3章『英雄の力』:3
轟音が止んだ海上で、2機のアークがその機能を停止させていた。
しかし、その状態は大きく異なる。
アストラルはその腹部、アストラルカノンの付近から小さく黒煙を立ち昇らせている。対してバーニングは機体の装甲の大部分が吹き飛んでおり、右腕の武装に至っては両方が跡形もなく消し飛んでいた。装甲の一部やコア部分などの赤い光も消えている。
とはいえ、アストラルが機能を停止しているというのは機体ダメージが限界を迎えたからというわけではなかった。
『アスカ君? アスカ君、大丈夫?』
「…………」
飛鳥は、コックピットの中で意識を失っていた。アストラルが動かないのは、単に操縦者がいないからである。
『発射の寸前に出力にリミッターを掛けたから……? 発散出来なかった余剰エネルギーがアストラル自身に返ってきたということかしら……ん?』
声の女性が何かを思案していると、機能を停止したバーニングのコア部分が赤い光を放ちそのコアの中心に『B』という文字が浮かぶ。その文字はコアから飛び出すと、ふわりと飛んでアストラルの青いコアに吸い込まれた。
それと同時に、外部からアクセスしている声の女性の元にシステムメッセージが届いた。
【アーク・バーニング撃破
コードB 取得を確認
一部システム領域に対し、管理者権限を解放】
『これは……。そうか、システムの解放条件はアークによるアークの撃破、それに伴うコードの取得……。だからEUその他は軍事演習を活発に……』
現れたシステムメッセージから何かを考察している女性だったか、そこまで言ったところでアークを介さず女性に対して直接通信が来た。
『こちらバーニング。"ミッション完了"だ』
『ええ、御苦労さま。……と言いたいところだけど、流石に遊びすぎね?』
『いや、本当に申し訳ない。ある程度は抑え込めると思っていたんだが、劣勢になった辺りでシステムに押し流されてしまったんだ』
先ほどとはうって変わって優しげな少年の声。女性はため息をつくと、
『ある程度可能性は考えていたから対応もできたけど、ミサイルの使用は禁止していたはずよ。まさかあれを使うところまでシステムに流されるなんて、あなたらしくもない』
『実際、普段なら使わなかったはずなんだが……。どうにも、アストラルが正式に稼働した途端、バーニングからの補助が戦闘行動を優先させるものになってしまってね』
『へぇ……、何か裏がありそうね』
『僕もそう思う。一応システム処理はログをとってあるからそっちも検証しておいてくれ。データはブラックボックスの中だから、一度帰還しないと取り出せないけど』
『わかったわ……っと。さて、とりあえず回収班も呼んでおいたし、私たちはのんびり待ちましょうか』
『君はそもそも研究所の中じゃないか、何を言ってるんだか……。ところで、「アスカ」は? 機体も動いていないようだけど』
『アスカ君なら気を失ってるわ。最後に放った荷電粒子砲の威力が高すぎるからとっさにリミッターを掛けたのだけど、発射されなかった分の出力が機体に返ってきてしまったみたいで』
あったことをそのまま話した女性だったが、少年はひどく驚いた様子で、
『この破壊力でリミッターが掛かっていたって言うのか!? 多少のダメージを負っていたとはいえ、ほとんどバーニングを一撃で落としたんだぞ!?』
『結構強めにリミッターを掛けたんだけどねぇ……。せいぜい本来の30%程度でしか発射出来てないわよ。元の威力なんて小さな島程度なら地図から消えるような破壊力だったもの』
『なんて威力だ…………。と、そうそう、少し気になることがあるんだが』
ふと、少年が話題を変えた。
『彼がアストラルチャージと言ってシステムを発動したとき、アストラルの周囲に高密度の各種エネルギーが発生していた。それも、アストラルから発せられるのではなくアストラルに向けて集まって行くような流れでね。これは一体……』
『それは私も気になっていたわ。アークが外部からエネルギーを集めているなんて、これまでの研究では一切現れなかったデータだもの』
少年は頷く。
『アークは一切のリソース無しでジェネレーターから無尽蔵にエネルギーが発生するものだと認識されていたはずだが、実は違っていた、ということか……?』
『現時点では何も言えないけれど、その可能性自体は以前から示唆されていたわ。だいたいエネルギー保存則を満たさないもの、物理学者はこぞって何かの間違いだと言っていたわ。……まぁ、少し癪だけど「エタニティ」にでもデータを送っておきましょう。もしかしたら既に何かを掴んでいるかもしれないし』
『そうだな』
そうして、少し会話が途切れる。
海面にはアストラルとバーニング。そして炎上したタンカーが浮かんでいた。港の方でもいくらか被害が出てはいるが、少なくとも人的被害は一切ない。
そもそもタンカーに人は乗っていなかった上に、バーニング出現の前後で港にいた人間の撤収は済ませてあった。
『予定通りとはいえ、船6隻を沈めるのは少しやりすぎた気もするな。それに予定外でビルが一つダメになってしまったし』
『それに関しては上に話を通してあったから大丈夫よ。必要経費って奴ね』
『派手な経費だ、一体何億かかったんだこれ……』
『別に気にしなくてもいいじゃない、目的は達成させたしリターンとしては十分よ。それに小道具のリストは確認させてもらったけど、タンカ―なんてほぼ全て浮くのがやっとの廃品同然の船だったのよ? 多めに見積もっても所詮六千万ってところよ』
『それで所詮とは、相変わらず金銭感覚が狂ってるな』
嫌味っぽい少年の言葉を、女性はふんと鼻で笑った。
『こういう仕事だから仕方ないわよ。それよりも……』
『……心配か?』
『ええ。最後に決めるのは、私たちではないから』
『彼なら、受けてくれるさ』
『だからこそ、よ。ここまで演出しておいて「最後に決断したのは君だ」なんて台詞を吐く自分を想像するとどうしてもね……』
『…………。なら、本当の事を全て話すか? 正直なところ、結果は変わらないと僕は思うけど』
『ええ、できることならそうしたい。というか、やっぱりそうするわ。……まぁ、これも単なる自分への言い訳なんでしょうけど』
『たとえ言い訳でも、君が納得できるならそれは真っ当な理由だ。自己嫌悪なんてする必要はない。それに、案外彼も望んだ形になっているかもしれない』
『ヒーローが夢、か…………』
そう呟く女性の声は、少女のそれのようだった。
それから数分後。
アクエル ビジネスゾーンの港に回収部隊が到着した。
潜水艦が海を掻きわけ、ヘリのプロペラが空気を叩く。
そうして10分と経たぬうちに、そこに残された全ての痕跡が持ち去られていく。
ビジネスゾーンは運営上のトラブルとして一部区画が立ち入り禁止とされ、あらゆる目から隔絶される。
そして、この作戦は一切の人的被害を出さぬまま完遂された。
あらゆる情報は公にはならず、この事実を知るのは関係者と呼べる人間たちのみ。故におおよそ一般人と呼べる全ての人間に、この戦いの存在を知る者はいない。
激動は、そうして静かに幕を下ろした。