二千百六十六 SANA編 「企業は社会の」
六月二日。木曜日。晴れ。
そんなこんなで、『SANA』の本社機能が新しいオフィスの方に移り、絵里奈と玲那はそっちに『出勤』する。というのも今日は、『山下典膳さんのギャラリー』から山下さんとスタッフが来てくれて、ミニギャラリーの設置を行うことになったというのもあるから。
玲那は商品の管理・発送の責任者でもあるから元々行かなきゃいけなかったけど。
「メイクをしっかりしないといけないのはメンドクサイけどね」
外に出る場合には例の『別人メイク』をしなきゃいけないから、苦笑いを浮かべながらそんなことを。ここ最近は、正直、ちょっと手抜きになってたそうだ。
そういう意味でも、なあなあになってきてた部分はあったかな。
玲那の事件のことは、その後も次々起こるたくさんの事件に埋没してすっかり忘れ去られた感はありつつ、それでも、『あの事件の犯人』って思われると何があるか分からないからね。玲那が世間に向けて発したメッセージは、残念ながら届かなかったみたいだ。あれ以降も、『人を人とも思わない事件』はいくつも起こってるし。
しかも企業でさえ、『人を人として扱わない』のが横行してる。どうしてそんなことができるのか、『人を人とも思わない大人』になってしまったのか、僕はすごく考えてしまう。だからこそ、沙奈子や玲緒奈にはそうなってほしくない。千早ちゃんや大希くんや結人くんや一真くんや琴美ちゃんにはそうなってほしくない。
そうなってほしくないなら、『人を人として敬う姿勢』を手本として示さなきゃいけないと思う。自分自身が『人として接してもらえた経験』を重ねてこそ、他の人に対してもそれができるようになっていくと思うから。
そして『SANA』も、『人を人として敬うことができる企業』として育てていってほしいと思う。何しろ、今、僕が勤めているデザイン事務所もそれができてる企業だからね。以前に勤めていた企業は、人間を欲してなかった。ロボットや奴隷であることを従業員に対して求めてた。僕も『企業なんてそんなもの』と思ってたから、奴隷はともかくとしてもロボットに徹するようには心掛けていた。だけど今は、ちゃんと人間として働けてる。鷲崎さんも、
「私もあの会社だから続けられてるっていうのは間違いなくあります」
と言ってたな。さらには、沙奈子のドレスのファンの一人である洲律さんも、今の会社だからこそ続けられてるのはあるって。『SANA』にもそうなってほしいんだ。
『企業は社会の公器である』
昔、そう言っていた人がいたらしいけど、僕もそれは実感としてある。何しろ『SANA』は、玲那の社会復帰のために設立されたというのもあるからね。




