2
◇
卒業パーティーの会場を出ると私はすぐさま馬車に乗り込んだ。
ただし、行き先は我が家ではなく別の場所だったけれど。
何しろ、このまま家に帰っても碌なことが起きないので。
あの人達がいるかぎりは……
特に母の顔を思い出していると馬車がゆっくりと動きを落としていく。木こりや狩人達すら通りそうにない鬱蒼とした森に。
要は目的地に到着したということなのだろう。
私が終わる場所に。
「ふう、やっとね……」
そう呟いた直後、御者のローレンが扉を開けてくる。
「お嬢様、少し離れて下さい」
そう言ってきながら。
なので私はすぐに言われた通りに動いたが。でないと邪魔になってしまうし怪我もしそうなので。
「では、やります」
彼が斧を取り出し、馬を逃した後、馬車の荷台を何度も斬りつける姿を見たらなおさら。
ただ、彼が小瓶を取り出して中に入った動物の血液を荷台にふりかけ、一息する姿を見ると側にいき声をかけたが。
内心では御者とは関係ないことをさせ、申し訳ないと思いながら。
「ローレン、ご苦労様」
「いえいえ、こんなのたいしたことじゃないですから。それよりも、これで、お嬢様は攫われたと思われるでしょうな」
「それじゃあ……」
「ええ、数ヶ月後に病死や重罪で死罪になった者を森の奥に置けばお嬢様は亡くなった事にできますよ」
その言葉を聞くなり、やはり我慢できなく頭を下げてしまって。
「ローレン……。本当に巻き込んでごめんなさいね」
すると、ローレンはゆっくりと首を横に振ってくる。
「何を仰っているのですか。私はもう歳だし失うものはありません。それにやっとお嬢様に恩返しができますので……」
しかも、私なんかのために涙まで流してくれて。
なので「ローレン……」と、こちらももらい泣きしそうにも。
すぐに目的を思い出すなり一歩踏み出したが。
「さあ、泣いている暇はないわね。行きましょうか」と、涙目で言いながら。
あの、厳しいお妃教育を受けた私でもまだ、こういった感情ができるのだと嬉しく思って。
それは森に入っていけば行くほどに強くなっていっていき。王宮にある草木とは違う自然な匂いを嗅げば嗅ぐほどに私の表情が綻んでいったので。
それこそしばらく進み続け、外套を着た者達が岩陰から出てくれば。
何しろ、これでもう私を邪険にする者達とは完全に縁が切れたのだから。
彼らと合流することで……
そう心の中で呟きながら私は軽く頭を下げる。
ただ、続けて挨拶をしようとしたら彼らがあっという間に目の前に来てしまったが。
更には手に持っていた外套を私達に被せてくれながら「これで目立たないでしょう。いや、ゲルモンド公爵令嬢はその美しいお顔も隠さないと駄目そうですね」と、お世辞まで付け足してきて。
本来なら緊張感に包まれている場面のはずなのに……と、私は思わず口元を緩めてしまう。
私と七つ歳が離れているが、全く年齢差を感じないその顔を眺めながら「ふふふ、それならばあなたのお顔も隠さないといけませんよ。ラングモンド辺境伯」と、言い返して。
目の前の美丈夫……ラングモンド辺境伯は寂しそうな表情をするだけだったが。
「あの、ラングモンド辺境伯?」
「シェルディンと呼んで下さいと言ったでしょう」
「う、でも、私は……」
「もう、あなたはあの男から解き放たれたのでしょう?」
「そうですが私は酷い女ですので……」
そう答えて私は俯く。
だって、あの時、王太子殿下がアンナマリーの嘘に気づけていたら私は今も側で頑張ろうとしていたのだから。
つまり、今のこの状況は保険を使用しているだけであって、私は本来どちらに転んでも良いように動いていただけなので。
それこそローレンやラングモンド辺境伯など色々な人達を利用して……
そう考えていたら、王太子殿下が今までこちらに言ってきた事はあながち間違いではないと理解してしまう。
「特に悪女という言葉は……」
そう小さく呟くとラングモンド辺境伯が悪女の手をさっと取るなり甲に口付けしてくる。
「あなたはこの国の人々が栄華の時を過ごせるように自分の人生を捨てて王妃になろうとしていたのはわかっています。だから、最後の最後まであの男にチャンスを与えていた。けれどそれを取らなかったのはあの男です。あなたが気に病むことはないのですよ」
しかも、そう言うなり力強く頷いてもくれて。ローレンや他の者達とともに。
あの場所では決して得られなかった理解をしてくれて……と、嬉しさのあまり私は思わず涙が出そうになる。
だって、こちらの本心をわかってくれたことに気づいてくれたのだから。
あの人達と違い……
父、元婚約者、国王陛下、王妃様の姿が薄ら現れては消えていく。代わりに気持ちが軽くもなっていって。
「……ラングモンド辺境伯、いえ、シェルディン様、どうか私の事もルナマリアと呼んで下さい」
ついそう口に出してしまいながら。名前で呼び合う意味を理解して。
それは頬を赤らめ噛み締めるように呟いてくるシェルディン様も。
ただ、「……ルナマリア。はあ、幸せだな。やっと貴女の名を言う事ができた」
そう言ってくる彼に私はすぐ「申し訳ありませんでした……」と頭を下げてしまったが。
今回の件を相談した際、シェルディン様には全てが終わったら自分の婚約者になってほしいと言われていたので。しかも定期的に打ち合わせをする時にさえ。
なのに、私はその際にどっちつかずの対応をしていて……
つまり、こんな悪女はやはりシェルディン様にはふさわしくないのではと。
ただし、彼が突然、私を抱きかかえたことで頭からその考えが吹き飛んでしまうが。
「シェルディン様、何を!?」
「先程も言ったでしょう。貴女はこの国の為に私をすぐに選べなかった。それにあなたに婚約者がいながら私は求婚して困らせてしまったのです。だから、あなたが気に病む必要は全くないのですよ」
「……シェルディン様」
「さあ、もうこの話はやめましょう」
「……はい」
「それでは、これから周りに気づかれない様に私の領地に向かいましょう。皆も今か今かと待ち侘びていますので」
「ふふふ、私も皆様に会えるのが楽しみです。あの、それでいつ下ろして頂けるのでしょうか?」
「何を言ってるのですか。森は危ないし転んだらどうするのです。馬車に着くまでは下ろしませんよ」
そう言ってシェルディン様は誰もが惚れてしまいそうな満面の笑みを浮かべてくる。
そして抱きかかえられるという行為は馬車に辿り着くまで続いて……
ただ、シェルディン様の領地に到着しても同じことをしてこられたため、何とか説得するとその後は自分の足で歩いたが。残念がるシェルディン様を横目に……と、私は気持ちを切り替える。屋敷からシェルディン様の母、エレノア様から出てきたから。私を暖かく迎え抱擁までしてくれて。
「まあ、よく来たわね!」
「エレノア様、お久しぶりです」
「あなたの噂はこっちまで届いていたわよ。大変だったわね」
「本当に恥ずかしい限りです……」
「何を言ってるの。誰も味方がいないんだからしょうがないわよ。それより、覚悟は決めたのね?」
「はい、ご迷惑をおかけします」
「気にしないで、これで私達も腐敗したモルドール王国と決別できるから。夫なんて辺境伯を退いたのにまたやる気を出しちゃってるわよ」
「ふふふ、レズール様らしいですね」
私がそう言うと奥の扉が勢いよく開き、レズール様が大柄の体を揺らしながらやってくる。
「がはははっ! ゲルモンド公爵令嬢、やっと来たか! 皆も待っていたぞ!」
しかも後ろから懇意にしていた商人も顔を出してきて。
「お嬢様、無事で良かったです」
「いやあ、僕達、皆気が気じゃなくて……」
そう言いながら安堵した表情にも。
まあ、だからこそ私は彼らに私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったのだが。
何しろ、彼らには恨まれてもしょうがないことをしたのだから。
それこそ何年もと、私は頭を下げる。
「皆様、本当に色々と申し訳ありませんでした」
「ちょ、ちょっと頭を上げて下さい!」
「そうです! 謝らないで下さいよ!」
「いえ、王太子殿下や妹、そして貴族が権力を使って店から色々と物を持ち出したのですよね……」
「でも、それはお嬢様の所為ではないですよね。我々は貴女が注意をしたり止めようとしてくれていたのも知っていますから」
「それに彼らの策略で貴女がやったことにされていたことも」
「でも、やはり貴族としての責任を果たせませんでしたし……」
「いや、今我々がこの場所にいるのがお嬢様が責任を果たした証拠でしょう。なので自信を持って下さい」
「ええ、そうですそうです」
商人達はそう言って楽しそうに笑う。すぐにシェルディン様の言葉で表情も戻したが。
「ある程度、王族と貴族の悪い噂が浸透したら、ルナマリアがあの馬鹿や貴族を注意していたと噂を流してくれ」
「お任せをと言いたいですが既に仕込みは済んでます。たっぷり利子を付けてね」
「ええ、数ヶ月後には必ず芽が出るはずですからお嬢様の名誉回復は早いですよ」
「では、その噂が広がったら行動開始だな。父上、騒ぎになったら怒りの矛先が向かう貴族連中は必ずブラクルー帝国に逃げるでしょう。だからよろしく頼みます」
「うむ、ホワイト共和国は貴族を廃止してるから奴らは向こうには行かんだろうしな。安心しろ、全員身ぐるみ剥がしてからブラクルー帝国に送ってやるわ。がはははっ!」
「では、我々商人はそのタイミングでブラクルー帝国に嘘情報を流します」
「きっと内乱になってしばらくは攻めて来られないでしょうね」
「間違いなくな。後はルナマリア」
「はい。全ての準備が整いましたら共和国から援軍を呼びよせて一気に片を」
私はそう言うとこちらに頷いてくる皆に力強く頷き返すのだった。
◇
この数ヶ月間、全て順調にいっていた。
何しろ、敵対する貴族のほとんどが相手にならなかったので。重税やら何やらで民達の怒りを買い、更にはストライキもされて貴族として機能不全に陥っていたから。
それは王家さえ……と、私はシェルディン様とラングモンド辺境騎士団に守られながら王宮に足を踏み入れる。
今日は腐敗したこの国に終止符を打ちに来ているのだ。ちなみに中はラングモンド辺境伯の精鋭部隊と共和国の兵隊、そしてレズール様やシェルディン様を慕っていた派閥の騎士達により既に制圧されている。
それは謁見の間も。
到着すると懐かしい顔ぶれが猿轡に縄で体中を縛られ横たわっていたから。怒りや複雑な表情を浮かべて。
ただし、私が「皆様、ごきげんよう」と、淑女の礼をすると驚いた表情に変わったが。
いや、王太子殿下だけはなぜか嬉しそうな顔をしてくる。
しかも、猿轡を取るなり「ルナマリア、助けに来てくれたんだね! やはり君は私の妻になるに相応しい女性だよ!」と、訳のわからないことを言ってきて……
いや、これはたんに助かりたいからこんな発言をしている?
それだったら……
そう考えていると隣にいたシェルディン様が剣を抜こうとする。こちらの心中を代弁するように……と、私は彼の前に立つ。
「シェルディン様の手を汚す必要はありません」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。私にはこの方の言葉は何も響きませんから」
「……わかりました。けれど一発殴っても良いですよね?」
「後でなら」
私はもちろんと笑顔で頷く。
それから、怒鳴ってきた王太子殿下の方に視線も。
「おい、ルナマリア! お前は私の知らないところで浮気をしていたのか!?」
「王太子殿下、私はそのようなことはしておりませんが……」
「なら早く私を助けろ。そしたら今、そいつに微笑んだ事は不問にしてやるから」
「あら……。いったいなぜ助けないといけないのですか?」
「それは私とお前が婚約者同士だからだろうが。お前こそ何を言ってる!?」
「はあっ……。お戯れはおよし下さい。私達はとっくに婚約破棄をしましたでしょうが」
「な、何言ってるんだ。あんなの冗談に決まってるだろう」
「冗談ですか……」
「ああ、冗談だ」
「では、アンナマリーはどうするのですか?」
「あいつは嘘吐きだった。私は騙されていたんだ。だから、私の婚約者はルナマリアしかいない!」
するとアンナマリーが恐ろしい形相で芋虫のように這いながら向かってくる。
「ひーーー! た、助けてくれ!」
もちろん王太子殿下に向かって。ただし辿り着く前に騎士に取り押さえられたが。恐怖の表情を浮かべる王太子殿下の視界に入る場所に。
なので「アンナマリーは違うようですけれど。芋虫殿下?」と、私はつい尋ねてしまって。
「ち、違わない! 婚約者はお前だ!」
「違いますと言ったでしょう」
「な、なぜだ!? 私の事を愛してるのだろう!」
「王太子殿下、私は国を担う者としてあなたをお慕いもうしあげていただけで愛などはいっさいありませんでしたよ」
そう言って微笑むと今度は心底驚いた表情にも。
「えっ? 嘘だろう?」
「嘘じゃないですよ。だって、好きになる部分が何処にもないんですよ? 人の話を聞かない。悪い事をしても反省しない。自分が言った事は全部正しいと思い込む……ああ、いっぱい酷い部分があり過ぎて面倒ですから、存在が嫌いという事で良いですよね?」
そう答えると今度は俯き沈黙を……いや、すぐ目をうるうるとさせ口を開いてくる。
「な、何でそんな酷い事を……」
「言いましたよね。私の事を悪女って」
「あ、あれは……」
「もう喋らなくて良いです。時間の無駄ですので。さて、あなたは今まで散々、国民のお金を使いこんだのでしっかりとその命を削りながら返して下さいね」
そう言うと、ついには体を小刻みに振るわせ泣き出してしまって。
まあ、それでもまた何か言ってくる可能性もありそうなので再び猿轡を嵌めてもらったが。
何しろ、次の人達との会話があるから……と、既に反省している様子のダレン様とサージハル様の猿轡を取ってもらう。
それから、報告は受けているがあえてもう一度質問もして。
「お二人は今までご自身がしてきた事を理解していますか?」
返答次第では彼らの処遇を変えるために。
何しろ、反省している風の演技かもしれないので。
ただし、すぐに二人の後悔に包まれた表情、そして素直に頷いてくる姿を見ていたらこれは本当だなと判断することもできたが。
続けて頭に包帯を巻いたダレン様が、アンナマリーを睨みながら「私達はこの娼婦みたいな女に溺れてしまい、周りが見えなくなっていた。だからって自分は悪くないとは思わない。好きなように裁いてくれ」
そして、サージハル様も「よく調べもせずにアンナマリーの言葉を鵜呑みにしてしまった。何も言えない。ダレンの言うように好きに裁いてもらって構わない」
そうも言ってきたことで更に彼らに希望と将来性も感じて。
誰かとは違って……と、私は二人に微笑む。
「では、好きなように裁きます。あなた達はこれから共和国に行き、一般市民となって働きながら一から常識を学びなさい」
そして、騎士には涙を流しながら頷く二人に猿轡はしなくて良いという指示もして。
バーバラ王妃とジョージア陛下の元に行く際にはもう私の表情は厳しいものになっていたけど。それは猿轡を外されたバーバラ王妃も。
「これはクーデターよ! わかっているの!?」
「ええ、十分に」
「くっ、で、でも今からでも遅くないわ。考えを改めて……」
「何故です? 良いではないですか。役割を忘れて国民から金品や食料を奪っていく貴族なんていらないですよね? それに無能な王族も」
「む、無能ですって!?」
「ええ、無能じゃないですか。だって、有能なら今回の件は未然に防ぐことができたはずですよ。ねえ、王妃様?」
そう言って微笑むとバーバラ王妃は絶句した表情で固まる。
ただし、隣にいたジョージア陛下はいまだに状況を理解していない様子で懇願してきたが。
「あ、あの時は私達が助けに入らなくて本当に悪かったと思っている。だから、私達はしっかりと裁かれよう。だが、ジェラルドだけは助けてやって欲しい」
「あら、それは難しいですね」
「な、何故だ?」
「第二王子は私が卒業パーティーで途中退席をした後、私の家に向かったらしいんですよ。何故だかわかりますか?」
「わ、わからない」
「私に求婚する為です」
「なら良いではないか。二人はお似合いだぞ」
「お似合いですか? 中々、酷いことを言われますね。第二王子は知っていたんですよ……」
私はジョージア陛下を見つめる。
それから、こちらの言葉の意図を理解できずに首を傾げてきたので思わず小さく息も吐いてしまって。
全く、いつも通り理解を……いいえ、この方はご自分は何もしなくても周りがやると思っているから知ろうともしないのだっけ。
そして「本当に最低な部分は似た者親子ね」と、仕方なく「第二王子は私がアンナマリーや派閥の貴族達に嵌められていたのを知っていたのです。酷くないですか? それで、私が弱ったところで手を差し伸べようとしたんですよ。そんな卑怯者と私をお似合いと言われるのですか? 冗談ではないですよ」と、説明もしてあげることに。
するとやっと理解したジョージア陛下と後ろにいた第二王子の顔がみるみる真っ青になる。
「なので、あなた方三人はしばらく離れの塔にて勉強して頂こうかと。ああ、平民として過ごせるよう教育もしてもらって。もちろん厳しくね」
更には続けてそう言うと王妃様も含めて真っ白にも。
騎士は気にする様子もなく三人に猿轡をしていったが。終わるなり今度は母の猿轡を外す作業も。
母は悪知恵が働いたのか猿轡が取れるなり頭を下げてきたが。先ほどのダレン様とサージハル様とのやり取りを凝視していたから。
「ルナマリア、悪かったわ! 全部私が悪いの! だから助けて!」
きっと、こうすれば助かると思いこんでいて。
もちろん私は許すつもりはないけれど。
そう思いながら過去をしっかりと思い出せるよう、手を合わせる。パチンと音が出るように。
「お母様、何を仰っているのですか。悪い事をしたら、必ず罰を受けなければならないのですよね?」
それから意味がわかるように彼女がやっていた口角も上げながら。だからなのかその一回で母は根を上げてしまって。
「……鞭打ちは嫌よ! お願い許してえ!」
そう懇願も。
ただ、「謝れば助けてもらえると思っては駄目ですよ。だってそう言って笑いながら私に鞭を打ったのはお母様じゃありませんか?」
そう言って軽く服の袖をめくり、まだ薄らと見える傷跡を母の目の前に持っていくと、これから自分がされる事を想像したのか白目を剥き、静かになってしまったが。
「……本当に困った人ね。でも、安心して下さい。お母様と愛した方は一緒にしてあげます。なので二人で苦難を乗り越えて下さい」
そう呟くなり側で震えるルズベルドという母の幼馴染の男も同じく。
いや、男は更に粗相もして……と、私は鼻をつまみその場を離れアンナマリーの元へ向かう。
すぐに立ち止まってもしまうが。アンナマリーは私を睨むどころが辺りをさっきから見回していたので。
つまりは警戒してしまったのだ。何かをしでかすのではないかと。
それこそ猿轡を取ったアンナマリーが開口一番、わけのわからない事を言いだすまで。
「ねえ、そろそろ私の王太子様が迎えに来るはずなんだけどどこよ?」
「……な、何を言ってるのかしら?」
「何って隣国のブラ何ちゃらって国から王太子殿下が来て私を助けてくれるのよ」
そう言ってアンナマリーは私を見もせず辺りを見回す。
「おそらくブラクルー帝国の事を言ってるのだろうけど、あそこの王子は五歳から十歳までしかいないよ。君は何でそんな事を思ったんだ?」
そう言ってシェルディン様が助け船を出してくれるまで。
何しろ、そう尋ねた直後、アンナマリーは目を見開き彼を凝視し始めたので。まるで猛禽類が獲物を見つけた時のように。
そう思っているとその考えは正解だったらしく、アンナマリーはもの凄い勢いで跳ね上がり、彼に飛びかかる。
「あなたが私の王子様ねえ!」
そう訳の分からない事を言いながら。
シェルディン様は冷静にアンナマリーを避けるとそのまま背中に乗って押さえ込んでしまったが。まるで舞台劇を鑑賞しているのかと錯覚するほど華麗に。
ただし、「オオオオゥゥタタイィシサマアアアアァァーーーーーー!!」と、彼女が奇声を上げて暴れだすまでだったけど。
「くっ、なんて力だ。おい、何人かで押さえるぞ!」
何しろ、「はい!」と、騎士や共和国の兵士が駆けつけてアンナマリーを押さえ込んだことで、今度は牛追い祭りで暴れ牛を押さえ込むような荒々しいものになってしまったので。
それもずいぶんと長い間。
ただ、疲れたのだろうか突然、彼女は糸が切れたみたいに静かになってしまったが。
その様子に私は心底安堵も。
「おい、しっかり封印しろ」と、猿轡に縄で体中、雁字搦めにされている様子を見たらなおさら。
いや、すぐに頬を赤らめてしまう。
「ルナマリアが私の心配をしてくれるなんて夢のようだ」
シェルディン様が駆け寄ってくるなりそう言って抱きしめてきたので。皆の見ている前で……と、私は俯く。
「恥ずかしいです。シェルディン様……」
「ふふ、そういう恥じらった顔も素敵だ。ただ、そんな君にあんな妹が….…おっと、話を戻そう。ちなみにこの感じでは話もできないのでは?」
「確かにそうですね」
「じゃあ、処分はどうしようか?」
「正直どうして良いのか……」
「うーむ」とシェルディン様が深刻な表情で静かに横になっているアンナマリーを見つめる。
「このまま野放しにしたら、きっと御伽話の、国を飲み込む妹みたいになるんじゃないかな……」
「ああ、何でも欲しがる妹が最終的には国を欲しがって文字通り飲み込んでしまう話ですね……。確かに、ありえそうですね」
「うん。だから、一番厳しいと言われる北の修道院に送るのが無難かと。あそこなら、周りと切り離されているから逃げる事もできないだろうし」
「わかりました。では、そのように……」
私は頷くと今度は父の元に行き猿轡を取る。
それから事実この国を動かしていたのは父なので「この国を終わらせに来ました」
そう宣言も。
なのに……
「……生きていたのだな。良かった。そして、すまなかった」と、想定していなかった言葉を父は言ってきて。心底、安堵した表情で。
もちろん私はそれに気づかないよう表情を作ったが。
「……お父様、覚悟は良いですか?」
「ああ、どんな罰も受けよう。それでもお前の怒りも私の贖罪も決して消えないだろうが」
「よく、わかってますわね。では、すべきことを言います。死ぬまでこの国の為に働いて下さい」
何しろ、私は私怨で動いているわけではないので。そう思いながら周りにいる仲間達を一瞥する。
驚いた表情を浮かべる父に続けて「お父様は仕事に関してだけは優秀ですからね。だから、これから私の手足となって働いてもらいます」
そう説明も付け足して。
父は納得してすぐ頷いてきたが。
「わかりました。生涯をかけて貴女の手足となりましょう」
そして、すぐに仕事モードの表情にもなって……と、私は満足する。
すぐに表情を戻すなりシェルディン様のエスコートでバルコニーにも向かうが。
何しろ最後の仕事をしないといけないので。
「彼らのために……」
そう呟きながら私は沢山の観衆の前に出る。
そして、ゆっくりと手を上げて彼らの歓声を制止し、周りが静かになったところで宣言したのだ。
「今日より、モルドール王国はホワイト共和国の属国となります! そして、二年以内に貴族と王族を廃止し、自由と平等のモルドール共和国にします!」
もちろん皆が望んでいたことなので、すぐに割れんばかりの拍手が巻き起こったが。
そしてその光景を見た私はやっと一息つくことも。
あの日から背負っていたものを下ろすことができたので。
やっと、一つだけ。
ただし、今度は一人ではないとそう思いながらシェルディン様の手を握って微笑んだけれど。
◇
ハロルドside
あれから北の鉱山で毎日、石ころを掘っていた。
しかも、意味もわからずに大量に。
なので、日に日に不満が溜まっていって……
だって、そうだろう!?
なんで私が毎日こんな事をしなければならないんだ!
特にちょっと光っている石を見ている時に看守に尻を蹴られた際なんて。
「ほら、さっさと働け!」
「痛い! 私は王太子だった男だぞ! もっと優しくできないのか!」
「あ? なんか言ったか?」
「いや、この石は何に使うのかと……」
「そりゃ宝石だよ」
「宝石?」
私は再び石を見て思わず笑ってしまう。そして傑作だなと。
何しろ、宝石というのをこいつは知らないことを知ってしまったのだから。
おそらく、きっと、ここにいる連中も……
そう思いながら私はその石を雑にバケツに投げ入れる。すぐに勘違いしている看守に蹴られてしまったが。
「馬鹿野郎! お前より価値のある物を雑に扱うんじゃねえよ!」
「な、私がこの石ころより価値がないだと!?」
「ねえよ! てか、口を動かしてないで体を動かせ!」
更にはもう一発。そして去り際には唾も吐かれて……と、私は怒りのあまり近くの小石を蹴り上げる。あの看守をいつか死刑にしてやると考えて。
ただし、その前に本物の宝石を見せてやろうとも思ってしまったが。きっと驚くだろうから。
本物の宝石は輝くように綺麗だということを。
「くっくっく……ハハハハハッ!」
ハロルドは笑い続ける。そしていつかここから出られると根拠のない自信を持ちながら……
◇
バーバラ、ジョージアside
肌に手が荒れ、体がベタつき臭いもしてくる。
だからこそ、私はもう耐えられないと手に持つ痩せ細り、萎びた人参を投げたのだ。
力任せに遠くに……と、思ったけれど力なんか元々ないので足元に落ちてしまう。
直後、隣で無心に畑を耕していたジョージアとジェラルドに「食べ物を粗末にするな」と、睨まれてしまって。
「あれが食べ物? ふざけないでよ!」
そう言い返すと「なら私達があれをもらおう」と、二人は満面の笑顔で拾いにいってしまって。
痩せ細り萎びた人参を見つめながら具材が増えたとダンスも。
下手で見る影もない……と、私は頭を抱えて叫んでしまう。
「うわああああああっーーーー!」
ただ、誰も私を気にする者はいなかったが。何しろ、この辺りには私達しか住んでいないのだから。
動物さえも。
それでも私は叫び続ける。じゃないと可笑しくなってしまうから。
「こんなはずじゃああああっーー!!」
まあ、それでもバーバラの発狂する声がたまに聞こえる以外はその後、三人は穏やかに暮らしたのだったが。
◇
システィーナside
あれから私とルズベルドは別の国の意地悪な女公爵の元に使用人として送られていた。
そして、毎日のように女公爵から暴力も。
「全く、そうじゃないって言ったでしょう!」
「き、昨日はこのやり方でと!」
「昨日は昨日! 今日は今日よ!」
そう言って女公爵は常時持っている杖で私を叩いてくる。何度も何度も。目を逸らすルズベルドの側で。
だから、痛みに耐えながら今日は我慢できずに心の中で嘆いてしまったが。
私は愛する人との子を王妃にしたかっただけなのになんでこうなるのだと。
それは女公爵が私を覗きこみ言ってきた言葉を聞いても。
「あんた娘を十年以上、虐待してたみたいね。だから、十年は続くよ。後、あの男もね。ひひひっ」
何しろ、痛みで思考が上手く回らなくなっていたので。絶望感だけが日に日に増していきながら。
その後、システィーナとルズベルドは毎日、女公爵に杖で叩かれる。
ただし、システィーナは結局ルナマリアに対して虐待していた事を反省する事はなかったが。
◇
アンナマリーside
毎日、暇で暇でしょうがないわ。
何しろ、身動きが取れないし綺麗なものも美味しい食べ物も今いる部屋にはないのだから。
「後、良い男も」
そう呟いた直後、そもそもここには女しかいないことを思い出しもしたが。
だって、ここは修道院だから。
ただ、探せばいる可能性はあるだろうけれど……と自分にされた足枷に拘束具を見つめる。「てか、なんでこんなのされてんのよ?」とも。
「アンナマリーさん」
修道女が何人か部屋に入ってきたことで疑問は消えてしまったが。私の顔を伺いながら「アンナマリーさん、どうですか?」と、意味のわからないことを尋ねてきたので。
「どうって何よ?」
「落ちつかれましたかってことです」
「はっ、何言ってんのよ? 私はいつだって落ち着いているわよ」
そう答えると修道女達は集まってこそこそ喋りだす。私が睨んでいるのに気づくと一人がゆっくりと口を開いてきたが。
「そういえば、今、王太子様が来てらっしゃる……」
「ドコオオオォーーー!? ドコニイルノ!! オオオオゥゥタイシィィッ!!」
「……や、やはり、む、無理ではないでしょうか?」
「そ、そうね……。お、落ち着くと忘れてしまうのが問題ね……」
「い、いきなり、こうなる時もあるしね……。仕方ないわ。あ、明日は地下三階の最奥部屋に移動させましょう」
目を見開き、辺りを見回しながら叫ぶアンナマリーに修道女達は何度も頷く。恐怖の表情を浮かべて。
その後、北の修道院に一つの噂話が生まれる。それは修道院の地下深くに化け物が住み着いているという噂。
それはやがて悪さをする子供達に読み聞かせる御伽話にも。悪さをすると修道院の奥から化け物がやってくるよと……
◇
あれから三年経った。
今ではモルドール王国は王族、貴族制度は廃止され、約束通りモルドール共和国となった。
そして平和にも。
ただ、私、ルナマリアは半年前にモルドール共和国の代表の座を譲り、今はラングモンド辺境伯の領地だった場所に移り住んでいるけれど。
何しろ、もうやるべきことは終わらせたので後はゆっくりとしたいから。夫、シェルディンやその家族と一緒に。
それは今日も同じくと、外のテラスで義母と紅茶を飲む。夫が嬉しそうな表情を浮かべてやってきたことでカップをソーサーに置いたが。
「ルナマリア、どうやらブラクルー帝国の内戦が終わったらしい」
その言葉を聞いた直後、肩の荷がやっとおりたように軽くもなって。
「やっと、終わったのね……」
「それで、君の……いや、元ゲルモンド公爵が向こうに行って力を尽くしたいと言っているんだ」
「そう、相変わらず仕事好きなのね。じゃあ、向こうに行く前に一度こちらに呼びましょうか」
隣の揺り籠で眠る我が子を見つめると夫が力強く頷く。更には拳を握り力説も。
「その方が良い。こんな可愛い子を見ないで向こうに行くなんてそれこそ罪だよ!」
「全く、うちの男連中は困ったものね」
そう義母が言うと、側に来た義父も同調を。
「はあっ、いつ見ても我が孫の顔には癒されるなあ」
ただし、その様子から考えは夫よりだったけれど。
そう思って私は頬を緩めていると義母が義父を睨みながら扇子を閉じる。
「あなた、そんな怖い顔を近づけたら駄目よ」
「おお、すまん……」
「全く、これから商人の皆様が来るのだから先に行って支度して下さい」
更には強めにそう言って「わかった……。また、来るよ」と、義父を追い払ってしまって。
ただし、「息子にはあそこまでじゃなかった気がするけどね」
そう呟く夫の言葉に義母は笑い出してしまったが。
「ふふ、孫は別格よ」
「ふむ、なら取られないように気をつけないとな。溺愛するのは私の役目なんだから」
「あなた、溺愛は駄目よ。褒める時は褒めて怒る時は怒らなきゃ。ね?」
「ああ、そうだったね。危ない危ない」
「ふふ、さあ、私達も商人の皆様に挨拶に行きましょう。彼らはこの子の明るい未来を切り開いてくれたのですから」
私がそう言うと夫はすぐさま真面目な表情に切り替わる。
「さあ、行こう」
我が子を抱き上げると私の側に寄り添い、力強く頷いてもくれて。
だから、私は我が子に微笑んだのだ。
あなたが私ぐらいの歳になる頃は、きっと世の中はもっと平等な世界になるはずよ。
だからね。それまでは真っ直ぐに育っていってね。
そう思いながら。
fin.




