二千百四十五 SANA編 「さっさと家から」
五月十二日。木曜日。曇り。
今日は沙奈子の誕生日。
今日から緊急事態宣言が月末までの予定で延長される。
人出が減らないとか、路上でお酒を飲んでる人がいるとか、みんな、長引くこの状況に嫌気がさしているんだろうなって気はする。
だけど僕は、親として、沙奈子や玲緒奈の前で『嫌気がさしたからって身勝手なことする』というのは、見せないようにしたいと思う。親が子供の前でそんなことをしてて、『躾』がどうとか言えないと思うし。
社会的にはそんな諸々もありつつ、水族館は営業を再開するそうだ。
でも、今日はそれ以上に大事なことが決まった。
「じゃあ今日から、沙奈子もアルバイトとして『SANA』で働くということになるね」
そう。以前から計画していた、『沙奈子が十六歳になったらアルバイトとして『SANA』で働く』というものだ。だけど、今の時点ではあくまで『アルバイト』。『ドールのドレスのデザイナーとしてのSANA』の存在は、書類上は絵里奈の『別名義』ということになってる。これは、アンチと呼ばれる人たちの悪意から沙奈子を守るためでもある。
以前から、『ドールのドレスのデザイナーとしてのSANA』が本当に実在するのかどうかっていうことに疑問を呈してる人たちはいて、ネットフリマで売ってた時も『娘の作品です』として絵里奈が紹介してたのを『娘なんか本当はいないんじゃないか?』って思ってる人はいて、敢えてその邪推に乗っかる形で沙奈子の存在を隠しているんだ。彼女が精神的にも成長して、そういう『他者の悪意』を上手く受け流せるようになるまでは、ということで。
もちろん、沙奈子自身、僕の部屋に来たばかりの頃に比べればすごく成長はしてる。だけどそれはようやく『普通の子供』レベルに戻りつつあるっていうだけというのが偽らざる実感だ。他者の悪意に力強く立ち向かっていけるほど図太くなれてるわけじゃない。以前ほどすぐに怯えた様子を見せるわけじゃなくなったけどね。それもあってか、学校ではさっそく、
『アイスドール』
とか、
『こおりひめ』
とか、そんなあだ名を付けられているらしいんだ。
「沙奈の、すっごいクールな様子がそう見えんだってさ。まあでも、あんまり悪い意味でのあだ名じゃないから、放っておいて大丈夫だと思うけどね」
って千早ちゃんが言ってた。
だから『目立った悪意はないけど明らかに囃し立てる意図がこもったあだ名』程度なら気にしないくらいには強くなってるのも事実だろうな。でも、だからこそ過信はしたくないんだ。ゆっくりしっかりと育ってもらえればいいんだよ。『促成栽培』をするつもりはないんだ。
そんなことをして心折れてしまったら、元も子もないから。
僕は別に沙奈子をさっさと家から追い出したいわけじゃないからね。




