二千百三十九 SANA編 「国や自治体と子供の」
五月六日。金曜日。晴れ。
世の中ではまだ、『親ガチャ』という言葉であれこれ言い合ってるみたいだね。だけど僕にとってはもう、
『親ガチャというものはある』
という実感しかないんだ。
『日本という国に生まれて国ガチャを当てておいて甘えるな!』
とか言ってる人もいるらしいけど、仮にも政治家になろうとしてたような人までそう言ってたりするらしいけど、僕はそういう人は信頼しないし親しくなろうとも思わない。それでいいと思ってる。
『いろんな意見』があること自体は当然だからね。
ただ、国ガチャという言葉で『親ガチャなんて甘えだ!』とか、沙奈子や玲那や結人くんや、そして今また、一真くんや琴美ちゃんを見ていればこそ、まったく見当違いの難癖としか思わないんだよ。沙奈子や玲那や結人くんを救ってくれたのは、『国』じゃない。『人』だよ。国や自治体については取り敢えず使える支援があったから利用しただけでしかない。そして国も自治体も、個人の方からそれを求めてアプローチしないと、手を差し伸べてはくれないしね。
なにより、国や自治体からの支援を自分の遊興費に充ててしまう親というのも、現にいるんだ。それで何が『国ガチャ当たり』なの?。国や自治体が子供ために用意した支援を親が食い物にしてしまっている事例は現にあるんだよ?。実際、一真くんや琴美ちゃんに対する『就学支援』として支払われたお金さえパチンコ代や酒代に消えてるそうなんだ。分かる?。『親が、国や自治体が用意した支援が子供に届かないようにしてる』んだ。そんな実例が現にあるんだ。そういう現実と向き合わないで政治なんかできるとは思えないけどな。
これでもまだ、『国ガチャに当たったんだから親ガチャなんて甘えだ!』とか言うつもり?。言うだけなら好きにしてていいと思うけど、そんなことを言ってる人が信頼されるかどうかは、それを口にした当人の責任だよね?。まさか自分の発言を理由に信頼してもらえなかったからって相手の所為にしないよね?。それこそ『甘え』じゃないの?。
だから僕は、『国ガチャに当たったんだから親ガチャなんて甘えだ!』なんて言う人はあてにしてない。国や自治体じゃできない部分について、個人的に力になろうと思ってるだけだ。
国や自治体は万能じゃない。そして、国や自治体は子供と直接接してるわけじゃない。国や自治体と子供の間にいるのが『親』なんだよ。その親が道理に外れたことをしてたんじゃ、どんないい国に生まれたって何の意味もないと思うけどな。




