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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
39/259

3章『暴君、出現』:3

 飛鳥は、固く目を閉じていた。

 アークのコックピットの中、怪我をするはずの無い場所で、それでもなお彼は強く強く意識の目を閉じていた。

 しかし衝撃は、いつまで経っても伝わって来ない。

 激しい音は確かに聞こえたのに、痛みに変わるほどの衝撃が頭に響くことはない。

 本当に限界を超えた衝撃は痛みを通り越して何も感じないのか、それともアストラルが撃破されてシステムが停止したのか、飛鳥はそんな風に考えていた。

 その声が、聞こえるまでは。


『無事か!? 無事なら返事をしろ、アスカ!!』


 その時、やっと飛鳥はアストラルの機体が動くことに気付いた。

 即座に振り向き瞼を開いた飛鳥の目に映ったのは、装甲の隙間に海水を滴らせたバーニングの姿だった。

「隼斗!?」

 隼斗の操るバーニングは地面にクローラーを押しつけ、壮絶なスピードで迫りくる。

『無事だったんだな、アスカ! だったらアストラルは動くんだな?』

「あ、ああ」

『よし、ならそこをどけ!』

 高速でバーニングを接近させる隼斗の鬼気迫る声に、飛鳥は事情を聴く暇もなく即座にその場からアストラルを真横に飛び退かせる。そこへガリガリと地面を削り、バーニングは左腕を大きく後ろに引きながら飛び込んだ。

 迫撃砲の一撃を受け、機体を大きくのけ反らせていたエンペラーの元へと。

『はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!』

 普段の彼からは考えられない獣のような雄叫びと共に、それ単体で軽く1トンを超える超重量の拳が放たれる。

 その巨大な拳は、吸い込まれるようにエンペラーの胸元へと向かって行く。

 直撃。

 激突の瞬間、景色も、音も、全てが止まって感じられた。

 直後、この世の全てを破壊しかねないほどの、圧倒的な力が巻き起こった。

 全体重を乗せてエンペラーの胸部装甲に打ちこまれた一撃は、地震さながらの絶大な衝撃波をまき散らし、全高10mを超えるエンペラーの巨体を紙屑のように吹き飛ばしていく。

 その衝撃波を浴びただけで、攻撃を受けもしていないアストラルが姿勢を崩し、離れたところにあるホールの骨組みがギシギシと不快な音を鳴らした。直撃を受けたエンペラーは言わずもがな、一瞬後には既に数百メートル離れたところにある背の低いビルに激突していた。

 灰色の建物が、失敗しただるま落としのように音を立てて崩れていく。

 私有地で、なおかつ避難が完了していなければ間違いなく人死にが起こっているであろうその惨状に、飛鳥は言葉を失った。

 アストラルとエンペラーの戦闘で発生したものとは訳が違う大規模な土煙の中、うずくまったエンペラーの影が見える。見た目相応にダメージも尋常ではないのか、エンペラーはまだ立ち上がれないようだ。

「隼斗……、お前なんで……」

『なんでって、潜水艇で海岸まで着いたから最速で来たんだ。作戦通りだろう? 忘れてたのか、それとも頭を打って記憶でも飛んだか?』

「んなんじゃねぇよ!」

 この隼斗らしくない語り口は、おそらくバーニングに乗っている影響だ。

 現在エンペラーで暴走を起こしていると思われる「精神最適化システム」。これは搭乗者の精神状態をアークを制御するのに適した状態に調整するシステムのことだ。

 このシステムは発動中はパイロットの精神状態が調整される、より具体的に言えば一部の感情などを強めたり、逆に弱めたりされるのだ。この影響でパイロットはものの感じ方や口調などが多少変化するのである。

 特に顕著に表れるのは口調で、バーニングに乗っている時の隼斗は少々荒っぽい喋り方になる。

 何度か経験しているものの、いまだに慣れない隼斗の口調に飛鳥は少なからず戸惑いを感じていた。

「けど、潜水艇だってんならいくらなんでも早すぎないか? 水中ってそんなスピード出んのかよ」

『今更アーク技術に細かい疑問を抱くようなものでもないだろう。……潜水艇を覆うように力学エネルギーに干渉するフィールドを構築して、水の抵抗を極限まで減らすのさ。あとはバーニングのジェネレーターからエネルギーを持ってきて、高出力のウォータージェットで毎時500キロぐらいなら軽く出る』

「すげぇな……」

『感心するのもいいが、まだ問題は解決してないぞ。敵は目の前だ』

 土煙の中、未だうずくまったままのシルエットを油断なく見据えつつ、飛鳥は頷く。

 通信回線がつながっているのか、飛鳥の耳に遥の声が聞こえた。

『ありがとう、隼斗。危ないところを助けられたわね』

『大したことじゃないですよ。……けど、随分ピンチだったみたいだが。油断でもしたか?』

「そういうんじゃない…………機体が一瞬動かなくなった」

『動かない? ……アストラルがか?』

 飛鳥が黙って肯定するのを見ると、隼斗は何かを考えるようにブツブツと呟き始めた。その間もエンペラーから目を離していない辺り、かなり警戒しているようだ。

『アークの故障か……? いや、出撃の段階で特に注意された内容も無かったし、それは無いはずだが……』

『たぶん、エンペラーの「能力」』

 突如聞こえた覇気のない声。おそらく愛のものだろう。

「愛か?」

 言葉はなく、情報視界に現れた小さなウィンドウのなかの愛がこくりと頷いた。

『頼まれてたこと、終わった』

『エンペラーの情報の引き出しね。神原のセキュリティは固かったみたいね』

『一応。でも、必要十分の情報は手に入れた。……表示、する?』

 呟くような愛の声に少し遅れて、何かのデータが送られてきた。さっきの会話から察するに、エンペラーの機体情報だろう。情報視界で確認し、ファイルを開こうとした飛鳥に遥から「まって」と声がかかった。

『私が読み上げるわ。まだエンペラーは撃破できていない、警戒を怠らないで』

 ほんの少し薄まったようにも見える土煙の向こうに目を向ける。

 エンペラーはまだうずくまったままだが、やはりいつ動き出すともしれないのだ。

『武器は全部で3種類、と少なめね。一つがあのマントみたいな6つの剣「飛翔剣フラガラッハ」、そしてエンペラーが手持ちしている黒い剣「黒帝剣ストームブリンガー」、最後に胸の24門の重光子砲「スプレッドクラッシュレーザー」の3つよ。……スプレッドクラッシュレーザー、隼斗がさっき叩き壊したように見えたけど』

「何すかその名前?」

『さあ、趣味じゃないかしら? でも、どちらかというと気になるのはこの機体の能力ね。相変わらず仕組みは不明なようだけど』

 アークには、能力と呼ばれるものがある。

 能力とはバーニングなら自身、または自身の攻撃が持つ熱量を増幅させるというように、それぞれの機体ごとに異なった特殊な効果を及ぼす力だ。

 少なくとも星印学園地下研究所では原理不明、発生源不明の超能力のように扱われているものだ。

 ちなみに、アストラルはまだ一度も能力が使用されておらず、神原財団のような無茶な研究もされていないためどういった能力かは不明なようだ。

『支配の能力。神原の研究では、対象となる電子制御の機器の制御を乗っ取るモノらしい』

 ひとり言のような遥の言葉に続けられた愛の言葉に、飛鳥はふと引っかかりを覚えた。

「それじゃあ、さっきアストラルが一瞬動かなくなったのって……」

『ああ、おそらくその能力によってアストラルの制御が支配された結果だろう。しかしアークの制御まで奪うとなると、下手をするとバーニングの制御まで奪われる可能性があるということだし……。これは相当厄介だな、何か能力発動に条件は無いのか?』

『一応は、あるみたい。エンペラーの計算能力が、支配の能力の対象がもつ計算能力を大幅に上回っている時に限り、だって。ただ、一度能力の発動が確定すると、以降は支配からは逃れられないって』

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。別機体っつっても同じアークだろ? そんな極端に計算能力に差が出るなんてことあるのか?」

『それはスペックシートを見ればわかるな。会長、どうなってます?』

 隼斗に促された遥がぶつぶつと何事かを呟きながら、入手したデータを調べ始める。手際良く調べられたのか、数秒後には答えを出していた。

『ま、当たり前だけどそれは無いわね。……ただし、その代わりというか、能力を発動するための補助となる道具は持っているみたい』

 飛鳥が情報視界で、センサーでとらえた形状が表示されたエンペラーを油断なく見据えていると、その右手に握られた武器から小さなウィンドウが現れた。

「これ、ストームブリンガーって剣ですよね」

『ええ、そうよ。そしてそれが能力の発動を補助する道具でもあるの。刀身表面から強力な電磁波が放射されていて、切りつけた対象が持つ計算機能を大きく阻害するものよ。これで一時的にアストラルのCPUの計算能力を低下させて、支配能力の発動条件を満たしたのでしょうね』

「そうか、そういうことか…………」

 つまりエンペラーに切りつけられた瞬間に飛鳥の視界に現れたノイズは、衝撃ではなく剣の機能によるものだったのだろう。攻撃を受けた瞬間にアストラルの制御機器の計算能力は大きく低下しており、その隙にエンペラーの能力を使われてしまったということだ。

『剣の攻撃を受けない限り、制御を支配されることは無いはず』

『……となると遠距離戦か。ちょうど向こうも攻撃手段がないようだしな』

 隼斗が呟くように、やはりそうなるのが妥当なのだろう。

 そもそも、詳細なデータが無かったとはいえエンペラーの攻撃手段を身をもって体験した時点でアストラルも遠距離戦に切り替えるべきだったし、飛鳥もそれを自覚していた。

 実際には、技術の問題で飛鳥にそれは選べなかったのだが。

 その点、バーニングとそれを手繰る隼斗は問題なく遠距離戦を選択できる。

『他の武装と、能力関連の特徴を教えてくれますか?』

『ええ、わかったわ。能力関連は基本さっき言った通り。だけど、距離が近いほど支配の力が強く働くという特徴はあるみたいね。どこにいたって同じようにとはいかないはずだから、近いほど一度の能力発動による連続支配の時間が長くなって、あとはより思い通りの動作をさせられるようになるってところかしら』

『武装関連は、フラガラッハが空を飛ぶ剣。剣に推進装置は付いてなくて、直接運動エネルギーを発生させて飛ぶ。剣としてだけじゃなくて、盾としても使えるって』

 遥の説明に、愛が補足した。

 なるほど、と隼斗は少し考え込む。

 戦いの算段を練っているらしき隼斗に、飛鳥はこう声をかけた。

「破壊しようと思ってんならやめといた方がいいぞ。あの剣、尋常じゃない強度だからな」

『……具体的には?』

「プラズマバズーカの直撃で無傷だった」

『…………それは、またとんでもない話だな』

 一度実戦でプラズマバズーカの直撃を受けた隼斗には、その言葉の意味がはっきりと理解できた。この武器は、かなりの防御力を誇るバーニングの装甲をたった一撃で吹き飛ばしたのだから。

『神原のデータを信用するなら、あれはアークのフレームと同様の金属で構成されていることになるわ。つまり破壊はほぼ不可能。だけど、アークのジェネレーターを搭載しているわけじゃないから、連続稼働には限界があるはずよ』

 長々とした説明を、遥は最後にそう締めくくった。

 アークのフレームは軽量でありながら、高い剛性と弾性を兼ね備えた特殊なものだ。しかし、その性質の維持には常に一定のエネルギーを必要とする。アーク本体はジェネレーターから無尽蔵のエネルギー供給を受けられるので問題はないが、本体と分離する飛翔剣には連続使用時間に制限が付きまとうのだ。

『ただ、それだけでもない。本体に接続したまま、剣の移動する力を機体の推進に利用する技もある。たぶん、アスカが攻撃を受けたのは、これ』

「ああ、そうだと思う」

 共有できる情報はほぼすべて洗い出した。つまり情報の整理はここで終わりだった。

 飛鳥も8割は理解した確信があったし、隼斗なら全て把握しているだろう。

『なるほど。……ところで会長、予定の時間まであとどれぐらいですか?』

『あ、それを忘れてたわ…………。まずいわね、あと5分ぐらいしかないわ』

『これは、警戒してないで動かないうちに破壊してしまった方が良かったですね』

「そりゃもう後の祭りって感じだな」

『……エンペラー、動いてる。気をつけて』

 エンペラー側のセンサー情報をフィードバックしているらしき愛の言葉に促されて、飛鳥と隼斗は再び遠方の建物に視線を向ける。

 多少薄まった土煙の中、うずくまったエンペラーが立ちあがろうとするシルエットが見えた。

 直後、暴風が吹き荒れた。

 展開された6つの剣が、縦に横にと分厚いもやを切り裂いていく。瞬き程度の時間の後、エンペラーの姿が鮮明に映し出された。

 バーニングが打ちこんだ拳によってか、胸部の装甲に多少の変形が見てとれる。コアは未だ強い紫紺の光を放っているが、その周囲のクラッシュレーザーの辺りから小さく火花が散っていた。油断はできないが、もしかしたらもうあの武器は使えないのかもしれない。

 両の足で立ちあがったエンペラーのもとに、6つの剣が舞い戻る。背中のパーツに接続され、再びマントのようになった剣で機体を囲ったエンペラーが、黒剣の柄を握って一歩前に踏み出した。

 応じるように、バーニングもその両手の武器を前に向けた。

 飛鳥がはじめて戦った時とは異なり、今は火炎放射器が取り付けられていない。右左それぞれにガトリング砲が一つずつと、左腕にショートバレルカノン砲、右腕にはパイルバンカーが取り付けられていた。背部では大型の迫撃砲が、天にその巨大な砲口を向けていた。

 ただしパイルバンカーに関してはアストラル戦の時のソレノイド式とは異なり、爆薬式の本気で破壊するためのモデルだ。弾数が3発程度と少ないのがネックだが、破壊力は折り紙つきだ。

『時間が無いのは確かだし、ちまちまと攻撃するのは逆に危険だな。……よし、ならこちらも近接戦を挑もうかな』

「だったら俺が前に出る、援護してくれ」

『いや、アスカは下がって遠距離から射撃支援だ。僕が前に出る』

「はぁ!? お前、エンペラーの能力分かってんだろ、一発もらえば終わりなんだぞ!? バーニングで避けられるとでも思ってんのかよ」

 あまりにも無茶な隼斗の発言に、カッとなった飛鳥は怒鳴るような声でそう言った。しかしそれを聞いた隼斗は、ただ呆れるようなため息をつく。苛立った飛鳥が何かを言う前に、隼斗は落ち着いた声で続けた。

『アスカこそ、奴の能力を分かってないんじゃないのか? 能力の発動が一回きりだなんて、誰も言っていないぞ。それに距離が近いほど支配の力も強くなるみたいだし、既にマーキングされてるアストラルが前に出るのは危険だ』

「っ、そりゃ確かにそうだけど、でも本当にそうかはわかんねぇだろ!」

『だとしてもだ。仮に君が前に出てエンペラーに制御を完全に奪われてもみろ、そうなったら実質2対1だ。流石にその状況が余裕だと言えるほど僕はうぬぼれてはいない。わざわざ危ない橋を渡る必要もないだろう』

「っ…………」

『あとスペックシートを見る限り、エンペラー自身の基本性能はやや低い。おそらく機体ポテンシャルの大半が能力に割り振られているんだろうけど、それなら逆に能力さえ使わせなければどうってことはない。いくらでもやりようはある、ここは僕に任せてくれ』

 こう理論立てて詰められては、飛鳥に反撃のしようは無い。

「けど……」

 しかしどこかに納得のできない自分がいるのか、彼は唇を噛んで喰い下がろうとする。

 そんな飛鳥を諌めたのは、ウィンドウの向こうの遥だった。

『ダメよ、アスカ君。今は隼斗の言うことに従って』

「くっ…………。わかり、ました……」

 信用されていないのがはっきりとわかる、どこか冷たい遥の視線。

 彼女の制止を無視して無理な攻撃を加えた挙句、エンペラーの反撃を受けて撃墜寸前の状況にまで陥ったのだ。こういう反応をされるのは当然で、飛鳥もそれはちゃんと理解していた。

 理解はしていたが、やはり悔しさという感情が彼の腹の底で煮え立っていた。納得できないという気持ちが、飛鳥に動くのをためらわせる。

 けれど、いつまでもそうしていられたわけではない。

『アスカ』

 という愛の小さな声でいい加減冷静になった飛鳥は、黙って前方のエンペラーから大きく距離をとる。

『まぁ、間違ってバーニングに向かって攻撃をしなければそれで十分さ』

 時間がないことを理解しているにもかかわらず、やはり隼斗の口調からは余裕が失われない。

 アストラルの援護など最初からアテにしていないとでも言うかのように、バーニングは後方に下がったアストラルに一瞥をくれることすらない。前方に仁王立ちしているエンペラーに再び両手のガトリングの銃口を合わせた。

 エンペラーも左腰の鞘から黒剣を抜きはらい、両手に持ってバーニングと対峙した。

 どちらが先に動くかという状況で、何の前触れもなくエンペラー側から強制的な通信が入った。

『お前も、邪魔をするのか……』

『……エンペラーのパイロット、だな?』

『邪魔を、するのかッ…………』

 突然の通信にも努めて冷静に対応した隼斗だったが、エンペラーのパイロットは狂ったようにその言葉を繰り返す。唸るような低い声からは、怒りや憎しみに似た負の感情の切れはしが漏れ出していた。

『おとなしくアークの機能を停止させて投降するというのなら、それを邪魔はしないさ。けれどそうじゃないのなら、僕はこのバーニングで君のアークを止める』

『邪魔を、するな……! 壊す。壊す壊す壊す!! それが僕の役目。この力を振るうのが、僕の価値を示すということ! 壊さないと……、壊すんだ……。全部壊して、僕が僕を証明するッ! この力、エンペラーの力を示す、それが僕の価値!! だから邪魔をするなアァァァァッッ!!!!』

 言葉か叫びか、判別のできない声が聞こえた。理性がつづったものとは到底思えない、感情だけがひたすらに押しだされた言葉は、エンペラーのパイロットの異常性をまざまざと見せつけた。

「お、おい、あのパイロット大丈夫なのか?」

『システムに、のまれてる。まともな思考はできてないはず。たぶん、相当無茶な起動をした結果』

「ここまで無茶苦茶になんのかよ……」

 荒れ狂う感情の波に気圧され、言葉を失う飛鳥。

 絶句する彼をよそに、エンペラーがその右足を前に踏み出した。地響きを上げる一歩がアスファルトを踏み砕き、たったそれだけで黒い破片が大きく跳ね上がる。

 マントのように機体を覆っていた飛翔剣が接続パーツから解き放たれ、正面に切っ先を向けてふわりと浮きあがった。

 その様子を黙って見てとった隼斗が、くだらなさそうに鼻で笑った。

『……ふん。そういう事情は、全部終わってから聞くさ』

 先手を打ったのはバーニングだった。

 スパイクのようになったクローラーを地面に食い込ませ、前傾姿勢の機体を前へと進ませる。巨体からは想像の出来ないその大きな加速は、姿勢制御を脚部に任せ、推進装置全てで前方へ強大な推力を生み出した結果である。そして同時に両腕のガトリングから大量の弾丸をばら撒いた。

 弾丸一発の威力は決して高くはないが、いかんせんあまりにも数が多い。敢えて集弾率を下げた大量の弾幕が、エンペラーの元へ壁のように迫りくる。

 攻撃を目的に展開したはずの6つの剣を、瞬時に前に並べるエンペラー。なんとか6枚の盾で弾幕を凌ごうとするが、大量の弾丸は虫食いの様に開いた隙間から的確にエンペラーに突き刺さる。

 近接戦で一気に勝負をつけるつもりか、バーニングはガトリングを掃射しながら高速で距離を詰める。

 その上連続展開の限界を迎えたのか、盾として並べられていた飛翔剣がエンペラーの元へと戻っていく。攻撃を受け続けていたためか、それ以前より展開の時間が短い。防御を失ったエンペラーは、弾丸の嵐にその身をさらすことになった。

『あああああああああああああああああ!!!』

 絶叫はエンペラーのパイロットから。機体に直撃する大量の弾丸をものともせず、逆に自分からバーニングの元へと突撃して行く。

 その両手には、一撃が致命傷となりかねない黒帝剣ストームブリンガーが握られていた。

『そう来るか……』

 流石に危険だと判断したのか隼斗は忌々しげに呟くと、前進させていた機体を押しとどめエンペラーの方を向いたまま今度は後方へと加速する。地面を削るクローラーの跡をなぞるようにまっすぐ後ろに下がるバーニングを、黒剣を構えたままのエンペラーが追いかける。

 だが巨体に似合わない速度のバーニングは、アストラルほどではないにしろかなりの高速だ。アストラルと対峙しているときのことからも明らかだが、エンペラーの基本的な移動速度は遅い。

 だから、バーニングにエンペラーが追いつくことは無いと思われた。

 そう『基本的』には。

 エンペラーをマントのように覆っていた6枚の剣が、翼のように後方を向いた。

「これは……!? 隼斗、避け――」

『ブレード・アクセル!』

 飛鳥が逃げる隼斗に忠告をしようとした矢先、黒剣を振り上げたエンペラーの姿が消えた。

(まずいッ!?)

 剣の移動する力をエンペラー自身の移動の推力に利用する技。実際に攻撃を受けた飛鳥だからこそわかる、あの攻撃は危険だ。

 超高速で接近するエンペラー。

 だが隼斗はそれを見てなお、嘲るようにこう言った。

『直線的だな、当てる気が無いのか?』

 そして言葉の通り、エンペラーの斬撃はバーニングの装甲に触れることなく、風を切る激しい音だけを奏でた。

 VRシミュレーターを使ったアストラルとの戦闘で見せた、ズレるような滑らかな動き。機体を前に向けたまま脚部のクローラーの向きを変え、軽く滑らせながら横方向への移動ベクトルを追加する回避方法だ。

 とてつもない姿勢制御の技術を必要とする分、相手からはほぼ予測のできない回避でもある。

 そしてすれ違う二つの巨体。

 バーニングは黒剣を空振った勢いで前につんのめるエンペラーの背中に左腕を向けると、そこに装備されたショートバレルカノン砲を躊躇なく発射した。

 後方に翼のように広げられた飛翔剣は、だからこそ防御の役目を果たさない。腰のあたりの装甲に、重みのある砲弾が激突した。

 火花が飛び散り、エンペラーの機体が明確にバランスを崩す。

 しかしエンペラーとショートカノンの砲弾の進行方向が同じだったためか、大きなダメージとなった様子はない。

『うううぅぅぅぅ、壊れろ壊れろぉ!!』

 低空飛行することで地表を滑るように移動するエンペラーが、振り向きざまに6つの飛翔剣全てを周囲に展開。それを間髪いれずに射出した。

 剣先を前方に向けて急加速する飛翔剣は、まさしく刃のついた砲弾。それらは一斉に、エンペラーから離れるように動いていたバーニングの元へと襲い掛かる。

 しかも、今回は直線的な突撃だけではない。

 後退するエンペラーを追いかけながら、刺突ではなく斬撃を加えていく6つの剣。それまでの点に対する攻撃が、一気に線に対する攻撃へと変化する。

 身をかがめる、機体をずらす。そういった簡単な回避ができないほどに、攻撃の密度が爆発的に跳ねあがった。その上斬撃をして剣の速度が低下するたびに、その合間を縫うように次から次へと飛翔剣が襲い掛かる。

 攻撃自体は単調。だがその物量は、バーニングに反撃を許さない。

『くっ…………』

 狙いを定める余裕もないのか、両腕のガトリングからの掃射が完全に止まってしまった。武器に対する被弾を失くすためにバーニングはガトリングの接続部を回転させて後方へ向けるが、そこが限界だった。

 継続的な回避のリズムが破綻し、胸元に浅い切り傷が入る。

 直後、バーニングが何かのリアクションを返すよりも早く、その前方斜め上を全ての飛翔剣が取り囲む。

 間髪いれず、天を指す6つの刃が一斉に振り下ろされた。

 直撃を確信したのは、飛鳥だけではない。ウィンドウ越しの遥は息をのんでいたし、無言の愛の目は大きく見開かれていた。そして、隼斗は悲鳴の一つも上げることは無い。

 一瞬の無音、その直後。


 刃を打ち合わせたらしき強烈な金属音を響かせ、突如として5つの大剣が真下に叩き落とされた。

 

 それはバーニングがその右の剛腕で浮遊する一つの剣の柄を掴み取り、迫りくる残り5つの大剣をまとめて叩き落としたからだ。

 バーニングの持つ一本以外の全ての剣が、たったの一撃で沈黙した。

 横たわる鋼の死骸を踏みつけて、バーニングは右手の剣を横に薙いだ。剣の残像を捉えるのがやっとという凄まじい速度の斬撃は、エンペラーが制御するそれよりも圧倒的な破壊力を秘めていた。

『軽いな、この剣』

 敵の武器を奪い取った隼斗は、しかしつまらなさそうにそう吐き捨てた。

 バーニングの手のなかでは、握りしめられた大剣が陸に上がった魚の様にもがいていた。だがその強烈なマニピュレータの力は、攻撃はおろか掌から逃れることすら許さない。

「なんだよ、これ……」

 その時ばかりは、飛鳥も呆けたように呟いていた。

 回避が無理だとふんだ途端、その場にある物を利用して敵の攻撃を迎撃する対応力。攻撃の寸前で敵の武器を奪い取ろうとする度胸。一振りで全ての剣を叩き落とした正確さ。どれをとっても異常なほどの動作だ。

 自分の機体を理解しているからこその、無謀とは違う極限の判断力。それに飛鳥は圧倒されたのだ。

 圧倒的な力の差を目の当たりにして、飛鳥は手を出すという発想にすら至らなくなっていた。

 そしてそんな彼をしり目に、バーニングは武器を失ったエンペラーの元へと高速で接近した。

『さて、いい加減時間が押しているからな』

『ううぅぅぅウウウアアァァァァァァアアアアア、消えろオォォォォオォォォォオオオオ!!!!』

 腹に響くような絶叫、血走ったような赤い瞳、大上段に振り上げられた漆黒の直剣。

 それらすべて威圧を正面から受け止めて、なおもバーニングは加速する。

 二つの巨影が重なり合った。

 エンペラーは鈍く輝く黒剣を全体重を乗せて振り下ろした。バーニングは奪い取った大剣を猛烈なスピードで振り上げた。

 二つの刃が激突し、音を超えた衝撃が周囲にまき散らされる。

 けれど、両者の間で生まれたのは、たったのそれだけ。打ち合ったはずの2つの剣は、一瞬後にはそこから消え去っていた。

 一方は勢い余って地面に突き刺さり、もう一方は棒きれの如くくるくると宙を舞う。

 ただし、地面に突き刺さったのが飛翔剣で、弾き飛ばされたのが黒帝剣だった。

『う、そ……』

 かすれた弱々しい声は、エンペラーのパイロットのものだった。先ほどまでの狂ったようなものではなく、不安に震える子供の声にも聞こえた。

『僕の、僕の……あぁぁ!?』

 吹き飛んで行く黒剣に、無様に手を伸ばそうとするエンペラー。けれど隼斗は容赦をしなかった。

 バーニングは用済みの大剣から手を離し、姿勢を立て直しながら一気にエンペラーの懐へと飛び込む。

『終わりだ――――沈め、バスター・スピア!』

 エンペラーの脇腹に打ちこまれた右の拳が、金属の擦れ合う不快な音を鳴らす。

 そして、そこに添えられたパイルバンカー。

 刺突の一撃がエンペラーの厚い装甲を軽々と食い破り、その先のフレーム部分に致命的なダメージを与えた。

 腹部が歪にねじれたエンペラーの機体が、砕けたアスファルトの上を転がっていく。二度三度と地面を跳ねて、100m以上も離れたところでようやくその動きを停止させた。

 全身の発光体が徐々に暗くなっていき、やがて全ての光を失った。

 胸の中心のコアが一瞬瞬いて、『E』というアルファベットが浮かび上がる。それはある程度の高さまで上昇すると、二つに分裂してアストラルとバーニングのコアへと飛び込んだ。

 そして、エンペラーのコアの光が完全に消え去った。

 一拍置いて、飛鳥の情報視界に短いシステムメッセージが現れた。

【アーク・エンペラー撃破

 コードE 取得を確認

 一部システム領域に対し、管理者権限を解放】

 

 その戦いは、圧倒的な力によって、あまりにもあっけなく幕を引いたのだった。

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