2章『交わる時』:6
「一仕事って、何するんすか?」
そんな飛鳥の質問には、移動しながら説明がされるということになった。どうにも状況は切迫しているようで、いろいろと急いで対応しなければならない事態に直面しているらしい。
というわけで、飛鳥達は事務区画の灰色な廊下の上を歩いていた。速度は早歩き気味で、飛鳥の傍らには愛もいた。愛はいつも通り無表情で、遥に関してもなんというか普通の表情だった。状況を分かっていない飛鳥だけが、微妙に漂うピリピリした空気に当てられて顔を強張らせていた。
落ち着きのない飛鳥に気を使ってか、遥は冷静な口調で話し始める。
「やっぱり神原の起動実験は失敗したみたいでね、暴走して周囲に被害を与えていたのはわかっているでしょ?」
「はい、一緒に見てたしそれは分かってます」
「よろしい。で、ウチが倒すことになったの」
「いやそこが全然繋がらないです」
もう露骨に話がぶっ飛んでるせいで、理解が全く追いつかない。
神原のアーク、エンペラーが暴走した。そして飛鳥達はそれを把握している。そこまではいいとして、なぜそこから飛鳥達がそれを倒すという方向に話が進むのだろうか。混乱をきたした飛鳥の頭には、どうにもその辺りに理解が及ばないのだ。
首をかしげていると、遥が肩をすくめた。
「そうね、流石にそこは言わなきゃ分からないわよね」
考えをまとめるようなそぶりを見せた後、遥は淡々と話し始める。
「日本のアーク研究が秘密裏に行われているのは知っているわね。で、今回神原の実験のせいでそれが限られた範囲であれど公になってしまったの。それだけならコストを度外視すれば隠蔽する方法もあるのだけど、暴走しちゃったじゃない?」
飛鳥は頷いて、
「そうですね。けど、なんでいきなり暴走したんですか?」
「そこはまだ分からないわ。解決してからじっくり調べることになりそうだけど、本題はそっちじゃないの」
遥はポケットから白いケータイを取り出すと、顔の近くで軽く振った。
「さっき自衛隊に連絡を取って確認したのだけど、やっぱり政府側からエンペラーの鎮圧をすることが即座に決定されたらしいわ。そして、アーク研究は暴走と隣り合わせの危険なものだと判断された、ともね」
「それってマズいんじゃ……」
さらっと『自衛隊』という言葉が出てきたが、飛鳥は今更ツッコまない。
日本でアーク研究が公にならない理由は、それが未知の兵器だからという部分が大きい。兵器運用という点に関しては倫理的な問題もあるのだが、やはり重要なのは安全性ということだ。
現代技術を大きく凌駕するアークには、単機で戦艦数隻に匹敵する戦力となるものも多い。そして人の搭乗を条件とするとはいえ、それらは基本的に高度なコンピューター制御によって動作している。もしその制御が人の手を外れひとたび暴走を始めれば、おそらく辺りを破壊し尽くしてもそのアークが止まることはないだろう。なまじ無限エネルギーを動力源に据えているため、エネルギー切れによる停止も望めないのだ。
それだけが理由というわけではないが、アーク研究は大胆ながらも慎重さが求められる。
この国において水面下でのアーク研究が認められているのは、最低限決して一般に対して被害を与えないことを企業などが国に対して約束しているからに他ならない。つまり、国が本気で取り締まろうと行動すれば、たとえ東洞というこの国最大の財閥であろうとも、即座にアークを手放さざるを得なくなる可能性もある。
「国が危険だと判断した以上、当然私達東洞側の人間としても、なんとか安全であることを示さなければならないわ。もし研究が本格的に取り締まられれば、下手をすれば所持しているアークの所有権を破棄しなければならないかもしれないから。それで向こう側から条件として出されたのが……」
「自衛隊の代わりに、エンペラーを撃破しろってことですか」
「ええ、そのとおり。話が早くて助かるわ。……っていうか連中、今日の公開のこと当たり前のように知っていたのだけど」
「政府ってそんなもんなんですかね」
「かしらね。やってられないわ、ホント」
遥は面倒そうに呟くが、興味がないのか愛は気にした様子はない。だが、飛鳥としてもどこか釈然としない部分もある。早歩きの足は止めないまま、頭にわだかまる曖昧な部分を言葉にする。
「けど、手段はそれでいいんですか? それって結局兵器を兵器で制圧してるだけじゃないですか。確かに暴走は止めれるだろうけど、やってること自体は同じく破壊って、解決になってないような気がするんすけど」
「要するに、求められているのは一つ。緊急時にアークを停止に追い込む手段が、あるのかどうか」
口を開いたのは、飛鳥の右隣りで黙って話を聞いていた愛だった。彼女は特に飛鳥に視線をくれることもなく、
「それに、あまり研究が進んでなくても、エンペラーもアークの一つ。通常軍事がどこまで通用するか、分からない。だから可能な限り、自分たちに損害が出ないようにしたいんだと思う」
「それと、私たちがアークを御しきれていることを証明させたいんでしょうね。東洞が所持するアークを用いたエンペラーの撃破、という手段が許されている辺り、最悪両方が暴走することになってもあわよくば共倒れを狙えるからってところかしら。アーク同士の戦闘で消耗した後なら、通常軍事でも対応はそう難しくないはずだもの」
遥の補足で合点がいった。どことなく作為的なものを感じるのはどうせ利権か何かが絡んでいるからだろうと適当に判断して、飛鳥はそこには踏み込まなかった。
何の自慢にもならないが、飛鳥は頭のいい方ではない。小難しい話に関しても、自分に直接関係するアーク関連の事はともかく、それ以外のことにまで開放できるほど彼の知識の戸口は広くないのだ。
ともあれやることはアークを駆ってエンペラーを撃破する、と明確である。
飛鳥は研究でも詳しいことは分からないので、その辺りで遥の役に立てていたという実感はない。しかし今回に関しては別だ。
活躍のチャンスだとばかりに拳を握りしめていた飛鳥は、視界の端に数枚の書類を握ったまま駆けてくる隼斗の姿をとらえた。
「隼斗、どうだった?」
「とりあえずバーニングと出撃ゲート、あとは小型潜水艦の準備を指示しておきました」
「オッケー、模範解答ね」
軽く息を切らせた隼斗に笑みを返すと、遥は書類を受け取ってさらに速足で歩き始める。飛鳥達が後ろに着いてきているのかも確かめないまま進んでいく姿は、やはり彼女らしいといえた。
事務区画を抜けた飛鳥達は、そのままの足でアークの置いてある整備上へと来ていた。ガレージとも呼ばれるこの整備場は、広い空間にアークのデータを収集するための大型の機械がズラリと並べられた空間だ。今日の朝に使っていたシミュレーター休憩室もここにある。
ここはあくまでも機体を整備するための場所であり、そのついでとデータ収集用の機器があるだけなので解析のための機器は置かれていない。解析に関しては、駆動系やシステム系などそれぞれに細かな研究室が割り当てられているが、それはこの整備場とは別の場所にある。それ以外にはアークの拡張パーツや武装の開発、製造を行う区画も存在している。
星印学園地下研究所はとかく巨大で、実のところ星印学園の地下に完全には収まっていない。整備場だけでグラウンドとほぼ同程度のサイズがあるため、他の区画のスペースを考慮するとどう見ても場所が足りていないのだ。部分的に複数階層にするなどいくつか対策もされているが、そういったごまかしが通用しないものもある。
例えば、出撃用カタパルトなど。
「おぉ、シャッター開いてる!」
「出撃ゲートの準備はしたって言っていたでしょ? というかアスカ君、随分楽しそうね」
「あ、いや、あれ見るの久しぶりなんでちょっとテンション上がってて……」
苦笑しながら尋ねる遥に、飛鳥は恥ずかしそうに後頭部を掻きつつそう答えた。
飛鳥も初登場であるアクエル事件の時こそ屋外で大立ち回りを見せたものの、そこまで大規模な実験などはそうそうできるものではない。そのため、普段のアークの実験はたいてい整備場内での基本的な動作実験、あるいはシミュレーターを使った戦闘訓練程度である。
実際飛鳥が屋外でまともな動作実験をしたのはアクエル事件を除けばたったの一回きりで、その時も実機を使った飛行データの収集が目的であった。内容が内容だけに実験自体はものの30分程度で終わってしまって、不完全燃焼な感を抱いたのを覚えている。
ちなみに、このとき軽くバーニングとの模擬戦闘も行おうとしたのだが、その際に飛鳥が飛行しながらの戦闘行動ができないことが判明したため中止になったりもした。
データの収集が終わり次第即座にアークは研究施設に回収されたのだが、つまりはそれほどにアークの情報の秘匿性は高いということだ。
「ともかく、急ぎましょう。出撃ゲートのポータル接続ポイントは?」
「B-3、ここから一番近い港の待機所です」
「妥当ね。潜水艇はそちらに待機させているのかしら?」
「そうするように要請はしていますが、まだ準備は完了していないみたいです。あと5分弱はかかりそうです」
「少し遅いわね……」
遥があごに手を当てて考え込むそぶりを見せた。やはり時間が無いのか、わかり辛いもののその横顔からは微かに焦りの色が伺えた。
「潜水艇って、そんなもん使うんですか?」
が、まぁ飛鳥は気付いていないので、そんなとぼけた質問をした。遥は悩むそぶりを止めると、
「ええ、そうよ。目的地まで距離があるから、バーニングをそこまで送るには潜水艇を使った方が早いの。……とは言っても、準備に五分かかるんじゃ意味もない気がするけど」
「ですが会長、バーニングの速度で海上を移動するのは機密性の観点からリスクが大きいと思いますが……」
「わかってるわよ。けど、早く止めないと神原の私有地の外にまで被害が出かねないわ。そうなったら機密も何もないでしょ」
「それはまぁ、確かにそうですが……」
状況は切迫しているものの、ならばこの瞬間に何ができるかというと、迫りくる刻限を刻む時計を黙って眺めているより他ないのである。歯痒さからか、遥は眉間にしわを寄せて地面をつま先で叩いていた。
気にしていないどころか気付いてすらいなさそうな愛はともかくとして、飛鳥はこのピリピリとした空気に早くもギブアップ寸前だった。何か打開策でも提示できればいいのだが、あいにくどういう選択肢があるのか自体を知らないためそれも無理な話である。
なんとかしてくれ、とばかりに他力本願な視線を隼斗に向けると、視線に気づいたのか彼がこちらへ振り返った。目が合うと、申し訳なさそうに苦笑して肩をすくめる隼斗。どうやらいい案は浮かんでいないようだ。
どうしたものかとちょっと考え込むこと数秒、自分のつま先に視線を固定していた飛鳥はふとあることに気付いた。
「だったらそれ、俺にやらせてもらえませんか?」
恐る恐る手を上げる。
「……それはありかも」
完全に思いつきだったが、思いのほか愛は賛成派であった。しかし、肝心の遥の表情は硬い。
要は速度面での問題なのだろうというのを遥達のやり取りから読み取っての提案であったが、飛鳥に任せるとなるとそれはそれで新たな問題が浮上する。
「たしかにその手はなくもないけれど、それはやっぱり危険よ。シミュレーターでの経験があるといっても、アスカ君は実戦の経験が無いでしょ? それに相手は未知のアーク、対策なんてできていないのよ。危険な目に合わせるわけにはいかないわ」
「しかしこれ以上待っているわけにはいきません、一刻も早く止めに行くべきです。たとえ撃破ができたとしても、民間に被害が出た後では遅いですし。潜水艇無しで直接バーニングが出撃したとしても、どのみち5分以上の時間はかかります」
「それは、そうだけど……」
隼斗の言い分ももっともなのだが、遥はやはり踏ん切りがつかないようだ。即断即決な彼女がこれほどまでに迷うというのは、やはり飛鳥の身が心配だからか。
流石にそれまで自意識過剰ということはないだろうと考えた飛鳥は、不安げに視線を送ってくる遥に、任せてくれとばかりに力強く頷き返した。
遥は眼を見開くと「まったく……」と、どこか嬉しそうにため息をついた。
瞑目して、深く息を吐く。瞼をこじ開けた視線が、深い瑠璃色を湛えて飛鳥をまっすぐに射抜いた。
「わかったわ、今回はアスカ君に任せましょう」
瞳に力強さを取り戻した遥と、拳を強く握りしめる飛鳥。
それを見た隼斗はポケットから人差し指程度の円筒状の通信機器を取り出して、飛鳥達に背中を向けると何事かを話し始める。
十秒と待たずして、再びくるりと振り返った。
「というわけなので、『コードA・アストラル』転送準備できてます」
「というわけじゃないわよ早すぎるでしょ!?」
脈絡を場外までかっ飛ばした隼斗の発言に、さしもの遥も思わず声を荒げた。ですよねー、とでも言いたげな苦笑いで、隼斗は後頭部を掻きつつ、
「なんと言いますか……。アストラルの研究班が、たまにはフルスペックを出させろという要請が受け入れられなかったのを根に持っていたみたいでして、ここぞとばかりに……。『むしゃくしゃしてやった、後悔はしていない』だそうです」
「オッケー、あとでお説教よ」
飛鳥としては逆によかったじゃん、といった感じだが、遥はむっとした表情を浮かべていた。
転送準備ができているということは、既にポータル内にアストラルを収めているということである。これでもしアストラルではなくバーニングを出すということになれば、今準備しているアストラルをポータルから出してバーニングを設置し直すという二度手間になってしまう。一刻を争うこの状況では、なおさら結果オーライでは済まされないのだ。
ならばこそここで愚痴を漏らしているわけにはいかない、遥は被りを振って気持ちを切り替えると、飛鳥の方に向き直った。
「それじゃあアスカ君は私に付いてきて、出撃の準備をするわ」
「はい!」
多少力んでいるのが伺えるものの、モチベーションの高さを感じさせる飛鳥の返答。
「それと隼斗はスクランブルっぽく待機しておいて」
「研究所なんでそんなの無いですけど、了解しました」
対して、余裕気味なのか冗談を交えつつ朗らかに答える隼斗。
「愛は……、まぁ好きにしてくれていいわ」
「…………」
大方の予想通りに無言で頷く愛。
三者三様のリアクションに呆れた笑みを浮かべながら、遥はポケットからある物を取り出した。
小さな回路基盤のついた、注射器のようなもの。
ナノマシンにより、アークのライセンス認証を偽証するアイテムだ。
「っ! 遥さん、それ!」
「ええ、ダミーライセンスよ。まともな戦闘になるでしょうから、私が操縦支援をするわ」
遥は事もなげにそう言うが、そんな手軽に使えるものではないことを飛鳥は知っていた。
ダミーライセンス自体はさほど危険なものではない(らしい)。しかし、それを利用した操縦支援を行う際、ダミーライセンスの使用者はこの研究所にある量子コンピューターから思考補助を受けなければならない。この思考補助が、使用者の脳に酷く大きな負担を掛けてしまうのだ。
その辺りの事情を鑑みて、飛鳥は思いきり首を横に振った。
「ダメですよ、遥さん! それ使ったら脳に悪い影響が出るって自分で言ってたじゃないですか! 今回は俺がなんとかする、それは絶対に使わないでください!」
「そう悠長なことを言っていられる状況じゃ……」
「遥さん!!」
聞き入れようとしない遥に、飛鳥は叫ぶようにそう詰め寄った。
戦いたいと言ったのは飛鳥自身だ。そのために遥に負担を負わせるなど、あっていいはずがない。
「任せてください」
「けど……っ。…………ああもう、わかったわ」
まだ何か言いたげな遥だったが、絶対に譲らないとばかりに真剣な目をした飛鳥を見て渋々ながらそう答えた。
「じゃあアストラルはアスカ君だけが操縦。その代わり、私がオペレーターとして入るわ。それと保険に隼斗はバーニングでの出撃準備を再開して頂戴。終わり次第援軍に入ってもらう。これ以上は譲らないわよ、いいわね?」
早口にまくし立てられたが、さすがにこれ以上は我儘になると判断して、飛鳥は黙って頷く。次に視線を向けられた隼斗は、先程の通信機器を摘まんだ手をひらひらと振りながら、
「こうなるだろうと思ってたので、バーニングの出撃準備はそもそも中止させていませんよ」
「ほんとバカばっかりねっ」
手玉に取られたような状況が悔しいのか、遥は語気を強めてそう吐き捨てる。
そんな遥の横顔を飛鳥達がほほえましげに眺めていると、その視線にまた腹が立ったのか、三人に背を向けて遥は大股で歩き始めた。
不機嫌ですと言わんばかりの強い口調で、振り返ることもなく遥はこう言った。
「自衛隊が作戦を開始するまであと15分。それまでに決着を付けるわよ!」




