09話・フルクローズ
ジョン・ドゥと名乗った仮面の男は、さらなる場代十倍というレオの提案を受けるかどうか、迷った。
さすがにおかしい。
これだけ連敗しておいて、さらに場代アップだと?
この色男は何を考えている?
「どうしたの? 早く場代を出しなよ?」
レオはすでに金貨をディーラーの前に置いている。
そしてジョンの手元にも、先ほどレオから支払われた金貨三十五枚がある。
場代は払える。
払える、が。
(……コイツ、大負けすれば億単位の精算になるってのに、なんでこんなに落ち着いてやがるんだ……? 俺様だって、万が一にも億超えの支払いと思えば、二の足を踏んじまうような状況……、なのに、なぜ?)
「君は、このゲームで最強だと言っていたね?」
「……あ?」
レオが、逡巡するジョンを嘲笑うかのように、言葉をかけた。
「教えてあげるよ。君の最強というのは、自分より遥かに弱い相手を狩っていたからそうだっただけの、まやかしさ。君は、自分だけは安全なところにいながら、道を踏み外して落ちていく人間を見つめて悦に浸るただの小悪党なんだ」
「なんだと……!?」
「その証拠に、今はもう僕への怒りよりも、恐怖が勝ってしまっている。だから次のゲームをすぐに受けられない。そんなブルッた根性じゃあ、先が知れてるね。今すぐ実家に帰ってママのオッパイでもしゃぶってなよ」
向いてないんだよ、君は。
レオは、そう言い切った。
頭の血管が切れそうなくらいの激情が、ジョンの腹の底から湧き上がってきた。
「ふざけんじゃねぇ!! 俺様に連敗してるカスが、ゲームで勝てねぇからって大口叩くな!! 俺様は最強だ! テメェが言ってるのは、弱えぇ負け犬がキャンキャン吠えてんのと一緒なんだよ!! バーカ!!」
「ふーん、それで? 君は次のゲーム、怖くて逃げ出すのかい?」
「だれが逃げるもんか!! テメェだけは絶対に許さねぇ! 俺様が完膚なきまで叩きのめして、二度と俺様の前でそのニヤケ面ができねぇようにしてやらぁ!!」
そこまで言うと、ジョンはディーラーに向かって乱暴に金貨を投げ付けた。
「オーケー。それなら始めよう。ディーラーさん、新しいカードをちょうだい」
「は、はい」
レオはディーラーの用意した物の中から新しい箱を選び、新しいカードの束を選んだ。
レオの手元には、スペードのAからKの十三枚のカード。
「そうだ。たぶん今回がラストゲームになると思うから、最後はもっと盛り上がるようにしたいな」
レオは、手元でカードを弄びながら、さらにとんでもないことを言い出した。
「最後の一戦は、フルクローズでやろう」
「……なに?」
「選ぶたびにカードをめくるんじゃなくて、十三回選び終わってから最後にまとめて、二十六枚のカードをいっせいにめくるんだ。面白いと思わないかい?」
レオは、涼やかな瞳でジョンを見つめる。
「相手がどのカードを使っていてどのカードが残っているのか、どのカードとどのカードが戦っていて今の点差が何点なのか、最後にカードをめくるまで分からないんだ。最後の最後までドキドキできると思うんだけど」
「ふざけんな。そんなことして俺様に何の得が、」
「三倍出すよ」
「……は?」
「フルクローズでやるなら。もし僕が負けたら、正規に支払うべき金額のさらに三倍を支払う」
「ちょちょちょちょ、レオさん!? いくらなんでもそれは!?」
焦るラウラを無視して、レオは一枚の紙を取り出す。
ジョンの背後に控えている丸メガネのメイドが、ピクリと反応を示した。
「これは、契約魔術で作られた契約書だ。これを使って行われた契約には魔術的な強制力が働く。君がフルクローズを受けるなら、この契約書を使ってもいい。ぼくが負けたら三倍払いします、ってね」
「……マジに言ってるんだな?」
「もちろん。こんなことで嘘はつかないよ」
そう言うと、レオは手にした契約書に契約内容を書き込んでいく。
ジョンが、ちらりと背後に振り返る。
「ルキ。あの契約書は本物か?」
丸メガネのメイドが頷く。
「はい。契約魔術特有の魔力導線があります。あの契約書は契約魔術によって作られたものです」
「……おい、ちょっとその紙見せてみろ」
「いいよ。ちょうど出来上がったから」
レオから契約書を受け取ると、ジョンは書いてある内容に目を通す。
要約すると、両者ともゲームの勝敗にきちんと従って支払いをすることと、レオは負けたら規定の三倍払いをすることが書かれている。
また、支払い期限はゲーム終了から一か月以内で、この契約は両者の合意がなければ破棄できない旨が書かれていた。
書類の下のほうには署名欄が二つあり、ひとつは空白、もうひとつには、レオのフルネームが署名されていた。
「この署名は、本名じゃなきゃダメなのか?」
「そこはきちんとしないとダメだね。契約魔術の効果が発生しなくなる。まぁでも、君が署名した後は後ろのメイドさんに預けてくれてもいいよ。君の署名を盗み見たりするつもりは、僕にはないからね」
ジョンはもう一度契約書の内容を確認する。
そして、内心でほくそ笑んだ。
(馬鹿な奴め。こんなものまで用意しておいて、肝心な事が書いてないじゃねーか)
「おい、ペンを寄越せ。受けてやるよ、フルクローズを」
レオの作った契約書にフルネームをサインして、ジョンは丸メガネのメイドに契約書を手渡した。
「それじゃあ、始めようか」
レオは手元のカードを弄ぶのをやめて、十三枚のカードをテーブルの上に置いた。
「ああ、始めようぜ」
ジョンも、ディーラーから十三枚のカードを受け取り、テーブルの上に置いた。
最後のゲームが、始まった。




