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籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
19/20

三つ子の魂

 戸の開く、蝶番の軋む音がしました。

 ソファでうつらうつらしていた以世は、その音で肩を揺らして飛び起きます。一瞬現在地がわからなくなりましたが。すぐにここがモモの家の一室であることを理解しました。

 そう、あの後声をかけてもらってから、モモの好意で女の子やきつねさん共々ビルヂングの部屋に上げてもらうことになったのです。モモが別室で女の子の手当てをしている間に、以世は半分夢の世界へ旅立っていたのでした。

「悪いな、起こしたかい?」

 大丈夫です。以世は入ってきたモモにできるだけシャッキリした顔で返します。それを見たモモは苦笑しつつも自分の頭の側面を指さしていました。首をかしげていた以世ですが、すぐにはっと気が付いて自分の頭のモモが指さしたのと同じ方向をおさえました。

 寝ぐせが……!

 以世がとにかく数回手串でとかしたり押し付けたりしてなんとかしようと格闘していると、くすりと小さな笑い声が聞こえます。そちらへ視線を送ると、モモの後ろからあの小さな女の子が以世を見ていました。寝ぐせをなんとかしたつもりで、以世はモモと女の子に向き直ります。しかしつもりはつもりなのではたから見ると寝ぐせは全く改善されていませんでした。

 怪我は? と以世が女の子に声をかけると、女の子は困ったように微笑みながら小さくうなずきました。女の子はビルの人から服を借りたのか、薄い病衣姿ではなく子供サイズのティーシャツとズボンを着ていました。足は包帯が巻いてあり、痛々しく見えて仕方がありません。

 モモは女の子を以世の対面にあるソファに座らせます。モモは近くのデスクの椅子を引くと、その椅子に横向きに座って以世と女の子を見つめました。

「さっき君たち二人からそれぞれにこれまでの話を大雑把に聞かせてもらったわけだけれど」

 そこで一度言葉を切ると、モモは女の子へちらりと視線を送って一つ息をつきました。眉間に皺を寄せて難しい顔をしているモモと椅子の間に、尻尾が二本の五徳猫が飛び乗っていました。

「以世くんは、また、まあ……ドスドス新しいトラブルに突っ込んでいくなあ」

 好きで突っ込んでいるわけではありません!

 以世がぷりぷり怒りながら反論すると、モモは「ごめんごめん」とあまり悪く思っていなさそうに片手をひらひらふりました。

「こちらとしては君の武勇伝でもたらされる情報に大変助けられているんだよ。これからも危なくない程度にトラブルに突っ込んでいってほしい」

 よろしく、と笑って言われました。以世的にはあまりすごい武勇伝は作りたくないものです。本気で命の危険を感じますからね!

 以世はモモの言葉をとりあえず置いておくことにして、場を区切るためにこほんと一度咳ばらいをします。

 そちらの女の子は、一体何があったのですか? 何者なのでしょう。

 以世の疑問を耳にして、女の子はそっと目を伏せました。その表情がやたらと大人びて見えます。見た目は小学生ぐらいの女の子だというのに、雰囲気はまるで大人でした。

「どうする? 名乗れるか?」

 モモの女の子に対する口調は、特別子供に向けるような優しい口調ではありませんでした。まるで対等な立場にある人物に向けているような口調の言葉を受けて、女の子はしばらく黙って瞳を揺らしていましたが、やがて意を決したように両膝に乗せていた拳を握りしめました。

 不安げな大きな瞳が以世を見つめます。

「……この姿ではわからないかもしれないが……この前私は君と病院で会っているよ。六の当主」

 また女の子は以世のことをこんな風に特殊な呼び方をしてきます。この前とはいつのことでしょう。以世には女の子に会った記憶は全くありませんでした。病院でというと、錦が仲良しだったあの子供たちの中にいたのでしょうか。

「いいや、彼女……この子はあの場にはいなかったよ。わからなくて当然だ。よく考えれば、私たちは二回しか顔を合わせたことがないのだったな。見た目どころか話してもわからないのも当然か」

 彼女? 二回? ますますわかりません。ちょっと待って、と必死で思い出そうとする以世を「いやいい」と止めると、女の子はどこか諦めたような色の柔らかい声で言いました。

「私は三神。少なくとも、君たちからはそう呼ばれている」

 間がありました。

 ……パードン?

 告げられた言葉の意味が理解できずに、以世は思わず間抜けな答えを返してしまいます。

「ぱ……?」

「三神、以世くんは、今なんて言った? といったんだ」

「え、あ、ああ、いや、ええと……?」

 モモに注釈を入れてもらった女の子は、困り切った様子で考えていると、やがて首をかしげながらもう一度口を開いた。

「私の名前は、三神です……?」

 ご、ご丁寧にどうも……? 混乱極まった以世が思わず頭を下げると、三神は「いや……」とどうしたらいいのかわからなそうにモモを見ました。助け船を求めているようです。

「以世くん、そういうわけだから」

 いやそういうわけもどういうわけも全く現状がわかりませんけれども。と、以世は我に返ってモモへ抗議の声を上げました。

 みかみ? 三神って、三神ですか?

 以世の質問に、女の子はこくりと控えめに頷きました。

 三神って、あの三神?

 こくこく。

 三の家の家神の?

 こくこくこく。

 あの美人さんの?

 そこで女の子は勢いに乗って頷きかけて、そのまま横に首をひねりました。

「以世くん」

 二人に任せていては会話が進まないと思ったのでしょう、モモは声を上げると組んでいた両腕を解いて椅子の背で頬杖を突きました。

「その子は紛れもなく三の家を守護していた家神の一柱だ。元、というべきなのかもしれないけれどね」

 以世は女の子……三神だという女の子をまじまじと見てから、いやいやいやと冷や汗を垂らしながらモモを振り返りました。いくら以世が不思議なことに詳しくないからって冗談言ってもらっちゃ困りますよ。

「今日君がここに来てから、俺は一言も冗談なんて言ってないけどね」

 一言も、と言われるとそれはそれで大問題なのですが。以世は大混乱です。どのくらい大混乱かというと古本の第一巻を買ってきたのに、第一巻だったのは表紙カバーだけで中身が最終巻だったときぐらい大混乱です。

 だって、その、この子が本当に三神なのだとして、それってどういうことなのでしょう。家神って幽霊のようなものなのではなかったのでしょうか。人間に乗り移ったりできるのですか?

「普通の幽霊だったらできるかもしれないけど、家神は基本人に憑依はできないはずだよ。よほど家神と相性が合う人物なら可能かもしれないが」

 この子が本当に三神だという証拠はあるのでしょうか。以世にはこの子が三神だなんてにわかには信じられません。

「……君に結界について伝授したことを、信用する材料の一つにしもらえないだろうか」

 以世は先ほどの森でのことを思い出しました。結界を破るための方法を教えてくれたのはこの子なのです。

 三の家は結界術に長けているという話は主計と錦に教えてもらったことでした。

普通の女の子が他人にも扱えるように結界について教えるのはきっと無理でしょう。

 ではもし、もしこの女の子が本当に三神だったとして、この女の子は体のある人間の女の子にしか見えません。どうしてこんなことになっているのですか?

「どうして、か」

 三神は困り果てたように黙り込んでいました。

 いつの間にか足元に来ていたきつねさんが、三神の隣へ飛び乗りました。三神の体に尻尾を添わせて、きつねさんは座ります。その毛皮に恐る恐る手を伸ばした三神は、きつねさんに触れると驚いたように目を見開きます。寂しそうにきつねさんを二三度なでると、三神はぽつりとこぼしました。

「御室は」

 そこで長い息をついて、三神は天井のファン付き照明を見上げます。

「御室は、とてもいい子なんだ」

 三神は言い訳のようにそう始めました。

「三の家はね、血筋なのかみんな真面目な人間が多くて……。家神としてあるだけの私にあんなにくだけて接してくれたのは、あの子が初めてと言っていいと思う。あの子は小さいころから、私をいろんな所に連れて行ってくれて、いろんなものを見て回って……いくら親や分家の年長者に怒られようが、当主になるまでそういう態度を全く変えないでいてくれて……」

 そこまで言って、三神は口をつぐみました。苦しそうな顔で口元に手を当てて、深く、長く息を吐きます。息の長さが、三神の迷いを物語っているようでした。

「だから、御室のことを悪く思わないでほしい。……本当に、いい子なんだ」

 以世とモモはそれを聞いて互いに顔を見合わせました。なぜ、いまそんなことを?

御室はどう考えてもうさん臭いタイプにしか思えなかった以世からすると、そういわれても曖昧に頷くことしかできません。

 紫色のレンズの奥から、モモは探るような視線を三神に向けて目を細めました。

「そこまでいうのは、お前自身御室が真っ黒に見える何かがあるからなんだろう?」

 三神はモモの言葉に「そんなことは」と反論しようとして、そのまま言葉を続けられずに悔し気に目を伏せます。

「話してくれ」

 きっと、三神自身にも信じられないことが起きたから今彼はこうなっているのです。自分でも何が起きたのか十分に理解できないままここにいるのだとしたら、すぐに話せというのは酷なのではないでしょうか。

 以世がモモにもう少し時間を空けた方がいいのではないかと提案すると、三神はかすかに首を横に振りました。

 ゆっくりと、語り始めます。

「御室は、誰かの依頼で妙な研究をしていたようだ」

 妙、というと、どんな妙なことなのでしょう。六大呪家の当主ですから、呪術的な? それとも、お医者さんですから医療的な?

「その両方、と言えると思う」

 両方。呪術的で、医療的な、妙な研究? 

「あの子は、人ならざる者を人にする研究をしていたのだそうだ」

 それをきいてモモは眉間に皺を寄せましたが、以世はいまいちピンときません。首をかしげてしまいました。

 それってどういう研究なのでしょう。幽霊を人間にするということですか?

「そう思ってくれて構わないと、思う。御室は普段からあまり私を連れ歩かなかったからな、詳しいことは私にもわからないのだが……」

 三神は、じっと見てくる以世から目を背けながら続けます。

「家神を人に戻す研究、なのではないかと思っている。御室は私を見て言っていたよ。前は混ぜ物をしないと成功しなかったときくが、今度はうまくいったとね」

 前? 今度? 数回同じようなことをしていたというのでしょうか。

 以世は三神を病院に連れてきていた御室の姿を思い出しました。もしかして、あのとき……。

「……御室は、いい子なんだよ。だから、こんなことをするなんて、何か事情があるんじゃないかと思うんだ。そうでないと、そうでないと」

 小さいころから御室を見てきたのでしょう。三神はまるで自分が悪いことをしたかのように俯いて許しを請うようにそう繰り返していました。

「三神」

 考え込んでいた格好のまま、モモは口を開きました。苦い表情をしたモモの声に、俯いたままの三神は怯えたように肩を震わせます。

「その子、誰だ?」

 厳しい顔のモモにそう問われ、三神は泣きそうな顔を隠すようにゆるゆるとかがむように下を向いていきます。脅えたように震える口元から出た声は、ひどく掠れていました。

「……三の、分家の……。本家の、養子に……」

 両手を顔に当てて、そのまま三神は黙り込んでしまいました。小さな体が小刻みに震えています。隣でおとなしくしていたきつねさんが、慰めるように顔を三神の腿の上にねじ込んでいました。

「その様子だと切り離すのは難しいか」

 眉間に皺を寄せたまま目を閉じていたモモは、やがて以世の方へ視線を向けます。

「確か以世くん、君が俺と初めて会ったときは狩りの日だったな?」

 突然の質問に驚いて目を瞬かせながら、以世ははいと頷きました。その日は、御室が結界張りにミスがあったから一人で頑張れって……。

「そういう間違い、聞いたことあるか三神」

 そう尋ねられて、三神は下を向いたまま緩慢な動作で否定します。

 でもあのとき御室は――。

「聞いたろう、三の家は生真面目な奴が多くてね。儀式とか術とか形式とか計画とかとにかく細かいんだ。だから、新人だからってそんなうっかりする奴はまずいない」

 御室があんなかんじなので、三の家の人は基本うっかりなのだと以世は思っていたのですが……。

「ああいう適当な性格してる御室の方が例外中の例外だ。まず、狩りの結界張りなんて当主か、もしくは家の中でも最上級の術者がやるもんだよ。失敗したら家の威信に関わるから。当主はともかく、案外家同士でギスギスしてるところがあるからな」

 では、ならば、あれは一体?

「六波羅も弱っていたことだし、あわよくば六の家神と当主をまとめて葬り去るつもりでいたと思っていいと思うよ」

 まさか、そんな。

「どういうわけか、御室は全力で六を潰しにかかっている」

 以世はモモの言葉にあいた口がふさがりません。

 いえ、だって、なんでそんなことになってしまうのでしょう。六の家は最近六波羅が起きたばっかりですし、以世だってこんなかんじであんまり役に立ちませんし、ちょっかいだして面白いことがあるとは到底思えないのですけれど。

「御室はそうは思わなかったということだろう? 問題があるとしたら六波羅だろうな。なにか、彼らには六波羅にいてもらっては困る事情があったんだろう」

 その事情ってなんでしょうか。

「さて、そこまでは俺にもわからないけど」

 というか、なんで御室の話をしているのに彼ら、なんて複数形で話すんですか?

「そりゃこの流れだと主馬も一枚かんでるとしか思えないからね、複数形にもなるさ」

 以世はそういわれて今日の主馬の電話を思い出しました。以世は主馬に誘い出されて森に迷い込み、そして――そして、三神である女の子ときつねさんに出会ったのです。

「どうやって逃げたのか、覚えているか?」

 いきなり声をかけられて驚いたらしい三神は、少しの間何かを思い出そうとしていたようです。ですが、やがて「ああ、いや」と曖昧な言葉を口にしました。

「ひどく懐かしい人に、会った気がする。名までは覚えていないが、いや、あれは――今は一の当主の、弟だっただろうか」

 主計のことでしょうか。以世が尋ねますと、三神は弱弱しく頷き返します。

「偶然見つけたらしい狐の式に私を託して、道を作るからと逃がしてくれた。だが、そのあと彼がどうなったかは分からない。結局、私は君が来ないと脱出できなかったからな。彼には道を作ることができない、何かが起きたのだろう」

 何が起きたのか、三神は全く知らないようでした。追いかけてきていた鬼のことを思い出しながら、以世は沈んだ気持ちを無理やり浮き上がらせるために明るい声を出しました。以世は主計の言葉を聞いて三神に合流できたということを伝えると、三神は目をみはります。

「そうか。どんな状況でも約束を果たす。やはり彼はすごいな。私にはとても真似できそうにない」

 そういって、三神は疲れたように笑いました。

「見えてきたな」

 モモはいつの間にか膝に移動してきている五徳猫を撫でながらつぶやきました。

「一と三……というよりは、主馬と御室か。二人は一つ花慈善病院を根城にして怪しげな人体実験を繰り返している、と」

 嘘をついて以世と六波羅を始末しようとした御室と、逃げた三神のいる閉じた結界に以世を誘い込んで祭りだとはしゃいでいた主馬。

 御室は誰かに依頼されて、病院で家神を人にする研究をしていたといいます。大掛かりな設備が必要になるでしょうから、病院の持ち主である主馬が知らないはずがありません。

 六大呪家のことを知っていて、家神をどうこうしたいと思う人間がそうそういるとは思えませんから、御室への依頼主は六大呪家の中の誰かなのでしょう。主馬が依頼したのかもしれませんし、ただ面白いから場所を貸しているだけなのかもしれません。

 それにしたって、ここまでの情報をまとめて考えれば考えるほど二人が真っ黒にみえてきます。御室は錦と一緒に病院の怪談を笑い飛ばしていましたが、もしかしたらあの噂の中にはいくつか本当のことがまじっているのかもしれません。

 錦もこのことを知っているのでしょうか。あんなに皆のためを思って行動している人なのに。

「この様子だと三神は実験の集大成に見えるが……」

「いや……おそらくまだ次がある」

 三神は話すのに躊躇いつつも、確信を持っているように滑らかに言いました。

「――私がこうなったとき、御室は言ったんだ。これなら本番は大丈夫そうだ、と」

「本番、な。さて、誰をどうする気なのやら」

 以世は無意識のうちにポケットに手を入れていたことを気が付きました。いつもポケットに入っているケータイも、それについている家紋の根付もありません。それを触って安心しようとしていた以世は、なんだか自分が嫌になりそうでした。

 あの、と声を上げた以世を見たのはモモだけでした。三神は俯いたまま動きません。

 以世に、妖怪を相手にできるすべを教えてもらえませんか。

 こればかりは自分で調べたところでうまくできる気がしません。一般的な書籍には眉唾なオカルト話しか載っていないことでしょう。だからといってお遍路さんを回ってみたり富士山に登ってみたりしたとして、妖怪を相手にできるようになるとも思えません。本職の人に聞くしかないのです。

「……六波羅は何かいってたっけ?」

 自分がいるから不要だと。

「六波羅らしい」

 モモは膝に乗った五徳猫のことなど気にもせずに立ち上がると、近くのデスクに置かれた卓上カレンダーを手にしました。猫が抗議の声を上げていますが全く相手にしていません。今日は七月十日でした。

「以世くん、夏休み暇かな? できれば丸々」

 あけます。

 以世の即答を聞いて、モモは愉快そうに口角を上げました。

「いいね。ちょうどビルの中で求人があったはずだ。そこに応募したことにしてもらって……ちょっと気が引けるけど、背に腹は代えられないか……」

 モモは何か少し悩んでいたようでしたが、すぐに以世の視線に気が付くとぱちりとお茶目に片目をつむって見せました。

「今年の君の夏休みは、住み込みでバイト三昧ってことにしてもらうけど、いいね?」

 以世としては願ったり叶ったりなのですけれど、祖母や壱世をなんて説得しましょうか……。

「それについては問題ない。こちらでどうにかするよ」

 なんの迷いもなくそう宣言したモモは、何かに気が付いたように窓に歩み寄ると遮光カーテンを開きました。電気が付いたままだった部屋がもっと明るくなります。いつの間にか、日が昇ってしまっていました。

「鳥の声がするわけだ」

 モモの独り言をききながら、以世はやってしまった、と一人頭を抱えました。

 昨日は日が沈んでから一度も家に帰っていない上にケータイも置いてきてしまいました。祖母や壱世に心配をかけている(いえ、おそらくそれを通り過ぎて烈火のごとく怒られるでしょう)上に、家には六波羅がとぐろを巻いて待っていることでしょう。

 一刻も早く家に帰らねばなりませんが、この先自分に待ち受けていることを考えると、とても喜び勇んで帰る気にはなれませんでした。

 いい塩梅にどうにかなればいいのに……。

 以世は死んだ目でそう一人つぶやきますと、それを聞いたモモは面白そうに軽く笑い飛ばします。

「がんばれー」

 潔いほど他人事なコメントをきいて、以世は脱力してしまいました。

 今までやたらと真剣な話をしていたのですから、このくらい力が抜けていてもいいのかもしれません。

 日のあるうちはうろついても問題ないだろうとのモモの判断を信じ、以世は二人に挨拶を済ませてビルを出ます。日の下で改めて見るレンガのビルは、とても拝み屋の本拠地とは思えないほどレトロモダンでおしゃれなところでした。

 そういえばあの狼のようなもののことを話すのをすっかり忘れていました。次にモモに会う時に、お話しておきましょう。

 そこで以世はもっと重大な事実に気が付いてしまいました。

 自転車が、ないのです。あのどさくさで森において来てしまったのでしょう。

 しばらくぼんやりビルを見上げていた以世でしたが、やがてゆったりと歩き出しました。少し距離がありますが、丁度いい機会だと思って歩いて帰ることにしたのです。

 何しろ、整理したいことは山ほどありますから。

 久しぶりに一人きりで歩く道は、なんだかとても寂しく感じられました。


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