第1話 大好きな恋人
特に中身もない話ですので何も考えずどうぞ( . .)"
夕日が窓から差し込んで、西日が眩しいなと目を細めた。既に誰も居なくなった図書館のカーテンを閉めて館内の見回りをザッと終えると、司書室で帰宅の準備をする。
王都図書館の司書である私、リディアは上司から頼まれていた戸締りという仕事を完遂し、鍵を手にため息をついた。
「どうしたらいいんだろう」
零した声に返事はない。それなのに声に出さざるを得なかった。でなければ処理できなかったのだ。
重い気持ちを引きずりながら図書館の重厚な扉に鍵を掛ける。
すると、後ろから私を呼ぶ硬い声が聞こえて振り返った。
「リディア」
つんつんとした深い青の髪。ブルーグレーの瞳は夕日に照らされて少しオレンジ色が混ざっている。恋人であるアルフレッドは私を鋭い瞳で見ると、眉間にしわを寄せた。その表情は愛しい恋人に向けるものとは到底思えなかった。
「アルフレッドさん……。わざわざ大丈夫なのに」
エリート職である騎士の彼は、暗い時間の女性の一人歩きは危ないからと、こうしていつも迎えに来てくれる。忙しいだろうし大丈夫だからと遠慮しているのだが、しかめっ面をしながらも私の心配をしているようだ。
嫌われているわけではないと思う。
けれど出会った頃より表情の減った彼の愛情は、確実に私から離れているだろう。どうして私に別れを告げないのか不思議だった。
彼と出会ったのは一年と数ヶ月前。
仕事で遅くなり、夜道を歩いているときだった。
「キミひとり?よかったら一緒しない?お酒おごるよ」
「可愛い子じゃん。俺とかどう?キミの恋人に立候補しようかな」
へらへらと笑いながら寄ってくる酔っ払い数人に絡まれて、どうやって躱そうかと思っていた。背が低く、幼く見えるらしい私は、昔からこういう人たちに声を掛けられることが多かった。
またか、なんて思いながら、武力なんて持ち合わせていないし、結局普通に断って横を通り過ぎようと「結構です」と冷たく返すと、男たちの手が私の腕を掴んだのだ。
気持ちが悪くてゾッとした。にやにやと笑う口元が不快で顔を顰めてしまえば、それに気づいた男たちがグッと私の腕を引き寄せた。
「……っ!い、いやっ!やめてください」
抵抗すれば下卑た笑みをさらに深くして私の反応を楽しんでいる姿に吐き気がした。
その時だった。
「おい。お前たち、手を離せ」
低く鋭い声がその場に響いた。
声の先を見ると怒ったような表情のアルフレッドが静かに立っていた。男たちは騎士服を着た彼を見ると、サッと酔いがさめたように顔を青ざめさせている。アルフレッドはそのまま私に歩み寄ると、男たちから引きはがして背に庇ってくれた。
「人に迷惑をかける行為はやめろ。次はない」
淡々と注意をした後、男たちに「行け」と帰るように促した。
「大丈夫か?」
私を振り返った彼は先ほどの威圧感が消えており、怖がらせないようにという私に対しての配慮が感じられた。
「はい、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、彼は「それならよかった」と小さく零した。無表情だが優しい人だ。
「夜道は危ない。早く帰るか、誰かに送ってもらった方がいい」
そう厳しい口調で注意され、う、と言葉に詰まる。最近業務量が増え、残業が増えた。上司に期待されている証拠であるため出来るだけ断りたくない。しかし、一緒に帰ってくれるような友人もいなければ、迎えに来てくれるような親も恋人もいない。彼の言っていることは正論なのだが、どうしようもなく、耳が痛い話だった。
「早く帰宅することは難しいか?それなら友人や恋人、親は?」
「友人も恋人もいなくて……親は、だいぶ前に……」
初めて会ったばかりだが、親身になってくれる姿に嘘がつけなかった。正直に打ち明けると、少し申し訳なさそうな顔して黙ってしまった。気まずくさせてしまったかな。
「あ、でも!だいぶ前なので、大丈夫です……あはは……」
誤魔化すようにそう言って笑えば、アルフレッドは小さくため息をついた。
「見回りの時でよければ俺が送る」
そういった顔があまりにも真剣で、たった今知り合った相手なのに、と思ってしまう。
「大丈夫ですよ。今日みたいに無理やり、なんてことは少ないですし、慣れてますから」
申し訳なくて断ってしまえば、む、と引き結んだ口で「いいから甘えておけ」と言われ戸惑ってしまった。初対面の相手にそこまで言ってくれるなんて正義感の強い人だ。
「え、えっと、ありがとうございます?」
これ以上問答を続けるのも時間の無駄だと思えたし、融通の利かない性格に見える彼は私の言葉に納得しないと理解して、素直に甘えることにした。そうして送られたその日、家の前で職場と名前を聞かれて彼の名前がアルフレッドだと教えられた。
その次の日から彼は律儀に私の送り迎えをしてくれた。
少し打ち解けると、彼は感情を表にあまり出さないが優しい性格であると分かった。私のつまらないと言われる話にも耳を傾けて相槌や返事をくれる。
私が彼に惹かれるのはそう時間がかからなかった。彼との間に流れる静かな時間が心地よくて、無言の時間も穏やかで好きだった。
けれども、騎士である彼はひどくモテるだろう。容姿もさることながら真面目で誠実。更に騎士というエリート職は女性たちの憧れであり、将来共にする相手として狙っている子は多いのだ。彼もきっと例外ではない。
叶わない恋に苦しくなった。
やけくそだった。
「アルフレッドさんが好きです」
ある日の帰り道に呟いた。小さな声だったが、静かな空間ではっきりと聞こえただろう。
これ以上彼の優しさを受け取ることが苦しくて、望みのない思いなら捨ててしまいたかった。どうか、私の気持ちを知って距離を置いてくれないだろうか。そんな思いで告げた言葉に返ってきたのは、意外な答えだった。
「俺もだ」
「へ?うそ……」
思わずぽつりと零してしまえば、アルフレッドは顔を顰めて「嘘じゃない」と言う。そして私の手を取って優しく引き寄せた。
「先を越されてしまったが、俺の恋人になってくれるか?」
珍しく饒舌な彼はいつも刻んでいる眉間のしわをほどいて、少し緊張したように私を見ていた。その熱で温められ頬が上気していくのが分かる。震える手を握って静かに頷くと、握られた腕が引かれてぽす、とアルフレッドの胸に納まった。
「大事にする」
少し上ずった声が落ちてきて、彼の鼓動が早いことに気が付いた。
アルフレッドも緊張しているのだと思うと、余計顔が熱くなって私の鼓動も早くなった。
そんな彼は、私と付き合ってから一年。
私が気遣ったりすると不快そうな顔をするようになった。私と恋人だと知られるのが嫌なのか、外で触れることもなくなり、二人きりの時も目を逸らされることが多くなった。
アルフレッドとの間に空いた穴は、もうどうしようもないところまで来ているのだろうか。
私は変わらず彼が好きだった。
冷たく聞こえる言葉も多いが、私を気遣うその態度はどうしようもなく優しい。
私が彼を嫌いになれる日は来ないだろうと思えた。
だから、決めたのだ。
彼に嫌われて、アルフレッドから別れを切り出させよう。アルフレッドは素敵な人だ。私から彼を振るなんて、不満があると言っているようでおこがましいだろう。私が悪いと周囲に知れれば、アルフレッドの評価が落ちるなんてことはない。
そうだ、それがいい。
決意した私は、硬く拳を握った。こうしないと、私は彼を手放せないと分かっているから。




