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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第3部‐閃光は海を越えて‐
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1章『真夏の訪れ』:2

 特にこれといった目的があるわけではなかったが、模様替えが一区切りついたということで飛鳥はちょっと外へ散歩に出かけていた。

 この炎天下で、だ。

「帰りてぇ……」

 家を出てからたったの5分で、飛鳥の口を突いて出たのはそんな言葉だった。

 本日の気温は30度と少し。真夏日というやつである。

 人によるが、気温的にはそうそう理由が無ければ家を出たくないところか。非活動的な人間ならば冷房の利いた部屋でダラダラしていたところだろうし、飛鳥も多少はそういった部分も持ち合わせていた。

 ではなぜ彼はわざわざこの日差しの中外に出ているのか。

「でもまぁ、あの状態の家で飯食う気にもならないし、仕方ないっちゃ仕方ないか……」

 模様替えなんてものをしたせいで、掃除どころの騒ぎではないほど部屋中にほこりが舞い上がっているのだ。食事をするのは自室ではないが、リビングダイニングの方も衝動的に机やテレビの位置調整をしてしまったため、同様の状態になっている。

 いつ頃からかは飛鳥自身も覚えていないことだが、この模様替えというものは彼の習慣になっている。恐らくは両親が定期的に行っていたものがうつったというところだろうが、掃除などはひたすら面倒くさがるのに少し不思議である。

 飛鳥は換気をしてはいたが、ちょっと注意してみればあちこちにほこりが漂っているのが見えるような場所では食事をとる気にもなれなかったのだ。というわけで、適当に外食でもするかと町に繰り出しているわけだ。

 現在は自宅のアパートから出て5分程度の河川敷にいた。まだ昼食というには若干早い時間だが、どうにも埃の舞う部屋の空気を吸いたくないというのもあった。とはいえこの後何の予定もないので、今は若干暇であった。

 うだるような熱気とはこのことを言う、とばかりに陽炎のたゆたうアスファルトの道を行く。どうにも黒い地面というのは熱を吸収しまくってかなわないものだ。

 白いアスファルトでもあれば暑さは多少ましなのかもしれないが、それはそれでまぶしくて仕方ないだろう。やはり世の中ままならない。

 不快指数向上に大きく貢献する熱線をひたすらまき散らしている太陽を恨めしそうに見上げて、飛鳥は一人ぼそぼそと呟いた。

「だぁー、この商店街までの15分が辛いな……。使わないからって自転車買ってないのは確実にミスだな、帽子もないし頭やけそうだ」

 アメリカへ行くのに向けても買っておかなければならないな、と飛鳥は結論して、商店街へ行く目的を一つ追加しておいた。

 家に帽子がなかったということもないのだが、一体何年前に購入したものなのか頭が入らず非常に滑稽だったのでそのまま家に置いて来たのだ。

 飛鳥は尻のポケットに触れると、上に向けていた視線を下ろして、

「となると若干財布の中身が気になるわけだが……、なんとかなるかな」

「アスカ、ひとり言多い。変な人に見える」

 後ろから、そんな無感情な声を掛けられた。

 そこにいたのは、如月愛キサラギアイという少女。

 地味めな顔立ちと覇気のない瞳、それに反して妙に視線が引き寄せられる独特の雰囲気を持っている。感覚的に言えば、これといった特徴も無いのに何故か人ごみの中でも見つけやすい子といったところだ。

 いつの間にかすぐ近くまで来ていた愛を見下ろす形で、飛鳥はひょいと片手を上げた。

「おっ、愛か。久しぶり、ってほどでもないか」

「うん、そんなに久しぶりじゃない。9日ぶり」

 愛も同じように片手を上げて返す。

「そうかい、というと先々週研究所に顔出してた時以来になるか。最近じゃ一週間会わないのも逆に珍しい感じだな。それはともかくとしてさ、前から思ってたんだけどその数字にやたら細かいのは何なんだ?」

「癖?」

「語尾を上げるな、聞き返すんじゃない。俺に分かるわけがないだろう」

 首を傾げる愛だが、相変わらず表情だけは全く変わらない。だいたいいつも無表情のため何を考えているかも分からず、ともすれば無愛想にも映ってしまうのは彼女の欠点だろう。

 とはいえかれこれ出会ってから2カ月、飛鳥もそれなりに彼女の感情が読めるようにはなっていた。それなりの期間付き合って飛鳥が結論したのは、読み解くカギは口数だということだ。

 今日は割と饒舌、ということでそれなりに機嫌がいいのだろうと判断できる。逆にそれがよくないと基本的には聞いたことしか答えてくれないので、会話は恐ろしく弾まない。その点、無駄口を叩いてくれる今日はかなりコミュニケーションが取りやすい部類だ。

「しかし、相変わらず今月入ってからよく会うよな。研究所以外でもこれで3回目ぐらいか?」

「うん。奇遇」

「よく会うことに関しては珍しいかもしれないけど、会ってること自体は全く奇遇じゃないからな。頻発してるからな」

 どうにも抽象的な表現になると途端に適当になる愛の言葉を訂正しつつ、飛鳥は再び足を進め始める。後方から声をかけた愛もやはり同じ方向に用があったのか、斜め後ろを付いてくるような感じで歩きだした。

 ところで飛鳥も語るように、彼らはたまに町にばったり会うことがある。アクエルで初めて会うまではまるで会うことはなかったのに、だ。そうでなくてもたまに研究所に遊びに来るので、割としょっちゅう会っている間柄でもあったりする。

「つってもまぁ、何でこうしょっちゅう会うもんかね。それこそ5月とか6月には全く合わなかったのにさ。5月は愛のこと知らなかったから覚えてないだけかもしれないけど、6月ならまだ見かけたら覚えてるぐらいはしそうなもんだが……」

「気にしてなければ、気にならないのが普通。たぶん最初にこの辺りで声をかけたのがきっかけ。そこから気にし出したから、よく見かけるようになったんだと思う」

「そんな単純なもんか? ま、見かけたからって毎回声かけるわけでもないことを考えれば、そんなもんなのかもしれないけどさ」

「うん。……あとはアークのライセンス所有者同士は引き合うって、聞いたこともある。なんの根拠もないけど、そういうものだって」

「……なんだそりゃ?」

 飛鳥は珍しくファンタジックなことをのたまう愛を見て首をかしげるが、彼女は説明する気が無いのか視線を向けようとはしなかった。飛鳥は軽く肩をすくめると、怪訝な表情を浮かべた。

 アークのライセンス所有者同士は引き合う、と愛は言った。別にその言葉自体は大した問題ではない。それだけならそれこそ単なる都市伝説レベルで済ませてしまえるのだから。問題だったのは、それを言ったのが愛だということだ。

(冗談、か? らしくない類のものだけど……)

 飛鳥が関わってきた中で、愛も冗談を言うことぐらいはあった。しかしそれがアーク関係のこととなると、そういう冗談を言っていたという記憶がまるでない。

 何かしらの根拠に基づくものか、あるいは観念的なものか、はたまた単なる感覚的なものか……。

「……なに?」

「っと、いや何でもない」

 ずっと向けられ続ける視線がいい加減気になったのか、少し嫌そうな声音で尋ねる愛。飛鳥は首を振りながら適当にごまかして、気にしても仕方がないかと切り捨てた。

「ところで、愛はどこ行くんだ? 俺はこのまま商店街へ行くつもりだけど」

「私も、商店街。買い物がある」

「へぇ、買いものか」

 いつも通りの短文会話を続けながら、てこてこと二人はゆっくりと歩いていく。

 傍から見れば話しかけている飛鳥があしらわれているようにも見えるが、これはこれでちゃんと会話が成立している。正直な話、愛は会話中に突然無言で返すというえげつないこともするので、実はかなりましな方なのだ。

 とはいっても、基本的には飛鳥から話しかけない分にはまず会話が発生しないのだが。

「……そういやもう夏休みだなー。宿題とかうざったくて仕方ないよ」

「適当にやれば、すぐ終わる。夏休みはいつもひま、そっちの方が問題」

「いつもって……、まぁ俺も部活とかやってなかったし去年までは何かと暇だったか、ちょくちょく友達と遊んでたりしたけど。愛は何か予定とか入れてないのか?」

「……何も。仲のいい友達とか、別にいないから」

「お前愛想悪いもんな~」

 バッサリと言ってのけた飛鳥に若干不服そうな表情を浮かべる愛。しかし自覚するところではあるのか、反論することもなく視線を前に固定したままだった。

 何か言い返してくると思っていた飛鳥は肩をすくめると「冗談だよ」と補足しておいて話を続ける。

「こっちは今週末からアメリカだ。だいたい事件が起こってから1ヶ月経って今更立ち入り調査なんて遅すぎる気がするんだけど、いっそのことこのままなかったことになったりしないかな?」

「もともと、東洞側が要求した猶予。政府としても、体裁上安全性の確認は必要。手助けはしないスタンスでも、最低限の管理はできてる。そういうアピール」

「そういうもんかね。……はぁ、ややこしいことはわかんねぇや」

 ため息一つ、頭の後ろで手を組んだ飛鳥はつまらなそうに空を見上げる。

 そんな彼の表情に何か思うところがあるのか、首をかしげた愛がこう尋ねた。

「アメリカ、行きたくないの?」

「っ…………なんでそういうピンポイントなところまで分かるんだよ」

「顔に書いてる」

「んな具体的な文章が浮かぶわけないだろうが……」

 面倒そうに指摘して飛鳥はかぶりを振ると、覇気のない目を足元に向ける。ただ、その視線はどことなく剣呑さを孕んでいるようにも感じられた。それでも愛の視線が自分に固定されていることに気付くと、軽くため息をついた。

「はぁ……、まぁいろいろあるんだよ。アメリカが嫌いとか、そういうことじゃないんだけどな。地に足が付いたと思ったらこれだから、うんざりしてるのさ」


「……どういうこと?」

「そういや言ってなかったっけ? 俺は小学3年ぐらいの頃からしばらくアメリカにいたんだよ、親の仕事の都合でな。まぁそれより前にさかのぼればもっと別の国にも連れられてたらしいんだけど。で、あとは中学2年の間もか」

「それで、地に足が付いてないってこと……。いやなの?」

「一応はな。それが嫌で、一人暮らしなんてやってるわけだし。つっても別に大したこだわりなんてないから、行かないなんてゴネるつもりはないけどな」

 自分で言って馬鹿馬鹿しくなったのか、飛鳥はふっきるように笑みを浮かべる。

 分かっているのか分かっていないのか、愛は曖昧に頷くと前方を遠い目で眺めた。飛鳥もそれを追うように前に視線を向ける。

 いつの間にか住宅街に入りこんでいた二人の前方少し先には、小さく商店街の入り口が見えていた。

「私は、これから買い物。アスカは?」

「……昼飯、って言いたいけど、まだ時間早いんだよな。それで暇、と。……ついてって良い?」

「荷物持ち、なら」

「ははっ、あいよ。んじゃ礼は言わないっと」

 軽口を叩きあいながら、二人は並んで商店街へと向かって行った。

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