2. 父上の死
父上が魔獣討伐に出発した次の日の朝、騎士団から辺境伯城に緊急の連絡が入った。
「旦那様!討伐に向かった騎士団が、魔獣のスタンピードでほぼ全員が重傷を負ったと連絡が入りました!」
執事のチャールズが、青い顔で食堂に駆け込んできた。
「ルークは!」
「現場の状況がわからないので、これから救護隊と共に私が現場に向かいます!」
じいちゃんは、眉間に皺を寄せながら俺を抱き上げた。
「チャールズ、お前はルキリアを守れ。現場には儂とセイが向かう」
「大奥様まで……」
「あいつの治癒魔法に敵うものはおらんからな。儂とセイは、先に転移の魔道具で現地に行くから、他の者達にすぐに出発するように伝達しろ」
「畏まりました」
じいちゃんはそう言うと、俺をチャールズに渡して部屋を出て行った。俺は嫌な予感で胸をざわめつかせながら、じいちゃんの背中を見送った。
騎士団からの連絡を受け、じいちゃん達は父上のいるブルーマウンテン山中に向かった。何度か執事のチャールズに連絡は入ったが、辺境伯城内は異様なほど静かで、待っているだけで何も出来ない自分に歯痒い思いをしながら、じいちゃん達の帰りを待った。
その日の夜、じいちゃんは父上を抱いて、静かに城に戻ってきた。
「ちちうえ……?」
じいちゃんは、眉間に皺を寄せて口を一文字に結びながら父上の寝室に入ると、そっと父上の体をベッドに横たわらせた。
そして寝室のドアのところで立ちすくんでいた俺を抱き上げて、ベッドの側にあった椅子に腰を下ろした。
「ルキリア、ルークは、魔獣のスタンピードで麓に降りて来た魔獣たちを押さえるために、先頭に立って戦った。こいつが魔獣たちを押さえてくれたお陰で、麓の町の被害は最小限で済んだ」
「……」
「ルークは亡くなった。この辺境伯領の次期当主には、お前がなる」
「はい……」
「ルキリア、腹を決めろ。ルークたちの葬儀が終わったら、儂がお前を次期当主として鍛え上げる」
「はい、おじいしゃま……」
じいちゃんは俺をベッドの縁に座らせると、「ルークと最後の会話をしておけ」と言って、静かにドアを閉めて部屋を出ていった。
ぽふっ。
俺は、ベッドに横たわる父上の側に寝そべった。
父上は、大人に甘えることが苦手な俺を察して、よく父上のベッドに俺を担ぎ込んで、この世界の色んな話をしてくれた。
俺は、異世界で出会った父親という存在に戸惑いながら、人の温かさを感じた。前世ではこんなに近くに、親を感じたことがなかったなと。
前世の両親は、幼い頃にIQ180と判定された俺を、いつも怖いものを見るような目で見ていた。そして俺にはあまり近付かなかった。そんな俺が寿司を食べに行きたいと、初めてわがままを言った出先で事故に遭い、俺だけが助かった。
俺は、自分のせいで両親を亡くしてしまったという罪悪感にさいなまされて、部屋にずっと閉じこもっていたが、過去に戻ろうと思い立ち、狂ったようにタイムトリップの研究に没頭した。
俺は、何がしたかったんだろうか?
「ちちうえ……」
俺は、父上みたいに優しくて、そばにいると安心出来て、あったかくなれるような人になりたいよ……。俺を怖がらないで、父上の子どもにしてくれてありがとう……。父上、大好きだよ……。
「ちちうえ、また頭をグリグリ撫でてよ……」
ふと俺の手が父上のポケットに触れると、俺が渡した魔道具が滑り落ちた。
「あっ……」
表面には無残な亀裂が入っている……。
俺の作った中途半端な魔道具じゃ、スタンピードの暴力的な魔力には耐えられなかったんだ。
こんなものを渡した俺は……
「ちちうえ……、ごめんな、さい……」
顔をぐじゃぐじゃにして泣いていると、執事のチャールズが俺を迎えにきた。
「ルキリア様、ルーク様がお着替えになりますので部屋に戻りましょう」
俺は、チャールズに抱っこされて部屋に戻ると、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
スタンピードで亡くなった人たちの合同葬儀が終わってから数日後、俺はじいちゃんに連れられて、父上が魔獣と戦った場所に来ていた。
「ここが、ルークが命を落とした場所だ。理由は不明だが、スタンピードのほとんどがこの場所を通って麓に流れてきている。ルキリア、スタンピードからこの麓の町を守る道具を作れ」
俺は、あたりを見回してから大きく頷いた。
「おじいしゃま、わかりました。しゅぐに魔道具作成にとりかかりましゅ」
じいちゃんが、俺に難しい魔道具作成という仕事を課した理由はわかってる。父上がいなくなったことに心が囚われないように、そして他のことに心を向けられるように、難しい課題を俺に与えたんだ。
父上、俺、何も出来なくてごめんなさい。これからは俺がみんなを守れるように強くなるから……。
あれから数年が経ち、俺は結界の魔道具開発をしながら、めきめきと成長していった。
「ルキリア!重心をずらすな!剣がぶれる!」
「全方向からの攻撃を、闇の重力変化でいなせ!」
「超重力で押さえ込んだまま切り込め!」
「はい!」
俺は体に強化魔法をかけて、毎日じいちゃんから剣術と体術、そして魔術の特訓を受けた。
体がボロボロになって腕が上がらなくなっても、手のひらの豆が潰れて血だらけになっても、俺はじいちゃんの特訓に必死でついていった。
「いっ……、痛くない!」
俺は、父上の代わりにみんなを守るって約束したから。
絶対に泣き言は言わない。
そして特訓が終わると、俺は工房に籠って魔道具作りに没頭した。
ハンがルキリアの部屋の前を通ると、ちょうどセイがルキリアの体調を確認しているのが見えた。
「ルキリアは、寝たか?」
「ぐっすりじゃ。こんな小さな身体で、泣き言も言わずに、ハンの特訓に良くついていっておる」
「回復魔法は掛けてやったか?」
「毎晩、回復魔法を掛けてやっておるが、それよりもこの子の回復力の方が勝っておる。魔力量も多いが、この回復力は異常じゃ……」
「そうか……。セイ、ルキリアを頼むぞ」
俺は、じいちゃんの特訓以外の時間は全て、領地を守る結界の魔道具作りに没頭した。
試作1号はすぐにできたが、膨大な魔力量を要するもので、実用化は到底無理な代物だった。
「はぁ……、どうやっても魔力消費量を下げることができない。でも何か方法があるはずなんだ」
それから何度も作り直して魔力回路の改良を重ねたが、なかなか納得のいくランニングコストがはじき出せず、結界の魔道具作成は行き詰っていた……。
そんな時、辺境伯城に魔力過多症で魔力暴走を起こしかけている子どもが運ばれてきた。
「セイ様!息子が魔力過多で高熱を出して……」
辺境伯城の一角は救急病院のようになっていて、いつでも病気や怪我をした領民達を受け入れられるようになっていた。
「母殿、慌てるでない。見たところそれほど重症ではないから大丈夫じゃ。診察台に寝かせなさい」
ばあちゃんはそう言うと、その子どもの両手を優しく握った。そしてばあちゃんは、その子どもの両手から、過剰な魔力を吸い上げて、その魔力を空気中に放出した。
(魔力過多症の人って、この世界には多いのか?)
ドアの隙間から覗いていた俺は、ばあちゃんが診察室から出てくると、ばあちゃんを捕まえて質問攻めにした。
「おばあさま、魔力過多症の人ってたくさんいるの?」
「あぁ、この領地には魔力の多い者が多いからのぉ。大人になって魔力が落ち着くまでは、魔力過多症で高熱を出したり体調を崩したりする子どもが多いんじゃ。大人でも過剰な魔力が放出できずに体調を崩す者も多いのぉ」
「魔力過多症の人は、過剰な魔力を吸い上げるだけで体調が良くなるの?」
「そうじゃ。しかし魔力を吸い上げるには技術が必要で、誰もが出来ることではない。今のところ特効薬は無いから、体調が悪くなると診療所で魔力を吸い上げてもらうしかないんじゃ」
「吸い上げた魔力は、放出して捨てちゃうの?」
「あぁ、使う方法がないからのう……。たしかにもったいないのう」
「……それだ!ありがとう、ばあちゃん!」
閃いた俺は、ものすごい勢いで駆け出した。
「ルキ、そんなに急いでどこに行くんじゃ!んっ?『ばあちゃん』?」




