後日談
本作を投稿した当時、様々なご感想を下さった皆様、本当にありがとうございました。文章のおかしな所や、構成力についてのご指摘も有りましたし、何より、これで終わり?というご感想も多い作品で、未熟な作品で皆様のお目汚しをした事をお詫びします。
色々と読み返しましたが、本編はこのままで改稿せず、後日談にてご指摘の有った所にお応え出来れば良いな……と思います。
国王は悩んでいた。自国の女性の少なさに関してである。一時は一妻多夫などと迷走する程に困惑していた。そもそも、何故こんなにも年頃の男女の数が合わないのか。無論、生まれたのが男児の方が多い、という単純なものも有るのだが。国王が直属の配下に調査をさせた所、娘が生まれた貴族家が、先頃まで国の政に関連して分裂していた事から、敵対していた派閥争いを収めようと国王が王命で政略結婚を命じた事が問題視されていたようだ。ダリアータとジオーレノの婚約、である。小さな頃に結ばれたこの婚約でダリアータより後に娘が生まれた貴族達が警戒した、というわけだ。
つまり。王命を出されてしまえば逆らえない事から敵対派閥の令息に自分の娘を差し出す事に危機感を抱いたどちらの派閥の貴族達も密かに隠し育てていたのである。娘が生まれた事を届け出ていない事に関しては咎められるだろう事は予想していても、罰金を払う程度のものだと法で決まっていたため、こんな事態に陥っていた。
一応、ダリアータの我慢……国王は献身とも思うが、側から見れば我慢だろう……が功を奏して何とか派閥争いは表向きは落ち着いた。内心ではそんなに簡単に蟠りが溶けるとは思えないが、ダリアータの事は国王主催の夜会で他の貴族達にも認められた事で、王命による政略結婚を命じられても、互いに酷い扱いにはならないだろう、と予測した貴族家が令嬢の存在を明るみにしたのである。
貴族達が国王に対してこのような事を仕出かす事自体、国王の力が無いようなものではあるが、国王はこの一件を自身の未熟と苦い思いを抱えながら、事態の収束に力を注いだ。とはいえ、それでもまだ年頃の男児達の方が数が多い。
だが、一妻多夫などという迷走した考えは捨てる事になったし、平民の娘を養女に迎えるなり、他国と交流が有るのだから他国の貴族令嬢を妻に迎える可能性を考慮すれば、何とかなるだろう……と結論付けた。これで貴族家の未来に関しては取り敢えず置いておくとして。
まだ問題が有った。
件の令嬢・ダリアータだ。
宰相の令嬢であり、国王の命に因る政略結婚相手となるはずだったジオーレノと先頃婚約解消をした彼女は、現在、微妙な位置に立っていた。
そもそも、ヴィヨロン公にダリアータの扱いについて話を聞けば……あの夜会の時まで状況を知らなかった事を国王は悔やんだ。ヴィヨロン公とルベル公は仲は険悪では有ったものの、国の事を大切に思う心は変わらない、と思っていたからこその王命だったのだが。まさか、ヴィヨロン公自身が長い間、ダリアータを疎んじていたとは思わず。更に妻である夫人もダリアータを疎んじていた、と。この妻に至っては、自分の息子が王命で政略結婚を命じられた事を不満に思い、姪……姉の娘を焚き付けていたとも言うのだ。
いくらヴィヨロン公と夫人が改心したとはいえ、あまりにも愚かな事を仕出かした2人には、王命を無視した事を重大視し、ヴィヨロン家を公爵から伯爵へと降爵。10年間の登城禁止を命じた。重い罰と思う者も居るかもしれないが、王命を無視したのだから見せしめでもある。同時に、ここまでヴィヨロン家が愚かだった事に気付かなかった国王も、自分への戒めとして“国王”としての威厳の維持に掛かる費用は公費で有るからそのままだが、1人の人間として掛かる私費を減らす事にした。
ようやく派閥争いが表立って無くなって来た所で有る現状では、国王の位を辞せば直ぐに元通りになる可能性が高いため、国王の位を辞すわけにはいかず、こういう形にしたのである。
また、王命の大事さを理解していなかったヴィヨロンの子息・ジオーレノは、そんなにも従姉妹を大切だというのなら、と、その従姉妹との婚約を認めた。それも解消も破棄も出来ず、必ず結婚し、離縁も認めない、と厳命して。かの家には跡取り息子が居るため、ジオーレノがその従姉妹と結婚しても婿養子には入れない。ヴィヨロン家のジオーレノと結婚するといっても、ジオーレノには既に兄が居て、彼が跡取りである。跡取りの兄は、ダリアータにあまり関わらなかったとはいえ、両親や弟の様子を全く知らなかったとも言えないため、伯爵位に降爵された事に不満を言える立場ではない。
そして。元ヴィヨロン公爵は、自分と妻とジオーレノの落ち度を認めてジオーレノを貴族籍から抜いた。つまりジオーレノは貴族では無くなったので平民である。その平民となったジオーレノと従姉妹は結婚する事になったのだ。従姉妹は自分が貴族の妻ではなく平民の妻になる事に半狂乱になったようだが、それも王命で結ばれた婚約者が居る事を蔑ろにした従姉妹とジオーレノの自業自得であった。元ヴィヨロン公には他に男爵位の称号も有ったので、もしもジオーレノがダリアータと婚約していなかったら、この男爵位を授ける事になっていたかもしれない。尤も現実は、その男爵位も返上しているのだが。
こうしてヴィヨロン家の方の片が付いたのは、ダリアータとジオーレノの婚約が解消されてから1年後のことである。この間にジオーレノは謝罪目的ではなく、何の目的が有ったのか不明ながらダリアータに会いに行っている事を国王は知って、とことん愚かなジオーレノに溜め息をつき……ジオーレノとその妻の王都追放を決定した。
***
ダリアータは、ジオーレノと婚約を解消して1年が経ち、諸々の結果を父であるルベル公より聞かされた。本来なら学園に通っているはずなのだが、貴族という貴族にヴィヨロン家によるダリアータの扱いが酷かったのを知られているため、特例として通わなくて良い事になっている。元々身体が弱くて通えない、とか余程金策に困っている、とかそのような貴族は特例で通わなくても良い事になっているので、問題ない。
ダリアータの場合も病、ということになっている。病は病でも心の病だが。
ーー未だに彼女は笑えない。
「そう、ですか」
「改めて、長い間苦しめて済まなかった。お前がそこまで我慢していた事に気付かず、親失格だな」
「いいえ。宰相であるお父様がお忙しい事は重々承知していましたから。私こそ意地を張って何も言わずに耐えれば良い、と思い込んでいたので、可愛げの無い娘だったと思いますわ」
「いや。ダリアータは悪くない。もっと家族の時間を持つべきだったのだ。可愛げの無い、と言うが。ダリアータが生まれた時。私もダリアータのお母様も、とても嬉しくて可愛いと思ったのだ。今も君は可愛いよ」
「お父様……」
「少し、領地で休養すると良い。私も1週間だけだが、休暇をもぎ取った。家族で過ごす事にしよう」
「1週間もお休みが?」
「働き過ぎたんだよ、今まで。それに今後のことも話し合おう」
今後の事とは、養子縁組の件だろう、とダリアータは察した。取り敢えず慌しく領地へ向かう準備を整えて翌朝、王都からあまり離れていないルベル公爵領へ出発した。
ジオーレノとの婚約が整ってから10歳くらいまでは、雰囲気で嫌われているのを理解していたものの、まだ希望も持っていた。ジオーレノだけでなくその両親であるヴィヨロン夫妻にもそのうち好かれる、と。
確かその頃までは領地にも毎年帰っていたのだが。父であるルベル公爵が仕事で忙しくなり……たとえ使用人と護衛が一緒とはいえ、ダリアータ1人で近くとも領地へ帰らせるのは心許ない、ということから帰る機会が失われていた。およそ5年ぶりの領地である。
ルベル公爵領は、王都から近いが一大ラベンダー産地で、見頃になれば観光客は来るし、時期が終わるとラベンダーを摘んで乾燥させてポプリにする。最近では石鹸にラベンダーの香りがするように粉末にしたラベンダーを石鹸と混ぜて売りに出す話が出ている、とかダリアータは耳にしていた。
また、お嬢様の婚約者とその両親による扱いは、王都から然程離れていないルベル公爵領の領民達の耳に届き憤慨していて。お嬢様を喜ばせるために、と、領民達が試行錯誤して歓迎の準備をしているというのは、ルベル公に連絡が届いていた。それも有っての領地行きである。ルベル公は仕事にかまけてダリアータを追い詰めていたことに気づかなかった。その上、仕事は出来るが口下手な男である。娘を愛している、という一言が言えないので、せめて領地で待つ領民達の歓迎を受けて愛されているのだ、と実感してもらいたかった。
それが、ダリアータに笑顔を取り戻す事にもなる切っ掛けになるのではないか、とも考えていたのである。馬車に揺られて昼を過ぎた頃に着いた領地では、領主の館に辿り着くまでの間に、ダリアータとルベル公は領民から歓迎の声を聞かされた。
「お父様」
「うん?」
「領民は……こんなにも暖かかったのでしたね」
「……ああ、そうだな」
ダリアータはこんなにも歓迎してくれる領民達の声を聞いて、忘れていた記憶を思い出す。領地では貴族も平民も関係なく使用人の子や裕福な商家の子に農家の子等と遊び回っていた事も有った。と言っても淑女教育が始まる6〜7歳くらいまでだったが。淑女教育が始まれば、彼等の生活を守るのが貴族の役目と知り、貴族の妻として彼等を守る夫を支えるのがダリアータの役目なのだ、と覚えていく。貴族には貴族にしか出来ない、彼等を守るという役割が有って。それ故に使用人達に傅かれる生活を送れているのだ、と。
彼等を守るために生きているのだ、とダリアータは覚えた。
そのための婚約だったというのに。自分は彼等を守ってくれるはずの夫となるべき人と、愛し愛されるどころか信頼関係すら築けず、彼には何の情も抱いてもらえなかった。
ーー私は、貴族としての務めを果たせない令嬢になってしまった……。
改めて、自分の立場を突き付けられて、ダリアータは胸が痛む。
「お父様……」
「どうした?」
「貴族としての役割も果たせない、最低な令嬢で済みません……」
「ダリアータ。それは、違うよ。今回の件は、ダリアータだけが悪いわけじゃない。私もダリアータの辛さを立場をちっとも見てやれてなかった」
「ですが」
「少し落ち着こうか。ほら、館が見えてきた。今日は夕食を終えて湯浴みをしたらゆっくりお休み。明日、朝食後にダリアータの気分が大丈夫ならば話をしよう」
「……かしこまりました」
責任感に囚われて息苦しそうな娘を見て、ルベル公はもっと早くに気づいて、もっと早くに話し合うべきだった、と後悔する。この1年は後始末等も有り、ダリアータにはゆっくりするように言っただけで。令嬢同士の茶会や令嬢として出席する夜会も極力少なくて構わない、と言ったのだが。元々夜会へのデビュー直後であるし、令嬢同士の茶会の方は友人が少ないダリアータは、元から必要最低限しか出ていない。
父であるルベル公は、今回の件で初めてそんな事を知ったくらいだ。いかに自分が娘のことを知らなかったか、後悔ばかり。もしかしたら友人が多ければ、茶会や夜会に参加する事が多くなり、気が紛れたのかもしれない、と思ったのは領地で領民が待っている、と連絡を受けてからだった。これで少しでも気分が紛れてくれれば……とルベル公は案じている。
やがて館に居る使用人総出で出迎えてもらい、父であるルベル公の言った通りに過ごした後で。翌日朝食後にサロンで食後のお茶を飲みながら、向かい合った。
「ダリアータ」
「はい」
「お前がね、このルベル家を継ぐために頑張っていたのを執事や侍女達から聞いて知っている。信用する彼等が言うのだから君は頑張っていたのだろうね。今回の件は残念な結末になってしまったが、ダリアータにももしかしたら悪い所は有ったかもしれない。でも、君だけが悪いわけじゃなくて。父である私も、ヴィヨロン家の者達も、ヴィヨロン家の子息の親戚も、皆が皆、それぞれ悪い所が有ったのだと思う」
「……はい」
「気にするな、とは言わない。ダリアータの傷に気付かなかった情けない父だけどね。気持ちを切り替えろ、というつもりは無いよ。だから、君がこのルベル家を継ぐ気が無くなったならそれはそれで構わない。養子縁組をして欲しいと言うなら、そうする。でも、直ぐに決める必要も無いとも思うんだ。もちろん、跡継ぎ教育等を考えれば早い方が良いけれどね。でも、もしかしたらダリアータが再びこの家を継ぎたい、夫となる者と共に頑張ってみたい、と言うかもしれない。君はまだ16歳だ。君より歳上でも歳下でも同い年でも、誰かを見つけて夫にする、と言うかもしれないし、やっぱり養子縁組をして欲しいと言うかもしれない。でも2〜3年は急ぐ必要も無いと思っているからね。暫くは家族だけで過ごしたい、と私は思う。ダリアータはどう思う?」
父の言葉にダリアータは涙を流す。
悲しみや辛さや苦しさで泣くだけでなく、嬉しくて幸せな時も泣く事が有るのだ、とダリアータは思い出した。まだ領地に来ていた時の頃、怪我をしたあの子が治った事が嬉しくて泣いた事が有った。
……怪我をしたあの子。そういえば、彼は誰だっただろうか?
覚えているのは男の子で、当時のダリアータより背が高かったことくらい。顔も名前も覚えていない。でも、彼が怪我をして治った事に酷く安心して嬉しくなった事を思い出す。
「お父様。お父様の意見に従います。……私も、少ししたら、やっぱり婿を迎えて頑張ってみたい、と思うかも、しれませんもの」
「うん。ダリアータの夫探しは、やめておくけれど。養子にする相手は親戚から探す事にしようと思っているよ」
「分かりました」
「ダリアータは、覚えているかな。私の従兄弟の息子の事」
「お父様の従兄弟の息子様?」
「うん。私より7歳歳上の従兄弟の息子でね、ダリアータより3歳上だよ。隣国へ婿に行ったから中々会えなくて、確かダリアータが私の従兄弟とその息子に会ったのは、君が8歳だったかな」
ダリアータは首を傾げる。
「覚えてないか。会ったのはその1度きりだし。従兄弟にはその息子の上に双子の兄と姉が居て、そちらの双子は学園に通っていたから、ダリアータも会えなかったんだけどね。隣国は13歳から学園へ通う。ダリアータが会った息子は11歳で、翌年には入学準備等で忙しくて会えなかったし、その後は従兄弟自身も私も忙しくなったからね」
そんな事が有ったのか、と思いながら、このタイミングで思い出した記憶に、ダリアータは何となく口にしてみる。
「もしかして、お怪我された……?」
「ああ、覚えていたか! ゼルスは、君が懐いて後をついて回っていた事が気恥ずかしかったんだろうね。ある日、君をラベンダー畑に置いて帰って来た。君は駆け足で去ってしまったゼルスを懸命に追いかけたのだけど、追いつかなくて疲れてしまって、その場で寝てしまった。父親に叱られたゼルスと私とで君を迎えにラベンダー畑へ向かっていると、道の途中の木陰で眠る君を見つけた。それに安心した私とゼルスだったけれど、野良犬が現れてね。ダリアータが襲われたら……と青くなった私とゼルスで駆け寄ったのだが、野良犬が君に襲いかかろうとして。ゼルスが咄嗟に石を投げ付けたんだが、それで野良犬が怒ってゼルスに襲いかかって腕に噛み付いたんだよ。私が慌てて追い払ったが、噛み跡がくっきりと腕に残ってね。目覚めたダリアータが大泣きをしてゼルスにしがみつくものだから、ゼルスが困ったような顔で君を慰めていたものさ。それからその噛み跡が消えるまで君は益々ゼルスの側に居て。まぁ淑女教育が始まって、あまり男の子に近づいてはいけない、と覚えたダリアータは、許される範囲で一緒にいたんだけどね。噛み跡が消えた時には君はやっぱり泣いて、喜んだものさ。懐かしいね」
ルベル公の回想で、ダリアータも朧気ながら記憶が蘇り……随分とお転婆な事をしていたのだ、と顔を赤くもさせていた。
「それで、その、ゼルス様がどうかしまして?」
思い出話で話が飛んでいきそうだったが、ゼルスがどうしたのか、という話である。
「ああ、学園を卒業して、兄の手伝いをしながら家や領地の勉強をしていたらしくてね。従兄弟とは手紙のやりとりをしていたから、もし彼が良ければ、そしてダリアータも嫌で無ければ、ゼルスを養子候補にしようか、と思ってね。そんなわけで近いうちに一度ゼルスがこちらに来るんだよ」
「まぁそうなのですか」
もう8年も前の事なので、顔は一向に思い出せないが、父の話ではゼルスは嫌な人では無さそうだ。とはいえ8年も経てば性格も変わるかもしれないので何とも言えないし、どんな人かダリアータは殆ど解らないのと同じ。どのみち会ってみて話をしてみない事には解らない事も多いし、ゼルスがルベル公と養子縁組をしたい、と思わないかもしれない。
「まぁ、全ては会って話してみて、だ。ゼルスの気持ちも考えも解らないし、会って話してみたら、養子には向かないと判断するかもしれない。解らないことだらけだから、ダリアータはあまり気負わずに会えば良い」
「そう、ですね」
これでこの件は終わり、と今度は午後からの予定や明日以降の話を父は娘に語って聞かせる。娘も父に領地を見て回りたい事やこの館の庭園を散策したいなどと話して、時を過ごした。
この休暇からおよそ2ヶ月後。ルベル公の従兄弟の息子であるゼルスが隣国よりやって来て、色々と話し合った結果、先ずは仮としてルベル家に1年程逗留する事が決まった。その1年で養子縁組をするかどうか、互いに見極める事としたのである。
そして、本格的にゼルスがルベル家に逗留してから暫く後に、彼がダリアータに再び笑顔を取り戻す事になるのは、また別の話。
(了)
お読み頂きまして、ありがとうございました。これにて後日談も完結です。