57話 決戦前夜
間もなく二週間という期日が迫っていた。
タルトが朝食を食べていると、オスワルドが食堂に飛び込んできた。
「聖女様、朝食のところ失礼します!
急ぎでお伝えしたいことがあります!」
「もぐもぐ…おはようございます、オスワルドさん。
こんな時ですし、気にせず続きをお願いします」
「御心のままに。
今朝、自警団の若者が町の正面にこの手紙が矢に結ばれて落ちていたと報告がありました」
「何て書いてあったんですか?」
「それが…桜華様を引き渡さないと、明日に全軍で町を滅ぼすと」
「遂に来ましたか。
それにしても、攻めるタイミングをちゃんと教えてくれるんですね」
タルトの疑問に雪恋が答える。
「おそらく藜様は、姫様を心配されてかと思われます。
命令してるとはいえ、魔物に姫様が傷付けられないようにする為かと」
「どうせ、うちが行ったとしても、町を滅ぼすんだろうさ。
馬鹿兄貴は格好つけてるに過ぎねえよ!」
桜華はその態度が気に入らなかった。
自分が知っている藜は冷徹非道な男だ。
桜華には優しいが部下や敵に対しては容赦はない。
要求を飲んだからといって許してくれるような男ではないのだ。
タルトは急いで皆を会議室に集め、手紙の内容を読み上げた。
「準備はほぼ終わってると思いますが、現状を報告お願いします」
「それでは、このオスワルドから報告させて頂きます。
防壁は聖女様とノルン様のご活躍で五重の防護壁が完成しております。
町の周囲を覆っておりますが、強固なのは前方だけなのは承知しております。
次に弩弓は据え置きの大型と手持ちの小型がカルン様指導にて完成しました。
弓矢もシトリー様が予定以上の数を準備いただいております。
我が兵、自警団、老兵を再編して弩弓隊とし、調練も順調です。
琉様と雪恋様の指導が良いので命中率も上がっているとの事です。
また、ティート殿率いる獣人部隊は集団戦闘を徹底して教え込んだとのことです。
救護班としてリリス様が薬の精製と手当ての方法を教示頂いてます。
怪我人の運搬用の担架もモニカさん達が作成してくれました。
最終防壁の内側に病院用のテントは設置済みです。
あと移動用の馬車も多数、準備させております。
明日の防衛準備はご命令通り完了しております」
「皆さん、時間がないのにありがとうございました!
次に敵の状況はどうですか?」
「あまり良い報告ではないデスワネ。
空から視察したところ、敵の数が予想を越えて二万五千以上はいると思われマスワ。
特に大型の魔物が補強されているようデシタワ」
「そうですか…。
壁の建設を見て、補強したのかも知れませんね。
でも、ここまで来たらやることは同じです。
敵を殲滅する必要はありません。
時間を稼ぎ被害を抑えて、敵本陣を急襲します。
時間勝負となるので、各々の役割に全力を尽くしてください。
防衛側のチーム赤壁の指揮はオスワルドさんにお願いします。
私は急襲部隊の作戦コード、特攻野郎Aチームに加わりますので」
「お任せください、聖女様ご帰還まで見事に町を守り抜いてみせます」
「非戦闘員の男性、救護班以外の女性、子供、お年寄りは夜のうちに学校へ避難させてください。
もし、私達が遅れて全ての壁が突破されたら全軍、学校まで撤退し立て籠ってください」
「聖女様の御心のままに」
「決戦は明日です、今日一日は休むなり自由にしてください。
明日の夜は皆で盛大に祝勝会をやりましょう!」
「「「「オオオオオオオオオオオオ!!」」」」
その日は各部隊を見て回り、励ますことにした。
この作戦では町の人々全員の協力が不可欠だ。
士気が高いと通常の倍以上の成果が出ることもある。
何より全員がタルトの事が好きだった。
小さい子供だが偉大な力を持ち、町の人々の為に一生懸命頑張ってくれている存在は大きかった。
だから、顔を出して声をかけていくだけでも十分な効果があった。
商店街を通るとまだ開けている店が多い。
夕方には店仕舞いをして、学校に避難するはずである。
「みなさーん、決戦は明日ですから落ち着いて、夕方には学校に避難してくださいね!」
「おお、聖女様!
ぜひ、これを食べていってください」
「タルト様、この果物を皆さんでぜひ!」
「もっと成長できるように焼き串をどうぞ!」
あっという間に両手に持てないほどの食べ物を貰ってしまった。
タルトの大食漢は有名で美味しそうに食べるのも良い客引きとなった。
「明日は頑張ってください!
私達は戦えませんが、これを食べれば元気出ますよ」
「皆さん、ありがとうございます!
学校でゆっくり休んでる間に、すぐに終わらせますから!
夜はお祝いしましょうね!」
この辺は大丈夫そうであった。
次に兵の鍛練場に向かう。
そこでは練習用の弩弓で的を射抜いたり、装備の点検をしたりと思い思いに準備をしている。
「みなさーん、差し入れですよー!」
タルトは途中で貰ったものや買い足したりしたものを兵士に配っていった。
「おお、聖女様からの差し入れとは!」
「これを食べれば百人力です!」
「大事に家宝に致します!」
「いや、今、食べてくださいね…」
兵士も辛い訓練に文句も言わず、必死に取り組んでいた。
そこには人間も獣人も関係なく、笑いながら楽しそうに食べている。
タルトは老兵の集団を見つけ、声を掛けた。
「おじいちゃん達、どこか痛いところはないですか?
無理しちゃ駄目ですよー」
「ほっほっほっ、明日が終わったら聖女様の治療をまた受けますから大丈夫ですじゃ」
「たまには身体を動かす方が健康に良いようでのー」
「まだまだ若いもんには負けませんぞ!」
皆、元気一杯で大丈夫そうだ。
安心したタルトは次の場所へ移動した。
今度は城壁近くの救護テントだ。
中ではモニカ達、女性陣が道具や手順の最終確認をしていた。
「モニカさーん、どんな感じですか?」
「あっ、タルトちゃん、ここは準備万端よ!
お姉さんに任せなさーい!」
「はい、お姉ちゃん!」
「うぐっ!?
お姉ちゃんと呼ばれるだけで、こんなに心がドキドキするなんて!
ぎゅっとしちゃおっかな!」
「うわわっ、恥ずかしいですよー…」
「もうすぐに無理して頑張るんだから。
いつでも甘えに来て良いんだからね!」
「あはは…そうさせてもらいますね…」
テント内でモニカを初め、沢山のお姉さん方から可愛がりを受けて、もみくちゃになりながら何とか抜け出せた。
年の近い女性からは可愛い妹に見えるようだ。
フラフラになりながら、他のあちこちに顔を出し励ましていった。
どこでも厚い歓迎を受けて、帰ったのは夜になっていた。
明日は早朝から準備するので、食事とお風呂をさっと済ませた。
ベッドにて寝る前にリーシャ達と少し話をしている。
「いーい、明日は三人とも最前線だけど情報収集、伝達だけで戦闘に参加しちゃ駄目だよ」
「わかりました、タルトさま」
「わかったのです」
「ん…」
「特にリリーちゃんは前みたいに飛び出しちゃ駄目だからね」
「大丈夫…」
「撤退の指示が出たら、すぐに次の壁に移動だよ。
最後は学校に避難すれば大丈夫だからね」
タルトは三人をぎゅっと抱き締めた。
「タルトさま、ふるえてる…?」
「あはは…気のせいだよー。
絶対に私が守るから…」
タルトは敵本陣に乗り込むため、リーシャ達と離れることに不安なのだ。
何かあっても自分で守ることが出来ない歯痒さを感じていた。
その言い様のない不安が震えという形で現れていた。
はっきりいってあの城壁がどれくらい持つかは推測の域を出ないし、保証もない。
藜という男の強さも不確定要素だ。
少しでも遅れれば、三人に危険が及ぶのは間違いないのだ。
だから、半分は自分に言い聞かせるようにしていた。
「きょうはタルトさまがリーシャにあまえてください」
「しょうがないから、しっぽをモフモフしていいのです」
「んー…好きにしていい…」
三人なりにタルトを励まそうとしている。
そんな気持ちが嬉しくて目に熱いものを感じた。
「今日は三人ともぎゅっとしたまま寝るのだーーー!」
「これじゃねれないですよー」
「うぅ、すこしくるしいのですー」
「ん…寝る」
こうして決戦前夜の夜は更けていった。
リリー
次…決戦…頑張る…。




