エピローグ~私の居場所~
「ありがとうございました!」
楽器のメンテナンスにやってきたお客さんを笑顔で送り出す。お客さんも前程は私に嫌悪感を示さなくなった。仲がいいわけじゃないけれど、悪くもない。これも、クラリネットを吹いて勝ち取ったものだと勝手に思っている。
定位置の椅子に座ってクラリネットを構えた私は、息を吹き込もうとしてそれをため息に変える。うーん、ダメだ。
「ねー、アルフレッドー」
「んだよ」
メンテナンス器具を片付けていたアルフレッドはいかにもダルそうな返事をくれる。
「ねぇ、一回だけ一緒に『森の精霊』吹かない?」
「お前、本当に好きだな。『森の精霊』」
「だってアルフレッドと一緒に吹ける日本の曲ってこれしかないし」
私は口を尖らせる。やっぱり一人で吹くより二人で吹いたほうが楽しいから。今度、他の曲もカミーユに書き起こしてもらおう。こうやって頼る誰かが思いつくことは、シエラ・ウィドウとして生まれ変わった当初は考えもつかなかったことだ。
「ってお前……」
眉間に皺を寄せたアルフレッドが私に近づいてくる。初めて会った時もアルフレッドはこうして眉間に皺を寄せて不機嫌だったな。初めはそんなアルフレッドにビクビクしていたっけ。
「新曲が難しいからって譜読みを投げ出すつもりだろ?」
「ち、違うよー」
アルフレッドは私の頬を摘んでうにうにしてくる。
「ひょっとひゅうへいはよー!」
「あ?」
私が何を言っているかわからなかったらしいアルフレッドは、頬に手を添えたまま摘むのをやめた。
「ちょっと休憩! あんまりにも疲れたから……」
「お前、本当に譜読み嫌いだよな」
「はっへー」
言葉を理解するとまた頬を摘まれてしまう。
「……『森の精霊』吹いたらまた譜読み再開するな?」
「! うん!」
「ったく、しょうがねえやつ」
ポンっと私の頭に手を置いてから、アルフレッドは店の奥に引っ込む。初めと変わらないように見えるアルフレッドの無愛想だけれど、今はちゃんとわかってる。なんだかんだ言いながらも最後には受け入れてくれるアルフレッドは優しい!
「ほら、じゃあさっさとやるぞ」
金色のトランペットと譜面を持って戻ってきたアルフレッドは、私の前に椅子を持ってきて座る。楽器を構えて、挑むような目つきで私を見た。
「今日も負けないからね!」
「ふん、いい度胸だ」
曲を演奏する前とは思えない会話を交わして微笑み合う。目線と呼吸を合わせて──
「せーの!」
オズ楽器店には今日も愉快な音楽が響いている。次に神様に会った時には「未練なんてありません!」って言い切れるように、今日も全力で好きなことを頑張ります!




