12話・ケタ違い
その場にいた全員が、並んだカードを見て言葉を失う。
完璧に整えられたカードの並び。
ディーラーが読み上げたポイント差。
全ては、レオの勝利を示していた。
この結末を作り上げたのは、ただひとり悠然とカードを眺めるレオなのだろう。
だが、そんなこと到底納得できない者もいる。
「ば、ば、ばか、ばかやろう、おま、おまえぇぇええ……!?」
恐怖と驚愕を混ぜ合わせて鼻と口の穴から垂れ流している男は、
「イカサマだッッッ!!!」
と叫んだ。
レオが微笑んだままジョンを見返す。
「イカサマ? 誰が?」
「おま、おまえ、こんな、こんなのはイカサマだ、無効だ!! 認められるか!! こんなもん!!」
ジョンは並んだカードを手で払いのけた。
レオは、その様子を黙って見ている。
「お前!! 何をやった!? 俺様は勝っていたはずだ!! なのになんで!? なんで……!?」
「最初から勝ってなんかなかった、それだけのことだよ。君は初手から僕が完全勝利するために必要なカードを選び続けていたんだ」
「ふざけるな!! 俺様は、最初に2を出してお前のAに当てた!! その後も俺様が勝つためにカードを選び続けた!!」
「けど、さっき見たとおり、君は自分の2を僕の3にぶつけていた。その後も同じさ。君は僕の勝利のためにきちんと動いてくれていたよ」
「やかましい!? そんなことあるか! 何をやった!? すり替えか!? ディーラーを買収したのか!? とにかく、今の勝負は無効だー!!」
ゼーゼーと息を荒げて、ジョンはわめき散らす。
あまりに見苦しい態度だが、レオは微笑んだままテーブルに頬杖をつき、それを見守っている。
「何がおかしいんだ!!」
「いやぁ、君がそこまで取り乱してくれるなんて。やっぱりフルクローズにして良かったよ。最後の最後まで、君は自分の勝ちを信じていただろうに。それがただのまやかしだと、」
「うるせぇー!!」
ジョンが、バンッッとテーブルを叩いた。
レオはやれやれとばかりに首を振る。
「それなら聞くけど、僕はどんなイカサマをしたんだと言うんだい?」
「カードをすり替えたんだろう!?」
「違うね。そもそも僕はカードを並べ終わった後は指一本カードに触れてない。すり替えなんて不可能だ」
「じゃあそこのクソディーラーを買収して、すり替えさせたんだろう!?」
「それも違う。このディーラーさんと僕は今日が初対面だ。買収なんてしてる暇はない」
「じゃあ、何か、魔術的なことをしたんだ!! そうだ! カードの模様を書き換えたな!?」
「それも違うよ。第一、そんなことをすればその後ろのメイドさんが分かるんだろう?」
「じゃあ、じゃあ、いったいどうやって……!?」
その時、レオの目がスッと細まった。
「本当に種明かしをしてもいいんなら、するけど。その前に、ディーラーさん」
「は、はい」
「今までにこの台で、完全勝利って出たことある?」
「……いいえ。私が記憶する限り、今回が初めてです」
「じゃあ、今回初めて正式に計算すると思うんだけど。今回の僕の勝ち額は、いくらになるの?」
ディーラーの男は、緊張した様子で答える。
「まず、レオ様の獲得ポイントが120ポイント。そこに、十三勝ボーナスで880ポイントが加算され、1000ポイントになります」
「うん。それから?」
「その1000ポイントを、十三連勝ボーナスで十倍にしますので、最終的なポイントは、い、10000ポイントです……!」
「今回、1ポイントがいくらなんだっけ?」
「……十万、Gです」
「ラウラちゃん。十万Gかける10000ポイントって、いくらになる?」
「えっ? えー、えーっと……。って、一億G!?」
「残念。十億Gだよ」
「じゅっ……!?」
ラウラは、ゼロの数が想像できないほどの大金に、目を回してその場にへたり込んだ。
「じゅっ、じゅっ、十億? 十億だと??」
そして十億という数字を聞いた途端、ジョンの顔から表情が消え落ちて、壊れたレコードのように十億という言葉を繰り返す。
「十億……、十億……!?」
「まぁ、実家に泣き付いたらなんとかできるんじゃない? 支払い期限まであと二十九日と二十三時間と五十六分と三十秒もあるんだし」
「……うがぁーっ!?」
錯乱したジョンが、右拳を振り上げてレオに殴りかかった。が、
「貴様、俺の友人に何をする」
素早くスミが動き、ジョンの右拳を受け止めた。
そして、怒気のこもった言葉とともに、ジョンの右手を握り潰した。
「あぎゃあぁーーっ!? て、手が! 俺様の手がーっ!?」
ぐしゃぐしゃに折れ曲がった右手の痛みに、ジョンが涙を流して叫ぶ。
「テメェ!!」
ジョンの後ろに控えていたスキンヘッドの男が、スミに殴りかかった。
スミの顔面を、思いっきり殴る。
「がっ……!? て、手が……!」
だが、ダメージを受けたのは、スキンヘッドの男の手のほうだった。
スキンヘッドの男は、スミの頬を殴った瞬間、まるで分厚いゴムを巻いた巨大な岩石を殴ったかのような錯覚を覚えた。
「邪魔だ」
スミは、スキンヘッドの男に、ビンタをする。
ラウラでは目で追うことのできない速さで振り抜かれたビンタにより、顔面が爆発したかのような破裂音とともに、スキンヘッドの男が吹き飛んだ。
「へぐぶへあっ!?」
「きゃあっ!?」
丸メガネのメイドが慌てて避ける。
そのすぐ横にスキンヘッドの男が倒れ、鼻からものすごい量の鼻血を出して、気絶した。
「スミ君、もっと手加減しないと。死んじゃうよ?」
「十分に配慮はした。だから死んでいないだろう」
スミはスキンヘッドの男の肩を蹴ると、体勢を横に変えてやる。
そして痛みにうめくジョンの前髪を掴むと、ぐいっと顔を引き上げて、自分の眼前に持ってくる。
「お前。これ以上ゴネるんなら、俺も本気で怒るぞ」
「ひいぃぃいいっ!? や、やめ、離せ!!」
「もうゴネないか?」
ギリギリギリ、っと前髪を掴む手に力を込める。
頭皮ごと髪を引き千切られそうな痛みに、ジョンは泣きながら叫ぶ。
「は、払う! カネは払う! だから離してくれ!!」
「僕の勝ちを、認めるかい?」
最後にレオが尋ねた。
スミの手に、よりいっそう力がこもった。
「認める! 認めるよぉぉおおお!?」
「分かった。それなら後は、……えーっと、ルキさん、だっけ?」
「は、はい」
丸メガネのメイド、ルキは、ドキリとしながら返事をした。
「ジョンの口から今日のことがご実家にきちんと伝わればいいんだけど、見ての通り負けたショックで錯乱してるみたいだから、君からも話をしてあげてくれないかな。君が持ってる契約書は、そのまま持っていってもらっていいからさ」
「わ、分かりました」
「お願いね。だって、今回のジョンの負けは十億Gだから、もし支払いが滞って強制力が働いたら、たぶんジョンは、あまりの苦痛にショック死しちゃうと思うからさ」
「……!」
「ご実家の、君の雇い主は、ジョンがそんなことになって死にでもしたら、この場に一緒にいた君のことをいったいどう思うだろうね?」
ルキが、さぁっと顔を青ざめさせた。
「だからまぁ、あと二十九日と二十三時間と五十三分と十五秒以内にきちんと十億支払えるように、よーく話をしてあげてよ。別に、全部現金じゃなくてもいいからさ」
「はい、必ずや……!」
種明かしをする雰囲気じゃなくなっちゃったね、とレオは肩をすくめた。
「帰ろっか。スミ君、ラウラちゃん」
「そうだな」
「う、うん……」
「勝ったお祝いに、どこか高いお店にでも行く?」
「俺は肉がいい。良い肉を食いたい」
そうして談笑しながら帰り始めた二人の男に続いて、ラウラはサーティーン・ポーカーの台を離れていく。
そしてちらりと振り返ると、呆然とした様子で立ちすくむルキを見て、ラウラはなんとも言えない気持ちになったのだった。




