10. ノクスの勧誘
エビータ国王の平和宣言から1か月経ち、各団の編制が徐々に行われていった。空挺団を涙ながらに去っていく団員たちを見送った夜、マルコはひっそりと静まり返った執務室で、一人で酒を呷っていた。
「そんな飲み方をしたら身体を壊しますよ」
「誰だ!」
後ろからいきなり声を掛けられたマルコは、反射的に剣に手をかけて振り返った。
マルコの後ろに立っていた黒いマントの男は、にっこりと微笑みながら両手を上げた。
「私は貴方の敵ではありません。ちょっとお話ししたいことがあり、お伺いいたしました」
そう言うと、黒いマントの男はゆっくりとマルコの正面に座った。
「お前は誰だ」
「ノクス・ヴァルディエル・ドラクロワ。……新しい居場所を作り上げようとしている者です」
「新しい居場所……?」
「はい。かつてあった誇り高き血を受け継ぐ国を……。その手伝いを貴方にお願いしたく参りました」
「……帰ってくれ。俺には、この国で部下たちを守る責任がある」
男はフードを外すと、銀髪の長い髪が肩に流れ落ちた。
「もう侵攻をしないと決めた平和な国に、貴方の率いる最強の空挺団……。この国は、実に贅沢ですね」
「もう空挺団は、不要だというのか?」
「いえ、違います。不要なのは……。いえ、失礼。今はやめておきましょう。それよりも、西の戦いでの貴方のあの奇襲は、見事でした」
「なぜそれを……」
「貴方ほどの男が、新国王の下では魔獣討伐の補助任務……。この国は、優秀な貴方の使い方を間違っている。私たちなら、貴方がまた再び輝ける場所を提供できますよ。貴方の欲したあの土地も……」
「……」
「貴方の部下を、このままずっと騎士団と海兵団の補助任務で、終わらせるつもりですか?今まで、命をかけてこの国に仕えた貴方の部下を、貴方は見捨てるおつもりですか?」
マルコが男の言葉に動揺した表情を見せた時、執務室のドアをノックして、空挺団精鋭部隊のサムの声が聞こえた。
『団長、まだ執務室にいるんですか〜』
男は、チラッとドアの方を見ると、ソファから立ち上がった。
「答えは急ぎません。いずれ、貴方から私を探すでしょう」
そう言って、ノクスと名乗った男は、冷たい血の香りを残して、その場から姿を消した。
男が去った後、マルコは崩れるように椅子に座り込んだ。
「俺は部下を見捨てていない……」
新しい居場所……
俺は、今、何を考えた?あの男の言葉に心が動いたのか……。
それから一週間ほど経った日の朝、執務室に第7王子のルナールが訪れた。
「マルコ、先日の魔獣討伐だが、騎士団と海兵団との連携はどうだった?」
マルコは、眉一つ動かさずに答えた。
「……過去の戦闘では単独で動く事が多かったですから。部下も初めのうちは戸惑っていたようですが、少しずつ自分たちの立ち位置が分かってきたようです」
「そうか……」
ルナールは、マルコの無表情な顔を見て苦笑いをしながら、小さくため息をついた。
「国王も私も、英雄である空挺団を蔑ろに扱おうとは思っていない。君達が騎士団と海兵団の補助作業に、不満を持っていることも分かっている」
「……」
「マルコ、私は英雄である空挺団の力をもっとこの国に活かしたいと思っている」
「どうやって……」
「空挺団を再編して、君を含む精鋭部隊は、国の諜報部として動いてもらうのはどうかと考えているんだ」
「それは……。実質、空挺団を解体するということですね」
「マルコ……。私は、君たちに魔獣討伐なんて仕事はさせたくないんだ。この提案は、これからの君たちの最善の道だと思う。答えは急がないよ。考えてみてくれ……」
ルナールは、マルコの肩に手を置いて言葉をかけようと口を開いたが、そのまま何も言わずに執務室を出ていった。
「もう、この国に俺たちの居場所はないのか……?」
マルコは、机の上に広げてあった地図の一点を、無意識にじっと見つめていた。
その場所は、先王が自分の庶子であるマルコに、次の戦争で勝ち取ったら、その土地をマルコに与えると約束していた場所であった。
各団の編制も終わり、空挺団に残った団員たちは、騎士団と共にブルーマウンテンの麓に来ていた。
マルコが辺りを見回していると、騎士団長のダニエルが声をかけてきた。
「マルコ団長、今日の討伐ですが、空挺団は騎士団の討伐中に、横に逸れていった魔獣の処理をお願いします。空からだったら逃げた魔獣も見つけやすいでしょうし」
「……わかった」
マルコが団員たちに今日の討伐内容を伝えると、後ろにいた団員の小さい呟きが聞こえた。
「今日も掃除係か……」
マルコは顔を逸らすと、その呟きを聞こえなかったことにして、何も考えず、淡々と仕事をこなした。
そして、その日の討伐が終わると、マルコは団員たちにはほとんど声をかけずに宿舎へ足早に戻った。
マルコが宿舎に入ろうとした時、入口付近で話をしていた騎士団員の声に足を止めた。
「なんか俺、空挺団のあんな姿、見てるの辛いわ。英雄たちが、今じゃ掃除係だぜ」
「しょうがないさ。空挺団は奇襲専門だから、ヤツらだけじゃ討伐は出来ない。……編制後に、空挺団に残った者たちは惨めだな」
聞こえていないふりをすることが、これほど苦しいとは……。マルコは唇を噛み締めながら、宿舎には入らず、執務室へ向かった。
(俺のことは何と言われてもいい……。だが、アイツらの事は……)
空挺団は、約20名ほどの少数部隊だ。だからこそ団員たちの絆は深かった。戦いを終えた後は皆で生還出来たことを喜び、宿舎では兄弟のように過ごした。
だからこそ、今の団員たちの気持ちやプライドがズタズタに傷つけられたまま、マルコを信じてついてきてくれる彼らに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「みんな……、すまない……」
マルコは、ふとあのノクスと名乗った男を思い出し、壁に貼ってある大陸全土の地図を見上げた。
「銀髪……、紫の眼……、ドラクロワ……」
地図を眺めていた視線が、ある国のところで止まった。
「ヴァンパイア族の住む、大陸最北にあるノクタリア国か……」
マルコは立ち上がると、地図を指でなぞってエビータ国からの距離を測った。
「この国が俺たちを不要とするならば、ノクタリアの力を借りてでも、俺たちが生き残る拠点を手に入れる。あの土地さえあれば、俺たちは……」
一方その頃のフルーラ辺境伯領の港では、海兵団の船に新型結界魔道具の設置完了を祝う宴が、漁港の民たちも一緒になって楽しく催されていた。
ルキリアが、『イカ焼き』に齧り付いていると、レオが隣に座ってきた。
「ルキリア様、この結界の魔道具に付与された海底地質レーダーですが、もしかして俺のために付けてくれたんですか?」
「えっ、はい。レオさんの魔法効率を上げるのに、少しでも役に立てばいいなと思って……」
レオさんは、泣きそうな顔を背けると、ぎゅっと俺を抱きしめた。そして、俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でくりまわした。
「ルキリア様、いつでも船に乗りに来てください。ここから見る海と、外海に出てからの景色は全く違うんですよ。俺は、貴方に、もっと広い世界を見せたい……」
「もっと広い世界……」
ふっと、父上とレオさんの姿が重なって見えて、涙が出そうになったけど、俺はぐっと我慢した。
「レオさん、俺、泳げない……」
「えぇ~!総帥から、泳ぎを教わってないんですか!」
「たぶん、おじいさまは、泳ぎを教えること忘れてると思う……」
ルキリアと海兵団員たちの笑い声が港に響き渡り、その日の夜は遅くまで賑わっていた。




