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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
38/259

3章『暴君、出現』:2

 エンペラーの周囲に展開された6つの剣が、剣先を向けた方向に音も無く加速する。

 重力の概念を無視したように、大剣がアストラル目掛けて同時に飛びかかった。

「ちっ!!」

 突っ込んでくる6つの剣を身をかがめることでまとめて回避する。速度自体はたいしたことはないため、見てから回避するのも難しくはなかった。

 そもそも飛鳥はシミュレーションでバーニングのキャノン砲を何度も回避している。この剣は砲口を合わせる癖のようなものが現れない分多少やりにくいが、純粋な弾速は砲弾の何倍も遅いのだ。

 その上で飛鳥が舌打ちをしたのは、単純に剣が飛翔するという理不尽な状況に対してだ。

「プロペラでもついてるってか!?」

『そういう推進装置は見当たらないわ! ただ剣が飛んでいるって考えたほうが……アスカ君、後ろ!!』

「な、くっ!」

 即座に振り返ったアストラルの額を突き刺すように、一本の剣が高速で飛来する。すんでのところで首を振ったアストラルの肩の装甲に浅い切れ目を入れながら、エンペラーの足元付近にその剣が突き刺さった。

 続けざまに、二本。

 その場で飛び上がり、さらに身体をひねって時間差で突撃した剣達をまとめてやり過ごす。半回転しながら両脚で着地したアストラルが、目の前で立っているエンペラーに飛びかかろうとした時だった。

 飛鳥の頭に、複数の警告音が一斉に鳴り響く。システムに搭載された安全装置か、遥からの強制アクセスか、飛鳥の視界が通常視界から情報視界へと勝手に切り替わる。

「――――――――――――ッッッ!?!?」

 鳴り響くアラートが指し示す物に、飛鳥の喉が干上がった。

 突撃した三本の剣を含めた六本全ての剣が、アストラルを囲うようにその周囲に展開されていたのだ。

 飛鳥がそれを認識した直後、六方向から巨大な刃が一斉に襲い掛かった。

 もはや何かを考える余地も無く、アストラルは即座にビームブースターを噴射する。上昇方向は真上、展開された刃全てを回避できる唯一の方向。

 にもかかわらず、時速800kmで飛び上がったアストラルの左足に二つの斬撃が深く刻まれた。

 食らいついて来たこと自体が異常。最初の突撃のときならば間違いなく回避できていたのだから。つまり、剣の突撃速度はあれが最大ではないということだ。

 ともあれ今この瞬間に考察を巡らせている余裕があるわけではない。

 追撃を受けないために、大きく宙返りをするように後方へ距離を取るアストラル。あの剣がどこまで追ってくるか分からない以上それで安全というわけではないが、まずは全ての剣を視界に収めている状況を作った。それは周囲を囲まれているということ以上に、死角から攻撃を加えられること自体が好ましくないからだ。

 そして、

「喰らえ!!」

 着地と同時に、一切の予備動作なく左右のプラズマバズーカを撃ちこんだ。

 しかし届かない。エンペラーの周囲に漂っていた剣が射線に即座に割り込んでくる。

 重い音を響かせて爆炎が巻き起こるが、それも瞬時に薙ぎ払われる。そこにあったのはやはり傷一つない剣だった。必要以上の追撃はしないのか、六本の剣は飛び退ったアストラルではなくエンペラーの周囲をふわりと取り囲む。

 この防御の姿勢がある以上、アストラルの砲撃はまず当らないと言っていいだろう。

「くっそ、どういう仕組みしてやがるんだ」

『足のダメージは大丈夫なの?』

「問題ない、ちょっと派手なかすり傷程度ですよ。けどこの状況……」

『まずいわね。おそらく運動エネルギーを直接発生させる仕組みなのでしょうけど、まだ詳細はわからないようだし』

 どうやら、まだ愛達が行っている解析は終了していないようだ。実際、飛鳥が出撃してからまだ5分も経っていないぐらいだ。できていなくて当然と言えるかもしれない。

 六本の剣を扇形のパーツに格納したエンペラーは、再びマントを纏ったような姿で仁王立ちしている。攻めるスタンスを見せないのは、余裕のつもりか。

「なんとかしてあの剣の合間を縫って、こっちも攻撃を加えていくしかないか。つってもどうするか……」

『アスカ君、ここは注意を引きつつ隼斗を待ちましょう。現在位置を確認したけれど、あと3,4分で到着するそうだから』

「っ…………」

 また隼斗か、と飛鳥は心中で毒づく。

 確かに飛鳥はまだパイロットになって1ヶ月の素人だ。だがそれでも、シミュレーターでは隼斗の操るバーニングに対してもある程度戦えるようになっている。遥の支援が無い以上初回搭乗時のような動きはできないにしても、同じ素人のエンペラーに負けるようなものではないという自負もあった。

 何よりも、彼には彼の意地がある。

 静かに、しかし力強くフォトンブレードを構えるアストラル。

『……アスカ君?』

 飛鳥は無言のままに、アストラルを黒剣を鞘に収めて立つエンペラーへと一直線に突撃させる。

『待ちなさい、アスカ君! 危険よ!!』

 静止の言葉を振り切り、前傾姿勢で一気に駆け抜ける。ブースターによる推力も合わさった、ただの走行ではなしえないスピードだ。

 応じるように、エンペラーのコアの周囲が怪しく輝く。24の砲門の内側に込められた光が漏れ出たような、淡い紫。その光が一瞬強まった瞬間、アストラルはビームブースターを噴射し斜め前へと一気に加速する。瞬間的かつ強大な加速に、エンペラーの重光子砲はまるで追いつけていなかった。

 姿勢を崩しながらも、地面に手をつき再度駆けだすアストラル。対するエンペラーは、外した重光子砲の反動からかアストラルにはまだ身体を向けられていない。

 そして互いの距離は、あと数歩で詰められる位置にあった。危険を承知で横ではなく斜め前へと回避した甲斐があったというものだ。

 一気に踏み込もうとするアストラルを迎撃すべく、エンペラーから六本の剣が飛び出した。周囲に滞空するアクションを見せず、接続していた扇形のパーツから直接射出された剣。不意打ちのような攻撃だが、動きは直線的だった。

 身を起こしつつ、飛びかかる剣を軽快なステップで片っ端から回避していく。六本全てを凌ぎ切り、防御の手段の無くなったエンペラーへとアストラルは飛びかかった。

 身体ごと振りまわすように、首の関節を叩き斬る軌道で右のフォトンブレードで切りかかる。対するエンペラーは鞘に収めた黒剣の柄を掴むと、抜刀した勢いのままフォトンブレードにその刃を撃ちつけた。

「ぐっ!」

 火花を散らした二つの刃だったが、飛鳥の想像以上の強い力でアストラルのフォトンブレードが一方的に弾かれた。大きくのけ反るアストラルに対し、エンペラーは何事も無かったかのようにその剣を横に振るっていた。

 幸い黒剣がアストラルを切りつけることは無かったが、今度はエンペラー本体が剣を振り抜いた勢いを利用してくるりとその場で回転。巨体から繰り出された後ろ回し蹴りがアストラルの腹部を直撃した。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 強烈な一撃に、飛鳥の視界が白く弾けた。

 そのせいでまともに受け身すら取れず、アストラルの身体が真後ろに吹っ飛んで行く。幾度となく地面に叩きつけられながら、数十メートル以上もの距離を蹴り飛ばされた。

「チィッ!」

 吹っ飛ばされる勢いが多少落ち着いたところで、フォトンブレードを上腕部に戻しつつバク転の形で飛び上がる。着地の衝撃が腹にわだかまる鈍い痛みを呼び起こすが、構わず飛鳥は周囲を見渡した。そして、気付く。

 蹴り飛ばされた先は、周囲を取り囲む六本の剣。

 風を切る音。

 それより早く、6の大剣が飛来する。

「―――――――――ッ!!!!!!」

 とっさに身をかがめたアストラルの頭上を一本の剣が突き抜けていく。だが、続く一本は突進の直前に向きを変え、しゃがみこんだアストラルの背中に向けて高速で突撃した。

 アストラルは地面を転がるようにして回避する。それを見越した軌道を描く剣を、地面にあおむけに倒れたまま裏拳気味に殴りつけ、軌道を逸らして回避しつつ仰向けから再び撃つ伏せへ。

 そこに、うずくまったアストラルの目の高さ、地面スレスレをまっすぐに突き進む剣が襲い掛かる。アストラルはとっさに逆立ちをして頭部を持ち上げた。両腕の隙間を剣が突き抜けたのを視界の端に収めつつ、腕の力だけでその場に飛び上がる。

 両腕を伸ばし体操選手ばりに身体をひねるアストラルを串刺しにしようと、その足元から2本の剣が飛び上がる。アストラルの胸を貫く軌道を描き高速で飛来する剣を、アストラルは両手に持ったフォトンブレードで受け止め、身体を独楽のように回転させてその力をいなした。

 計6本。5秒にも満たない短い時間に行われた攻撃だったが、アストラルに大きなダメージを与えるには至っていない。

 アストラルは回転を瞬時に停止させ、棒立ちのエンペラーと向かい合う。

(剣を遠隔操作してるときは、本体は動かない……? だったら!!)

『止まりなさい、アスカ君!!』

 考察は一瞬。遥の静止は端から耳に入っていない。

 ビームブースターを噴射し、数十メートル離れたエンペラーの元へ瞬時に肉薄する。両手からは、蒼く輝く光の刃が伸びていた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 アストラルは両脚で前進の勢いを殺しつつ、至近距離でエンペラーの装甲へ高速で斬撃を加えていく。機体ごと押しつけるようにして、両手のフォトンブレードを乱雑に振り回した。それは緻密に関節を狙うような計算された攻撃ではないが、荒々しいまでの連撃は圧倒的な手数でもって襲い掛かる。

 飛鳥が見る限り、六の大剣を制御している間は本体が動作することはできない。ならば逆説的に、エンペラー本体が動いている限り、大剣は動くことができないはずである。だからそれを強要する。

 それはすなわち、エンペラーに自ら防御を取らせるためのとてつもない連続攻撃。

 エンペラーもたまらず黒剣で応戦した。

 火花を散らす刃と刃。だが、単純に一本と二本である。

 エンペラーの黒剣が右のブレードを受け止めた隙に、左のブレードがエンペラーの肩口へ突き出される。左のブレードがはじかれた勢いを逆に利用し、機体を回転させエンペラーの胸元を右のブレードで斜めに切りつけた。

 エンペラーがいくら攻撃を防ごうとも、その倍の手数で襲い掛かるアストラルの斬撃はエンペラーの装甲に確かな傷をつけていく。

 防御に限界を感じたのか、エンペラーが一歩後ずさった。これを好機とみた飛鳥がアストラルの動きをさらに加速させていく。その攻撃はとうとう残像しかとらえられないほどの斬撃の嵐となり、エンペラーはもはや剣をでたらめに振って少しでもアストラルの攻撃に掠めようとするばかりだった。

 飛鳥はただ歯を食いしばり、自分のではない自分の両腕を無茶苦茶に振りまわす。


 ――隼斗に頼らずとも、自分だけの力でこの敵を討つ。星野飛鳥にはそれができることを、今この場で証明してみせる。

 飛鳥は心中でそう叫んでいた。


(俺だって――)

 飛鳥の感情に応じるようにヒートアップするアストラルの連続攻撃の中、エンペラーがついに吠えた。

『がああああああああああああああああああああああ!!!!!!』

 雄叫びをあげるエンペラー。アストラルの斬撃を無視して黒剣を大上段に振り上げ、即座に振りおろす。

 後方に飛び退いたアストラルの居た地面が、その一撃を受けて爆発した。尋常ではない速度を伴って叩きこまれた巨大な質量が、斬撃のエネルギーを全方向にまき散らしたのだ。

 派手にまき上がる土煙の向こうに立つエンペラーを見据え、アストラルは機体を前に傾ける。

(俺だって――――!)

 踏み締めた黒い大地を叩き割り、ビームブースターの加速をも利用し一気に突撃する。

 アストラルの亜音速の飛び蹴りが、黒剣を持ち上げようとしていたエンペラーの腹部へ撃ちこまれた。空間を引き裂くような衝撃が、視界を遮る砂塵のカーテンを一瞬にして薙ぎ払う。

 踵を地面に擦りながら、大きく吹き飛ぶエンペラー。辛うじて倒れるのは防いだようだが、ダメージは小さくないだろう。

 ありったけのエネルギーを叩きこみ、その場で緩やかに回りながら着地したアストラルは、さながら陸上選手のクラウチングスタートのような姿勢でその両脚に力を蓄積させていく。

「俺だって――――――!!」

 飛鳥の叫びと共に、アストラルは押さえつけたばねが飛び上がるかの如く駆けだした。ビームブースター程の速度ではないが、それでもかなりの加速だった。

 だがエンペラーも黙ってやられるわけではない。足で地面を抉りながら、絶妙なバランスで姿勢を持ち上げた。その直後に、胸の24の重光子砲から細い紫の閃光が収束して放たれる。

 アストラルが即座に顔の前で交差させた光刃に、極太のレーザーのようになった光の塊が激突した。

「らぁっ!!」

 気合一閃。エネルギーを増幅させつつクロスさせた両のフォトンブレードを、同時に一気に振り下ろす。重光子同士の特殊な干渉を受けた光の束が、再び24の光線に分解されてアストラルの後方へと流れていく。

 追撃を加えようとさらに地面を踏み締めたアストラルだったが、エンペラーはアストラルが重光子砲を受け止めている間にも、吹き飛ばされた勢いを利用して大きく距離を離していた。

 空中に展開することもできなくなったのか、大剣がまとまって前方のエンペラーへと回収される。もとの扇形のパーツへと接続されると、再びマントのようにその周囲を囲った。

 状況は一旦リセット。しかし、飛鳥には勝てる確信があった。

 エンペラーで最も厄介なものはあの浮遊する大剣だが、先程のように張り付いて攻撃を加えてしまえば封殺できる。近距離での手数はアストラルが圧倒的に多い以上、状況を作ってしまえば負けることはない。

 遠方に立つ紺青の機体を見つめる。

 最初に感じていた威圧感など、今は微塵もない。飛鳥はコックピットの中で、ひそかにほくそ笑んでいた。勝てる、と。

 そこに変化があった。

『ぐうぅぅぅ……』

 うなり声が聞こえたと同時、視界の中心でエンペラーの周囲を覆っていた剣が動く。

 いや、動いたのは剣ではない。扇形パーツの剣との接続部が動き、地面に対して垂直になるように接続されていた剣が、地面に水平となるよう持ち上げられる。そして背中にあった関節が90度回転し、それと同時に剣が全てエンペラーの後方へと向けられる。

 一瞬前までマントの様であったそれは、一瞬後には六枚の翼となってエンペラーの背中から斜め後ろに大きく広げられていた。

 しかしそれを見てもなお、飛鳥は余裕を絶やさなかった。たとえ何が来ようと、勝利できるという自信が彼にはあったからだ。

 だがそれがただの油断であったことを、彼は直後に思い知ることになる。

『ブレード・アクセル……!』

 声が聞こえ、瞬きよりも短い一瞬で遠方にいたはずのエンペラーの姿が残像のように消え去ったその直後、

 目の前に。

 エンペラーが。

 暴君の如き赤い瞳が。

 飛鳥の視界を埋め尽くしていた。

「なんっ――――――!?!?!?!」

 空気を叩く激しい音は、エンペラーの黒剣が振り下ろされたその瞬間にやっと届いていた。

 響く。

 それは、音速をこえて突撃したエンペラーの巨体が音の壁を割る音であった。それは、黒剣の一撃を加えるべく踏み出された巨体の一歩が地面を砕いた音であった。それは、飛び退こうとしたアストラルが大地を踏む音であった。それは、その肩の装甲を切り裂いた黒い刃がフレームをも切りつけた音であった。

 それは、飛鳥の驚愕の擬音であった。

 数瞬の内に巻き起こった全ての音が、その一瞬に踊り狂った。

 ―――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!!!!

 形容不能の轟音が、アストラルとエンペラーの間で巻き起こる。もはやそれは破壊であり、音は両者の間で大気を破裂させる。

 あまりの衝撃からか飛鳥の思考にモヤがかかり、視界に灰色のノイズが走る。

 吹き飛ばされるように距離を取るアストラルの元へ、エンペラーがさらに追撃を加えようと踏み込んだ。

 肉薄する二つの機体。既に互いの刃は届く距離だ。

 大上段に掲げられた、エンペラーの黒剣。

「くおおおあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 悲鳴のような叫びを上げ、なんとかその攻撃を受けとめるべくアストラルは両手のフォトンブレードを頭の上でクロスさせようとして、


 その両腕が、肩の横でピタリと止まった。


「…………え?」

 理解不能の現象。時間が停止したような感覚。なのに視界の真ん中では、エンペラーがその黒剣を強く握り直すのが見えていた。

(どういう、ことだ? 機体が、動かな――――)

 思考は刹那。

 何一つ理解できない飛鳥。指一本動かないアストラル。

 そんな彼らに対して、エンペラーの黒剣は容赦なく振り下ろされる。

『避けて、アスカく――――』


 遥の悲鳴のような声は、直後に聞こえた爆音に掻き消された。

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