二千百八十八 SANA編 「愛想よくしろ!」
六月二十四日。金曜日。晴れ。
一真くんと琴美ちゃんは、すっかり『人生部』に馴染んだようだ。その一方で、一真くんは元からある程度のコミュニケーション能力は持ってたみたいだけど、琴美ちゃんについては相変わらず無表情で無口で、一見しただけだと何を考えているのか分からないのも相変わらずだった。
だけど僕は、焦らない。沙奈子と同じで『そうなる背景』がはっきりとある琴美ちゃんに対して、
『もっと愛想よくしろ!』
と押し付けるのはきっと逆効果だから。沙奈子もそうだった。彼女に『愛想よくしろ!』と押し付けるのは、彼女の人格を否定するのに等しいと思う。
琴美ちゃんにとってもそれは変わらないだろうなって印象がある。彼女は他者が信じられないんだ。僕たちのことは、
『もしかしたら信じても大丈夫かもしれない』
と思ってくれていたりするかもだけど、でもまだまだ疑心暗鬼からは抜け出せていないだろうなっていう実感しかない。そこで、『もっと愛想よくしろ!』と一方的に押し付ければ、彼女にとって僕たちはそれこそ、
『身勝手な人間』
に逆戻りなんじゃないかな。だってそうだよね?。『誰に対しても愛想よくしろ』って言う人は、本当に誰に対しても愛想よくしてるの?。自分にとって気に入らない相手、見下してる相手、蔑んでる相手に対しても同じように愛想よくできてるの?。何か事件を起こしてニュースになった人に対しても、愛想よくできるの?。口先だけでなく、本心から。リアルでは耳に心地好いことを言いながらネットの匿名の陰に隠れて誰かを罵ったりしてないの?。そんなことをしてるなら、
『誰に対しても愛想よくしろ』
なんて自分で否定してることになるんじゃないの?。
自分はそうやって『愛想よくする相手』『そうじゃない相手』を作っておいて他の人に対しては『誰に対しても愛想よくしろ!』と押し付けるなんて、ひどい矛盾だと思うけどな。
僕は、自分の両親や兄や沙奈子を虐げてきた人たちや玲那を虐げてきた人たちに対してなんか、愛想よくなんてできないよ。もちろん、ネットで玲那を攻撃してた人たちに対しても同じ。愛想よくなんてできないし、たとえ困っていても助けたいとなんて思わない。
『玲那の事情も知らずに攻撃しておいて自分は助けてほしいなんて、ムシが良すぎるんじゃないの?』
としか思わないんだ。だったら、僕の口からは『誰に対しても愛想よく』『誰とでも仲良く』なんて、とても言えないよ。そんなことを言ったところで信頼なんてされるとも思わないしね。




