【夜空を】第27話:小夜の神秘【覆う】
**フィースとの友情を実感したヒドゥンは、
自分の覚悟を再確認して丘の頂上を目指した**
あと少しで丘の頂上といったところで、突然フィースが足を止めた。
「ルルーメはこの先で儀式をするので、皆さんはここで待ってもらえますか?」
「おっけ~」
「さっそく夜食を作るの」
「ふむ、直接は会えないのか?」
ケンノスケを通した俺の疑問をよそに慣れた様子でミアが椅子に座ってポーラが屋台の鍋を火に掛け始める辺り、おそらく毎回の事なのだろう。
おかげでボロが出なくて助かるが、失念に気付いたフィースは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「はい、儀式は術者が最も夜空に近くないといけないので」
「確かに俺の背は高すぎるな。では、これを渡してもらえるか?」
「この手帳は……?」
「俺が見付けたこの世の歪みを書き記した」
いかにも神秘的な理由に納得をした俺はケンノスケを操作して懐から手帳を取り出し、首を傾げながら受け取ったフィースに簡単な説明を付け加えた。
こんな事もあろうかと、メモを作っておいて正解だったぜ。
例え知力が10万あっても伝える内容は事前に整理をするに越した事はないし、ここで直接儀式に参加出来なくてもフィースを通じて手渡せる。
【暖衣飽食】にあった半紙みたいなトイレットペーパーにこんにゃく糊を塗り、2つに折って手帳になるよう重ねてから丈夫な布を表紙にした。
紙の補充条件が棚から取り出すだけだと確認できたので、昨日は【暖衣飽食】に丸一日こもって女神に伝えるべき事をまとめながらこの手帳を作っていた。
転生直後に魔王の配下に狙われた事、魔王がステータスの穴を利用して転生者の生命を狙うスキルを作った事……
きっと次の転生者の手助けになるだろうし、俺も心置きなく旅立てる。
肩の荷が下りたのかケンノスケの動きが少し緩み、その隙にミアが後ろから覗き込んで来た。
「それにしても変わった紙ね~、どこで作られたのかしら?」
「生まれ故郷の秘伝だ、数はそろえられない」
「残念なの、帳簿に使えそうなのに」
「すまん、融通は難しいんだ」
隣で実用性を見出したポーラが落胆するが、さすがに製法は言えない。
でも嘘は言っていない、ある意味【暖衣飽食】がケンノスケの故郷だからね。
「内容を確認してもよろしいですか?」
「構わんが、賢者の文字で書いてある。出来れば巻き込みたくないからな」
「確かに知らない情報なら漏らしようがありませんが、女神様が読めない可能性もあるのでは?」
「神ならば、この程度の文字は読めて当然ではないのか?」
「それもそうですね、ルルーメを通して必ず月の女神に奉納しますね」
手帳を開きたがっていたフィースにはケンノスケを通じて釘を刺しておいたが、理解が早くて助かるのが逆に怖いな……
ケンノスケしか視界に入っていないフィースに俺の複雑な心情など気付くはずも無く、足早に丘の上へ向かおうとした。
「いってらっしゃ~い、姫ちゃんによろしくね~」
「ケンノスケはこっちに任せるの」
「ははっ……いってきますね」
左右からケンノスケに抱き着いたミアとポーラが手を振って見送り、引きつった笑顔と共に振り向いたフィースは力無く手を振ってから丘の上に消えて行った。
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「俺は少し離れて見張っていよう」
「は~い、少年くんはこっちで預かるわね~」
「少年、夜は冷えるの。もう少しでカントダーキも出来上がるの」
「あ、ありがとうございます」
ボロが出るのを避けるためにケンノスケを移動させた途端、俺はミアとポーラの2人に挟まれて屋台の椅子まで運ばれた。
転生者の腰巾着を演じていてこのありさまだ、ケンノスケを作っていなかったらどんな目に遭っていたやら……
そんな徒労と警戒を気取られぬよう俺が密かにため息をつくとポーラがおでん、もといカントダーキを盛った皿を目の前に出してくれた。
「遠慮はいらないの。集落のお婿さん、諦めてないの」
「ポーラちゃん、私はお燗をおねがいするわ~」
「ぐっ……いいところで。今日は商売じゃないから、これで終わりなの」
隣に座ったミアが割って入るように注文し、ポーラはおでん鍋の隣にある小さな鍋から取り出した徳利を少々荒々しく差し出した。
徳利の口から漂って来たのは間違いなく、ほのかな日本酒の香りだ。
おでんに熱燗は確かに定番だが、ここは異世界。
やはり、先代転生者こと永遠の賢者のしわざだろうか?
どうしても興味が湧いてお猪口に酒を注いでから飲み干したミアを見ていたら、当然ながら気付かれた。
「やっぱり、カントダーキにはこれよね~。どうしたの、少年くん?」
「それ、お酒なんですか? 酒場で見たのと違うなと思って」
「これは永遠の賢者様がお米で作った、フェザリー族秘伝のお酒なの」
「でもなぜかカントダーキに合うの、おかげで商売繁盛なの」
この異世界では何歳から酒を飲めるのかは知らないが、少し背伸びをする少年の振りをしたおかげで怪しまれずに済んだ。
色々と説明してくれたが商売繁盛も当然だ、何せおでんと日本酒だからな。
「少年くんも大人になったらわかるわよ~」
ミアが悪戯じみた微笑みを返して来たが、享年は大人だったから知っているよ。
この命はすぐ天に還すから、二度と味わえないのは少し残念かな?
でもこれいいのかもしれない、覚悟が揺らげば死が牙を剥いてくれる……
何にせよ、今は腹ごしらえだ……!?
改めて食事をしようとちくわに串を刺した俺は、突然夜空に広がったただならぬ気配に全身を強張らせた。
(な、なんだぁーっ!?)
思わず大声で叫びそうになった俺だが、寸でのところで声を飲み込んだ。
だが声を出さなかっただけで、目の前に広がった光景に動揺したのも事実。
それは夜空を覆う程に巨大なスカート付きの黄色い水着と鼠蹊部、夢やら回想に何度も出て来た月の女神サヤの下半身だったからだ。
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「おっとっと……」
「どうしたの? なにかあったの?」
「い、いえ……空に……」
串に刺したちくわを落としそうになった俺は、心配そうに覗き込んで来たミアの視線をそれとなく夜空を覆う月の女神サヤの鼠蹊部に誘導してみた。
だが、ミアは何度か目を細めてから首を横に振った。
「うーん……何も無いみたいね」
「何があっても少年は守るの、ケンノスケが来るまで」
「ありがとうございます。でもどうやら、気のせいだったみたいです」
「そっか~、ケンさんと離れて不安になったのかしら?」
「心を掴むなら胃袋からなの、遠慮はいらないの」
大事に発展する気配を察した俺が何とかごまかすと、ミアとポーラはそれぞれで納得をしてくれた。
やはり、2人には見えていないのか?
それでも夜空は月の女神サヤの鼠蹊部に塞がれているし、まずは情報収集だ。
ミアとポーラの隙を見計らった俺は、坂を少し下ったところに待機させたケンノスケに仕込んだ夜天光を弾いて反響定位の音波を飛ばした。
だが何度夜天光を弾いても、魔力を帯びた音波が返ってこない。
まさか、反響定位の音波が消えたのか!?
音波を弾いて拡散する、吸収する、すり抜ける……
手段はいくらでも思い浮かぶが、確認する術が無い以上はどれも推測止まり。
これはかなり想定外の事態だが、他に手が無い以上は仕方がない……
女神の鼠蹊部が浮かぶシュールな夜空の下で儀式が終わるのを待つしかないか。




