていない。

「ここまでは、クラフトに聞いてた通りだな」

「でも、変ね」

 デビーが口を開いた。

「ここはクラフトの故郷の島からは、結構離れてるわよ。隣の島へ行こうとしてこんなところへ流れ着くとは、思えないのだけれど」

「よし、ひとまず日記部分を見てみるか」

 ジョナサンはページをめくって、耳が聞こえなかったがために一人で取り残された名も知らぬ骸骨の日記を読み始めた。




 一体なぜこのようなことが起こったのかわからない。俺はじきに死ぬだろう。水も酒も無くなった。一人きりじゃ船は操れない。最後の力で、この船に起こったことを書き記すが、きっと誰にも見つけられはしないのだろう。

 心配なのは、あの若者だ。

 ハンス・ルーベンシュタイン・セイララル。若いのにしっかりした関心な子だ。

 海に出てはいけないという、家の古い掟を変えるための出航。

 彼の親族が乗った船は、なぜかことごとく沈むのだそうだ。

 当然のごとく人夫の集まりは悪く、俺のような耳の悪い者にまで声がかかったくらいだ。

 今ならば断言できる。その言い伝えは本当だ。

 俺以外はみんな、今頃デビー・ジョーンズ・ロッカーにいることだろう。

 事の起こりは、晩飯の時だった。

 ハンスは、ちっとばかし豪勢な晩餐を用意していた。大きな海老のボイルや、貝のパエリアや、ウミガメのスープなんかが気前よく出されたんだ。もちろん、酒もたくさん出た。

 感謝の印って事らしい。ハンスは、不吉な船に乗ってくれた乗組員たちに、心から感謝をしていた。

 おおいに飲み食いして騒いでいると、ふっと乗組員が一人、えいっと船べりから思い切りよく海へ飛び込んで行ってしまった。

 最初は、酔っ払いの奇行だと思って笑っていたが、すぐに笑い事じゃすまなくなった。

 次から次に、群れをなして飛ぶトビウオのみたいに、船乗りたちは海へ飛び込んで行ってしまうんだ。みんな、列を作ってジャンジャン飛び込んで行っちまった。

 正気なのは、俺とハンスだけ。みんなを止めようと必死になったが、ダメだった。

 みんないなくなった船の上で呆然と、二人で顔を見合わせていた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 急にハンスが顔を上げた。俺にはわからなかったが、なにか聞こえたらしい。

 ハンスが船べりへ向かうので、俺もついて行った。海面を覗き込むと、そこには三人の人魚がいたじゃないか。

 上半身が人間で、下半身が魚の生き物。長い髪で乳房を隠し、たゆたう海面の下では鱗がキラキラ光っていた。

 ハンスが俺の肩を叩いて、遠くを指差した。

 そっちを見ると、無数の人魚が船の乗組員たちを捕まえて、どこかへ運んで行くところだった。

 人魚は口をパクパクさせていた。

 どうやらハンスになにか語りかけているようだった。

 ハンスもそれに答える。大きな身振りや、険しい顔つきを見るに、なにか、交渉でもしていたんじゃないだろうか。

 しばらく言い争っていたが、ハンスは大きく頷いた。「いいだろう」とでも言っているようだった。

 ハンスは俺に向かって、ペンを持つジェスチャーをした。筆談をさせて欲しい、という合図だ。

『彼らと取引をした。僕が彼女たちの望みを叶えるというのであれば、今飛び込んで行ったみんなを返してくれるそうだ』

 俺が首をかしげると、ハンスは文章を続けた。

『試練に挑戦しろ、という事らしい。僕がそれをこなせば、みんなを返してくれるし、僕の頼みも聞いてくれるそうだ』

 風もなく、オールを漕ぐ者もいないのに、船がひとりでに動き出した。

『僕は行く。この船に乗ってくれたみんなを見捨てられない。必ず、みんなを連れて戻ってくるよ』

 人魚たちに牽引されて、船は進んだ。どれくらい経っただろう。わからないが、ある時急に船は止まった。

『降りてこいと言っている。待っていてくれ。必ず戻ってくる』

 勇敢な若者は、人魚に呼ばれるがまま、まっすぐ海に飛び込んだ。

 俺は船に一人取り残された。

 そこからは、待てど暮らせどなんの音沙汰もなかった。

 不思議なことに、船は固定されたように到着した場所を動かなかった。

 俺はただ、備蓄の食料で食いつなぎつつ、雲が流れて行くのを見ていただけだった。

 ハンスは無事だろうか、試練とは一体何をやらされるんだろうか、と散々気を揉んで待っていたある日、急に船が動き出した。

 牽引されていたわけではない。引き止める力無なくなって、波に流され始めたのだ。

 船べりから海を覗くと、人魚がこっちに向かって険しい顔で口をパクパクやっていた。

 その顔と、状況を見て察した。

 ハンスは試練を達成できなかったのだ。だから、誰も帰っては来ないのだ。

「俺にも試練を受けさせろ!」

 怒鳴ったつもりだったが、人魚は不思議そうな顔をするのみだった。

 耳の聞こえない俺は、言葉の音がわからない。正しく話すことができないのだ。

 大慌てでページを破り、俺も試練を受けると書き込んで海に放り投げた。

 人魚はそれを拾い上げたが、首を傾げてわけがわからない、という顔をした。

 今思うと、人間の文字が読めなかったのだろう。

 俺の言いたいことは、なに一つ伝わらなかったわけだ。 だから俺は、せめてあの海域の地形を、地図に書き記すことにした。

 船長室にあった道具を拝借して、流されてしまう前に、あの海域が視界にあるうちに可能な限り、人魚どものすみかを地図に示した。

 誰か、誰でもいいから、これを見つけてあの場所へ行ってくれ。

 不運にも怪物に囚われた仲間と勇気ある若者を、助けに行ってやって欲しい。

 我々に、幸運があることを祈る。




 日記を読み終えると、ジョナサンは「ほー……」と思わず息を漏らした。

「お前の兄貴、カッケーな」

「……ソウダナ。ジマンノアニウエダ」

 どういうことだろう。ジョナサンは考えた。

 クラフトの血族の声を聞けば船乗りは海へ飛び込んでしまう、というのは話に聞いていた通りだ。しかし、ここに登場する人魚とは? セイレーンのことだろうか。

「エルモ、今度はそっちの手がかりってやつを見せてくれ」

 うん、と頷くと、エルモは筒状に丸めてあった羊皮紙をほどき、中身を見せる。

「今の話で合点がいったよ。これ、人魚のすみかの海図じゃないかな」

 ジョナサンは、あっ、と声を漏らした。

 海図に記されていたのは、三つの島とその周辺の海域の地図だ。

「メアリーの話に出てきた呪いの海域の地図にそっくりでしょ。クラフトのお兄さんは、出港前にはこんなもの持っていなかったんだってさ」

「ああ、なるほどね。道理で難破船が多いわけだわ」

 デビーが、納得の声を漏らした。

「あの辺り、セイレーンの巣になってるんだわ」


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