17. 送り人
次の日の朝、俺はそっと部屋から忍び出て、レオさんたちの乗る船を、港の岸壁に座って眺めていた。
「おっ?ルキリア様、こんなに朝早くからどうしました?」
「あっ、レオさん……。おはようございます」
「浮かない顔をしていますねぇ。何かありましたか?」
レオさんは、俺の様子を見て、そっと隣に座った。
じいちゃんやばあちゃんを傷つけた罪の意識で強張っていた気持ちが、レオさんの顔を見た瞬間に急に緩んで、涙が溢れ出た。
「……俺の魔法で、人を傷つけた……んです……。俺……、魔法を使うのが、怖い……」
レオさんは、小刻みに震えていた俺の手をグッと握って、肩を抱いてくれた。
「海はね、いつもは穏やかだけど、ひとたび牙を剥けば、どんな巨大な船だって一飲みにする。海の機嫌一つで命を失うこともある。でも海を怖がって閉じこもってちゃ、誰も守れない。……力が強いってことは、それだけ『舵取り』が難しいってことなんですよ。嵐に怯えて舵を放したら、遭難する。だったら、もっと強くなればいい。舵をとれるようにね」
「舵取り……」
俺は袖で目をこすって、鼻をすすった。
「ルキリア様、怖くなったらね、逃げたらダメなんですよ。怖いと思ったら、前に、出るんです」
俺は、ブルーマウンテンの山中に来た。
「モーリー!」
「ルキリア!こんな朝早くにどうしたんだ?」
「モーリー、俺は君に約束する!モーリーの親友として、俺、ここで、ちゃんと生きるから!」
「?……あぁ、頑張れよ?」
「じゃぁ、みんな心配してるから、行くね!」
「あ、あぁ?」
(ルキリア……?)
「おじいさま、おばあさま、おはようございます!」
俺は、祖父母がいるであろう食堂に駆け込んでいった。
「ルキ!どこに行っておったんじゃ!」
「あっ、……ごめんなさい。ちょっと散歩に……」
俺はじいちゃんとばあちゃんの前に行くと、思いっきり頭を下げた。
「俺、おじいさまとおばあさまを傷つけました。……本当にごめんなさい!そして、俺を、助けてくれて、ありがとうございました」
「ルキ……」
じいちゃんは、包帯を巻いた手で、俺に気合を入れるように、背中をバシッと叩いた。
「ルキリア、一番の誇りというのはな、挫折の度に立ち上がることだ」
俺は、じいちゃんの言葉に、歯を食いしばって涙が出るのを止めながら、頷いた。
「おじいさま、おばあさま、俺の力のことでお話があります」
「……わかった。朝飯の後で、話を聞こう」
朝食後、みんなでじいちゃんの執務室に移動した。
「ルキ、『力』というのは、あの時に得た魔力かえ?」
俺は、ばあちゃんに大きく頷いた。
「あの時、俺は真っ暗な闇の『無』の世界に引きずり込まれたんだ」
「無?」
「音も光も何もない場所だった。でもどこからか声だけが俺の頭の中に聞こえてきて、その声の主が俺の力について言ってたんだ。俺の暗黒魔力は、時空を繋ぐ無限の魔力だって。そしてこの無限の魔力は、属性に縛られずに使えるって……」
「属性に縛られないということは、全属性が使えるということかえ?」
「うん。そして、時空を繋いで、並行世界に飛んだり飛ばしたりできるって言ってたんだ」
「並行世界とは何だ?」
「この現実とは別に、もう一つの現実が存在する世界。例えば、俺は今朝パンケーキを選んだけど、パンケーキを選んだ世界とは別に、俺がおにぎりを選んだ別の世界が、この世界と並行して存在しているんだ」
「ん~、良く分からんが、その世界にルキが飛んだり、誰かを飛ばせるということかえ?」
「うん、そうだと思う。そして、こう言ったんだ。『力の種子を蒔いたのは、お前だけではない。しかし、芽吹かせる条件を満たしたのは、お前だけだったようだな』って」
「力の種子……」じいちゃんは、顎に手をあてて呟いた。
「そして、その声が俺に聞いたんだ。この力をお前はどう使う?って……」
じいちゃんが、「なるほど……」と、なにか腑に落ちたような顔で頷いた。
「なぜ、ルキリアがこの力を覚醒したのかが、わかった」
「えっ!何でなの!?」
「ハン!どの辺で、わかったんじゃ?」
「その声は、ルキリアに聞いたんだな?『この力をお前はどう使う?』と。その暗黒魔力は、その力を我が欲のために使おうとする者には覚醒しない。ルキリアだから覚醒した。欲がないからな……」
「なるほど~。だからハンは覚醒しなかったんじゃな……」
ばあちゃんが、こそっと呟いたのを、じいちゃんは聞き逃さなかった。
「セイ、何か言ったか?」
ばあちゃんは、「何も言っておらんぞ~」と大笑いしていた。
俺は、目の前の祖父母を見て、覚悟を決めた。
「おじいさま、俺の力、おじいさまの傷を治すために使ってもいいですか?」
「ルキリア、使え。怖がらずに、使ってみろ」
俺は慎重に魔力を引き出し、じいちゃんの傷に手を当てた。
俺の頭の中に、あの声が聞こえた気がしたが、俺は無視した。
そして、じいちゃんの包帯が、じわりと白く光って、傷口を覆っていた黒い魔力が、俺の魔力に中和され、霧散していった……
その日の午後、俺は傷の治ったじいちゃんと一緒に、3人の男が眠る地下牢に向かった。
3人の男たちは、包帯を巻かれて、地下牢に並んだベッドに寝ていた。
「セイが診た限りでは、昏睡状態にあって、このまま目を覚ますことはないかもしれないと言っておった」
「他の2人は?」
「あの2人は行方がつかめん……」
じいちゃんは、悔しそうな顔で、大きく息を吐いた。
「髪の色は違っているが、あの襲撃の5人は、隣国から出国した空挺団の者たちだ。ノクタリア国に入って、そこで魔族の力を得る血清を飲んだと思われる」
「血清?」
「あぁ、人族の魔力に魔族の力を掛け合わせる薬だ。セイは昔、その薬の開発に携わっていた。倫理を超える研究に嫌気がさして、セイは辞めたがな……」
(ばあちゃんが、そんな研究を……)
「この人たちは、何で隣国を出たの?」
「こいつらは、あの国で、自分たちの居場所が見つけられずにいた……。馬鹿なやつらだ……」
「居場所……」
「居場所なんていうのは、待っていて与えられるものじゃない。自分で作り上げるものだ……」
(この人たちの居場所……。覗けるかどうかわからないけど……)
俺は、寝ている3人のそれぞれの肩に手を置いて、あの力を使って彼らの過去を覗いた。
一人目の男は、女手一つで育て上げてくれた、病気がちの母親のために空挺団に入り、自分の食事代を削ってまで、ほとんどの給料を母親の薬代に当て、母親の病気を治すために必死で戦場で剣を振るう姿が見えた。
2人目の男は、スラム街の路地裏で、一人で生きていたところを拾われて空挺団に入り、初めて出来た仲間を笑わせようと、戦場でいつも馬鹿なことを言って、みんなのことを気遣っているのが見える。
そして3人目の男に見えたのは、孤児院で院長に虐待され続け、ようやく逃げ出せた時に助けてくれてた空挺団に恩を感じて、必死の努力をして空挺団に入り、戦場で亡くなった者たちの遺体を担いで国に帰る姿だった。
「……おじいさま、この人たちの処遇、俺に決めさせてもらえますか」
「どうするつもりだ?」
「俺の判断は、甘いのかもしれない。俺は、この人たちを殺せない……。いや、実質、殺すことになる……」
「どういうことだ?」
「俺は、この人たちを追放する。……この世界から。そしてこの人たちが、やり直しをする世界に、飛ばす」
「ルキリア、人の『生』に手を下す覚悟は、出来ているか?」
俺は、じいちゃんの目を見て頷いた。
「俺はこの力を、『送り人』として、使う」
俺は、昏睡状態の3人の手をとり、ギュッと握り締めた。そして、彼らがやり直しをする世界を思い浮かべて、全身の魔力を彼らに注いだ。
しばらくすると、彼らの体が光り出し、足元からゆっくりと光の粒になって、空中に舞い上がっていった。
そして、マルコの団長室に飾られていた写真から、彼らの写っていた姿が消え……
エビータ国の英雄であった、彼らの顔や姿が、この世界に生きる者たちの記憶から無くなり……
この世界から、彼らのいた軌跡が、消えた……




