後編 私はつねに・超ラッキー
新しい年になって三日目の午前中。稲荷神社の参道を進む一団の中に、私はいる。
学校のクラスメイト数人と一緒に、初詣に来ていた。
「手袋をしてくれば良かったなあ」
ここ数日、わりと暖かい日が続いていたから、油断した。
口元に両手を寄せて、「は~~っ」って息を吹きかける。
塗ったばかりのリップクリームから、桃の甘い香りがする。
隣りを歩いていた加賀見友莉ちゃんが、そんな私を見て。
「大変! 聖羽っちの綺麗な指が、霜焼けになっちゃうっ!
あたしがこの身体で、今すぐ温めてあげるから!」
大袈裟に騒いで私の手をとり、自分のコートの胸元に引き込もうとした。
「もう、友莉ちゃん。そういうのはいいから」
「ええ~そんなぁ、ポッカポカだよ? わいの肉体!なんぼでも使ってええんやで!」
困ったことに、隙あらば過度なスキンシップを求めてくる、友莉ちゃん。
こらこら。痴漢みたいにコートの前を広げて迫ってくるのは、やめなさい。
鳥居の手前に差し掛かった時、前から男子の大きな声がした。
「うわあっ! 鳩の糞が~っ!」
声の主は、同級生の『出雲……』くん? だった。
……下の名前が思い出せない……確か、『あん』何とかだった気が……『あんこ』くん?
とにかく。鳥居の上に止まっていた鳩から、落とし物をされたみたい。
不運な彼を見て、私の頭の中に一つの言葉が浮かぶ――
―― 羨ましい……。
事件は、境内の手水舎で起こった。
出雲くんが水の入った柄杓を落とし、後ろに飛びのいた際、玉砂利で滑って転んだ。
その拍子で跳ねた一粒の玉砂利が宙を舞い、私の額にペシッと当たって、地面に落ちた。
小指の先ほどの小石だ。たいして痛くはなかった。
でも、私にとっては、あまりにも衝撃的な出来事だった。
足元の小石を見つめる。
「嘘でしょ……小石が当たった…… これって『不運』だよね……」
***
『天巫白聖羽』。そのたいそうな名前の主が、私。十六歳。高校一年生。
私は生まれた時から『超幸運』を持っている。
正確にいえば、ママが妊娠した瞬間から幸運だった。
最初に幸運が発揮されたのは、会う人みんなに褒められる、私の見た目だ。
私の顔は、鼻から上がパパ似で、鼻から下がママ似だ。
パパは、長いまつ毛にぱっちりした二重の瞳と、細くて綺麗な弓なりの眉をしている。
その一方で、顎は割れていてえらが張り、下唇は大きくてゴリラっぽい。
ママは小ぶりで形の良い鼻、完璧な形の唇と美しいフェイスラインの持ち主。
その代わり、まぶたは重くて目つきが悪く、眉は極端に離れた八の字のヤンキー顔。
そんな二人の特徴が、上下でうまく分かれて、私に受け継がれた。
もし上下が逆に遺伝していたら、きっと凶悪な人相になっていただろう。
その後も、数えきれないくらい幸運に恵まれてきた。
お茶を入れると必ず茶柱が立つ。
いつも横断歩道の手前で信号が青になる。
ジャンケンで負けた事は一度もない。
身体も丈夫で、病気や怪我もしない。
特に金品が絡むと、超幸運が本領を発揮してしまう。
当たり付き自販機はもとより、スーパーや商店街のくじ引き、各種様々な懸賞などはことごとく当たる。
一時期、私の家は、私が当てた懸賞品だけで生活していたくらいだ。
そんな私の超幸運に、パパとママが目を付けるのは、自然な流れだった。
小学四年生の時のことだ。
二人が段ボールに穴を開けた、お手製のくじ箱を持ってきた。
中に詰まっていたのは、株の銘柄が書かれた紙きれ。
家族の将来のために、株で資産運用を始めるって言って、私に引かせた。
私の引いた銘柄は、無名の電子部品メーカーだったけど、半年で株価が五百倍になった。
グラフィック何とかっていうPCパーツがあって、そのパーツの消費電力を百分の一にする技術を発明したんだって。
その株は、さらに上がり続けて、今では三万倍になっている。
味を占めたパパとママは、私に次々と株くじを引かせた。
勿論、一度たりとも損をしなかった。
二人とも今では、日本の『ウォーレン・バフェット』なんて言われてる。
そして、パパもママも変わってしまった。おかしくなってしまった――
豪邸を新築したまでは良かった。
パパは、たいして乗りもしないのに、何千万もする車を数十台も買った。
外に愛人を何人も作って、それぞれに超高級マンションをあてがい、月にサラリーマンの年収を上回るお小遣いをあげている。愛人の中には、私と同じ年頃の女の子もいるらしい。
ママはママで。宝飾品やブランド物を買いあさり、足は二本しかないのに靴を一万足以上持っている。夜な夜な歓楽街に繰り出しては、ホストクラブを貸し切りにして、ホストのお兄さん達に『全裸シャンパンタワー』をさせて喜んでいるって聞いた。
もはや夫婦とは到底言えない仲だけど、離婚しないのは、私がいるからだ。
離婚した場合、どちらかが私の親権を握ることになる。
金の卵を産む鶏をめぐって、骨肉の争いになることは必至だ。
それを回避するため、金の卵を二人で折半にして、仮面夫婦を演じている。
変貌してしまったパパとママを見た反動もある。
だからこそ、私の将来の夢は、私が子供のころのパパとママみたいな生活だ。
それは、普通の人と普通に恋愛して、普通に結婚して、普通の幸せを手に入れること。
私だって年頃の女の子だ。恋をしたり、彼氏を作ってデートしたりしてみたい。
でも不安がある。
私の旦那様になった人が、私の超幸運のせいで、パパやママみたいにおかしくなってしまうかもしれない。そんな恐怖が、いつも胸の中にある。
超幸運が、私にかけられた呪いみたいに思えてくる。
「この呪いを解いてくれる王子様が現れないかなあ」って、
いつも思ってる。
*
お清めを済ませて、友莉ちゃんと拝殿に並ぶ。
小石の当たったおでこをさすりながら、ひょっとして私の超幸運が弱くなったのかな、と考えていると……
目の前の男子が「ひゃあ~っ! 僕の千円~っ!」って変な声を上げた。
またしても出雲くんだ。彼の隣にいるムードメーカーの大野次郎くんと騒いでいる。
「すんげえ太っ腹だな! 安楽! 賽銭に千円も入れるなんてよ!」
「入れたんじゃない! 落としたんだ!」
「落とした? マジか!? ぎゃははっ! 安楽は相変わらず運がねえなあ! まあ、きっと神様のご利益があるって! ひーひひひひひひひっ! 腹いてぇ~~~っ!」
大笑いする大野くんは、脇腹を押さえながら出雲くんから離れる。
「これ以降、安楽の半径一メートル以内には、近づかないことにする。不運体質が移りそうだかんな! ぎひひひひひっ!」
そうそう、出雲くんの下の名前は『あんこ』じゃなくて、『安楽』だった。
出雲くんが、うっかり千円を賽銭箱に落としたみたい。普通の高校生からしたら、千円はかなり痛いと思う。
さっきからの出来事からして、彼は私と正反対の、不運の持ち主なのかもしれない。
その後。出雲くんは、カランカランと鈴を鳴らしたあと、お参りして立ち去った。
次は私の番だ。お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二拍手。
“どうか王子様が現れますように” って神様にお願いして、一拝した時だった。
頭の上からバサバサッって鳥の羽音がした直後、友莉ちゃんの悲鳴が拝殿に響いた。
「きゃあぁ~~っ! 聖羽っちの腕に鳩のウンチが~~~っ!!」
見ると、私のコートの二の腕に、白い物が付いていた。
また起こってしまった不運な出来事に、私は茫然とする。
友莉ちゃんが急いでティッシュを取り出し、コートを綺麗に拭いてくれた。
拝殿の軒下装飾に止まってる犯人に向かって、中指を立てる友莉ちゃん。
「おのれ~~っ! よくも私の聖羽っちを汚してくれたな~~っ! 今すぐ焼き鳥にしてやる~~~~~っ!!!」
私、友莉ちゃんのモノになった記憶はないんですけど……
と、心の片隅で思いながら、さっき大野くんが出雲くんに言った冗談が、脳裏をよぎった。
『これ以降、安楽の半径一メートル以内には、近づかないことにする。不運体質が移りそうだかんな!』
“不運体質が移る”―― そんなことが、本当にあるのかな……?
ひょっとして、私に彼の不運体質が移ったのかも?
試しに、境内にある当たり付き自販機で、缶お汁粉を買ったら、いつも通りもう一本当たった。
「はい。友莉ちゃんさっきのお礼」
友莉ちゃんに一本進呈する。
「わあ、ありがとう! 嬉しい! 聖羽っちのお汁だ! 啜《すす》らせていただきます!」
こらこら、『お汁粉』の『粉』は省略しないで。あと、変な飲み方もやめなさい。
出雲くんのすぐ近くにいるか、彼の触った物を触るかしないと、効果がないのかな……?
もしも本当に出雲くんの影響で、超幸運が下がるとしたら――
まさか……彼が私の呪いを解いてくれる王子様なの!?
お参り後のイベントとして、皆でおみくじを引くことになった。
出雲くんの影響で、私の超幸運が本当に下がるのか、確かめるチャンスだ。
私は彼のすぐ後ろに並んだ。
出雲くんが振った直後の、おみくじ棒容器を手に取りシャカシャカ振った。
「三十三番。さんざん……」
少しだけ、期待が膨らんだ。
その数字を、貫禄のある巫女のお姉さんに告げて、おみくじを受け取る。
いつもの私なら、100%の確率で漏れなく大吉を引いてしまう……
(大吉以外が出て! 神様! お願い!)
寒さと期待と不安で少し震える手で、おみくじを開いた――
―― 大凶 ――
願望・今は叶わず。
待人・近くにあり。されど心乱れる。
失物・見つかるが悔い残る。
恋愛・暗雲あり。されど凶の者、縁深し。
・総じて運は底なり。凶を結べば、災い転じて縁となる。
――――――――
まごうことなき大凶!
(い、出雲くんが! 私の王子様~~~!?)
焦るな、私! 出雲くんが本当に不運の持ち主か、確認しなくちゃ!
少し離れたところで、自分のおみくじを見ている出雲くんを発見。
後ろからそっと忍び寄り、彼の手元を確認する。
よく見えない。
思わず彼の肩に手をのせ、寄りかかって首を伸ばした。
そして、私の視界に映った文字は――
―― 大凶 ――
願望・叶わず。
待人・来たるも災いを連れて来る。
失物・見つかるが手遅れ。
恋愛・望み薄し。されど幸運の者、近くにあり。
・総じて運は底なり。結びて去れば、災いは縁となる。
――――――――
まごうことなき大凶!
(王子様~~~!!!)
彼の大凶おみくじを見て、つい口が滑る。
「出雲くん。大凶なんだ…………良かった……」
途端に、出雲くんが怪訝な表情になった。
(まずい! 嫌われちゃう!)
「ご、ごめんなさい! 出雲くん。大凶で良かった、なんて言っちゃった!
良いはずないよね……本当にごめんなさいっ!」
謝りながら、脳細胞をフル回転させて、瞬時にそれっぽい言い訳を考えた。
「出雲くん。これ私のおみくじ……」
まず、私の大凶と書かれたおみくじを見せる。
それから上目づかいで、なるべく可愛い声を出す。
「他のみんなは、末吉以上なんだもん。大凶の仲間を見つけて、嬉しくなっちゃった。
ごめんなさいっ!」
「いや。べつにいいよ、天巫白さん。謝らなくても」
「出雲くん。怒ってない?」
「全然。そんなことで怒らないよ」
「良かった~っ!」
(よしっ! うまくごまかせた!)
私のことを天使だなんて言う人もいるけど、みんな、特に男子は勘違いしている。
あの、パパとママの遺伝子を受け継いだ私。
本当に欲しいものは、何が何でも手に入れたい、欲深い女の子なの。
さらに脳をフル回転させて、出雲くんとの距離を縮める作戦を立てる。
小首をかしげ、両手をポンッと合わせる。
「そうだ! 出雲くん。大凶同士なんだし、おみくじを二人で木に結びに行こうよ!」
意を決して、出雲くんの手を握った。
(うわっ! 何!? 男の子の手ってこんなに、温かいの!?)
彼の体温が、冷えた指にじんわり伝わってきて、心地良い。
「わあ。出雲くんの手って、凄く温かいね!」
その時、ふいに不思議な感覚に包まれた。
デジャビュに似ているけど、何かが違う。
この先何年も、何十年も、彼とこうして手をつないで歩いている。
そんな予感が、胸の奥にすっと落ちてきた。
心音がトクンと鳴る。
(あ、ダメダメ! この胸の音は――!?)
途端に、自分の行動が恥ずかしくなってくる。
頬がカーッと熱くなって、出雲くんをまともに見られない。
火照った顔を見られたくなくて、彼に背中を向ける。
「出雲くん。ほら行くよ! こっち、こっち」
きっと今の私、耳まで真っ赤になっている。
彼の手を握ったままグイグイ引っ張って、おみくじの結び場へ向かっていく。
彼の手の温もりを、もっと感じていたい。
そんな想いを弾ませて、白い息が冬の空気にきらめいた。
たぶん私は、一生この感触を忘れないだろう――
――私はつねに、超ラッキー。
でも今だけは、その幸運よりも、巡り合わせてくれた彼の不運に感謝した――。
――おわり ――
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