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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
37/259

3章『暴君、出現』:1

『高度五千メートル地点への到達を確認。水平飛行へ移行の後、表示されたマーカーに従って機体の進路を調整して』

「了解です。…………水平飛行へ移行完了。進路を変更します」

 ほぼ垂直を向いていた機体の頭を押しつけるようにして下げ、数十メートル程度の半径で機体の進行方向を水平にまで変化させる。移動速度自体は維持したままの、到底飛行機では真似できない無茶な挙動だ。

 高度五千メートルと言われて気圧は大丈夫かと心配になった飛鳥だったが、耳鳴りの一つもないので問題はないのだろう。以前遥から聞いた話だが、アストラルはコックピット内部の機密性などがスペースシャトルと同等レベルらしく、極端な話真空でも安全なのだそうだ。

 飛行も翼による揚力ではなくブースターの推力だけに依存するところや、装甲に使われている特殊なカーボン材の持つ耐熱性などから、単独での大気圏離脱及び突入も可能なのだ。コックピット内の空気を浄化、巡回させるシステムがデフォルトで搭載されていたことを鑑みると、宇宙空間での使用が考慮されているデザインとも考えられる。その気になればそのまま弾道飛行もできるんじゃ、などとふざけたことを訊いてみたが、そちらに関しては最高速度の問題で無理なのだそうだ。

 しかし、そんな機能的なことを踏まえても、この飛行の軌道にはもっと根本的な疑問があった。

「これであとしばらくはまっすぐ飛んでればいいんですよね。けど、なんでわざわざ五千メートルも上がる必要あったんすか? 正直、海面スレスレの方が着くの早くないですか?」

『ん、まぁね。だけど低空飛行をしていると、漁に出ている漁船なんかに機体が視認されてしまうかもしれないでしょ? そこまでは確認している暇がないから、だからその対策なの。アーク、特にアストラルは小さめだから、これぐらいの高度なら見えたとしても肉眼では少なくとも詳細はわからないでしょうしね。ホントは雲に隠れたりできたら良かったのだけど、あいにくの晴天だし多少は妥協している部分もあるのだけれど。あとそれ以前の話で、あまりむやみに低空で音速飛行をするのは危険だからよ。単純にうるさいっていうのもあるし』

「あー、まぁそんなもんか」

 なかなかに身も蓋もない話に、ちょっとばかりげんなりする飛鳥。その心情を察してか、視界に映る遥も苦笑気味だ。とはいえ飛鳥も久しぶりの実機での飛行にテンションが上がり気味なので、微妙な気分もそう長続きはしなかった。

 アストラルは高度を維持したまま、飛鳥の意識の視界に表示されているオレンジ色の矢印にそって飛行していく。眼下にポコポコと浮かぶ綿雲を眺めながら、音速を超えた物体特有の甲高い音を掻きならす。アストラルの通る場所を呑みこむような巨大な雲も点在しているが、機体がそこに飛びこんだ途端渦巻くように吹き散らされた。

『なかなかいい速度が出てるじゃない。アストラルのスペック上の速度限界まではまだ少し余裕があるけれど』

 計器のデータをモニタリングしていたらしい遥は、興奮した様子でそう言った。当の飛鳥は慣性制御のせいで全く感じられない加速感に少し困惑した様子で、

「やっぱシミュレーターより出力の安定ラインが高いって感じかなぁ。って言っても、フライトモードでエネルギー配分を偏らせてますけどね。その証拠に、アストラルの発光体の光がかなり弱いですし。つかこれ意外とやばいんじゃ……」

『それもそうね。いまこのタイミングで対空防衛レーザーに撃ち抜かれたら下手をすると撃墜されちゃうわね』

「ちょ、マジで勘弁して下さいよ!! このルート安全なんですよね!?」

 悪戯っぽく言う遥に、流石に本能的な恐怖を感じた飛鳥は慌てた様子で喚いた。しかしまぁ、流石にそれが本当ということはないようで、遥は楽しそうにカラカラと笑っていた。

『冗談よ冗談。自衛隊に連絡したって言ったでしょ? 今だけは不審な飛行物体にも撃たないようにって伝えてあるわ。一応飛行ルートと現在座標も送ってあるからよほどのことがないかぎり、というより万に一つもないわよ』

 起動時点で気付いていたことだが、アストラルの発光部分の光が弱い。普段なら澄んだスカイブルーの強い光を放っている部分が、今はやや暗いのだ。これはフライトモードによるエネルギー配分が、推力を生むブースターや姿勢制御を行うコンピューターに優先的に分配されているからだ。

 ちなみにこの発光体、実は単なる飾りではない。アークが現代兵器に優先される主な理由の一つであるのだが、この発光体はレーザー兵器に対するバリアとして機能するのだ。

 発光体から放たれる特殊な光波は、レーザー光のような干渉のしやすい光を打ち消すことができる。原理としては発光体から常に発する光に何らかの干渉があったとき、それを読み取ることで干渉した光を打ち消すための光を瞬間的に放出するというものだ。逆位相の光でアークにレーザーが届かないようにするといえば本質に近い表現となるだろう。

 とはいえこの対策は光の波としての性質に干渉するもののため、粒子としての性質しか示さない重光子には効果を及ぼさない。発光体自体は全アークの標準装備であるため、おそらく重光子は本来その対策なのだろう。通常のレーザーと比べると、速度の面で圧倒的に劣る重光子は兵器的価値は低いと言えるからだ。

 と、原理だけなら簡単に説明できても実際にはまだ複製さえままならないのだから、それほど簡単は技術ではないようだが。ちなみに発光体が常に発している光の方は、特に周波数が制限されることもないので極端な話赤外線などの不可視光でもかまわない。光の色ごとに反応しやすいレーザーの周波数も変化するが微々たるものなので、色に関しては飾りとしての要素が強いだろう。

 その性質から、発光体から放たれる光は干渉光波などと呼ばれている。また、発光体という名前自体もそれだけではただの光るものでしかないので、その他光源と区別するために干渉発光体などと呼ばれている。

『さしてエネルギーを使うような装置でもないし、わざわざこれに回すエネルギーまで減らす必要はないはずなのだけど……。終わったらシステム変更かしらね』

「いつ落されるか分からないのは怖いんでぜひお願いします!」

『はいはい、お願いされたわ。……さてと、そろそろ降下を始めましょうか。マーカーの代わりにルートラインを表示するから、そちらを参考にして』

「あれ、もう終わりですか? 一分も飛んでない気がするんですけど」

『説明はあとあと、先にルートに乗って!』

「っとと…………よし、乗せました」

 慌てた様子の遥に触発される形で、飛鳥も急いで機体の進路をルートに合わせる。ピピッという小さな電子音が鳴って、視界のオレンジのラインが青に変わった。

 速度変更を指示するメーターに従って音速の三倍近かった機体速度を時速800km程度まで一気に減速させる。速度が低下したからか、機体に遅れて来ていた衝撃波が失われた。これで地上に向かっても建物に被害を与えることはないだろう。

「まだ1分ぐらいしか水平飛行してない気がするけど、もう降下しないといけないんですか?」

『垂直落下ならもう少し余裕はあったけど、行きすぎると面倒だもの。あと音速の三倍近いスピードだったのよ? 一秒で一キロ進むって言えばわかるかしら』

 大気中での音の早さは気圧や気温で多少変化するものの、大体秒速340メートルと考えればいい。先ほどのアストラルの飛行速度はその3倍程度なので、秒速1kmを優に超えている。東京大阪間を直線で約6分半といえばどれだけとんでもないスピードかは容易に想像がつくだろう。当然ソニックブームも出し放題だ。

「あぁ、だから一分だけか……。けど、それでも60㎞ぐらいは離れてるんですよね。隼斗間に合うんすか?」

『直線じゃなくて洋上を大きく迂回するルートで移動してたでしょ、直線距離はそんなに離れてないわ。潜水艇の方は直線で向かうから、結果的にはさほど大きな時間差は生まれないのよ』

 アストラルは機体を晒して移動しているため、極力見られないように工夫する必要がある。そのため創始円教団の集会が行われている場所まで、海岸線から垂直に侵入したいのだ。潜水艇に関してはそういった工夫は必要ないため、ほぼ直線で目的地に向かえるという利点があった。

 ちなみに潜水艇もアーク技術が転用されたものだ。でなければ、海中を移動していて数分程度で目的の場所につけるものではない。アストラルが出撃した港から集会が行われている場所までは二十キロ近く離れている。

 いろいろと理由があっての今回の出撃とルートなのだが、飛鳥はそこまで深くは考えていない。

「もうちょっと飛行したかったけど、しょうがないか……。そういや、アークの研究施設って海に近くないとダメとかってルールでもあるんすか? 確か星印学園も一番近い港まで3キロも離れてませんよね」

『あら、よく気がついたわね。といっても、海に近いと便利だからっていうぐらいの意味しかないわ。現にあまり屋外で稼働させない鞍馬はもう少し内陸にあるしね。けど、今回は海際で助かったわ。内陸だったら潜水艇で隠せない以上きっとバーニングは出せなかっただろうし、チェックメイトだったもの』

 肩をすくめながら心底ほっとしたように言う遥に、当てにされていないと感じた飛鳥はむくれた様子でこう言い返した。

「……別に、隼斗じゃなくたって俺一人で解決できますよ」

『あら、ごめんなさい。そういうつもりじゃないのよ。ただほら、やっぱり二人いたほうが安全じゃない』

 慌てて取り繕う遥を横目に、内心笑いをこらえつつ飛鳥はツンとそっぽを向いた。何気にこのどうでもいいアクションがアストラルの方にも反映されているのだが、生身の身体でやっているつもりの飛鳥はそんなことにも気付かない。不機嫌そうに、彼は言った。

「わかってますよ」

『そう、ならいいのだけど……。さて、そろそろ目的地が見えてきたんじゃないかしら?』

 そう言われて、飛鳥はルートラインの奥の方に目を凝らす。アストラルによってズームというアクションに置き換わると、視界の真ん中に小さくドーム状の建物が見えた。飛鳥は小さく頷いて、音速を超えない程度に機体の速度を再び上昇させる。

『もうすぐ接触よ。アスカ君はとにかく民間に被害が出ないように徹底するの、分かってるわね? それと、エンペラーには話は通じないわ。どうも完全に暴走状態に入っているみたい。危険だから、気をつけて』

「了解です。……ただ、さっき言ったことは冗談じゃないですから。俺は、本気で倒すつもりで行く」

 いつになく真剣な目でそういう飛鳥に、遥は小さくため息をついて同じく真剣な目で答えた。

『…………無茶しちゃだめよ』

「ああ。…………よし、見つけた! 対象アーク・エンペラー、このまま接近する!!」

 ズームなしで、ドームの付近で暴れているアーク・エンペラーをアストラルが捉えた。それと同時、飛鳥の情報視界に表示されていたラインが消滅し、エンペラーにロックオンマーカーが表示される。

 機体が降下する角度を小さくし、エンペラーに向けてアストラルはまっすぐ加速する。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 雄叫びをあげて、エンペラーの背後にアストラルが亜音速で突撃した。

「吹っ飛べ!!」

 寸前で振り向いたエンペラーのどてっ腹に、アストラルの鋭い飛び蹴りが槍の様に突き刺さる。ミサイルばりの破壊力を伴った蹴りは、アストラルより一回り大きなエンペラーの機体を後方に百メートル以上も吹っ飛ばした。

 紺青の巨体が舗装された大地の上を凄まじい勢いでごろごろと転がっていく。二度三度と機体が地面に叩きつけられるたびに地震のような衝撃が生まれ、捲りあげられたアスファルトが黒い弾丸の嵐となって周囲の建物に突き刺さる。

 足に走る鈍い衝撃に、飛鳥はあえて笑みを浮かべる。威力を逃がされた感はなく、直撃だと確信したからだ。

「よっしゃ、派手にいったぜ」

『相変わらず容赦ないわねぇ、不意打ち好きなの?』

「別にそういうわけじゃ……、とにかく注意をこっちに引かないとダメなんでしょ」

『ま、それはそうだけどね。それとアスカ君、早いうちにフライトモードから戦闘モードに戻しておかないと、武器が使えないわよ』

「おっと、忘れてた。あぶないあぶない」

 相手のエンペラーが吹っ飛んでいるのをいいことに、飛鳥は一旦意識の目を閉じる。メインシステムのモード変更はかなり深い部分の設定なので、情報視界からの操作では変更ができない。一時的に運動神経の接続を遮断することで、コックピット内の身体を動かしてコンソールを操作する必要があるのだ。

 視界だけなら肉眼視界でVRシステムを起動したまま確認することもできるのだが、残念ながらその状態では身体は動かない。

 服が身体にすれる感触に合わせて、飛鳥は自分の身体に感覚が戻ってきたのを実感する。頭を固定するヘッドギアが外れているのを確認して、両手の固定具を解除した。

「確かここを選択して、これを押せばモード選択画面だっけ」

 フリーになった両手を使って、巨大なモニターの下に取り付けられたタッチパネルを操作する。飛鳥が触らないだろう部分は表示がされないように変更されており、操作はかなり簡略化されている。ゲームのオプション画面をイメージすればわかりやすいが、要するにその程度の情報量しか存在しないのだ。

 ポンポンと何度か画面をタップして、モードの変更画面に移行する。

「あとは戦闘モードに変更すればオッケーだな」

 モード選択画面に現れた【保護モード】【戦闘モード】【フライトモード】の三つの中から、飛鳥は迷いなく【戦闘モード】を選択した。

 戦闘モードは本来のスペックの発揮といえるもので、武装や防御、機動力全てに一定の出力を与えるものだ。フライトモードでは武器の使用ができないうえ、先ほど話題に出たとおり防御力が大きく落ちる。継続飛行ができなくなるとしても、やはり戦闘モードにするのが的確なのだ。

 保護モードに関してはあくまでも実験用。各種リミッターが強くかかり、暴走したとしても被害を最小限に抑えるためのものだ。普段の動作実験はこのモードで行なっている。これについては、初回起動時と仕様が大きく変わっている。

 システムのローディングアイコンが明滅し始める。飛鳥は両手の指を組んで、手にひらを前方に向けて大きく伸ばす。パキパキという快音が鳴り、指の関節に熱が宿る。手持無沙汰に手を開いて閉じてを繰り返していると、モード変更が完了した。

 正面の巨大なモニターに現れたシルエットに従って、再び身体をシートに預ける。ガシャガシャとやかましい音を鳴らして、飛鳥の身体がシートに縛り付けられた。ヘッドギアが頭を覆うと、再び視界が黒く染められる。

 闇に光が走る。閃光が一つ、二つ三つ四つ五つ――――

 光が弾ける。視界が色を取り戻す。世界が息を吹き返した。


 砕けたアスファルトの上、もうもうと立ち上る土煙の中に浮かび上がるシルエットを、飛鳥は強く見据えた。

 パラパラと黒い礫が降り注ぐ、一向に消える気配の無い灰色のカーテン。

 そこに変化があった。

 風を切る音とともに、薙ぎ払われた砂塵が破裂するように広がっていく。

 シルエットだったそれはたった一つのアクションで、千切れ雲の浮かぶ蒼天の下に鮮やかな紺青を映し出した。

 ―――アーク・エンペラー

 恐らく10mはあるだろうその巨体は、紺青の装甲に包まれている。見た目に堅牢さを感じさせるそれだが、バーニングとは違い人間らしさのような物を醸し出している。兵器の装甲というより鎧のような雰囲気だ。立ち姿が既に威圧感を生み出すエンペラーは、頭部の王冠のような金色のパーツと相まってその名の通り帝王のようにさえ見えた。

 装甲の隙間からのぞく関節は漆黒、と全体的にダークなカラーリングだが、その中にあるからこそ装甲の縁を彩る金色が輝いて見える。胸の中心のコアはひし形で、装甲に模様のように刻まれた発光体と同じく紫紺の輝きを放っていた。

 そしてその巨体の両肩の横辺りから背中までを囲う6枚の縦長の金属板。先端が三角に尖ったそれは、背中から伸びた2つの扇形のパーツからつりさげられており、どこかマントのような印象を与えている。

 左腰には剣の鞘のようなものがあるが、そこに収まるべきものは今は無い。右手に握られた漆黒の剣が、今は何よりも強い存在感を示していた。

 漆黒の剣を握りしめたその機体は、紫紺の光を強めてアストラルと相対した。

 アストラルもまた、両の手に銃を持って立つ。機械の視線が鋭利さをも宿し、全身に走るスカイブルーの光が一層その輝きを増した。

「行くぞ!」

 大地を踏みしめ、アストラルがエンペラーに真正面から突撃する。

 大上段に剣を振りかぶったエンペラーの脇をすり抜けて、即座に背後を取った。

「隙だらけなんだよ!」

 敢えて再度突撃することはなく、機体を後方に流しながらフォトンライフルを撃ちこんでいく。背中を覆うような金属製のマントらしきものに着弾した光弾が弾けるが、エンペラーは構わずその剣を振り抜いた。

 アストラルを追うように振るわれた黒い剣が、空気を裂く轟音を奏でる。

 黒剣のサイズは片手用直剣サイズだが、重量はそれなりにあるのだろう。重みを感じさせる斬撃だが、それがアストラルの華奢な身体に触れることはない。

 振り抜いたその隙を、さらにフォトンライフルの追撃が襲いかかった。

 光弾が弾け、重光子弾特有のワンテンポ遅れて加わる圧力がエンペラーの脇腹を叩いた。だが、エンペラーはひるむ様子すら見せない。

「効いてはいないか……」

『見た目からして重量級だから、もしかしたらフォトンライフルの衝撃ではダメなのかも。決して威力が低いわけではないけど、こうもサイズ差があるとうまくダメージは通らないみたいね』

「ダメージどうこうってより、単純に衝撃でひるまないってところか」

 大きなダメージを狙えない以上、手数で押していくスタンスになるだろうか。いずれにせよ飛鳥はフォトンブレードを使用した近接戦には慣れている、負けることはないだろう。

 さあどう出るか、と飛鳥が様子見するなか、ゆらりと身体を持ちあげた前方のエンペラーが地面を踏み砕いた。

 一歩が地響きを生む巨体が、黒剣を構えて駆ける。だが、スピードは決して早いものではない。

 対するアストラルはその場にとどまるという選択をする。先ほどすれ違った時のエンペラーの攻撃を見て、飛鳥にはそれを見切れるという確信があったからだ。

 アストラルの眼前で縦に振るわれた斬撃を、横にステップして紙一重で回避する。巨大な質量が高速で大地を切り裂き、断面が溶岩のように赤熱。赤く湧き立つ地面に噛みつかれたような黒剣のすぐ横で、アストラルの足先が火花を散らした。

 エンペラーの視界のなかで、アストラルが白い残像となって掻き消えた。

 つま先を軸に機体をひねり、回避と同時にエンペラーの横をすり抜ける。すれ違いざまに振り抜かれた光刃が、紺青の装甲に一筋の傷を付けた。

 この攻防において、アストラルが無傷としてもエンペラーのダメージも無いに等しい。互いに攻めの手を緩める理由はなかった。

 未だ赤く染まったままの大地から黒剣を抜き去り、エンペラーはその場で振り向くや否や、両手に持った黒剣を地面ごと抉り取るように斜めに振り上げた。

 巻き上がる烈風が飛び散ったアスファルトの破片を数十メートルも上方へ吹き飛ばす。下手をすると直前の振り下ろし以上の斬撃速度。吹き荒れる風を切り裂く剣先は、しかしアストラルの純白の装甲を掠めることすらない。

 振り上げを後方にステップしてやり過ごしたアストラルの視線は、剣先が上に向かう瞬間を確実にとらえていた。

 両脚をフルに活用し、アストラルは機体の重心を一気に前へ。ブースターの推力をも利用してエンペラーの懐へ一瞬にして飛び込んだ。その右手には、弓の如く引き絞られたフォトンブレード。

「はっ!」

 短い呼気。

 大気を割り裂き、音よりも早く光刃が突き出される。

 機体の速度をも加算されたその刺突は、いかに堅牢な装甲であろうとも貫き通す。

 刃がうなりを上げ、エンペラーの胸に向かって突きたてられようとする刹那―――

 エンペラーのコアの周囲が、不気味に瞬いた。

「―――っ!」

 実感として存在しないはずの飛鳥の背筋に、冷たい感覚が走った。

 アークにより強化された思考が、それでも本能を優先した。突き出された右腕ごと全身を振りまわすようにして真横に飛びのいたアストラルの足先ギリギリを、24の閃光が掠める。

 エンペラーのコアの周囲を囲うようにして配置された24門の重光子砲、その砲口から紫の閃光が一斉に放たれたのだ。

 放射状に放たれた光は、とてつもない弾速で槍の如く地面あるいは建物の壁に突き刺さる。食らいついた閃光は、焼き切るでも突き抜けるでもない。ただ破裂した。

 そこにあったはずの景色は、一瞬にしてクレーターだらけの更地へと姿を変える。

 その惨状は飛鳥の喉を干上がらせるには十分だった。

「なっ―――!?」

 一瞬の判断を誤っていればどうなったか、それが容易に想像できる光景に飛鳥は言葉を失う。この時点で飛鳥アは確信していた。エンペラーにはもはや加減も容赦もない、と。

 次の攻撃に備え両手のフォトンブレードを戻しながら、地面を転がるようにしていた機体のバランスを慌てて取り戻す。

 威力に反して反動は小さいのか、エンペラーは即座にアストラルの方に身体を向けようとする。

「くっそが! 喰らえ!!」

 先手とばかりに、アストラルは腰に取り付けられたプラズマバズーカから雷弾を撃ち放った。まっすぐ向かい合っていないので片側からしか撃てないが、それでも高い破壊力を誇る一撃だ。

 攻撃を加えようと振り向いたばかりのエンペラーには、間違いなく回避は不可能。

 強烈な反動と共に放たれた雷弾は、認識さえおぼつかないほどの速度でエンペラーへと食らいつく。

 だが直撃の瞬間、エンペラーの横に下がっていた一枚の金属板が突如としてひとりでに動き、雷弾とエンペラーの装甲の間へともぐりこんだ。

 直後、青い爆発がエンペラーを呑み込む。高圧縮のプラズマ弾が、着弾と同時にその力を全方位にまき散らしたのだ。

 絶大な破壊力を誇るその攻撃は、バーニング相手でさえその堅牢な装甲の一部を吹き飛ばしたほどだ。

 だからこそ、だろう。飛鳥が目の前の光景をすぐには信じることができなかったのは。


 爆発が、さらに内側から破裂する。


 視界を覆っていた煙が晴れた先に現れたのは、傷一つないエンペラーの姿だった。

「嘘だろ……、直撃だぞ!?」

 それを目の当たりにした飛鳥には、もはや驚愕を隠すだけの余裕もない。

 アストラルの持つ、アストラルカノンの次に高い威力を持つプラズマバズーカの一撃を受けてなお、エンペラーの装甲は無傷だったのだ。それどころか、本体を守るように飛び込んできた金属板ですら傷一つない。

『尋常じゃない強度……。アークのフレーム材と同等レベルね』

「それってもう何やっても壊れないって言ってるようなもんでしょ、ありえないだろ……」

 アークのフレームは堅牢だ、というのはアークに関わるものなら誰でも知っていると言っていい。程度を解りやすく表現するなら、戦略兵器レベルのエネルギーがないと破壊不能、と言ったところだろう。

 そして問題はそれだけではない。

『それに、今の防御の仕方…………どうやら、それ自体が本体を守るように動くと考えたほうがよさそうね』

 前方がガラ空きと言ってしまえば確かにそうだが、それは見てから回避もできる。それに加えて正面には先ほどのレーザー砲もある、真正面に構えて砲撃はリスクが大きすぎる。

 今回のミッションは時間的制約がある以上、あまり長期戦の消耗戦に持ち込むことはできない。そして前述の通り、エンペラーの真正面に居座ることもほぼ不可能だ。となれば移動しながら強力な攻撃を加えていくしかないわけだが、フォトンライフルは威力に欠けるしプラズマバズーカは防御の隙間をかいくぐれるほど精度がよくない。

「となると、打てる手は限られてるか……。よし」

 アストラルは構えていたプラズマバズーカから手を離し、両手を斜め下にまっすぐ伸ばした。二の腕に取り付けられていたフォトンブレードがレールを伝って高速で手元へやってくる。展開されたグリップを強く握りしめると、ガラスにひびが入るような鋭い音を掻きならしながら青白い光の剣が生成される。

 腰を低く落とし、両手のフォトンブレードを構えてエンペラーを睨みつける。地面を強く踏み締めた。

 風を切り、駆けるアストラル。

「一撃離脱で関節を狙う! それなら防御も関係ねぇ!!」

 言いながら、飛鳥はエンペラーの一挙手一投足に全神経を集中させる。音が消えるほどの集中の中、エンペラーの右腕が振り上げられるのをとらえた。

「せいッ!!」

 空間ごと叩き斬らんとするエンペラーの斬撃をすんででかわし、振り下ろされた右腕の肘の部分を両手の光刃で切りつけながら飛び上がる。慌てて頭上に目を向けようとするエンペラーの頭部を踏みつけ、再度上昇。

 くるりと宙返りをするアストラルを見上げる形で、剣を地面から抜き取ったエンペラーの胸の砲が捉えた。

 背筋が凍る感覚。だが飛鳥はそれを前もって体験していたからこそ、強化された思考に従い脊髄反射よりも早く行動する。

 煌めきと共に、天空に向けて24の閃光が放たれる。それは一瞬にして大空に浮かぶ白い雲を貫くが、敵であるアストラルには傷を付けることすら叶わない。

 その姿は、既にエンペラーの足元にあった。

 遅れて現れる二筋の光の残像。

 エンペラーの両肩付け根を断つようなその軌跡は、フォトンブースターにより急降下したアストラルの光刃による斬撃だった。

 確かな手ごたえ。着地の衝撃を両脚で吸収したアストラルは、エンペラーを見もせずに後方へ飛び退った。

 直後に、アストラルの居た場所を刃が通った。足元をすくいあげるような攻撃が傷つけたのは、やはりアスファルトだけだった。

 だが、今度はエンペラーもそれでは終わらない。振り抜いた右手をそのままに、バク転の要領で機体の体勢を立て直そうとするアストラルの元へ、勢いよく飛び込んでいく。

 今度は何らかの推力による補助があったのか、先ほどとは一線を画す速度でエンペラーは駆ける。数十メートル離れていたアストラルの元まで一歩でやってくると、居合切りのように黒剣を振り払った。

 対して、アストラルは自らの行動を維持した。真上に飛び上がろうしていた腕の力の向きを変え、重心を後方に向けたままバク転。ちょうど起き上った機体の首をはねる軌道を描く刃は、そのままもう一度バク転をしたアストラルの頭部前面を掠めるにとどまる。

 足を大きく振り上げ、その勢いを移動に転換する。踏み込みを含めて剣が届かない程度の距離まで離れると、アストラルはその姿勢を立て直し、視線を前に向ける。

 二つの巨人が奏でる轟音が止んだ。それは互いの行動を先読みするための、千分の一秒の静寂。

 視線が交わる。

 先に動いたのは、やはりアストラルだった。

 地面を強く蹴り飛ばし、縦に回転しながらエンペラーへと大きく弧を描くようにして飛びかかる。両手には当然のようにフォトンブレードが握られている。機体の回転をも利用して、凄まじい速度の剣撃を放つ。

 これには流石のエンペラーも回避の動作を取った。全身を使ったその一撃は、ガードしても押し切られる可能性があったのを考慮していたからだ。そして、それは飛鳥も同様だった。

「もらいだ!!」

 回避の動作を見切り、後ろにステップしたエンペラーの脇腹を切りつけようとする。だがアストラルが大きく一歩踏み込んだ瞬間、エンペラーが強引に身体を回転させながらでたらめに剣を振り払った。

 吹き荒れる黒い刃。狙って振るわれたものかは飛鳥には判別がつかないが、結果としてその軌道はアストラルを正確にとらえている。

「くっ……あぁぁぁっ!!」

 眼前に迫りくる黒剣が呼び起こす本能的な恐怖をねじ伏せ、小さく跳ねながら両脚を折り畳む。全身を回転させるエンペラーの脇腹を蹴りつけて、アストラルは一気に真横へ軌道を変えた。あまりにも瞬間的な状況の変化に、ビームブースターの使用が追いつかないのだ。

 横に飛びのいたアストラルの両脚の隙間を黒剣がすりぬけ、勢い余ったエンペラーがその場で一回転をする。

 反撃のチャンスだが、アストラルも今回は受け身すら取れていなかった。

「ぐぅ!!」

 叩きつけられるアストラル。背中を地面に擦りつけ、しかし勢いを殺しきれず滑りながらひっくり返った。一体どれほどの勢いで飛びのいたのか、轟音を掻きならしホールらしき建物の外壁に背中をしたたかにぶつけて、ようやくその動きを止めた。

『アスカ君、危ない!!』

 身体に走る疑似的な衝撃にきつく目を閉じていた飛鳥は、遥の声に即座に目を見開いた。

 そこには、深紅の瞳から殺意さえ滲ませるエンペラーの姿。両手で握られた黒剣の刃は、横たわるアストラルの胸の中心へと狙いを定めている。

「――――ッッッ!!!!」

 息が干上がるよりも早く横に転がったアストラルの居た場所に、鋭い音を立てて黒剣が突き立てられた。かわされたのを見るや、深く地面に差し込まれた黒剣をすぐさま抜き取るエンペラー。その視線は、地面に転がったままその姿を見上げるアストラルに向けられていた。

 もう一度剣を持ち直す。放たれるのは、考えるまでもなく必殺たりうる刺突の一撃。

 だが、今度は無様に避けるつもりはない。飛鳥は奥歯を噛みしめて、切っ先を下にしたまま剣を持ち上げるエンペラーを睨みつける。両手を剣ごと頭上に持ち上げたエンペラーは、アストラルの反撃をまるで考慮していなかった。

「調子に乗ってんじゃ……!!」

 腰からハの字に広がったプラズマバズーカを引っ掴むと、寝転がったまま二つの砲をエンペラーの胸元へと向けた。それを見てとったエンペラーが慌てて剣を振りおろそうとするが、一瞬遅い。

「ねぇよッッ!!!!」

 剣先が今まさにアストラルを貫こうとする刹那、砲口が火を噴き二つの青白い雷弾を撃ち出した。圧倒的な弾速は、その距離も相まって発射とほぼ同時に着弾する。発射音と着弾音、二つの轟音が共鳴し、そこにあった音という音を消し飛ばした。

 真正面の胸のあたり、マントでは防御できない位置だ。装甲に高圧縮プラズマ弾の直撃を受けたエンペラーの巨体が、爆発と共に真後ろに吹っ飛んだ。

 錐揉み回転をしながら、エンペラーは数百メートルもの距離を一瞬で突き抜けた。

 地面を引きずられるかのように吹き飛ぶ巨体は、舗装を引き剥がしその下の土ごと抉り取る。巻き上げられた土煙が、アストラルとエンペラー両者の視界を遮った。

「まだだ!!」

 起き上がると同時に飛び上がり、ビームブースターの推力でもって一気に土煙のカーテンを突き抜けようとするアストラル。

 追撃とばかりにフォトンブレードを突き出し、莫大な速度を蓄えたまま突進する。

(このチャンス――――、一気に押し切るッ!!)

 そう考える飛鳥。それに従い最大速度で突撃するアストラル。

 その腹部が、突如横薙ぎの斬撃を浴びた。

「え…………?」

 理解ができない。何が起こったのか、強化された思考ですら把握していなかった。

 情報視界が映し出すエンペラーとの距離は、未だ100メートル近く離れている。なのに、剣による攻撃を受けた。

 それを飛鳥が認識した瞬間、腹部に尋常ではない痛みが駆け抜けた。

「ぐぅああああああああああああああああああああああ!!!!」

 フィードバックされたのは、ただの衝撃のはずだった。だが飛鳥という人間の理解の範疇を超えた衝撃は、もはや痛みとなんら変わらない。

 凄まじい勢いで吹き飛ばされながら、飛鳥は激痛に悲鳴を上げる。その間にも機体は高速で吹っ飛んで行き、数百メートルと離れた位置でようやく停止した。

 痛みをこらえた飛鳥がよろよろとアストラルを立たせた時、前方に立ち上っていた土煙が吹き散らされた。

 エンペラーのいた位置を中心に、竜巻のような暴風が吹き荒れたのだ。

 現れたのは装甲の右胸部分に黒ずんだ焼け跡を付け、マントのような6つの金属板を全て失ったエンペラー。最初飛鳥は、マントを全て防御に回したのかと思ったが、それがすぐに間違いであったと知ることになる。

 6つの光が、空間を一斉に切り裂いた。だが、それもまたただの光ではない。

 剣。

 柄に赤い宝石のようなものを埋め込まれた剣が、その刃でもって日の光を反射し生み出した光だ。

 だからそこには、6つの剣があった。空中をひとりでに漂う、6つの剣が。

「な、なんだよ、あれ…………!?」

『そんな…………いくらなんでも、こんな……』

 あり得ない光景に、飛鳥はおろか遥でさえも言葉を失った。

 金属製のマントだと思っていたものは、全て機体を囲っていた剣だったのだ。重力など無いとでも言うかのようにただ空中に静止する、それぞれがアストラルの全高ほどもある巨大な6つの剣。それはもはや、見えない6体の何かが剣を構えているようにさえ見えた。

『邪魔をするな……』

 通信回線をこじ開けて、エンペラーのコックピット内の声が聞こえた。

 怨念じみた少年の声。少なくとも、尋常な者が出せる声では決してない。

 身がすくむのを自覚しながらも、飛鳥はエンペラーの姿から目を離すことができなかった。その機体が持つ黒剣が自身に向けられるのを、ただ無言で視界に収めていた。

『僕に、従え……っ』

 エンペラーの赤い相貌が、アストラルを捉えた。帝王が放つ重圧は、それまでとは比べ物にならない。

 ふわり、と音も無く剣がエンペラーを取り囲む。

『僕に、従ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!』

 6つの剣の切っ先が、一斉にアストラルに向けられた。

更新ペース再度変更。詳しくは活動報告をば

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