21 対決
五十嵐の乗った車は首都高芝浦出口から一般道に降り、倉庫街に入った。
一帯は碁盤の目のように、巨大な倉庫やコンテナの山が立ち並び、慣れないと迷子になるような区画だ。時折大型のダンプが走り抜ける以外に人の気配は全く無く、不気味な静寂に包まれている。
運転席の山崎がカーナビを確認する。
「社長、この辺りです。倉庫は・・・S-221でしたね」
「その真ん前で降ろしてくれ」
「わかりました」
車は対面の路肩に停車し、山崎がハザードを灯ける。
「社長、あの向かいの倉庫です・・・」
「山崎、悪かったな。朝から急に呼び出して。助かった」
「・・・・・・」
「あ、あの社長!ここで一体何を・・・?」
山崎は後ろを振り返り、思い切って聞いた。
後部座席から降りかけた五十嵐が一旦動きを止める。
「千尋さんに・・・何かあったんですよね!?」
山崎の語気が強まる。
「・・・山崎。お前は何も知らない。ただ俺を運んだだけだ」
五十嵐は包帯の隙間から覗く目で、僅かに微笑んだ。
「片付いたら連絡する。どこかで待機しててくれ。今日の手当はもちろん出す」
「社長・・・手当とか・・・そんなこと言わないでください・・・」
山崎は五十嵐を慕っていた。
「わかった。兎に角、お前を巻き込みたくないんだ」
五十嵐が頭を下げる。
「わかってくれ」
「・・・わかりました。必ず、ご連絡ください」
山崎は五十嵐が車を降りると、品川方面に走り去った。
五十嵐は指定された倉庫まで松葉杖で歩くと、巨大な倉庫を見上げ額の汗を拭う。
「ふぅ・・・」
屋根までおそらく15メートルはある。横幅も20メートル近い大きさだ。
一息ついた五十嵐は、右側にある扉から中に入った。
だだっ広い倉庫は照明を落とし、真っ暗で何も見えない。
五十嵐は取り敢えず大声で叫ぶ。
「黒田!俺だ五十嵐だ!」
しんとした庫内に五十嵐の声が響く。
「クソ・・・」
まだ暗闇に目が慣れず、五十嵐は目を細める。
その時、20メートルほど先の天井のライトが一箇所だけ点灯し、スポットライトの様に真下を明々と照らした。
ライトの下に、手足を縛られた下着一枚の千尋が浮かび上がった。
「千尋っ!」
五十嵐が思わず叫ぶ。
千尋は反応しない。
どこかから黒田が大声で返す。
「五十嵐!・・・いい女だなぁ」
嫌らしい含みの混ざった声色だ。
「黒田ぁ!きさまっ!」
激昂した五十嵐が、闇の中勢いで前に飛び出す。
しかし、まだまともに歩けない五十嵐はもんどり打って倒れこんだ。
次の瞬間、鼻先を何かが掠め、コンクリの床に突き刺さった。すぐ目の前で微かに震えながら鈍く光るのは、ボウガンの矢だ。
暗闇からヒュンという風切り音を引き次々に放たれた矢が、間一髪で床を貫く。
五十嵐は腹ばいのまま匍匐前進で物陰に急ぐ。
ずんという鈍い衝撃が左足に走る。
「うっ!」
かろうじて物陰に隠れた五十嵐の左足の石膏に、アルミ製の矢が鈍い光を放ち刺さっていた。
「クソッ・・・黒田・・・」
言いながら五十嵐は矢を抜き、コンクリに投げ放つ。アルミの甲高い音が庫内に響き渡る。
「どうした?五十嵐ぃ!女を助けなくていいのか!?」
「ここまで取りに来れれば、返してやる!」
黒田が勝ち誇ったように叫ぶ。
黒田の傍のマサルが小声で囁く。
「黒田さん・・・本当に・・・返すんですか?」
「バカかてめぇ。狩りを楽しんだら、二人とも始末する」
「そ、そうスよね・・・」
マサルは黒田のおぞましさにぞっとした。
「くそ・・・どうしたら・・・」
五十嵐は、高く積まれたパレットの陰で考えを巡らせていた。
その時だった。
「アニキさん・・・」
「え?」
「アニキさん、あゆむだよ」
いつもより声を落とし小声で囁く歩の声がする。下の方からだ。
五十嵐が下を向き左右を見ると、ジャケットの左のポケットがぼんやり明るい。
まさかと思いポケットに手を突っ込むと、コロボの体に触れた。
五十嵐は慌ててコロボを引っ張り出す。
「あゆむお前、どうして・・・」
五十嵐も囁く。
「アニキさんたいへんそうだったから・・・ポケットにかくれてついてきた」
「アニキさんごめんなさい・・・」
「おま・・・バカ野郎・・・」
言葉とは裏腹に、五十嵐から笑みがこぼれる。
「アニキさん、わるいやつと、たたかってるの?」
「ああ、千尋をいじめてる奴がいるから、懲らしめにきた」
「うん」
「ただ、ちょっと分が・・・アニキさんピンチなんだよ」
五十嵐が力なく笑う。
「アニキさん、ちょっとまってて」
そう言うと歩は、意識の世界に戻った。
痺れを切らし黒田が吠える。
「おい五十嵐ぃ!てめぇ何ボソボソ言ってる?」
「目の前で輪姦されてぇのか?」
「うるせぇ!待ってろ!てめぇのせえで、まともに歩けねえんだよ!今出てってやる」
その時歩が戻り囁く。
「アニキさん。右にずっといくと、ひとりいるよ」
「何?」
「アニキさんのとこから、みぎいってみぎにいくと、わるいやつがいるの」
「あゆむお前、なんでわかる!?」
倉庫内は暗闇だ。目が慣れたとは言え、積まれたパレットで全く先が見えない。
「あのね。このお家のカメラで見てるの」
「このお家のカメラ・・・?」
「歩っ!監視カメラか!」
歩は、庫内の天井の四隅に取り付けられた監視カメラのデータにアクセスし、黒田達の配置を把握したのだ。
五十嵐はパレットに隠れ少しづつ右の角まで行き、さらに右に曲がると息を殺し進んだ。遠くにうっすらと、ボウガンを構える人影が見えてきた。まだ五十嵐には気づいてない。
その時、コロボがジャケットのポケットから飛び出し、変な声を出しながら人影に走って行った。
「お前はすでに死んでいる!」
コロボはそう叫んでいる。
不意を突かれた人影は驚き、振り向きざまコロボのライトに向けボウガンを放つ。
五十嵐も必死に人影に近づく。
矢はコロボを掠め、後ろのパレットに突き立つ。
敵が次の矢を装填する間隙をつき、五十嵐は右手の松葉杖を逆手に持ち、大振りに真横にスイングした。
遠心力のついた松葉杖の横木が、敵の頬骨を砕いた。衝撃が五十嵐の肩まで響く。
「あぐぁっ!」
敵は激痛にくづ折れる。
敵が放り出したボウガンを五十嵐はすかさず奪い取り、すぐ先のパレットに身を隠した。すぐにコロボが合流する。
「ふぅ・・・」
額に汗を滲ませ、五十嵐はパレットに体を預けた。
「あゆむお前、さっきのケンシロウじゃないか」
五十嵐が思わず笑う。
「なんかね、アニメのところからもってきた」
「お前・・・たいした6歳だ」
コロボと五十嵐は顔を見合わせ笑った。




