二千百五十四 SANA編 「早々に移転した方が」
五月二十一日。土曜日。雨のち曇り。
「こりゃやっぱり、早々に移転した方がよさそうだよね」
昨日の『お客さん』の件で、玲那がそうしみじみと口にした。
「確かに。いきなり押し掛けられることについても大変だけど、『思ったより地味なんですね』って発言にはグサッと来たかな。私達はあくまで仕事をしてるだけだから、仕事にさえ差し支えなければ別に事務所を飾る必要もないとは感じるけど、私がもしお客の立場なら、うちの事務所の殺風景な様子にはがっかりするかも」
絵里奈も頷く。
言われてみれば、最近はもうずっと行ってないけど、ドールをたくさん飾った喫茶店を沙奈子と絵里奈が気に入っていたのも、『ドールが飾られているから』だったしね。そうじゃなければ普通の喫茶店で構わなかったわけで。
そんな部分もこれからは気にしていかなきゃいけないか。『会社経営』っていろいろ難しいなあ。
「では、予定を繰り上げて今月中に移転しましょう」
星谷さんも躊躇がない。
「移転先の受け入れ準備も整っています。加えて、引っ越し業者についても、引っ越しシーズンが一段落ついたことで、料金を抑えてくれました。また、六月も半ばを過ぎれば梅雨の心配も出てきます。さらに、システム設計担当の会社が、来月からは予定が重なっていてスケジュールが厳しくなるとの話もありますので」
なるほど。その辺りの事情もあるのか。
そうした事情も含めた上で、
「沙奈子は、それで大丈夫かな?」
今日も学校に行って帰ってきた彼女に確認すると、
「うん。問題ない……」
とのことだった。確かに本社機能を移転したところで沙奈子はうちでドレスを作ればそれでいい。ドレスを実際に製品にするまでの検討も、絵里奈と玲那との三人でしてるから、構わない。さらには、実際のテナントビルはここからだと自転車でニ十分くらいの距離になってしまうけど、イチコさんも田上さんもそのくらいなら大丈夫だと言ってくれた。二人とも出勤する場合は自転車通勤を予定してるそうだ。
しかも、絵里奈からは、
「事務所内のコーディネートのアドバイザーとして、典膳さんのところの山下さんが来てくれることになりました。だから、『ドールのドレスを扱ってる会社らしい装い』を目指します。と同時に、典膳さんのドールのミニギャラリーも設置する予定です」
との話が。だから早速、移転の準備に取り掛かる。特に今の時点では必要のない備品についてはまとめてしまって、実際の移転の際には早々に終わらせられるように前もって備えておく。
「移転は、五月三十日の月曜日と翌日火曜日の二日間で行います。なお、引っ越し用のトラックが駐車できる搬入口を確保できるのは、おそらく最大でも一日三時間でしょう。ですので極力スムーズに行えるようにしなければいけません」
星谷さんの言葉に、絵里奈も玲那も顔が引き締まってたのだった。




