黒い悪魔っぽいもの
次の日は晴天だった。カラッと晴れています。
コテージで水着に着替えて上からパーカーを羽織って皆の待つロビーに移動した。
「にぃちゃ…」
私と手を繋いでいた悠真と彩香はロビーに着くなり私の手を振りほどき、転がるように駆けて行ってロビーで愉快な仲間たちと屯っていた、海斗先輩に抱きついていた。満面の笑顔で悠真と彩香を抱き上げている元旦那。
「おおっ悠真、彩香の水着は可愛いな!似合っているな」
まだ小さい彩香が海斗先輩に褒められて照れている?!ぐぬぬ…女性を褒めることも忘れない元王太子殿下…。
私は遅れてロビーにやって来た由佳ママから和真を抱き取った。
「ママ、今日は子守してくれる人が沢山いるから、ゆっくり楽しんできて」
「麻里香…」
私は由佳ママの背中を押してお父さんを呼んだ。
「お父さん、ママと一緒に浜辺まで行ってあげて」
「お、うん。由佳…ほら」
おおっ手を繋ぎますか!おおっママも恥ずかしそうにしながら手を重ねましたよ!ぐふふ
「いいなぁ~」
びっくりした。横に萌ちゃんが立っていた。萌ちゃんは頬を染めてロビーを歩いて行く真史お父さんと由佳ママを見詰めていた。
「子供が五人いてもあんなにラブラブなんて素敵…」
ある意味まだ新婚さんだからね。でも確かにあのお年で…と言っちゃいけないけど、子供達の前でお互いを思いあっているのを見せるのって…本人達は照れ臭いかもだけれど、良い事だと思うのよね。
「子供の前でイチャイチャするな~と、言いたいとこだけど私はいいと思うんだ。だって自分の親だもん。仲良くしてて欲しいし、嬉しいしね」
すると菜々と萌ちゃん二人にガバッと抱きつかれた。
「麻里香はいい子に育ったよ!」
「麻里香はそのまま大きくなってね!」
「な…何言って…もうこれ以上伸びないよぉ…本当は成長して欲しいところは胸とか胸とか胸とかいっぱいあるけど、もう限界だよ!」
思わず心の声を叫びすぎて、女子二人を沈痛な表情をさせてしまったようだ。
「ごめん…麻里香。そればかりは私も協力出来ないわ」
「わ、私っ医学部目指しているし、将来は麻里香の為に飲めばババンと胸が成長するお薬開発するからもう少し待ってて!」
「うわ~んありがとうっでも、菜々の気持ちだけ受けとっておくよ。萌ちゃんも私の小っちゃい野望よりももっとグローバルでマーベラスな事を研究して欲しいな!」
「ぶはははっ!」
……おいっ。何であんたにそんなに笑われなきゃならんのよ?私の後ろで爆笑している元旦那を睨んだ。
「海青い!」
「透明度半端ない!」
私達はコテージから直接降りて行けるプライベートビーチに移動した。うわ~海綺麗だね。おっと眩しい~サングラス、サングラスっと。
栃澤 海斗と愉快な仲間たちイケメンズの5人は惜しげもなく水着姿をお披露目している。ここに赤リップの虹川さんと取り巻きの令嬢(女生徒)達でもいれば大騒ぎしていそうだ。
海斗先輩は悠真と一緒に砂でアート作品を作っていて、翔真は旭谷先輩達と素潜りをして楽しんでいる。
「子守が楽だ…」
「実感籠ってる~」
「下はまだ幼稚園児と四歳と二歳でしょう?そりゃ~動き回って大変だもんね。」
萌ちゃんと奈々に力なく頷いて見せた。今は彩香と和真は2人で私の側で砂に穴を掘って、水を貯めて…また掘り返して…を繰り返している。子供の時ってこの単純作業的な遊び…好きよね。
浅瀬の方では翔真と邑岡先輩の笑い声が響いている。皆楽しそうだ…。確かに子供5人を抱えて真史お父さんと由佳ママは大変だとは思う。でも少なくとも私には、子守が大変だけど毎日楽しいし大好きな家族だ。私に出来ることで今世の家族を守らなくては…。
その夜
皆が寝静まってから海斗先輩とロビーで待ち合わせた。例の魔物か魔獣…の未確認の魔の眷属の退治に向かう為だ。
「おい…何だ?その恰好…」
「何だって、討伐に向かうスタイルですよ?この国じゃ銃刀法違反になりますので帯刀は出来ませんから、私が今出来る最高の装備ですよ」
私は頭は真史お父さんの所持品から失敬したハンチング帽を被り、体はライフジャケットで胸部をガード。足は由佳ママの手荷物から失敬した、虫よけスプレーを吹き付けたサポーター(ふくらはぎ用)。手は素潜り用に翔真が持っていた皮手袋をこれまた失敬して着用。武器の代わりに、由佳ママが持って来ていた肩叩き棒を帯刀。左手には真史お父さん所持のLED強力ライトを握り締めている。
「お前…何か忘れていないか?」
「え?忘れ物ですか?お財布とか要りました?」
「……」
海斗先輩が盛大な溜息をついた。そして、アッという間に私が手に持っていた肩叩き棒とLED強力ライトを取り上げて、ロビーのソファにポーンと投げ捨てた!
「あぁ?!私の武器が…」
海斗先輩は腰に手を当てて尊大な態度で私を見下ろした。
「お前は補助魔法が使えるだろう?それで十分だ!魔の眷属が出たら捕縛して押さえつけてくれるだけでいい」
「うぅ…はい」
両手に武器がなくなってしまって心許ない。すると海斗先輩が左手を差し出してきた。一瞬躊躇したが、その手を取った。
手を通して海斗先輩の魔力が流れてくる。やっぱり心地よい…。
私達はコテージの裏側の山へ向かって歩き出した。
ホーッ…ホーッ… ギャッ…ギャッ…。
何だあの鳴き声?鳥?…梟かなそれとも猿?こんな島に猿なんているの?もしかして狼?あんな鳴き声だった?
はっきり言って怖い。何度も言うが、前世では侯爵家出身のお嬢様で王太子妃。現世では厄介事とは縁遠い庶民。私の人生の予定ではこんな未開の地に降り立ち、魔物退治をする予定ではなかった。
前を歩く海斗先輩が光魔法を頭上へ放った。明るい光が歩く先を照らしてくれる。海斗先輩は私を一度顧みてからまた歩き出した。
体格も見た目も全然違うのに、ナキート殿下の姿と重なって見える海斗先輩の背中。
「もう少し向こう側だな?足元気をつけろよ」
「はい…」
緊張する…そういえば魔獣は元が獣だから姿形の想像はつくけど、魔物はどんな姿なのだろう?確か魔学の時に姿絵を見たけれど黒い水溜まり?みたいな絵で…これって生き物なの?と思ったのだが…。
ちょっと待って?今世の知識で照らし合わせてみると…魔物って黒いアメーバーみたいな見た目じゃないか?
あんなヌルッとした生き物がヌルヌルと近づいて来るとしたらホラー以外の何物でもない。
「近いな…」
海斗先輩の声でビクンと体が強張った。確かに魔の気配が濃い…。そういえばさっきから生き物の鳴き声が全然聞こえなくなっていた。
「麻里香、俺から離れるなよ」
ひぃぃぃいい…怖さがピークに達する。ガサガサ…と茂みの向こうが揺れている。
「光魔法の光源を上げる。敵の影が出来たら影縫いをしろ」
「ぎょ…御意」
緊張しすぎで吐きそう…おえぇ…。
海斗先輩が私の手を離したので魔物理防御障壁を自分の周りに張った。あまりの恐怖で直感型の本領を発揮して某黒い生き物を瞬間で凍らせる殺虫スプレーをイメージした術を組み立ててしまった。
これなら黒いアメーバーもイケる!謎の自信が溢れる。
「きたぞ!」
海斗先輩が氷魔法を打ち出してヌルゥと這い出てきたソレに放った。ソレの表面に当たってとんでもない雄叫びをあげる謎の生き物。黒い…アメーバーだった!
「間違いな…魔物だ。麻里…」
私は組み上げた術式(某スプレー)を全魔力を込めて黒い魔物にぶっかけた。
シュワアアア…とスプレー噴射音が山に木霊する。その合間に魔物の雄叫びが響き…そして…黒いアメーバーはピクピクと痙攣?した後…動かなくなった。
「……」
「……」
山に虫の鳴き声や動物の声が戻ってきた。海斗先輩がゆっくりと私の方を見た。
「今の何だ?」
「えっと、某黒い悪魔を殺す殺虫スプレーをイメージした術式です」
「黒い悪魔…」
「小さくても飛んでくるアレです」
「…はぁ。そう言えばティナ、直感型の術師だったな…。今の今まで聞いたことなかったけど、魔学を学ぶ時に魔力量の測定をするよな?ティナどれくらいあったの?」
海斗先輩に聞かれて思い出しながら答えた。
「確か…920だったかな?」
「920?!嘘だろ?俺だって790なのに?!お前ぇ国家レベルの術師と同等の魔力量じゃないか!何でもっと早く言わない、勿体ない!」
何が勿体ないのか、怪訝な顔をしていると
「ティナを鍛えて軍属にするんだった、惜しいことをした」
とか恐ろし気な事を言ってきた。
「止めて下さいよ、この黒い悪魔っぽい何かと戦わなくちゃいけなかったんでしょう?当時侯爵家のお嬢様の私じゃ腰が抜けて戦闘どころではなかったですよ。良かった~昔にバレてなくて」
海斗先輩は、今更言うな!とか、俺より高いなんてけしからん!とかブツブツ言いながらも黒いアメーバーを地中に埋めていた。
「魔物も土に返せば只の魔質に戻り、また循環して普通にこの世界の魔力として廻る。これで解決だな。さあ帰るか~。ご苦労!」
そう言って海斗先輩はまた、手を差し出してくれた。今度はすぐに手を握り返した。基本は優しいのよね…。
そして暫く、コテージに向かって歩いていて唐突に気が付いた。
時刻は夜半過ぎ…人気の無い山の木々の中。変質者と二人きり…。私結構、危険な状況じゃない?
背中を汗が伝う…。どうしよう、逃げるべきか。しかし運動神経の差ですぐに追いつかれそうだし…。そもそもこんな魔物退治なんて元軍人のナキート殿下に任せておけばよかったのにっ、私のバカ!
「麻里香…」
体が恐怖で跳ね上がった。急に呼ばないでよ。自分の手汗がすごい…。怖くて海斗先輩の顔が見れない。
やがてコテージの前にたどり着いた。海斗先輩は私の手を離すと2、3歩前に歩いてから振り向いて私を見ながらこう言った。
「麻里香は…マリアティナはいつになったら俺を好きになってくれるのかな…おやすみ」
衝撃で固まってしまった私を残して、海斗先輩は先にコテージの中に入って行った。
いつになったら、好きになってくれるのか…。
あれ?うそ?
最近の海斗先輩の言葉と過去のナキート殿下に言われた言葉を思い出しながら、ぐるぐると思考を巡らせた。
過去のマリアティナの時はナキート殿下とサザービンス伯爵令嬢の件で私の気持ちは一切告げたことはなかった。異性としても子供の頃からの友達としても一番近い所に居て、いつも一緒だった方だ。
嫌いな訳はない。寧ろそういう意味でも一番好きな人だった。
今は…どうなんだろう?まだ分からない。ストーカー行為の印象が強すぎてよく分からない。
でも過去の事ははっきりと言える。
私はコテージの中へ駈け込んで、海斗先輩の部屋の扉をガンガンと叩いた。
扉が開かれてびっくりした顔の海斗先輩が出てきたら、先輩に向かって私は思いっきり叫んだ。
「マリアティナはナキート殿下の事が大好きでした!それだけははっきり言えますから!でもだからって今は…」
最後まで言い終わる前に海斗先輩に抱き締められた。
「ティナ…ティナッ…」
「ぐええっ…ぐるじぃ…せんぱ…」
「麻里香、お前何を…」
ぎょええええ?!海斗先輩に抱き締められたまま首をギギギ…と後ろに向けると…
真史お父さんと由佳ママが立っていたーー!親に見られたーー!真史お父さんは憤怒の表情をしていた。
その後
真史お父さんに一晩中怒られた。由佳ママが間に入ってくれたからまだマシだったけど廊下に正座はきつかった。海斗先輩も一緒に怒られていた。でも俯いて顔を隠して笑っていた。時々私を見ながら泣き笑いの表情を見せていた。
「何もお前達2人の交際を反対している訳じゃないよ。こんな夜中にコソコソしていることに怒っているんだ!いいかっ全ての事に責任が負えるまでは無理はしない!無茶はしない!隠し事はしない!」
「はい…」
由佳ママが欠伸をしながら真史お父さんの肩を叩いた。
「もう真くん、寝ましょうよ。麻里香も栃澤君も分かってるって~でもこんな南国のコテージで、盛り上がってイチャイチャしたいわよね~?」
「イチャイチャって言うな!」
「真くん認めているのか、反対するのか、どっちなの?」
「今は若干反対寄りに傾いている!」
傾いているんだ…。すると海斗先輩が顔を上げた。
「これからも節度あるお付き合いを続けていくつもりです。勿論将来を見据えたお付き合いです。結婚も視野に入れてます。宜しくお願い致します」
えええええ?!ちょちょちょ…?
いつ付き合ってた?いつから付き合った?あんたといつ付き合って結婚の約束とかしてたぁ?
由佳ママが眠気も吹き飛んだのか、きゃあ!と悲鳴を上げた。
「やだっ!本当なの?麻里香!」
「いや知らん…」
「うむむ…そうかっまあ…うん、栃澤君ならしっかりしているしな…うん」
おいおい、お父さん?!納得するなよ!
ああ、忘れてた…この横にいる変態さん。思い込んだら変態道まっしぐらだった。
ナキート殿下を大好き=栃澤 海斗も大好きに自動変換されていて…拗らせて爆発させてしまったようだ。
いやそうじゃない…。そうじゃないんだけど、あああ、旭谷先輩と邑岡先輩も起きてきちゃって廊下の向こうからめっちゃニヤニヤしてこっち見てるし。
こっち見んな!
次の日
菜々と萌ちゃんに詰め寄られてた。
「ちょっと、そんな面白展開になってるんなら、どうして起こしてくれなかったのさ!」
「栃澤先輩の暴走が止まらないね…」
「いやぁ、そんな暴走困るだけだし!あ、萌ちゃんそれ、もうひっくり返していいよ」
只今奈々と萌ちゃんと三人でパンケーキを焼いております。今日、男子達は本格的な漁に出ています。
「もし不漁ならちょっと魔法使うよ」
と言って海斗先輩は笑いながら出て行ったけど…何であんな元気なの?私すごく疲れているけど…?
こんな所まで来てなし崩し的に彼氏→恋人→結婚まで一足飛びに決まってしまったような気がして眩暈がする。過去を懐かしむナキート殿下に付き合ってあげているつもりがズルズル引っ張り込まれているような…自分から飛び込んでしまっているような…どっちなんだろう?
もう認めてしまえ!という心の声が聞こえてきそうだ。
その日は大漁だった。夕食は魚料理のフルコースにした。
魔法なんて使わなくても大丈夫だったな~とアクアパッツァを食べながら海斗先輩は楽しそうに食事する皆を見ていた。
その海斗先輩の横顔に見惚れてしまったのは、みんなには内緒だ。