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第36話 千波ちなはメインヒロインである③

 仕事終わりの一杯は。


「やっぱりビールに限るよね〜」


 ぷはぁ!と豪快な飲みっぷりを披露して、千波はそう嘯いた。

 広報課の社員は普段どんな飲み会してるんだ……法務課の大人しい面々が混ざったら、肉食獣に食べられる直前のうさぎみたいになりそうだ。


「同感」


 とはいえ労働でこびり付いた疲れは、白と金の液体でしか拭えないのは事実。


「ってあんたなら言うと思った」


 ひぇ、恐ろしい。


「俺ってそんなに顔に出てるか……?」


「むっ!ってことは誰かに言われたことあるのね!許せん!私の立野なのに」


「お前のものになった覚えは1ミリもねぇよ」


「あんなに愛をささやきあったのに……?」


「一杯目で泥酔か?大したことないな、千波も」


「言ったな〜〜!どうなっても知らないからね!」


 まずい、煽り煽られで変なスイッチを押してしまったみたいだ。

 頼む、この前の瑚夏さんみたいにべろんべろんになって家まで送らされるとかやめてくれよ。


 頭にカットインしてくるジュリエット。

 今彼女は何をしてるんだろう。


 そんなことを考える権利が俺にないのはわかっているにしろ。


「今他の女のこと考えた?」


 彼女の目が怪しく光る。

 これが夜の帰り道や隣に座るバーとかなら絵になったかもしれないが、ここは店内が赤色に染め上げられた中華料理屋だ。

 どちらかと言うとギャグみたいに映ってしまう。


 それでも、それでも千波の雰囲気が変わったことには違いないわけで。


「さぁどうだろうな」


「言うようになったじゃない、立野のくせに」


「お前は俺の何を知ってるんだ……あと一言余計だぞ」


「聞きたい?聞きたいなら教えて差し上げましょう!」


 高らかに宣言すると、千波は運ばれてきたばかりのエビチリを自分のお皿に盛り付けた。

 ……やっぱりオモシロ路線の絵だよなぁ。どこにいても舞台や映画みたいになる瑚夏さんとの違いはなんなのか。


 俺の気持ちの問題か?それともいつもチョケている千波の問題か?

 後者であることを祈るばかりだ。


「せっかくまだまだ時間があるのに、核心的なことを話すのはもったいない気もするけど」


「やっぱり最初に結論から話した方がいいじゃないか」


「嫌よ、そんな仕事みたいな」


 あれ?これって仕事の話で呼ばれたんじゃないのか。


「何か重大な勘違いしてない?立野」


 なんでもお見通しよ、なんて真っ直ぐな視線。

 口からエビの尻尾さえ出てなければトキメキポイントなのに。

 いや、恋愛力がほぼ0の俺にトキメキポイントがあるかどうかは置いといて。


「え、これって仕事の相談じゃないのか……?新しい企画立ち上げやるから法務として入れとか、急な仕様変更があるから契約書読めとか」


「そんな話、わざわざ予約した美味しいお店でしないわよ。ご飯が美味しくなくなっちゃう」


 くそ、急に正論パンチで殴ってきやがって。


「じゃあどうして……」


「私があんたとご飯食べたくなっただけ、じゃあ足りないかしら?」


 往年の口説き文句。口馴染みがあるのか、彼女はすらすらと言葉を紡いでいく。

 急に心の距離を詰めてくるな、心臓に悪い……。


 まぁ性格はアレだが器量も頭も稼ぎもいい、モテるんだろうなぁ。

 そういえば彼女と恋愛の話なんてほとんどしたことなかったっけ。


「いや、それでいい、同期だし」


「まだ同期だもんね〜」


 含むところがあるな……。


「俺たちが先輩後輩の関係になることはないだろ」


「そういうこと言ってんじゃないのよ、まったく。あ、すみませーん!ビールのおかわりお願いしまーす!」


 追加されるガソリン、どこまで突っ走るつもりだこの同期は。

 まるで彼女の注文を予想していたかのように、数秒で運ばれてくる新しいビール。

 これが人気中華クオリティ、回転率は伊達じゃない。


「それで、そろそろ本題に入りたいんだけど」


 ぷはぁとアルコールの海から息継ぎをする千波。


「あんたって瑚夏さんと付き合ってるワケ?」

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