第28話 真珠のありか
ジョナサンを痛めつけながら、デビーはぽんと手を打った。
「いけないいけない! こんなことしてる場合じゃないのよ。メアリー、おいで」
「なあに?」
ジョナサンは、ふっと肩が軽くなったのを感じた。
パチン、とデビーが指を鳴らすと蛸の足が子供の死体を差し出した。まだ新しい。ピクリとも動かないが、血色も良くまるで眠っているようだ。
「ここに戻りなさい。あなたはまだ生きてるわ」
「え?」
「基本的に死人は話さない。いえ、死者と生者は言葉を交わせない、っていう方が正しいかしら。たまに会話できる体質の人がいたり、縁の深い相手なら声を聞くことができたりする場合もあるけどね。あなたは霊が見えないジョナサンやクラフトにも話を聞かせることができた。つまり、魂は迷い出たけど体はまだ生きてるの」
「へー、そうなのか! よかったなメアリー!」
ジョナサンが声をあげると、デビーは指を鳴らした。
「少し黙ってなさい。あなたはまだ反省の時間よ」
途端にカモメの攻撃が勢いを増し、ジョナサンは悲鳴をあげた。
逃げようにも、体は巨大蛸の足にがっちり掴まれていて、どうしようもない。
「ぎゃー! 待って待って! そろそろ弁解タイム入らせて! イタタタタタ!」
「誰が喋っていいって言ったかしら? その生意気な口をフジツボで固めてあげてもいいのよ?」
「わお、なかなかナイスなデコレーションだな。 そっかー、俺は真珠のありかがわかったんだけど、デビーがそう言うなら黙ってないとだな〜」
ピクリ、とデビーが眉を上げた。
「なんですって?」
「どうした? 好きなだけ痛めつければいいさ。ほらほら」
デビーはムーっと目を釣り上げた。
「もったいぶってないで早く言いなさいよーっ!」
「んー? 黙ってないとダメなんじゃないのかなー?」
「ぐぬぬぬぬ」
悔しそうに頬を膨らませて、デビーは指を鳴らした。カモメがその場から去って、ジョナサンはようやく絶え間ないくちばしの攻撃から解放された。体に巻き付いていた蛸の足がスルスルと解け、ジョナサンは大きな吸盤の上に座る。
「と・く・べ・つ・に! これくらいで勘弁しといてあげるわ!」
「オッケー。お慈悲に感謝するぜ。えーと、メアリーはもう体に入ったのか?」
蛸足の上に寝かされているメアリーを見る。
母によく似た金髪は、ジョナサンともに通った色合いだ。華奢で手足が細いが、よく日に焼けていて不健康な印象は受けない。姿の見えないまま話をしていたが、こんな姿だったのかと感心した。
「うん。大丈夫」
うっすらとメアリーが目を開けて、体を起こす。ジョナサンは良かった良かったと一息ついた。
「でもジョナサン、嘘は良くない。ママは真珠のありかなんて話してない」
デビーが指を鳴らす構えをとった。ジョナサンは大慌てで制止する。
「わー! 待て待て落ち着け! 違う違う!」
デビーは胡乱な目で微笑んだ。
「この私を騙そうって言うんだから、制裁を加えるのは当然よね?」
「大丈夫! ちゃんとあるから! 信じてくれ!」
「なら証拠を見せなさいよ! できなければハリセンボンを喉に突っ込んでやるわ!」
「うへ、おいしくなさそう。じゃあ、順を追って話そう。おふくろはアトラの真珠を持ってない。親父に盗まれたらしい」
デビーは指に力を込めた。
「待て待て待て! 最後まで聞いてくれ!」
「それって、これからあなたの父親を探しに行かなきゃならないってことでしょう!? もう!」
「まあ聞けって。親父はおふくろに見つからないように真珠を隠してから船出したんだ。なんで持っていかなかったんだろうな。まあ、それは知らねえけど。置き去りにする息子へのせめてものプレゼント、ってとこか?」
「つまり、あなたの故郷へ帰ればいいってこと?」
「いいや、違う」
ジョナサンは、海へ目を向けた。
さっきまでの嵐は去り、晴れた空が見える。波は穏やかだ。デビーに砕かれた船の破片がたゆたっているが、すぐに全部沈むだろう。
「ありかがわかってる、って証拠を見せてやるよ」
ジョナサンは軽く咳払いしてから、大きな声で言った。
「おーい! 姿を見せてくれ!」
すると、ざあっと海水が盛り上がってなにかが浮上してくる。
巨大なクジラだ。クジラがガパッと口を開けると、中にアンが横たわっている。気を失っているようだ。
「おお、本当に言うこと聞いてくれるんだな」
「ママ!?」
「助けてくれって頼んだんだ。やっつけなきゃとは思ったが、殺す気にまではなれなくてなぁ。村長が言うには、殺せるやつの方が海には向いてるらしいけどさ」
デビーは不思議そうにジョナサンを見ている。
「頼んだ? あなたも真珠を持っているの? アンから奪ったってこと?」
「いいや。そうじゃない。この眼帯、父さんからもらったって話はしたよな? あの時、潰れた目の手当てをしてくれたんだが、多分その時だろうな。俺は普段眼帯つけてるし、鏡で身だしなみを整える習慣もさほどないし、そもそも見えないし開かないもんだと思ってたから気づかなかった」
ジョナサンは、眼帯を取り去って、長いこと閉じたままにしていた瞼を上げた。
デビーが「あっ!」と声を漏らす。
ジョナサンの眼窩には、大粒の真珠がはめ込まれていた。
「なあ、クジラさんよ。その女、俺の親父のとこまで送ってやってくれねえか? どこにいるかわかんねえから、苦労かけちまうと思うけど」
クジラが鳴いた。よく響く音波は、ジョナサンの耳を心地よく揺らす。
「了承した」とでも言うように、巨大な尻尾を大きく振ってから、クジラは潜水し、どこかへ泳いで行った。
「ふー、これで一件落着だな」
「いいの? あの女を放っておいても。もっと思うところがあるんじゃない?」
「いいのいいの。あんなもん俺の手には負えねえっての。親父に丸投げしちまおう。なんとかするだろ。愛のために海軍抜けるほど惚れてるわけだし。さて、真珠を返すよ、デビー・ジョーンズ」
ジョナサンは、真珠を取り出そうと目のふちに手をかけた。
しかし、外れない。
「ん? あれ?」
指で瞼を引っ張って見たり、頭の後ろを叩いたりしてみるが、取れる気配はない。
「取れない」
「取れないわね」
ジョナサンとデビーは顔を見合わせた。デビーは目を釣り上げ、ジョナサンはたじたじと苦笑いを浮かべる。
「……。よし、次は医者を探そう」
冷や汗をかいてヘラヘラ笑うジョナサンを、デビーはポカポカ叩いた。
「もーっ! やっと取り返せると思ったのにーっ! もうちょっと頑張りなさいよ! キスにつついてもらう? それとも蛸の吸盤で吸い出してもらいましょうか?」
「やだよ! ゼッテー痛えじゃん!」
ツンツン、とジョナサンの腕が突かれた。みると、メアリーが街の方を指差している。
「あっち、まだ大変そう」
死霊はまだ暴れているらしい。武器を打ち合う音や悲鳴や怒号はまだ聞こえている。
あの死霊たちは、〈魂の灯台〉に引き寄せられた後、真珠が隠されてしるべを失ったものの、大半が船乗りの幽霊だったために生前の習慣で船長に従っていた、ってとこかな。と、ジョナサンはあたりをつけた。
ともあれ、霊たちを導く光はここにある。大丈夫だ。
「そうだな。行くか」
デビーが命じると、蛸は三人を乗せて街の方へ向かった。
海岸にたどり着くと、ジョナサンはもやい綱を外して船を出す。そして、死霊の荒ぶる街に向かって大きな声で呼びかけた。
「おーい! みんな! こっちに来い!」
カッ、と大きく目を開く。真珠の光に導かれて、死霊たちは襲撃をやめて次々にジョナサンの船に集まってくる。
「俺が海に連れてってやる! みんな! 船に乗れ! 一緒に行こうぜ!」
波よし、風よし、潮の流れも申し分ない。
船を出すには、いい日和だ。




