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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
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4章『誰がための力』:3

 飛鳥は、学校の廊下を駆けていた。

 善は急げなどという考えではないし、1分2分で何かが変わるようなものでもないが、飛鳥の中で猛る熱が彼に歩くことを許さない。一秒でも早く行動に移したいと、彼自身がその全容を把握できないほどの大きな衝動に駆られていたのだ。

 階段を数段飛ばしで駆け降りる。踊り場の手前は8段くらい飛ばして飛び降りる。足に鈍い痛みが走るが、今は無視した。

 校舎で4階に当たる屋上から、めいっぱいの速度で1階まで駆けおりた。1階の床を踏んだところで、一度深呼吸をする。過剰に熱くなっている頭を自覚して、飛鳥は被りを振った。疑似的な風を浴びた頭がほんの少しだけ冷えてくる。

 熱くなるのはいいが、それが過剰になってはならない。

 九十九に煽られた分やたらと燃えてしまっているが、何をどうするにしても一旦遥と話をしなければならない。理屈ではなく感情で動いている以上説得のしようもないが、まずは自分の気持ちを伝えるところからだ。その時に支離滅裂なことを言っているようでは、再び静止されるのがオチだろう。

 はやる気持ちを抑え、敢えてゆっくりと歩いて生徒会室へと向かう。

 ゆっくり行ったところで、どうせ目的地とは200mも離れていないのだ。

 一歩一歩を強く感じながら、確実な足取りで生徒会室へと足を進める。そうやって歩いていても、結局3分と経たずに部屋の前に辿り着いた。

 スライドドアに手を触れたところで、飛鳥は小さく深呼吸をした。息を吐くついでに、その両眼を閉じる。

 何を話すかを、飛鳥はまだ決めていない。そもそも、順序立てて考えたところでそのとおりに話せるかどうかも分からないからだ。

 それでも少しだけ考えておこうかと思って、しかし一瞬後にはそれを自分で否定した。

 そうやってドアの前で立ち往生しているのが、単なる逃げだと飛鳥自身が分かっていたからだ。

 ドアを、開く。

 開けた先に見えたのは、奥の椅子に座る遥の姿。なにやら書類に書き込んでいたようで、ペンを片手に顔を上げていた。他には誰もいない、それだけは飛鳥にとっても好都合だった。

「アスカ君?」

「……話があります、遥さん」



 飛鳥の真剣な目を見て、研究所関係のことだと即座に判断した遥は、詳しい話は聞かずに隣の部屋へと移った。その部屋は、古代技術研究会の活動場所である。

 生徒会室にいたのは遥だけだし、書記の隼斗はともかくとしても副会長の九十九に、会計の人も何やら部活関係で仕事があるとかで出払ってはいた。しばらくは帰ってこないだろうし、性質上生徒会役員以外はまず入ってくることのない部屋なのだが、それでも念のためにとのことである。

 実は防音対策がされている部屋の中で、奥のソファに腰掛けた遥は改めて飛鳥の方に目を向けた。

「座らないの?」

「あ、忘れて、ました」

 テンパっているのか、部屋に入ってからドアのところで棒立ちだった飛鳥は、遥に促されるままに手近なパイプ椅子を引いてそこに座った。

 腰を落ち着けてもどこか緊張した様子の飛鳥を見て、遥は逆に強張っていた頬を緩めた。

「話、あるんでしょ?」

「ん…………」

 軽い口調で冗談めかしてパチリとウインクをする遥に、飛鳥も肩の力を抜いた。とはいっても、ガチガチでまともに話を切り出せない状態からなんとか頭を落ち着けることができた程度だが。

 息を吸って、吐く。

「昨日のことなんすけど」

「……そう」

 飛鳥は空気自体が緊張したのを感じていた。だが、言うと決めたことだ。

「遥さんには焦るなって言われたけど、やっぱり俺には無理です」

 結論から言った飛鳥の言葉に遥は小さくため息をついた。やっぱりか、という気持ちが顔に出ていたのが飛鳥にも見てとれた。

「どうして?」

 色の無い遥の声に、飛鳥はたじろぐ。けれど、それでも視線だけはそらさなかった。

「昨日のこと、何度思い出してもあれでよかったとは思えないから。だって、結局俺一人じゃ何もできてなかったに等しいじゃないですか。もし隼斗が俺と同じ時間にあの場所にいれば、俺よりもっと簡単に解決できた、遥さんに心配かけることだってなかった」

「それは結果論よ。アスカ君とアストラルがあれだけ戦ってくれたから、エンペラーが外部に被害をもたらすことを防げたのよ?」

「それだって結果論ですよ。……最初、遥さんは俺の出撃に反対でしたよね? それって結局、俺が出なくてもエンペラーの暴走が外部に及ばないと予想したか、あるいは俺が出撃することのリスクとリターンを比べてやめたほうがいいって判断したってことでしょ?」

「っ、それは……」

 図星を突かれたからか、バツが悪そうに視線を逸らす遥。否定されないのも悔しいが、中途半端なフォローをされる方がいたたまれないだろう。飛鳥は自嘲気味に笑って、すぐに真剣な表情に戻った。

「流石にもうわかってますよ、いろいろと。俺があの場で役に立たなかったことぐらい、言われなくてもわかってます」

「……けど、あんな事態はイレギュラーよ、普通に考えて起こりうる事態ではないわ。それに対応できなかったからって、悪いというわけじゃないでしょう」

「でもそれは現に起こったし、これからも無いとは限らない。万に一つもないとしても、もしまた戦わなきゃならなくなったときに昨日みたいになるのは、俺はもう嫌なんすよ……。アテにされないのも、わかってるのにそれを思い知らされなきゃならないのも!」

 飛鳥の剣幕に気圧されたのか、遥は目を見開いたまま何も答えない。

 そんな遥を見ていられなくて、飛鳥は目を伏せてこう続けた。

「……強くなりたいんです。次は自分で勝てるぐらい」

 なんてわがままな思いなのだろう、なんて勝手な願いなのだろう。自嘲する理由には尽きない自分の気持ちを、けれどこれが正しいのだと飛鳥は確信を持って言葉にする。

 黙っているのは、黙して従うのは、今の彼にとってはただの甘えに他ならなかった。それに気づいたのが、たとえついさっきのことであっても。

「信じてもらえるようになりたいんです」

 その一言を、目を見て言えなかったのは、きっと飛鳥の弱さなのだ。けれど、飛鳥はそれを否定はしないし取り繕わない。全部認めていたから、言い終えた後は顔を上げた。

 遥は、どこかつらそうな顔をしていた。

「だけど、焦ってもしょうがないのは同じよ……。アークには、長く触れることでしか得られないものもあるのよ。それが技術であっても、戦闘での強さであっても」

「……俺はアストラルのパイロットになって1ヶ月だ。けど、エンペラーのパイロットはあの時初めてアークを動かしていた。俺は、俺はそれに負けたんですよ」

「それは……それは、向こうは何百人って人間の中から一番適性のあった子を選んだんだから……」

「スタート地点が違うなら、だったらもう頑張るしかないじゃないですか。誰かとの差を埋めるには、その誰かより頑張るしかないじゃないですか」

「…………」

「焦るなって言われるのは、しょうがないって思ってます。焦ったせいで危険な目にあったんだから、そう言われるのは当然だってわかってます。だから、もう無茶はしません。……でも、次のために頑張るのまで、止めないでくださいよ」

 飛鳥の必死さをもにじませた頼みに、遥は迷った様子で視線を泳がせた。飛鳥は、最後にこう言った。

「次に何かがあったら、その時は迷わず任せるって言われるようになりたいんです。今度はもう、役立たずではありたくない。遥さんの力になりたいんです」

「アスカ君…………」

 飛鳥の言葉に嘘はなかった。それを信じてもらうために、飛鳥は絶対に目を逸らさなかった。自分が本気であることは口を開かずとも伝わると、そう信じていたからだ。

 ややあって、遥は小さくため息をついた。

「……わかったわ、仕方がないわね。」

「本当ですか?」

「ええ。確かに私も、一方的なことを言っていたとは思うから、ね。だからいいの」

「……っし!」

 譲歩した遥の返答に、飛鳥は思いきりガッツポーズをした。そんな彼の様子を苦笑交じりに見つめながら、遥は少し不思議そうにしていた。

「けど、アスカ君ってそこまで何かに本気になるタイプだったのね。ちょっと意外だわ。あれだけ言われちゃったら、断りようもないもの」

「え、えーと…………。そ、そりゃ本気になることの一つや二つぐらいありますよ」

「みたいね」

 地味に自分が口走ったことを振り返って恥ずかしくなった飛鳥は、両手をパタパタと振りながら赤くなった顔でなんとかはぐらかす。自分が切羽詰まっていたのを感じて「そりゃ焦るなって言われるっつーの」等とひとり言を呟いていた。

 するとさっきまでの真剣な表情はどこへやら、いつもの余裕を感じさせる顔をした遥が、机に肘をついて飛鳥の方をチラリとうかがった。

「ところで、アスカ君。頑張るというのはわかったけど、具体的にどうするつもりか決めてるの?」

「………………あ」

 飛鳥の時間が見事に止まった。

 そう、自分の気持ちに決着をつけてテンションが上がっていたが、根本的なことを飛鳥は忘れていたのだ。つまり、強くなるのはいいが方法はどうするのか、ということである。

 いつもどおりにやれば、と思わなくもないが、それで1ヶ月経って昨日のあの結果だったことを考えると、今のままでは頭打ちなのだ。やはり、主観的にも客観的にも何かしらの変化は必要だと判断できる。

 口を半開きにして身じろぎ一つしなくなったボンクラ少年を見て、遥がくすりと笑った。

「まぁ、アスカ君のことだからそんなことだろうと思ったけどね。ふふっ」

「わ、笑わんでください……」

 恥ずかしそうに顔を逸らす飛鳥。その反応が面白いのか、遥はまたも肩を震わせている。

 いたたまれないというか、飛鳥が居心地の悪さを感じること数秒、多少真剣な表情に戻った遥が椅子ごと窓の方に向き直りながら呟いた。

「一つ、心当たりもあるわ。……最後にもう一度だけ聞くけれど、本気なのね?」

「それは、はい。もちろんです」

「そうよね……」

 身を乗り出す飛鳥の方は見もせずに、微妙な表情を浮かべる遥。逡巡しているようにも見えるその姿に、飛鳥は怪訝な表情を浮かべた。

「どうかしたんですか?」

「いえ……、何でもないわ」

 迷いを打ち消すように、遥は被りを振った。

 床を蹴ってソファを回し、飛鳥の方に向き直る。

「そうね、私には特にできることもないし、隼斗と一緒に練習してもこれまで以上の成果は望めないでしょうし。こういうときは他の人に頼るのも大事だと思うの」

「……どういう意味っすか?」

「私じゃダメだけど、きっとアスカ君の力になってくれる人がいるわ。その人のところを尋ねなさい。私が連絡しておいてあげるから」

「は、はぁ…………、遥さん、それ何か問題あるんじゃないんですか?」

 唐突な飛鳥の質問に、遥は首をかしげようとする。しかし飛鳥が先手を打つように「顔に書いてありますよ」などというと、遥は顔をしかめた。

「うん、まぁ少しね。以前にいろいろあったのよ、だからあまり関わらせたくないのもあるんだけど。……まぁ必要な時は協力するって言ってくれてたし、心配しなくても大丈夫よ」

 いまいち掴みきれない話に飛鳥は微妙な表情になるが、それでも遥の勧めはありがたい。ともかくその人とやらに会いに行こうと椅子から立ち上がる。

「それで、その人って誰なんです? っていうか、どこに行けば会えるんですか?」

「私のクラスメイトで、音深一葉オトミヒトハっていうの。今はきっと部室棟2階の一番奥の部屋にいると思うわ」

「えと、その人ってアークのことは……?」

「知っているわ。特にアストラルなら、あるいは私よりもね。……心配しなくても大丈夫だから、アスカ君は行ってらっしゃい」

「……? まぁ、はい、わかりました。ありがとうございます!」

 気になることはあったものの、それ以上の詳細は聞かないで、飛鳥は礼を言って部屋から出て行った。

 その背を見送って、遥は柔らかく微笑む。

「全くアスカ君は。信頼してくれるのはいいけど、もう少しいろいろ質問してからでもいいのに」

 呆れたようで、それでいてどこか弾んだ声。

 小さく笑みを浮かべていた遥だったが、ドアが閉じて部屋に再び静寂が満ちるといつの間にかこわばった表情に変わっていた。

 ソファごと窓の方へとくるりと回りつつ、スカートのポケットからケータイと取り出す。パスワードの入力画面を見て、再びつらそうにため息をついた。

「彼女、許してくれるかしら……」

 窓に向けた呟きは、静かに夏の空へと消えていく。

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