二千五十七 役童編 「相手に痛みを」
二月十三日。日曜日。雨。
大希くんは、今もうちにはこない。自宅で山仁さんと一緒に過ごしてるそうだ。そして何度も『力比べ』を挑みかかる。
それでいて、山仁さんが眠ってる時には邪魔したりしない。あくまで起きてる時にするだけで。ただその一方で、仕事中も挑みかかったはするらしいけど。
でも山仁さんは、それを受け入れる。大希くんが挑みかかってくれば受けて立つ。そしてその度に、大希くんが負けないように工夫してくるのを実感するって。
「私が手首を返して大希が掴んでいたのを外すようにすると、次にはもうそれに対処してくるんです、簡単には外されないように。だから日に日に手強くなっていきます」
そんな山仁さんと大希くんの『勝負』においての一番のルールは、
『相手に痛みを与えないこと』
けれど、やっぱり取っ組み合ってるとつい、大希くんの肘とかが、がつんと山仁さんの顔に強く当たったりすることがある。それで、
「う……っ!」
って感じで山仁さんが蹲ると、大希くんもハッとなってそこで止まってしまうって。相手に痛みを与えたらそこで勝負は終了。それがルール。
そうなんだ。大希くんは山仁さんに叩かれたことがない。けれど彼は、ちゃんと『痛み』を知ってる。自分のしたことで山仁さんが蹲ったら、『よくないことをした』って理解してるんだよ。だってそうだよね?。玲緒奈もそうだったけど、遊んでるだけで転んだりぶつかったり物が当たったりしてそれで痛みを感じることはあるよね?。玲緒奈が、僕のことを力一杯叩いて、でもその所為で自分の手も痛くなって泣いて、そうして手加減を覚えていった。それと同じことが大希くんにもあったんだと思う。
叩かれ慣れてしまったりしなかったことで、『痛みの鮮度』が新鮮なんだと思う。大希くんは、ちゃんとわきまえてるよ。
対して山仁さんは、まだまだ圧倒的に優位なことで最初から加減して相手できてることで、痛みを与えないようにできてるそうだ。ムキになって力を入れ過ぎてはずみでガツンって強く体が当たったりもしない。その必要もない。そんなことしなくても大希くんは『痛み』を知ってる。相手に痛みを与えたらハッとなる感性を持ってる。
これはやっぱり、痛みに慣れてないから、
『痛みに対する感度が鈍磨してない』
からなんだろうなってすごく思う。だから僕は『体罰』はしない。子供は未熟な分、頻繁にやらかすと思う。その度に『体罰』を加えてたら、痛みに慣れてしまって痛みに対する感度が鈍磨していくだろうし、
『理由があれば相手に暴力をふるっていい』
という言い訳を与えることにしかならないという実感しかないんだ。




