二千二十 玲緒奈編 「ニッチな趣味なんて」
一月七日。金曜日。曇り。
昨日は始業式だった沙奈子が通ってる学校も、今日からはもう通常授業だ。それと同時に、いよいよ受験に向けてあれこれ学校側も最終的な準備に入っていく。
その中で、僕たちとしては特にこれといった対応はしない。あとはもう、確実に受験当日まで健康に安全に過ごすだけだ。病気になったり怪我をしたりってなったら悔やんでも悔やみきれないしね。
ただ、沙奈子の場合は、受験に失敗したらそのまま『SANA』に就職を考えてるそうだから、それこそもう、進路については何も心配要らないってことで。
でも同時に、今の『SANA』の給料だと、『社会のお荷物』じゃない年収には程遠いけどさ。一人暮らしをするとしたら。
千早ちゃんのお母さんは、看護師で四百万以上。お姉さん二人はそれぞれパン工場で年収二百万円ほど。三人合わせてやっと八百万円を超える程度。これじゃ、お姉さん二人が家を出て行っても、『社会のお荷物の世帯』が三つに増えるだけだよね。しかも、
『じゃあ努力してもっと稼げる仕事をすればいい』
とか言ったら、優秀な看護師がいなくなるし、パン工場だって、結局また、年収二百万程度で誰かを雇わなくちゃいけなくなるよね?。それ、社会から見てなんの解決になるの?。看護師はいなくなる。パン工場で働いてくれる人がいなくなる。それで何が良くなるって言うの?。
家族三人がそれぞれ仕事をして一つの世帯にまとまってるからまだ何とかなってるってだけだよね?。
沙奈子だって、『SANA』に就職しても、結局はこの家を出て行けないんだろうな。出て行ったら『社会のお荷物の世帯』が一つ増えるだけだよ?。
少なくとも今の給料じゃ。だけど、給料を上げようにも、商品の値段が上げられないから給料の原資がない。
今よりもっとたくさん売れればいいんだけどね。だけどドールのドレスとかは、結局、ニッチな市場だから、そもそも市場規模もたかが知れてる。
星谷さんが運営してる別の企業は、市場規模がまったく桁違いのそれらしいから、利益も桁違いなんだろうな。
結局、お金のことだけ考えたらそういうのに移るべきなんだろうけど、そうなると、ドール趣味の人達のことなんてどうでもいいってことになってしまうわけで。
だけどそんな社会って楽しいのかな。ニッチな趣味なんて切り捨ててしまえばいいっていう社会って。潤いがあると言えるのかな。
その一方で、商品の値段を上げても売れるようになるには、お客さんたちの収入が増える必要があるんだろうな。




