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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第3部‐閃光は海を越えて‐
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1章『真夏の訪れ』:3

 商店街に入って少しして、飛鳥は今更ながらにこんなことを聞いた。

「ところで愛、買い物って一体なに買うんだ?」

「夕飯の材料」

「そうか、晩飯か……。ちょっと早くないか、時間的に?」

「そんなことないと思う。けど、しばらくしたら、鞍馬で研究の立ち合いがあるから」

 愛はコードIのアークのパイロットだ。それを所持しているのが鞍馬脳科学研究所という組織だった。

 鞍馬脳科学研究所とは、鞍馬大学という大学の脳科学科という学科が国内でのアークの発見を機に独立したものだ。アークに搭載されていた精神最適化システムを含む複数の脳への干渉技術を研究する仕様とした結果、それは大学の一研究室程度には収まらなくなったからだ。

 何かと大規模なその研究の中心には、やはりそのパイロットである愛も据えられていた。

 飛鳥や隼斗にも言えることだが、重要な立場であるはずのアークのパイロット、つまりはライセンス所有者がこれほど自由に生活できるのは、その精神状態がアーク研究に大きく影響を与えているからだ。アークの本来持つ性能を引き出すためにも、ライセンス所有者に対しては必要以上の束縛がなされていないのだ。

 ……もっとも、本人たちの預かり知らぬところで監視の目が光っていたりもするのだが。

 しかし飛鳥や隼斗に比べれば、愛は少しばかり制約が厳しいのだろう。しょっちゅう星印学園地下研究所に来たりと自由に振舞っているように見えるが、飛鳥の見る限り、愛の自由はアーク研究の範囲内にとらわれているように感じられた。

 そういうわけで、愛がこうしてのんびり買い物などをしているのはそこそこ珍しかったりする。となると少しぐらいその時間に別の意味を持たせてもいいかなと、飛鳥は雑談に花を咲かせることにした。

「なるほどねぇ、つーとおつかいって奴か? それとも普通に自分で飯作るとか?」

「料理は、私の仕事。父さんは、研究で忙しい。……普段は、一緒に食事もできないから。最近は少し落ち着いてきたみたい、だけど」

「ん? でもそれなら、料理は母親とか…………いや、なんでもない」

 彼女の複雑な家庭環境を思い出して、慌てて口をつぐんだ飛鳥。

 愛の話では、彼女の両親は既に別居状態にあるようだ。離婚したかどうかは飛鳥は聞いていないが、どちらにせよ父親が愛を連れて、そして母親が愛の姉を連れて別々に暮らしているらしい。詳しい経緯までは話してはいないものの、愛はその原因が自分にあるのだと言っていた。

 迂闊な発言に飛鳥が唇を噛んでいると、傍らの愛が肩をすくめて微笑んだ。

「そんなに、気にしなくても。私が話したことだから」

「ありがとう。……けどな愛、そういう笑い方はするんじゃない。似合ってねぇよ、お前には」

 そっぽを向いたまま、飛鳥は哀しげな笑みを浮かべる愛の頭を勝手に撫でつけた。愛はされるがままになりながら、くすぐったそうに笑う。

「……うん、やめとく」

「ああ、それがいい」

 愛が表情を戻したのをその口調から感じ取って、飛鳥はようやく視線を前に向けた。いつの間にか真横に来ていた愛と並んで歩きながら、きょろきょろと立ち並ぶ商店に目を向けた。

 商店街、と今となっては少しばかり古臭い印象を抱く言葉だ。しかしかといってそれ自体が廃れてなくなったというわけではない。ただショッピングセンター、あるいはショッピングモールと名前を変えている場合もあるからだ。

 それにしたって大きく分けて普通に複数階建の建物の中に商店が整然と並んだまさしくショッピングセンターといった感じのものと、単なる流行りで雑多に並んだ商店群でありながらそう呼ばれるものの2種類がある。

 この商店街は後者に当たるが、結局地元の人間は商店街と呼んでしまっている。

 といっても、やはり時代もあってか店舗の並びも計算されていて、雨よけないし日よけも兼ねた屋根を含めて清潔感の漂うものだ。

 今飛鳥達がいる辺りには服飾、雑貨関連の店が多い。愛の用があるスーパーなんかはもう少し先にある。寄り道をするつもりもない飛鳥は、店につくまでの時間をやはり雑談で潰すことにした。

「で、愛は学校どうなんだ? なんか特別なことでもあったか?」

「特別なこと? ……転入生、来た」

「へぇ、転入生か。どんな奴なんだ?」

「アスカは、知らない? 伊集院正太郎、アーク・エンペラーのライセンス所有者」

「エンペラー……ああ、そういやそうなってたんだっけ。覚えてるよ、一応な」

 適当に答えつつ、飛鳥は1月前にあった出来事へ向けて記憶をたどっていく。

 1か月前に起こった事件、それは神原財団が管理していたアーク・エンペラーが暴走を引き起こし、それをアストラルとバーニングが鎮圧した事件だ。

 そのあと政府によってさまざまな調査が行われた結果、エンペラーのパイロットであった伊集院正太郎イジュウインショウタロウという少年には一時的ながらも重度の精神障害が発生していたこと、そして彼の学校生活や家庭環境には多くの問題があったことなどが判明した。

 アークのライセンス所有者となったことも含めて、保護やメンタルケアが必要だと判断された結果、アーク関係者へのサポート環境が整っていた愛の通う中学へと転校することとなったのだ。

「となるとあいつはお前の学校で生活してるわけか。うまくやれてんのか? いろいろ問題あったみたいだけど」

「目立った問題は、ない。私もサポートしてる……一応」

 自分で言いながらばつが悪そうに視線を逸らした愛を見て、飛鳥は曖昧にだが事情を察していた。

「ははーん……。お前、うまくいってないな?」

「あんまり、友達作ってる様子もない。元気そうにしてるの、あまり見ない」

「愛はどうなんだ? 話したりすんの?」

 聞かれた愛はさらに視線を逸らすと、若干不機嫌そうにこう答える。

「彼も愛想が悪いから」

「……なに、お前さっきの気にしてたのか?」

「してない」

「嘘つけ、顔に書いてんぞ」

「そんな具体的なこと浮かぶわけない」

「残念、イエスかノーかぐらいは顔見りゃわかる。つかやっぱ思いっきり気にしてんじゃねーかよ」

 なかなか彼女らしくない意地っ張りな様子を見て、飛鳥は思わず笑みを浮かべてしまう。気付いたのか気づいていないのか、愛は小さく頬を膨らませているようにも見えた。

 その様子を横目に見ながら飛鳥がケタケタと肩を震わせていると、ますます不機嫌そうな表情になった愛が、聞こえるか聞こえないかの微妙な声でボソリと呟いた。

「……してないもん」

「ぷっ、くっはは、ははは! はいはい、そいじゃーそういうことにしておきましょう。……さて、本命のお買いものですよーっと」

「アスカ、反省してない……」

「してるしてる~」

 煽り気味に問答に応対しながら、飛鳥は軽やかな足取りでスーパーの中に入って行く。怒っているのか少しばかり顔の赤い愛もまた、その後ろについて店の中に入って行った。

 今日の愛は、どうやら表情が豊かならしい。



 そうしてパパッと買い物を済ませた二人は、冷房の効いたスーパーから熱気のわだかまる外へと足を踏み出していた。

「分かってたけどクソあっついな。まぁ、完全屋外よりは随分ましだけどさ」

「店内が、涼し過ぎただけ。ここも、軽い空調はかかってる」

「そりゃそうだけど、それでも荷物抱えて歩きまわるには鬱陶しい暑さだ、こいつは」

「荷物、代わる?」

「これは約束だからな、駅までは俺が持ってくよ」

 無表情で尋ねる愛に答えた飛鳥の両手には、一つずつの買い物袋がぶら下がっていた。パンパンというほど詰め込まれてはいないので、強がりなどは抜きにしても飛鳥にとってはさほど辛くはない。ただ、これを愛のような小柄な少女が長時間持ち運ぶとなると、やはり少しは辛いものがあるかもしれない。

 そんなわけで、当初の約束通りせめて駅までは飛鳥が荷物持ちを代わることになったのだ。

 駅は商店街の奥、数分歩けば辿り着く場所にある。

 愛の買い物が早く終わったこともあってか、今でちょうど昼飯時だ。この荷物を駅まで届けたら駅周辺で適当に食事を済ませてしまおう、などと飛鳥がつらつら考えていると、意外なことに愛の側からこんなことを言われた。

「アスカ、一人暮らしって言った」

「うん? ああ、そうだけど、どうした?」

「アスカの家族は、どこで、なにをしてるの?」

「そうか、家族のことは聞いてばっかで何も言ってなかったんだっけ」

 愛の家庭環境については愛から少しだけ聞いていたので飛鳥も知っていたが、それに反して飛鳥の側から自身の家族について話したことは一度もなかった。

 せっかくの機会だから話しておいてもいいか、と飛鳥は特に悩んだ様子もなく話を続けた。

「俺は兄弟とかいないから、親だけの話になるんだけど。父親はなんか外資系の企業で働いてるとか言ってたのを聞いたことがあるな。営業かなんかで取引先と契約を取り付けてくる仕事らしくてさ、それの関係でしょっちゅう海外、特にアメリカが多いんだったか……に出張行ってんだよ。そのくせ普段生活するのは日本がいいとか妙なこだわりがあるみたいでな、向こうで仕事が無い限りは1年でも日本に戻ってくるようにしてるみたいだ」

「それで、同じ場所で生活してないの?」

 愛の問いを首肯すると、飛鳥はどこか遠い目で商店街の奥を見つめた。

「そうあっちこっち行くならそれこそ自分だけ単身赴任してりゃいいのにさ、なんかそれが気に入らないとかで毎回家族全員引き連れて行こうとしやがるんだよ。まったく、連れ回される方の身にもなれっての」

「それは、いや?」

「嫌だな、さっきも言っただろ? どうにも転校とかそういうのが多かったからさ、やっぱり特定の友達とか作り辛かったんだよ、それだけが理由とは言わないけど。それに帰国子女って言えば地味な奴でもそれなりに目立つ、何かとイロモノを見るような眼で見られてたんじゃ誰に気を許せばいいのかも分かんなかったよ。周りの顔色伺いながら当りさわりのない対応をするのは、ガキの頃にはちょっと堪えた」

 今の時代子供のうちから海外に行くこと自体はさほど珍しいことではない。だがしかし、やはりその他大勢の子どもはこの国で育って決まった小学校や中学校で日々を送っている。海の向こうから来た転入生、などという肩書はどうしたって目立ってしまう要因となるのだ。

 そして目立つということは、必ずしもプラスに働くとは限らない。

「それに母さんも親父を一人で行かせるのが気がかりだなんだって言っては、俺が日本に残りたいってのを受け入れてはくれなかったなぁ」

「アスカのお母さんとお父さん、仲いいの?」

「うん? そりゃあ、べたべたするほどではないけど仲はいい方なんだろう、少なくとも喧嘩してるところは見たことないなぁ」

「そう……それは、幸せ」

「……かもしれないな」

 どこが、という言葉が頭をよぎった飛鳥。だが軽々しくその言葉を発するには、目の前の少女が抱えるものは重すぎた。

 ただ両親の考えに納得していない部分があるのは確かなので、飛鳥は被りを振ると少しばかり鬱陶しそうに話を続ける。

「とりあえずそんなこんなで、高校受験のシーズン直前になってまたアメリカへ行くんだとか親父が言い出したもんだから俺もキレて怒鳴り散らしたっけなぁ。流石に進路関係は気にしてたのか意外とあっさり受け入れてくれたよ。それでひとまず入学が済むまでは母さんと二人で、それが終わってからは一人暮らしをすることになったのさ」

「そういうこと、だったんだ」

「今は親父たちどうしてんだろ…………、んーまぁ普通に仕事して普通に生活してんじゃないかな。仕送りが止まったりなんてしてないし、稼ぎが無くなってるなんてこともないだろうよ。アメリカにいるのは確かだけど、具体的にどこに住んでるかとかまでは知らないな」

「連絡、とらないの?」

 不思議そうに尋ねる愛。まるでそうするのが当然と言った様子だが、基本面倒くさがりの飛鳥はそういうことを全くしていなかったため、黙って首を横に振った。

「とったほうが、いい。家族は、大事だから」

「……そうだな、肝に銘じておくよ。それじゃ、荷物運びはここまでだな」

「うん、そうなる」

 いつの間にか駅まで来ていたことを確認して、飛鳥は両手に持った買い物袋を愛に手渡して返した。それなりの重さはあるはずなのだが、慣れているのか愛は全く辛そうな表情は浮かべなかった。

 商店街に入る前の飛鳥の「礼は言わない」という言葉に対応してか、彼女もお礼などを言うことはなかった。細かいところに律義な側面を見て、飛鳥は笑いそうになってしまう。

「次に会うとしたら、日本に帰ってきたあとになるか。しばらくは話すこともなくなりそうだな」

「そうなる。少しさびしい」

「まぁそう言うな、せいぜい3週間ってところだろうし。友達とでも遊んでおくんだな」

「また、そういうこと言う……」

「悪気があっての言葉じゃないってば。……それじゃ、俺は行くよ」

 飛鳥が軽く手を上げてその場で振り返ろうとすると、愛もわざわざ一旦片手に買い物袋を両方持って空いた手を持ちあげた。

「うん。バイバイ、アスカ。……アメリカ、頑張って」

「おうよ。それじゃあな」

 ヒラヒラと手を振りながら、飛鳥はその場から立ち去っていく。その背を見送ることもなく、愛もまた駅の改札へと歩みを進めていった。

 のらりくらりと歩きつつ、飛鳥はぼんやりと周囲の飲食店を見比べながら、財布の中身に意識を向ける。

 尻ポケットに押し込んだ財布の中には、なにげにそれなりの金額が入っている。

「久しぶりだし。蕎麦でいいか」

 飛鳥はひとり言をつぶやくと、蕎麦屋を探して歩みを進めて行くのだった。

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