プロローグ
人生ってのは、結局すべてがギャンブルだ。
そう言うと「努力が大事だ」とか「計画性を持て」とか説教するやつがいる。
でも俺からすれば、努力だって賭けだし、就職も結婚も投資も全部「勝てると思ってチップを置く」行為に過ぎない。
勝てば才能。
負ければ無謀。
どうせ評価なんて、後から付いてくるだけだ。
だから俺は賭けた。
競馬、競艇、競輪、パチンコ、スロット、オンラインカジノ。合法もグレーも、期待値があるなら何でも触った。
名前は神崎譲、二十一歳。
世間的には「終わってる男」らしい。
高校を一年で中退、その後どうにか親の伝手で会社に就職するも人間関係がうまくいかずわずか一か月で会社を辞め、日雇いで稼いではギャンブルにつぎ込む生活。
借金は返して、また作って、返して、また作る。
今ではほとんどの消費者金融でブラックリスト入り。
親と妹からはとっくに縁を切られ、今は一人暮らしをしている。
クズ?
否定はしない。
世間から見れば、どうしようもない人間なんだろう。
それでも、自分の人生くらいは自分でケリをつけるつもりだった。
だから最後まで、自分の運だけを信じてやってきた。
「ラスト一回!」
スマホ画面に表示された残高は一二〇〇円。
財布の中はすっからかん、銀行口座も凍結済み。
家賃は三か月滞納。
電気は止まり、水道も今日まで。
昼間は大家が何度もドアを叩き、催促の電話も鳴り続けていた。
普通なら詰みだ。
だが俺は笑っていた。
「こういう状況の方が引けるんだよな」
追い込まれてからが本番。勝負師にはそういう瞬間がある。
全財産の千二百円をベット。
画面が回る。
この瞬間に体中に大量のアドレナリンが流れる。
「頼むっ!!」
血が沸き立つような興奮を覚える。
止まる。
画面に表示された二文字は「外れ」だった。
「……あー」
静かなワンルームに、俺の情けない声だけが響いた。
終わった。
本当に終わった。
冷蔵庫を開けても麦茶しかない。
コンビニへ行く金もない。
「さて」
立ち上がる。妙に腹が減っていた。
「死ぬか」
口にすると、案外軽かった。別に本気で死にたいわけじゃない。
でも、生きる理由も特にない。
借金取りに追われる生活を続けるくらいなら、ここで終わってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら夕方の道を歩く。
信号が青になる。
その瞬間だった。
「危ない!」
子どもの声。
そして子どもに向かって、大型トラックが猛スピードで迫っていた。
目の前には、小さな子どもが立ち尽くしていた。
「……はぁ?」
助けるか?
仮に、助けたら俺は死ぬ……。
そんな脳内とは裏腹に、俺の体は勝手に動いていた。
もしも、この子を助けたら今までのゴミだった俺の人生全てチャラだ。
俺は走って、その子どもを突き飛ばす。
衝撃。
世界がひっくり返る。空が見えた。
空には夕暮れのきれいな橙色。
「最後に引いたのが……これか」
笑ってしまう。
さっきまで「死ぬか」なんて軽口を叩いていた。
それが数分後には、本当に死ぬことになるなんて。
それが俺の人生らしい。
全部の賭け負け続けて、最後だけ知らない子どもを助けるなんて。
視界が徐々に暗くなってゆく。
耳も聞こえない。
痛みも消える……。
◇ ◇ ◇
ガバッ!
「っはぁ!」
俺は勢いよく飛び起きた。
鼻をくすぐるのは草の匂い。遠くから聞こえる鳥の鳴き声。
「……ここ、どこだ?」
ゆっくり体を起こす。そこは森だった。
周囲を見回す。
アスファルトも電柱もない。
俺が轢かれた場所とは違うようだ。
あるのは巨大な木々と、見たこともない色の花だけ。
「夢……じゃないよな。」
頬をつねる。
痛い。
「マジか……ハハッ」
自分は死んだらしいという事実が、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。
「俺って死んだんじゃ……」
その時だった。
――ピコン。
どこからともなく電子音が鳴る。
視界そのものに、文字が重なるように映し出される。
スキル《ギャンブル》Lv.1
「……は?」
思わず二度見する。
「一体どういうことだ?」
何度瞬きをしても、画面は消えない。
試しに指で触れるようにしてみると、視界が水面のように揺れたかと思えば、ふっと空気に溶けるように消えてしまった。
「……なんだったんだ、今の」
幻覚か?
あれだけのスピードのトラックに轢かれて生きてる方がおかしい。
見渡す限りの森。見たこともない大木に、色鮮やかな花。耳に届く鳥の鳴き声も、どこか聞き慣れない。
「病院……じゃないよな」
少なくとも日本ではない気がする。
いや、そもそも日本にこんな場所があるのか?
考えていても答えは出ない。
「とりあえず人を探すか」
譲は近くに伸びる獣道のような道を歩き始めた。
しばらくすると、土には馬車らしき車輪の跡が残っていることに気付く。
「馬車? 撮影でもやってんのか?」
一本道を進み続けると、木々が途切れた。
その先に見えたのは、高い石壁に囲まれた巨大な街。
門の前では甲冑姿の男たちが槍を持って立ち、荷馬車が次々と中へ入っていく。
「……映画の撮影か?」
思わずそんな言葉が漏れた。
コスプレにしては完成度が高すぎるし、映画の撮影セットにしては、人の数が多すぎる。
訳が分からないまま、人の流れに紛れて門へと歩き出した。




