2章『交わる時』:5
「そろそろ、神原の情報を聞かせてほしいのだけど」
画面から一切目を逸らさずに、遥はそう言った。
投射ディスプレイには、今も両の足で立つアーク・エンペラーが写されている。おそらくすでにパイロットは乗り込んでいるのだろう、コアを含む発光部が微量ながらも光を放っている。
紺青の装甲に、紫紺の輝き。全体的にシックなカラーリングに対し、そこに映える金のアクセントが場違いな高級感を醸し出している。だが何よりも目を引くのは、機体そのものの前方以外の周囲をマントのようにぐるりと覆う、計6本の巨大なプレート。
アストラルが持つヒロイックな雰囲気とは対照的な、禍々しいまでの威圧感を放つデザイン。帝王のようなその風貌は、実用性を突きつめたミリタリーな印象のバーニングとは別の方向性で、見るものを委縮させる。
一瞬心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った飛鳥に対して、その前方にいる愛は特に動じた様子もない。
「もともと、そのつもり」
愛は手元のパソコンをいくつか操作し、最大化していた映像をウィンドウサイズに変更すると、投射ディスプレイに送るキャプチャ範囲をウィンドウ範囲内に調整した。
一瞬映像が乱れるが、即座に行われた調整によって再度その高い解像度を取り戻す。当の愛はそんな映像には目もくれずに、パーカーのポケットから別のチップを取り出した。
ケースにも入れずに直接チップをポケットに放り込んでいるのが飛鳥は気になったが、普通にパソコンに挿入してしまった辺り、何かこだわりのある行動というわけではないのだろう。
視線操作でいくつかのフォルダを開いた先にあったテキストファイルを、愛は流れるような操作で開く。
表示された情報を確認しながら、愛はおもむろに口を開いた。
「今日、創始円教団の定期集会がある。ただ、高校生以下の子供を持つ家庭の条件付き。あとは、子供の同伴が前提になってる。たぶん、これが一番特徴的」
「つまり、それがアークのパイロット候補というわけね。定期集会に合わせてのこれだけの規模の式典、あらかじめ計画されていた可能性が高いか。……となると、ウチのアストラルのパイロットの事情が漏れていたというところかしら」
「……そういう事情には興味ない。神原は、今日の集会でパイロットを見つけて、研究の進展を示すつもり。あそこは以前から、パイロットの登録がないまま研究してた。いろいろと手も加えていたはず」
「粗悪な改造は悪い影響を及ぼしかねないわ。あなたがここに派遣されたのも、それへの対策からかしら?」
「これは私の独断。鞍馬は、今回は不干渉のつもり。ただ、私が出るのは止めなかった。たぶん、東洞の判断ということにしたいんだと思う。所詮裏では東洞傘下、出しゃばりたくないだけ」
「となると暴走の懸念というより、単純にマーケットの保守に走っているってところかしら。……鬱陶しいけれど、こちらも黙っているわけにはいかないものね」
「……あまり、悪く言わないでほしい。けど、今は見守るしかない。成功してたら、こっちからは何も言えない。ただ……」
「いずれにせよ、アーク研究を公にしてしまっているということよね。まったく、秘密裏にするってことでなんとか折り合いをつけてやっているっていうのに……」
忌々しげに遥が呟いたところで、小難しい会話に一端の終止符が打たれた。
飛鳥にも、遥がイライラを募らせている理由は理解ができる。
もともと、日本という国はアークを深く研究していないことになっている。日本は未だ憲法によって対外攻撃用の戦力を持つことが許されていない。そして、アークは古代技術の研究対象であると同時に、高い汎用性を持った兵器でもある。
つまりアークの研究を国が主導すれば、それは対外攻撃用軍事力の開発と取られてしまう可能性があるわけだ。この点に関しては、研究そのものを公にしないことでなんとか誤魔化している状態である。
要するに国はアーク研究に対して否定的であり、あくまでも企業が自らの利益のためにアークを研究しているというスタンスを示しているわけだ。
ただ、それが海外に向けた日本のアーク研究の姿勢かというと、実はそうではない。
言うまでもなく、実際のところで国がアーク研究を推奨していることぐらい、国家レベルからすればまるわかりだ。だからこそ、この姿勢は海外ではなく国内に向けたものなのだ。
この国で攻撃用軍事力の開発ができないのは、どちらかというと対外的な体裁より国内の民意の影響が大きい。確かに水面下で他国からアーク研究に対して圧力があるのは確かだが、事実軍事開発がメインではない以上それを突っぱねるの自体は難しくない。
問題はアーク研究が一般に知られた際に、国内で大規模な攻撃用兵器の開発が行われていると思われてしまう可能性があることだ。そして、それは間違いなく批判の対象となる。
ただまぁ、それは倫理観の問題などではなく「国内で未知の兵器が開発されている」という危機感のようなものが原因となるだろう、というのが政府その他の共通見解である。
結論を言えば、日本のアーク研究において大前提となるのは『一般に知られてはいけない』ということだ。
その上で問題となるのが、現在の状況だった。
「会長。これ、どうしましょう?」
「どうもこうもないわ、今は見守るしかないもの。こうなってしまったら、この式典がつつがなく終わることを祈るしかないわね」
隼斗の問いに、非常にうんざりした様子で遥はそう答えた。
その言葉に多少の疑問は覚えたものの、飛鳥は特に言及しなかった。聞きたいと思ってはいたのだが、眼前の遥の不満タラタラな顔を見ていると、どうにも声をかけづらかったからだ。
退屈感を持て余しながらも、とりあえずは事の成り行きを見守ることにする。
幸いというべきか、神原の実験は今のところ順調に進んでいるようだ。ホールらしき大きな円形の建物の傍らで、ケーブルに繋がれたエンペラーの発光体の光が徐々に増している。最初に見たときよりも光は明確にその力を強めている。紫紺の色合いの増した機体は、ささやかながらまた違った印象を与えていた。
ざわざわと喧騒だけを拾うスピーカーからは、やはり有用な情報は得られない。特定の言葉を拾うことも難しい状態では、まともに機能するのは前方に投射された映像ぐらい。情報収集を視界に任せっきりにしていた飛鳥は、いい加減に動きのない映像に眠気さえ感じ始めていた。
退屈さが、瞼に重りのようにぶら下がる。唯一職務を放棄していなかった視界が、ピント合わせの作業をサボり始め、飛鳥の視界にもやがかかっていく。何度か瞼をしばたかせるも、ぼやけた視界がシャープなラインを描くことはなかった。
このまま少し眠ってしまおうか、などと睡魔がささやきかけてくると、いよいよをもって視線を画面に向けているのがつらくなり始めた。ほとんどノイズという悪夢確定な音声を子守唄に、腕で枕を作った飛鳥が頭をそこに乗せようとした。
――その矢先だった。
わっ、という悲鳴が聞こえた。
それは直前までとは毛色の違うざわめきが、ノイズをまき散らしていたスピーカーから鳴り響いた音だった。吸い寄せられるように視線を向けた先には、手ブレのせいか酷くガタついた映像が映っていた。
見辛い映像に目を凝らした飛鳥の視界に、異様な光景が映り込む。
ついさっきまで複数のケーブルに繋がれて立ちすくんでいたはずのエンペラーが、その場で暴れまわっていた。なまじ高解像度の映像ゆえに、足元には引きちぎられたコードが焼けた蛇の死骸の如く重なっているのが見える。それらを踏みつぶしながら、エンペラーは癇癪を起した子供のようにその腕を振るっていた。
勢いよくふるわれ風を切るその腕には、漆黒の剣が握られている。
「なっ!?」
剣の切っ先が空を走り、一際大きな悲鳴が響く。
瞬間、凄まじい轟音がスピーカー越しに鳴り響き、映像の中の建物の一つが真っ二つに叩き斬られた。
あまりに激しい暴れように、飛鳥は焦りを隠そうともせず立ち上がった。
「おいおい! 暴走っつったってこれ相当なんじゃねぇのか!?」
どう考えても尋常な事態ではない。
動きがおかしいとか、制御を受け付けていないとか、そんなレベルの暴走ではない。明らかに何か破壊の意思を持ってその剣を振りまわしている。
漆黒の刃がうなりを上げ、切り裂かれた大気の悲鳴が叩き割られた大地の叫びにかき消される。
暴虐が、そこにはあった。
明確な緊張をはらんだ声が発せられる。
「会長!」
「わかってるわ。隼斗、このことを研究所の皆に伝えて頂戴。スクランブルだってね」
「わかりました。会長はどうするんですか?」
「ちょっと自衛隊と交渉よ」
さらっととんでもないことを言いながら、遥はケータイを片手に席を立った。
飛鳥も何かしようと立ち上がったものの、何の役目もないせいでその場でオロオロする羽目になった。辺りをきょろきょろと見回してみるが、隼斗は早々に部屋から出て行ってしまったし、遥も電話口に何やら話し込んでいる。結局、彼の前席で何の反応も見せずに黙々と映像を眺めていた愛にならって、自分の席に一端腰を下ろした。
「あいつ、エンペラーだっけ。なんであんなことになってんだ?」
返事はない。
無視されたかと思ったが、一拍置いて愛が中途半端に振り返った。
「動きに明確な意思が見える。制御系のバグじゃない。……たぶん、精神最適化システムの不調。あのシステムは、初回起動前に手を加えちゃダメ。パイロットデータの入力にエラーが出て、初期設定がおかしくなる。そのせいで、感情が過剰に増幅されてる。そういうことだと、思う」
「感情っつーか、欲望か……? 破壊衝動みたいに見えるが……」
「わからない。結果だけ見れば、確かにそう。だけど、過程までは映像からじゃ判別できない。この状態じゃ、何も分からない」
愛もどこか残念そうにそう答えた。原因がわかれば対策のしようもあるだろうが、様子を見ただけでは何がどうなっているかなどの予想に確信は持てない。とはいえ、周辺の破壊という明確な結果が表れている以上、このまま見過ごすわけにはいかないはずだ。
「けどほっとくわけにもいかないだろ。あいつを止めなきゃ……。いや、それ以前にどうやってあいつを止めるんだ、システムハックとかか?」
「撃破するのが、一番早い。アークのセキュリティは強すぎて、アクセスしたって普通には手が出せない。限界までダメージを与えて、機能停止に追い込むのが妥当」
「やっぱそうなるか……」
アークはその凄まじい計算能力とセキュリティ強度ゆえに、あらかじめ受け入れる態勢ができていないと、たとえ量子コンピューターなどを使おうともほとんど外部からの入力を受け付けない。例えばダミーライセンスを使った遥によるアストラルの制御等の例外もあるのだが、基本的には外部からの干渉は不可能だ。
そんなアークにも、外部から強制的に介入し、その動作を停止させる手段がある。
未だ真実は謎なものの、おそらくは安全装置の一環だと思われるアークの耐久システム。アークの骨格を形作るフレーム材に一定以上のダメージが加わると、アークはその機能を停止してしまう。各機体は装甲などでカバーをしているものの、そこを超過してダメージが通れば結果は同じだ。
これはいかなる状況においても絶対的で、故に暴走したアークの対処法の最終段階にはこう記されている。
撃破、と。
もっとも内部からの制御など、状況ごと、あるいは機体ごとにそれ以外の対処法も存在している。しかし、やはりどれも最終的な手段は撃破なのである。
荒っぽいなぁ、などと場違いな感想を抱きつつも飛鳥はひとまず落ち着いて事の成り行きを見守る。長くかかるだろうと踏んでいた飛鳥の予想は、しかし十秒と待たずして裏切られる。
特段声を荒げることもなく淡々と話をしていた遥が、手に持っていたケータイをため息と共にポケットにしまい込んだからだ。ただ、それも残念な結果というわけではなさそうで、見ればほっとしたように胸をなでおろしている。
一拍置いて、彼女は飛鳥達の方を振り返った。
「さて、一仕事しましょうか」
疲れと呆れがハイブリッドされたバレバレの作り笑いは、どうも年相応とは言い難かった。




