二千百六十七 SANA編 「いつか彼女の志が」
六月三日。金曜日。晴れ。
今日ももちろん、絵里奈と玲那は『SANA』に出勤する。こっちでも仕事はできるにしても、まだ当分、現場でいろいろ確認しないといけないことがあるから。イチコさんと田上さんも、
「正直、新しいところの方が仕事には集中しやすいかな」
「私は学校が近いので」
と、向こうに出勤してる。
テレワークを推進しつつ、でも実際に現場に出向いた方が確実な部分についてはそうする柔軟性も大事なんだろうな。僕も、打ち合わせなどの時にはまだ会社に出勤しないといけないこともある。出勤しなくてもビデオ会議で打ち合わせができる時にはそうしながらも、クライアントの方針で直接顔を合わせないとって場合もあるからね。これもそれぞれの考え方だから、こっちの考えを一方的に押し付けるのも違うんだろうな。しかもうちの場合は、僕が出勤しなくちゃいけない時には絵里奈が自宅に残ってくれることになったし。
ところで、
『テレワークだと社員がサボるから!』
みたいなことを言ってる人もいるらしいけど、おかしいな。テレワークでサボってても業務が成り立ってるなら、つまりオフィスに出勤しててもそれだけ無駄なことをしてたってことじゃないの?。
『働いてるふりをしてた分にまで給料を払ってた』ってことじゃないの?。それとも、『その人の仕事じゃない雑用を押し付けてたりした』ってこと?。
『社会の公器』だという意識はもうすっかりなくなってしまったということなのかな。だけど星谷さんは、
「私は、『企業は社会の公器である』という理念を大切にしたいと考えています。私の両親もそれを忘れないように心掛けていますので。もちろん、個人の理想は企業の都合の前には決して強い力とはなりませんが、オーナー社長である母は、『企業の姿勢こそが信頼を築くものです』と普段から従業員に訓示しているそうです。近頃、企業体質についての諸々が表に出てくる事例も頻発しています。それだけで必ずしも倒産等にまで追い込まれるわけではないのでしょうが、『どうせ潰れないのだから何をしてもいい』と考えるのも私は違うと思うのです」
と語ってくれてた。そんな彼女だからこそ『SANA』を任せられるんだ。いつか彼女の志が現実の前にくすんでしまうことがあるとしても、今はとにかく優秀な社員なのは間違いないしね。
その一方で、『人生部』としての活動も、さすがにまだ『新しい部室』には馴染めてない部分もありつつ、以前のように一階と三階を行ったり来たりしなくて済むようになったのは良かったみたいだ。




