第一話 『神々が死んだ日、世界は嘘をつき始めた』
祖父は昔から変なことばかり言う人だった。
例えば俺が小学生の頃。
転んで膝を擦りむいた時。
祖父は傷口を見ながら言った。
「その傷は本当は存在しない」
意味が分からなかった。
当然だ。
血は出ているし痛い。
存在しないはずがない。
しかし祖父は傷を撫でた。
すると傷は消えた。
跡形もなく。
まるで最初から存在していなかったみたいに。
俺は泣くのも忘れて固まった。
祖父は笑った。
「世界は思っているほど確かなものじゃない」
その時は何を言っているのか分からなかった。
今でも半分くらいしか分からない。
ただ一つ確かなのは。
あの日から俺は普通ではなくなったということだ。
◇
六月。
雨上がりの放課後。
俺――九条玲司は校舎裏のベンチに座っていた。
理由は簡単。
補習である。
魔術理論学。
赤点。
再試験。
補習。
落第寸前。
魔術師の家系としては割と終わっていた。
「はぁ……」
ため息を吐く。
周囲では運動部の掛け声が響いている。
平和だった。
少なくとも五分前までは。
校内放送が鳴る。
『全校生徒は速やかに校庭へ避難してください』
『繰り返します――』
教師たちが慌ただしく走っていく。
何かあったらしい。
俺も重い腰を上げた。
校庭へ向かう途中。
すれ違った教師の会話が聞こえた。
「地下で遺跡が見つかったらしい」
「またですか」
「今回は本物だそうですよ」
遺跡。
その言葉に足が止まった。
この学校は山の上に建っている。
工事中に古い遺構が出ることは珍しくない。
だが教師たちの顔色は異様だった。
まるで爆弾でも見つけたみたいに。
妙な好奇心が湧いた。
校庭へ向かう足を止める。
そして地下へ向かった。
今思えば。
その時点で人生は終わっていたのかもしれない。
あるいは始まっていたのか。
◇
地下三階。
普段は立入禁止の区域。
警備テープが張られていた。
誰もいない。
皆避難誘導に駆り出されているのだろう。
俺は隙間から中へ入った。
広い空洞だった。
コンクリートの下から現れた石造りの空間。
壁一面に文字が刻まれている。
見たことのない言語。
なのに。
なぜか読めた。
【記録保管庫】
背筋が冷えた。
その時。
部屋の中央にある台座が目に入る。
そこには一冊の本が置かれていた。
黒い表紙。
装飾はない。
古びているのに汚れ一つない。
異様だった。
誰かが触れるなと言っているような存在感。
だが。
なぜか目を離せない。
気付けば手を伸ばしていた。
指先が表紙へ触れる。
その瞬間。
世界が止まった。
音が消える。
空気が消える。
時間そのものが消える。
そして。
本が開いた。
勝手に。
ページがめくられる。
一枚。
二枚。
三枚。
高速で。
まるで誰かが探しているみたいに。
やがて最後のページで止まった。
そこには一行だけ記されていた。
【終末記録】
嫌な予感がした。
目を逸らしたかった。
なのに視線が動かない。
次の行が浮かび上がる。
【西暦2034年7月17日】
【人類文明終了】
心臓が大きく鳴った。
さらに文字が増える。
【原因】
【九条玲司】
理解が追い付かなかった。
何度読んでも。
名前は変わらない。
九条玲司。
俺だった。
その瞬間。
背後で誰かが言った。
「やっぱり君だったか」
凍り付く。
ゆっくり振り返る。
そこには少女が立っていた。
銀色の長髪。
黒い制服。
見覚えはない。
だが彼女は俺を見るなり悲しそうに笑った。
「今度こそ止めるから」
その言葉の意味を聞く前に。
天井が崩壊した。
轟音。
粉塵。
悲鳴。
そして。
落下してきた瓦礫の向こう側から。
人ではない何かがこちらを見下ろしていた。
黄金の瞳。
巨大な翼。
人間の数十倍はある影。
それは静かに口を開く。
「発見」
その声だけで空間が震えた。
「神殺しを確認」
少女の顔色が変わる。
俺の頭は真っ白になる。
そして怪物は続けた。
「第七次回収作戦を開始する」
その瞬間。
俺はまだ知らなかった。
神々が消えた本当の理由も。
世界が抱える秘密も。
そして。
自分が何者なのかも。




