第29話 幽霊船の出航
ジョナサンは街に戻って、たくさんの死霊たちとクラフトとエルモを回収してから、船を沖へ出した。
穏やかな海は陽光をキラキラと反射して、一行の船出を祝福しているようだ。
「もうちょっとゆっくりしても良かったのよ? せっかく街の人たちがもてなしてくれるって言うんだから」
デビーの言葉に、クラフトもラヴの口を借りて賛同した。
「ソウダゾ。ボクモ、アノゴフジンノコトガキニナル。ミオクッテカラシュッパツシタカッタ」
うんうん、とメアリーも頷いている。
「街の人たちが、ごはんくれるって言ってたのに」
苦笑いをしているのは、ジョナサンとエルモだ。
「そうは言ってもなあ……。多分だけど、俺ってばあんまり人の多いとこに長居するの、よくないと思うんだよ。エルモ、俺今どうなってる?」
「右肩に二人、左肩に一人、背中に三人。あと、右足首と右手首もがっちり掴まれてるね。あっ、左足も」
「わーお、モテモテだな。こんなに人気者になるのは生まれて初めてだぜ」
デビーが探していた〈魂の灯台〉死者の魂を導く真珠は、ジョナサンの目にはまっていた。その輝きで街を襲っていた死霊は残らずこの船にやってきた。
そして今、幽霊たちは真珠の光に惹かれてジョナサンの周囲にまとわりついている。
「大丈夫? とり殺されたりしない? なんかスッゲー肩が重いんだけど」
ジョナサンは冷や汗をかきながらエルモに聞いた。エルモは、半笑いで首を傾げている。
「そんなもの、ケースバイケースとしか言いようがないよ。元々はみんな生きてた人間なわけだけどさ、その中にジョナサンに危害を加えたがる人がいればアウトだし、いなければ大丈夫」
冷や汗が止まらない。
「ジョナサン、おばけ、怖いの?」
メアリーが首をかしげた。
「もしかして、私のこと、おんぶしてるのも嫌だった?」
うる、とメアリーの目が潤んだ。ジョナサンは慌てて否定する。
「大丈夫大丈夫! 怖くなんかねーって! 何人でもどんと来いだ!」
胸を叩いてから元気を出すジョナサンに、エルモが言った。
「もう一人増えたよ」
「おいまじか勘弁してくれ」
ジョナサンは、助けを求めてデビーの方を見た。
「デビー・ジョーンズ・ロッカーへはどうやっていけばいいんだ? こいつらをそこまで連れてってやる、って話だよな?」
「もうちょっと沖まで出ましょう。どっちを向いても陸なんか見えないところまで」
後方を見る。さっき後にしてきた港町がよく見える。デビーの言うような場所にたどり着くには、もう少し時間がかかりそうだ。
そしていつものごとく、なにもしなくても順風満帆に船は進んでいく。
「うーん、それまでどうすっかな……」
潮風に吹かれ、波の揺れを楽しみ、流れていく雲を見ている。素敵なことではあるのだが、それだけを楽しみとするのは、なんだか寂しい。
「誰か、なんか話してくれよ。暇つぶしになればそれでいいからさ」
一同は「うーん」と記憶を探って、この場で話して皆で楽しめるような話がないか考えた。
「じゃあ、私、話していい?」
メアリーが手を挙げた。
「おっ、いいね。頼む」
「その前に、エルモ、座って?」
上目遣いでお願いされて、一も二もなくエルモはその場に腰を下ろした。
「約束。かたたたきしてあげる。お話は、叩きながらでもいい?」
エルモとデビーが、同時に「あ」と声を漏らす。
「そういえば、そんな約束してたわね」
「やったー! ありがとうメアリーちゃん!」
デビーは渋々、といった顔でエルモの後ろに立った。
「デビーちゃんもしてくれるの!?」
「しかたないからねぎらってあげるわ。悪魔として、契約を破るわけにもいかないし」
「デビーちゃん、俺も俺も」
ジョナサンが冗談めかして言うと、デビーは指を鳴らした。海面が盛り上がり、いつもの巨大蛸が現れる。
「あなたたちはその子にほぐしてもらうといいわ」
水の滴る触手が、ジョナサンとクラフトの方へ向かって伸びていく。
たじたじと二人は後ずさるが、あっという間に捕らえられてしまった。
「えっ、ちょっ、まって。ごめん! 調子こいたこと言って悪かった! 下僕のくせに生意気でした!」
「ナンデボクマデ!」
蛸の足は二人の体を掴むと、緩やかな力で手足を引っ張ったり、吸盤を肌に吸い付かせたりし始めた。ぬるぬるした触手にまとわりつかれて、ジョナサンは軽く悲鳴をあげる。
「なんだこれ! 助けてくれ!」
「マッサージよ。引っ張ってもらえば筋肉が伸びて気持ちいいし、吸盤で吸い付かれて刺激されるとコリがほぐれて血行が良くなるの」
「まさかの善意百%! ありがとう!」
デビーが右肩、メアリーが左肩を担当し、二人はエルモの肩を叩き始める。
「えっとね、これは、ママとあっちこっち回ってた時に聞いた話。南の方の海に、魔の海域があるんだって」
ジョナサンは観念した。この体勢のまま話を聞くしかなさそうだ。
「魔の海域? 怖そうなとこだな」
「うん。その海域に入った船はね、絶対に沈んじゃって、戻ってこないんだって」
内心で、ジョナサンは「なんてこった、やめてくれ」と弱音を吐いた。
見えていないとはいえ、幽霊にまとわりつかれているこの状況で怪談話を聞くなんて、ゾッとして悪寒が止まらない。
しかし、メアリーに悪意はないようだ。遮るのも嫌だなー、と考え直して、ジョナサンは引き続き耳を傾ける。
ふと、「もしかしたらここにいる幽霊の中にも、その海域で死んだ奴がいたりして」と思うと、急にその話が身近なものになったように感じられた。




