3章『英雄の力』:1
視界は黒、漆黒の闇。
貫くように光が走る。
1本、2本、3本―――無数の閃光が駆け抜ける。
光が収束する視界の中心点から、白の領域が拡散する。
黒が白に塗りかえられ、闇が光の爆発に飲み込まれる。
光の爆発は、さらにその中心点から力を弱めていく。
失われた彩りが息を吹き返し、景色と呼べるものを形作っていく。
おぼろげだった輪郭が、徐々にその姿を鮮明に浮かび上がらせる。
遠近の潰れた視界が、瞬きの感覚と共にクリアなそれに生まれ変わる。
外の風景。
ビルの上のような目の高さ。
それは、白い機体―――アストラルのものだった。
「っ!?」
一気に切り替わった視界に、飛鳥は驚きを隠せない様子だ。どう考えても自分の視界ではないのだが、首を振って周りを見渡すとそれに合わせて視界も移動する。どうやら彼の身体の動きと連動しているようだ。
今度は自身の両手に視線を向けてみるが、そこにあるのは肌の色ではなく機械的な手、つまりはマニピュレータだった。
『運動神経、感覚神経、共に接続に成功、っと。どうかしら、気分は悪くない?』
先ほどまでのスピーカーとは違い、飛鳥の頭の中に直接響くように声が聞こえた。音質も少しクリアになったようだ。
「ああ、特にそんな感じはない。……これがアストラルの視界か」
『ええ、頭部メインカメラからの映像よ。他にもいくつかの視界が重なって見えるはずなのだけど、そっちもちゃんと認識できてる?』
「他の視界?」
よくわからない言葉に、飛鳥は首をかしげる。律儀にもそんな動きまでアストラルは再現してくれるようだ。
『そう、他の視界。重なって見えると言うと少し語弊があるのだけど、今あなたが主として見ているメイン視界の他にも、武装やエネルギー状況を表した情報視界、あなたの本当の目での肉眼視界があるわ』
言われて気付いたが、アストラルの腕の映る視界に同時に自分自身の腕が存在しているのがわかる。加えて、アストラルの腕から矢印が伸びて破損状況やエネルギー伝達率の表示もされていた。だが、それが重なって見えているのかと言えば少し違う。
「なんだこれ、ブレる……のとも違うな、複数の視界を同時に見てるっていうのか?」
『それに近いわね』
簡単に肯定されてしまい、驚きの隠せない飛鳥。
しかも、複数の視界を同時に見ているにもかかわらず飛鳥にはそこに映る情報を全て自分自身が完璧に理解している感覚さえあった。
「マジかよ……。つか、全部の視界が手に取るようにわかるぞ。どうなってんだこれ」
『今のあなたの脳はアークのコンピューターによって演算能力の強化が行われているの。今ならちょっとしたスーパーコンピューター並みの計算能力を得ていると思ってくれていいわ。複数視野の認識なんて朝飯前ね』
「すげぇな……、これ。しかも身体が思った通りに動きやがる。これならあいつとも戦える!」
左手を握ったり閉じたりしながら、飛鳥もといアストラルは立ちあがる。
『武装の指示や戦闘のアシストはこちらがするわ。簡易だけど動作補助もさせてもらうわね』
「よろしく頼む、っと!?」
風を切る嫌な音にアストラルが反射的にとびのいた瞬間、アストラルの足元のアスファルトがはじけ飛んだ。破片をまき散らしながら大地に抉り込んでいったのは、薄黒い金属塊。
「あいつの攻撃か!? けど一体どこから……」
『これは、おそらく迫撃砲よ。……となると建物の影から攻撃してきているはず。追撃が来るわ、気を付けて!』
言いきる前に追撃が来た。
「くっ!!」
『それを補って余りある機動力があるとはいえ、アストラルの装甲は薄いわ。一発もらえば致命傷だと思いなさい!』
「無茶苦茶だなおい!!」
甲高い風を切る音と共に、斜め上方から数発の砲弾が飛んでくる。アストラルは体操選手のようにステップ、側転、バク転、バク宙と片っ端から回避していく。一発ごとに大地を揺らす攻撃に冷や汗が流れるが、アストラルの回避は正確だった。
砲撃自体は4発で一旦打ち止めだったようだ。前傾姿勢になって回避の勢いを足で殺しながら、アストラルは隠れるつもりで適当なビルに身を添わせる。
『流石ね、うまく避けるじゃない』
「あぶねーあぶねー。……ってちょっと待て、自然に避けたけど俺バク宙とか出来ないはずなんだけど……」
自分のした動きがいまいち腑に落ちない飛鳥だったが、声の女性は呆れた様子だ。
『動作補助はこちらでするって言ったでしょ? それにアークが動作に反映するのは身体の動きじゃなくて、どういう動作をしたいのかというイメージよ。あなたの回避のイメージをこちらで少し補完してアークに送ったから、それが動きとして反映されたの』
「さも当然のように言われても全然わかんねぇぞ……。まぁいいや、このまま棒立ちで喋ってても後手に回るだけだな。こっちから攻めるとして……」
『敵の位置が知りたいのなら、情報視界に意識を向けて。砲弾の弾道やセンサー情報から敵の位置を割り出してくれているはずよ』
「情報視界、ってーのは……これか」
瞬きをして、3つが共存する視界において意識のピントを少しずらす。
次の瞬間には、彼の主として見ている視界はカメラの映像にレーダーやセンサーの情報が同時に表示されているものになっていた。
レーダーの機能か、アストラルが機体を押しつけているビルの向こう側にある建物もその位置や形状がある程度分かる。
その景色の中に、数本のラインが見える。簡潔な『弾道』という表記から鑑みるに、先程の砲弾の弾道を示したラインのようだ。途中で何かしらの力を与えられていないとするならば、砲弾が描く軌道は放物線。砲弾は最初を含めて5発放たれたので、それの弾道予測の重なるポイントが、
「奴のいる位置ってわけだな! わかったならこっちのもんだ、行かせてもらうぞ!」
言うや否や、アストラルはビルの影から全速力で飛び出した。
巨大ロボット故の重量感を感じさせる振動が空気を震わせるが、それに反してアストラルの動きは軽やかだった。パイロットである飛鳥自身の走りと同等か、あるいはそれ以上に軽快に駆けるアストラル。ブースターの推力無しの単純なダッシュですら、時速200kmを軽く超えている。
だが、それでもまだアストラルの速さではない。
『普通に走っても速度が出ないわ。ブースターを使って加速して!』
「ブースター!? どうやればいい!?」
『必要なのはイメージよ。より速く動こうという意志を持って!』
その言葉に従い、飛鳥は全力のダッシュを思い浮かべる。そして自らの背にブースター、そこから放たれる推力のイメージ。走りの限界を超えるイメージ!
【メインブースター、出力を開始
スラスターによる姿勢制御を行います】
脳裏によぎるシステムメッセージ。同時に背面に取り付けられた複数のブースターが一斉に煌めき、後方に向けて炎を噴き出す。アストラルの姿勢がより前のめりとなり、走るという動作が地上の低空飛行に置き換わる。
莫大な推力はアストラルの速度を一気に引き上げた。
視界の横を流れる灰色のビル群が、いよいよ面のように連なっていく。
その中で、視界の左端に褐色の機影が映り込んだ。
「見つけた!」
およそ人間には不可能な反応速度で敵を認識したアストラルは、数百キロの機体速度を一瞬で撃ち消しその場でぐるりと振り返る。
物理を無視したとしか思えないその尋常ではない挙動に、褐色の機体の反応が遅れた。
そして、飛鳥はそれを逃さない。
「まずは一発、喰らいやがれっ!!」
ダンッ! 大地を叩き割るほど強烈に地面を踏み締め、アストラルの機体が大きく前に飛び出す。振り向く身体の勢いを利用し右足をまっすぐ前に突き出した。
(もっと速く、もっともっと速く!!)
求めるのは、より強大な加速。瞬き以下の時間で達するトップスピード。
【ビームブースター、出力を開始】
アストラルの背中から伸びる2つの羽のようなカバーが背中から垂直に後ろを向く。それぞれが二つに割れたカバーの中から、ビームブースター、つまりは光子ブースターが姿を現した。そこから、二本の閃光が吐き出される。
瞬間、アストラルの身体が砲弾のように弾き出された。
足に加わる、鈍い衝撃。
轟音が大気を内から叩き割った。
光子ブースターによってもたらされる圧倒的な加速は、浮遊していた機体の速度を一瞬にして時速800kmオーバーにまで跳ね上げたのだ。
褐色の機体の胸に叩きこまれた一撃。それは単なる蹴りとは到底思えない破壊的な衝撃をまき散らす。
爆発にも等しいその余波だけで、周囲のビルの窓ガラスがまとめて砕け散った。
壮絶な一撃は、巨体を誇る褐色の機体でさえも後方に大きく弾き飛ばす。吹き飛ばされた褐色の機体は、凄まじい速度を維持したまま後方のビルに叩きつけられた。
ビルの外壁が音を立てて崩れ落ちていく。
全ての運動量を叩きこみ、その場でふわりと宙返りをするアストラル。
「今の加速……」
『それが背中に二つ付いたビームブースター。この機体の最大の特徴で、機体速度を一瞬で亜音速まで加速する装置よ』
「とんでもねぇな……。けど、やっぱ効いてないみたいだな」
がれきが巻き起こす砂煙と、その中にゆらりと立ちあがる影。
警戒心を最大にして敵を見ながら、飛鳥は声の女性に尋ねる。
「向こうの機体にも人が乗ってるのか?」
『ええ、おそらくはそのはずよ。とはいっても、よほどのことがない限りパイロットに被害が及ぶような構造にはなってないから、攻撃をためらう必要はないわ』
「いや、そういう話じゃない。……そうか、人がいるのか。だったら目的を聞きだしゃいいんだ」
『それは無駄だと思うけど……』
女性の言葉を無視して、飛鳥は情報視界での会話や通信の部分の設定を意識で操作し、オープンを選択する。これで相手のところにも声が届くはずだ、とその操作を自力でできてしまっていることの異常性に、しかし飛鳥は気付かない。
「お前の目的はなんだ! 何故アクエルを襲おうとする!?」
『…………』
答えはない。敵が、あくまでも機械的にその手をアストラルへとまっすぐ向けた。
「チィッ!! やっぱ答える気はないってか!」
見えづらい視界の中で、ガトリング砲の銃口が鎌首をもたげる。
嫌な予感に飛び上がったアストラルのいた場所を、立ち上る砂煙に風穴を開けたガトリングガンの掃射が駆け抜けていく。
上昇する力を失い、そのままゆっくりと降下を始めるアストラル。その下方から、炎の嵐がその軸を持ち上げてくる。
「まず―――――!?」
当たる、と飛鳥がそう思った時、
『そのまま飛ぶのよ! 空中での軌道をイメージして!』
「くっ、おおおおおおおおおお!!」
叫びと共にブースターから炎が噴射され、アストラルの機体が一気に上空へと飛び上がる。吹き荒れる火炎弾を避け、空中に弧を描くようにして後ろに大きく距離をとった。
吹き散らされた砂煙の間から、いまだ健在な褐色の機体が一歩前へ踏み出した。
空中にホバリングしながら、アストラルはそれをまっすぐ睨みつける。
【敵性を認識
データバンク照合
コードB―――アーク・バーニング】
情報視界の中で、褐色の機体に重なるようにその情報が表示された。
「アーク・バーニング? アストラルと同じ、アーク……?」
疑問を感じた飛鳥が呟くと、声の女性がそれに答えた。
『奴はアーク・バーニング。アストラルと同じアークシリーズでありコード「B」を持つ機体よ』
「なんでそのバーニングって奴がこっちを攻撃してきてるんだ? 同じアークシリーズってなら、なんでこっちと敵対するようなことを……」
『理由は不明だけど、バーニングは内陸部に向けて侵攻をしていたわ。今は妨害が邪魔だから先にこちらを対処しようとしているのでしょうね』
「となると、俺たちがここから立ち去ると?」
『そのまま内陸部に攻撃を始めてしまう可能性大、よ。あるいは何かを探しているのかもしれないけれど、あんなのがここからアクエルに向かってしまったら、通り過ぎるだけでそれなり以上に被害が出るわ』
「…………倒さなきゃならねぇってことか」
『そういうことよ。だから、まずはバーニングを海の方へおびき寄せて。それと、こちらが把握しているバーニングの武装の情報を出すわ、情報視界を確認して』
外部からのアクセス申請が表示され、飛鳥はそれを意識で許可する。すると、バーニングからさらに複数の情報が表示される。
「背部に大型迫撃砲で脚部にミサイル、と。んで左腕部にガトリング砲とソレノイド式パイルバンカー……うおっと!?」
表示された情報を読んでいる途中で、バーニングが攻撃を加えてきた。ぎりぎりで回避に成功したアストラルはいくつかの建物を跨いで距離をあけると、そのまま片側3車線ほどの広い道に出た。
『よそ見してると危ないわよ。相手はこちらを狙っているのだから』
「わかってるよ! 今のは情報読んでただけだっつーの」
言い返しながらも、情報視界でビルの合間を結構な早さで駆けているバーニングの挙動を注視していた。敵に意識を割きながらも会話ができるのは、アークのコンピューターによって脳の機能が強化されているからだろう。
「けど、向こうばっか武器を使うのはずるいよなぁ……。そうだ、アンタ俺が乗る前に武器使ってたじゃん、あのハンドガンみたいな奴」
飛鳥が声の女性に尋ねた途端、情報視界の端に武器のアイコンが現れた。指示される内容に従って機体の足に視線を向けると、両足の太ももの辺りに2挺の銃が装備されていた。
「フォトンライフル……こいつがそれか!」
磁力吸着式のアームから両手で2挺の銃を抜き放ち、前方に向けて構える。
飛鳥に射撃の心得などなかったが、その辺りさえも補助されているのか動きに無駄はない。
【フォトンライフル「ヒートモード」】
アストラルの本体と同じ白と赤に配色された銃は、拳銃というには少し銃身が長く細身だ。ハンドガンというよりは、競技用のハンドライフルに近い。とはいえ、それほどに銃身が長いわけでもなくグリップ部分も普通のハンドガンと大差ない。単純にバレルの長い拳銃と言った方がわかりやすいだろう。
『エネルギーは無限みたいなものだから、弾切れは気にする必要はないわ』
「了解、贅沢に使わせてもらうぜ」
その銃口を、バーニングが駆け抜けてくる道の延長上に向ける。
そして、アストラルがフォトンライフルを構えている射線上にバーニングが勢いよく躍り出た。
展開された脚部のキャタピラが地面をガリガリと削りながら、ドリフトの要領で身体ごとアストラルの方に向き直る。
「そこだ!」
現れたばかりのバーニングに狙いを付けたアストラルはステップで後方に飛び退りつつ、左右のライフルのトリガーを交互に引いた。
ドドドン! ドドドン!
一回の発射動作で計三発の光弾が射出される。アストラル起動時に機能を解放された『3点バースト』射撃だ。
カーブを曲がるため、姿勢を斜めに傾けていたバーニングの胸や肩に複数の光弾が命中した。直撃した途端光弾は破裂し、着弾点に大きな熱量を発生させる。
やはり通常の拳銃などとは異なり、3連射であっても発射反動はかなり小さい。片方のフォトンライフルが光弾を放ち、次の発射までの合間をもう一方のライフルが埋める。
絶え間ない光弾の雨に、流石のバーニングもダメージは免れないと思われた。しかしバーニングは着弾時に多少機体を揺らしはするものの、その速度や動作は全くと言っていいほどに衰えない。
「嘘だろ、効いてねぇのか!?」
『バーニングの装甲は熱に対して極端な耐性があるわ。そしてフォトンライフルの「ヒートモード」は着弾時の熱によって相手にダメージを与えるもの。あいつに対しては有効なダメージを望めないわ』
「使えねぇってことかよっ」
言いようのないガッカリ感に気持ちだけ肩を落とす飛鳥。声の女性も残念そうに、
『もし「インパクトモード」が使えていれば、奴にダメージを与えることも出来たのだけど……』
「インパクトモード?」
飛鳥が疑問を口に出した時、前方のバーニングが身体を少し前に倒して背中のブースターを一気に噴射した。放たれる光弾をものともせずに機体を大幅に加速。アストラルの飛行速度には及ばないが、それでも十分早いと言えるスピードだ。
アストラルとの距離を十分に縮め、バーニングはおもむろに左手を持ち上げた。ガトリングは格納状態なのか銃口が後ろ側を向いているが、それは攻撃の意思がないことを示すものではない。
パイルバンカーが手首側へとスライドし、拳と並ぶような位置に来た。
その途端、再度加速したバーニングの機体が凄まじい早さでアストラルへと突撃していく。
太陽の光を反射し鈍く煌めく杭が、刺突の意思をたぎらせたままアストラルに照準を合わせる。
「当るかってんだ!」
その杭がアストラルの腹部に打ちこまれようとした瞬間、アストラルは光子ブースターを噴射し、斜め後ろへと大きく飛び上がった。
ブゥゥゥゥゥン! ガギィン!
空を切った拳が大気を震わせ、空打ちされたパイルバンカーが金属質な音を響かせる。
だが、バーニングの攻撃はそこで終わらない。空振りの勢いを両足で抑え込み、機体の速度を保ったまま今度は右手の武器を構える。
右腕部側面に装備された小型の対戦車砲が、身体をバーニングに向けたまま後ろに下がるアストラルに向けられた。
爆音を掻きならし、砲弾が飛来する。
放たれた砲弾を紙一重で回避するアストラルだったが、その避けた先にもさらに砲弾が放たれる。その一発一発を、アストラルは時に急降下し、時に宙返りをしと自由自在の軌道で回避。その合間にフォトンライフルでの攻撃を加えていく。
アストラルの挙動に、声の女性は感心したように、
『機体の制御をものにし始めているようね、流石だわ』
「へへっ、アストラルでの身体の動かし方は大体理解出来たぜ。飛行もそこそこ馴染んできた!」
速度を上げたアストラルが海の上空へと躍り出ると、バーニングもそれを追いかけるように海上へと飛び出した。
海面から1メートル弱の位置で、バーニングが滑空するようにアストラルの下へと飛び込む。アクティブな武器をガトリング砲に変更された左腕を空中のアストラルに向け、迷わず炎の弾丸をばらまいていく。
アストラルは斜め下方向に急降下し、その速度を維持したままバーニングの周囲を大きく旋回し始める。
弾丸のラインがアストラルの後を追うが、それに当たりそうになった途端アストラルは機体を大きく上昇させる。その動きに対応しきれず、攻撃はあらぬ方へと飛んでいった。
飛鳥の操縦によるアストラルの機動が、徐々にそのキレを増してきているのだ。
飛鳥がアストラルとの動きのリンクをより明確に感じたとき、アストラルの発光部分の光がわずかにその強さを増した。それと同時に、飛鳥の頭にシステムメッセージが現れた。
【パイロット適合レベル向上を確認.
適合レベル C+】
「適合レベル?」
『パイロットのアーク操作の適性のようなものよ、起動時にも表示されていたでしょう? しかし、この短時間で適合レベルが上がるだなんて……』
飛鳥の質問に答えた声の女性は、そのまま黙り込んで何かを考え始めてしまう。説明をいまいち理解しきれなかった飛鳥が再び尋ねようとした時、今度は別のシステムメッセージが流れる。
【ジェネレーター出力上昇
フォトンライフル出力上限を100%に変更
「インパクトモード」アンロック】
システムメッセージと共に、情報視界の武装アイコンのところに『インパクトモード』という表記が現れた。
「インパクトモード……? これ、アンタがさっき言ってたやつじゃないか?」
『武装のアンロックまで……。けれど、これでやれるわね! それはさっきのヒートモードより高い光子密度で、着弾時の衝撃で敵にダメージを与える武器よ。十分とはいかないでしょうけど、多少なりともダメージは与えられるはずよ』
「光で衝撃ってのもよくわかんねぇけど……。わかった、やってみる!」
アストラルは頭を下にすると、重力に任せて降下を始める。
『他の武装も出力がかなり安定してきてるようね、他にもいくつかまともに使えるものが出てるわ。そちらも表示する、有効に使って頂戴!』
水面に達する寸前、ビームブースターを噴射し、落下慣性を打ち消しつつ一気に前へ飛び出す。反応の遅れたバーニングの脇を高速で突き抜けて、背後を取った。
「行くぜ、インパクトモード!」
【フォトンライフル、モード変更】
ガシャ、という小さな音と共にフォトンライフルの銃口の形がほんの変化する。銃口横のパーツが前にスライドし、グリップ上の発光部分が若干光の強さを増す。
キュィン……、という一瞬の溜め。
両手のハンドガンのトリガーを引くと、それまでよりもより重い発射音と共にわかりやすい発射の反動が腕にかかった。
高速で放たれた2つの光弾が、今まさに身体を振り向かせようとしていたバーニングの右肩に後ろから突き刺さった。
光弾はヒートモードと同様に着弾時に破裂をするが、その破裂は熱量ではなく強い衝撃を対象に与える。同時に、着弾方向に指向性を与えられた衝撃はいかに堅牢なバーニングであろうともダメージは免れない。
振り向き際の機体の重心をずらされたバーニングは、その衝撃をもろに受けて大きく前にのけぞった。その隙にアストラルは連続して光弾を撃ち込んでいく。
「よっしゃ、さっきよりは効いてるみたいだ!」
『でも、やはりこれだけでは決定打に欠けるわ。近接戦に持ち込んでフォトンブレードを使うのよ!』
「フォトンブレード、こいつだな」
意識するとともに情報視界の中に表示された刀剣型のアイコン。飛鳥はそれをアクティブに変更する。
指示に従いフォトンライフルを足のアームにマウントすると、アストラルは両手を後ろにまっすぐ伸ばす。それと同時に、両腕の二の腕辺りに取り付けられていたブレードが腕側面のレールを伝って一気に手元までスライドした。
外側に向けて二つ折りになっていた本体がその場でまっすぐになり、中から折り畳まれていたグリップが展開される。アストラルのマニピュレータがそれを握り込むと、本体から伸びていた二つの半円状の固定パーツがアストラルの腕を上下からがっしりと咥えこむ。
この間、コンマ3秒。
トンファーのように腕に固定されたフォトンブレード本体から、甲高い音と共に薄く幅広の青白い刀身が現れた。淡く発光するそのブレードは、半透明のガラス板のようにも見える。
『フォトンブレードの刀身は光子を圧縮して作られたブレード。熱切断ではなく、その薄い刃で敵を切断するものよ。うまく攻撃を加えられれば、装甲を貫いて内部フレームに大きなダメージを与えることができるわ!』
姿勢を前に倒したアストラルは、背中の主推力のブースターを噴射し高速でバーニングの背後から突撃する。慌てて振り返るバーニングの左肩に、すれ違いざまに刃を差し込む。
腕にかかる重みを、アストラルはその速度でもって押し切った。
金属同士をこすり合わせたような硬質な音とともに、バーニングの左肩部に決して浅くはない傷が刻まれる。
すれ違って切り抜けるように飛んで行くアストラルの背中をバーニングのガトリング弾が追いかけるが、アストラルは真上に飛び上がってこれを避ける。
バーニングもすかさず右腕のキャノン砲を打ちこみ追撃するが、アストラルは下降しつつ回り込んで回避。その最中にアストラルはフォトンブレードを腕のところに戻しつつ、素早くフォトンライフルを抜き放った。
「こいつは、流石に効いただろ」
バーニングの周りを旋回しながら牽制気味にフォトンライフルを打ちこみつつ、飛鳥は今し方自分が切り裂いたバーニングの左肩に目を凝らす。
『だといいのだけれど……』
「なんか不安なことでも……って、あれ?」
目を凝らすという動作はアストラルでは視界のズームに置き換わるらしい。
その拡大表示されたバーニングの左肩の傷跡が、ゆっくりとだが塞がっていっていた。
「な、再生してるってのか!?」
『やはりそうだったか……』
「お、おい、再生するなんて聞いてないぞ!? あんなもんどうやって倒すってんだ!?」
驚愕の事態に取り乱す飛鳥に、声の女性はあくまで落ち着いた様子で、
『慌てないで、再生するのは装甲だけでフレームに及んだダメージまで回復することはできないわ。それに、あれほどの再生速度は装甲の再生にありったけのエネルギーを回しているからよ。その間は向こうも的確な攻撃は行えないはず』
「つまり何だ、回復速度を超えるペースでダメージを与えるか、向こうに攻撃させて回復を遅らせるかってことか」
『そう、そしてフレームに一定以上のダメージが加わればアークは機能を停止する仕様になっている。だから、無理に装甲を削る必要もないの。それはあちらにも言えることだけど』
「そういうことなら、可能な限り短い時間に一気にダメージを与えてやる!」
アストラルはライフルをアームにマウントすると、フォトンブレードに持ち換える。
バーニングの周囲を旋回するようにしていた軌道を直角に捻じ曲げ、ビームブースターの輝きと共に突進した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
飛鳥は雄叫びを上げながら、バーニングの真正面からその胸に向けてフォトンブレードをがむしゃらに振り回す。
一太刀ごとに火花が散り、バーニングの装甲に浅い切り傷が生まれる。同じところを集中的に切り裂かれることで、装甲の傷がより大きくなっていく。
たまらずバーニングはブースターを噴射しアストラルから大きく距離を離そうとするものの、バーニングが武器を構えるよりも早くアストラルも開いた距離を詰めた。
乱雑ながらも一点に集中するアストラルの猛攻を止めるため、バーニングが掴みかかろうとその大きな左腕を振った。武器はガトリングではなくパイルバンカーだ、アストラルの装甲では致命傷となりかねない。
これに対してアストラルは、逃げるのではなく逆にその左手に向けて自らの身体を突っ込ませる。そしてそれが触れる直前、下方向に機体をずらしくぐりぬけるようにして回避。
同時に機体をジャイロ回転させながら、同左のフォトンブレードでバーニングの胸の中心を切り裂いていた。
バーニングの腕はまたしても空を切る。そして大きな隙の出来たその瞬間を、飛鳥は見逃さない。
迎撃を躱したアストラルが、身体ごと腕を大きく振り回すバーニングの背後に飛び込んだ。
「もらったぁ!!」
鋼の刃を撃ち合わせたような鋭い音が、人工島の沖に響く。
それは、海面を蹴り飛ばすようにして飛び上がったアストラルのブレードが、バーニングの右肩後ろ辺りに装備されていた迫撃砲の砲身を叩き切った音だ。
そのままの勢いで上空に急上昇するアストラル。流石のダメージに機体のバランスを崩したためか、バーニングには追撃の余裕もない。
「よっしゃ、まずは一つ潰したぜ!」
『先に武装を狙うとは、なかなかやるわね』
声の女性の感心した様子に、飛鳥はふふんと自慢げに鼻を鳴らす。
「へへっ、とりあえず攻め手を潰しちまえば、負ける理由は無くなるからな! ……てかまぁ、チャンスだったから適当に切っただけなんだけどな」
『ああ、そう。まぁそんなことだと思ったわ……』
「それよりあれだ、流石に武器まで再生しますとかは言わないよな」
『ええ、それは大丈夫よ。とはいっても、砲身を多少切り落とされた程度ならあの迫撃砲は撃てないこともないわ。それに、近距離戦ではそもそもあの武器は使わないでしょうし、実は意味なかったりするけれど』
「えぇ……。いやまぁいい、それなりにダメージが通ったってことで妥協しとくよ」
『それともう一つの武器、使ってみるといいわ。使い勝手はあまり良くないけれど、高威力の射撃武器よ』
「プラズマバズーカ、か。オッケー」
意識するとともに、情報視界に表示される大型砲のアイコン。飛鳥はそれをアクティブにする。
腰の位置からハの字にぶら下がるようにしていた二つの長いプラズマ砲が音を立ててスライドし、腰の真横の位置に来るとアクチュエータの力でその砲口を持ち上げる。
『そのままでも発射はできるけれど、精度が悪いわ。砲身の下を支えて!』
「わかった!」
身体を起こし、キャノン砲で砲撃をしてくるバーニングから距離をとりつつ、プラズマバズーカの砲口を向ける。
「派手に一発、持っていけ!!」
砲口の内側が光を強め、一秒にも満たない溜めの直後にそれらが煌めいた。
「ぐぅっ!!」
轟音と共に、二つの砲が火を噴いた。強烈な反動がアストラルの機体を襲い、バランスを崩しながら後ろに吹き飛ぶ。
そうして放たれたのは青い爆炎。電撃のようにもみえるエネルギーの塊は、フォトンライフルをも上回る凄まじい速度でバーニングに突っ込んだ。
流石に直撃はまずいと判断したのか、バーニングは全力で身をひねるようにしてそれを回避する。逸れた雷弾はその速度を保ったまま海面に斜めに突き刺さり、
瞬間、海の一部が壮絶な衝撃を伴って消し飛んだ。
その莫大な熱量は海面と海中の水を一気に気化させ、水蒸気爆発によって巨大な水柱を巻き起こす。パッと見でも20mはあるかというほどの高さだ。
ぎりぎりで躱したとはいえ、真後ろで爆発を起こされたバーニングは大きくバランスを崩し、前のめりに吹っ飛んだ。
「くっ、うらああああああ!!」
発射の反動でバランスを崩し海面に叩きつけられながらも、アストラルは手足をうまく使って吹っ飛ぶ勢いをいなしていく。対してバーニングは巨体故かバランスが取れず、頭から海水に飛び込んだ。
ザバァァ! という音とともに大量の海水が巻き上げられ、津波のようになってアストラルを巻き込もうとする。アストラルはビームブースターを前方に噴射し、大きく後退することでこれをやり過ごした。
「あっぶねー。この武器、強いのはわかったんだけど使い辛過ぎるだろ……」
『機体をしっかり安定させて反動を考慮しながらでないと今みたいなことになるわ。もし敵の目の前で隙をさらせばかなり危険でしょうね。だけど、リスクを負うだけのリターンはあると思ってくれていいわ』
「確かにこの威力なら、直撃させれば相当なダメージが狙えそうだな。なんとかして当てられる隙を作っていければ……」
飛鳥が呟きながら算段を練り始めたとき、海水を持ち上げバーニングがゆっくりとその姿を現した。
しかし、現れたバーンニングはアストラルに向かってくることもなく、さらには武器を構えることさえもしない。
機体の表面に海水を流しながらゆっくりと浮上してくるバーニングからは、それまでの機械的なだけではない敵意や害意のようなものが感じられた。
「…………?」
『何か様子が変ね……』
先ほどまでとはどこか雰囲気が違うバーニングの様子に、飛鳥だけでなく声の女性も不安そうな様子を見せる。
『アーク・アストラルのパイロットだな?』
「!? お前、アーク・バーニングのパイロットか!?」
突然、バーニング側から通信が来た。映像はなく声だけの通信だが、飛鳥と歳の近い少年らしきその声は多分に剣呑さを孕んでいる。
だが、これまでバーニングを圧倒していた飛鳥は余裕を持ってこう答えた。
「へっ、そっちから通信を寄こすなんてな。どうした、降伏する気にでも……」
『いや、逆だ』
「……何だって?」
飛鳥の言葉を否定して、バーニングはゆらりとその両の手を持ち上げる。
『どうやら、少し君の事を侮っていたようだ。こういう筋書きとはいえ、ここまでやられっぱなしなのは性に合わないからな……。少し、ほんの少しだ』
ガシャン、と。
その銃口が、砲口が、アストラルへと向けられる。
黒く、鈍く、殺意が煌めく。
『本気で行くぞ』