メンヘラの接触
丸々連休を無人島で過ごすのは止めて帰ろうか~と海斗先輩が言ってくれたので少し早めに帰宅準備をしています。
正直、下の子供達が無人島に飽きてきていたみたいで助かった。もしかして気が付いて言ってくれたのかな…。
「今日は雨だね…」
「この島は熱帯地域だからね」
荷造りの終わった翔真にオレンジジュースを入れて、2人でジュースを飲んでいると翔真が何か言いたそうに私をチラチラ見ているのに気が付いた。
「どうしたの?」
翔真はうん…と言いながら由佳ママの方を確認している。ママは今、お父さんと荷造りの真っ最中だ。
ママ達に聞かれたくないことなのかな…。
「実はさ…ちょっと前からパパと連絡取り合ってるんだ」
血の気が引いた。
パパってあの元パパの…亮暢のことかい?
「どうして…」
「俺、まだ前の学区の小学校に卒業までは通ってるだろ?パパ…学校の帰りに声かけてきて…」
「何で!連絡なんて取る…の」
声を荒げそうになって慌てて下を向いた。どうして…どうして、今更何の用なの。
「元気にしてるか…とか聞かれた。旅行に行くのも言ってる」
「どうして言うのっ…」
翔真は私が一々否定してくるのでムキになり始めた。
「どうしてって…パパじゃないか、別にいいじゃん」
「あの人はっ…」
言いかけて言葉を噤んだ。翔真はまだ小学校6年生だ。生々しい事を言ってショックを与えるのもいけないし。
「姉ちゃん、俺だってまーくんがパパになったことも分かっているし…その前のパパと何かあったのも知っている。でもだからって会いに来てくれたのに…」
「そうっ…会いに来た理由は?」
そうだ…あんなことをして逃げるように私達の前から隠れたくせに、今頃現れる理由は?
翔真は首を横に振った。翔真には悪いけど私は中身アラサーの女なんだよ?大人の行動心理も良く分かっているつもりだ。
「翔真、ママ達に言おう」
翔真は私がそう言うとパっと顔を上げた。
「会いに来たことは内緒にしてって頼まれた!」
「それはダメッ!私もあんたもまだ未成年なのっ親の庇護下なの!」
私達が声を荒げていたので、真史お父さんが喧嘩だと思ったらしく、こっちにやって来た。
「なんだ~?」
私は翔真をチラッと見てから真史お父さんの方を見た。今日は外の天気と一緒で篠崎家も大荒れになる予感だ…。
翔真に会いに亮暢(もう呼び捨てだ)が小学校にやって来たことを言うと由佳ママは真っ青になって翔真に抱きついた。
「何もされてないわよね?大丈夫よね?」
由佳ママ、何だかすごい反応ね?由佳ママは泣き出しそうな顔をして私の方を見た。
「だって…だってあの人、麻里香に手を上げたじゃないっ!」
ひょえ?!そう言えば…?そんなことがあったような…。あ、あれ?真史お父さんと翔真の魔力が怖いですよ?
「おいっ今のどういうこと?」
「姉ちゃん、それマジなの?」
由佳ママがとうとう泣き出してしまい、この部屋の中で混沌とした魔力の渦がぐるぐる回っています。
「えっと…」
「はっきり答えなさい、麻里香」
真史お父さんにピシャと言われて、コクンと一度頷いた。おぉぉ…真史お父さんからものすごい魔圧が…。
「あいつっ…子供に手を挙げるなんて!」
「姉ちゃん叩かれたのいつなの?」
「り…離婚の話をしていた時かな?あ、でも叩かれたって言ってもテーブルの上にあった胡椒のビンを投げようとして…。」
「そんなものを投げつけたのか?!」
「ひでぇ…」
真史お父さん(長男)翔真(長男)の2人が…魔力をぎらつかせています。どうしたらいいんだ…。
その時ドアがノックされた。海斗先輩だ!助けてくれ~とドアを開けた。
廊下には悠真を海斗先輩が、邑岡先輩が彩香を抱えて立っていた。
「彩香が眠いって…」
「はいはい、ありがとうございまーす」
ホッとして邑岡先輩からもう寝ちゃっている彩香を預かった。海斗先輩達が来たおかげで皆の気が削がれたようで、魔力の渦が霧散している。しかし海斗先輩は何かに気が付いたようだ。目線で、どうした?と問われた。
「ありがとうございました、悠真も預かります」
と言って海斗先輩に近づいて悠真を抱き取った時に
「また後で」
と海斗先輩に囁いた。先輩は頷いて私の肩をポンと叩いた後、邑岡先輩と戻って行った。
さて篠崎家の興奮状態のピークは過ぎたが、どうしたものか…と部屋に戻ると、真史お父さん、翔真、由佳ママが対面で向き合ってソファに座っていた。
緊張感が伝わってくる…。真史お父さんに手招きされた。私もそこに混ざれということなの?
「麻里香も一応は知ってはいるが、改めて翔真ももう6年生だ。篠崎家になにがあったのか、知っていて欲しいし、翔真なりに理解して考えて欲しい」
あ…とうとう翔真に話すの?私また思い出して怒ってしまいそうだよ。
そして由佳ママが静かに話し出した。亮暢に突然離婚してくれ、と言われたこと。聞けば会社の後輩と浮気をしていて相手が妊娠してしまったと言われたこと。
そこまでは知らなかった…新たに聞かされた真実に私も茫然としてしまう。
「私、茫然としちゃってね…何も言い返せなかったのよ。そうしたら麻里香がリビングに突然入って来てね…麻里香が亮暢さんに向かって、はっきり言えばいいんだ、私達を捨てるんだろ!みたいなこと言ったのよね?そうしたらあの人、カッときたのか…さっき言ってた胡椒のビンを麻里香に投げつけようとしたの。それはビンを取り損ねて落としちゃって麻里香は無事だったんだけど…ひどいよね」
真史お父さんがまた憤怒の表情をしていますよ。私も同じ顔をしていると思うけど…。
「そんなことが…」
翔真はまだ茫然としている。今度は真史お父さんが話し出した。
「母さん…ばあちゃん達と俺で亮暢と連絡取ろうとしたんだけど、あいつ家族全員のメッセージをブロックしたんだよ。実はさ、友達の弁護士についてきてもらって、あいつの会社に乗り込んだことがあるんだよ」
そ、それは初耳ですよ!マジで?!真史お父さん?由佳ママは知っていたようだ、当たり前か。
「言い訳とか言い分はゆっくり聞いてやるから、取り敢えず母さんが心配しているから連絡よこせ…て言ったらさ…亮暢さ、『そうやって母さんと兄貴が俺と優樹菜の仲を裂こうっていうんだろ、邪魔しないでくれよ』って言ったんだよ」
「はあ?!」
綺麗に私と翔真の声が重なった。なんだその言い方はまるで…。
「ロミジュリじゃん」
私がそう言うと由佳ママが力なく笑った。
「そうなのよ、私も最初真くんと弁護士の東條さんに聞いた時に何回も聞き直しちゃったわ。本当にそう言う言い方したの?って…信じられる?仲を裂こうも何も…こっちを踏みつけておいて…何を悲劇のヒロインぶっているのよ、ねえ?」
真史お父さんはまだ憤怒の表情をしていた。
「東條がICレコーダーで会話を録音していたから、由佳にも聞かせたよなあ?本当にその馬鹿みたいな台詞を真顔で言いやがったんだよ。自分の弟だけどさ…こいつ状況分かってんのか?と頭の中を覗いてみたくなったよ」
「パパは…」
翔真が話し出したので皆が翔真を見詰めた。
「パパは…あの人は、その浮気相手の人との仲を…俺達が邪魔をしていると思っているのか?」
震える声で話した翔真に真史お父さんは大きく頷き返した。
「弁護士の東條が聞いたんだ。『こちらは規定の慰謝料をお支払い頂けるなら、そちらの生活には干渉致しません。だから離婚訴訟に応じて下さい。それですっきり致しましょう』って…そうしたらあいつさ~『そうやって脅しつけるみたいにして…優樹菜は裁判所からの郵便が届いて怖がって怯えているんだ。どこまで俺達に嫌がらせをすれば気が済むんだ。まるで脅しだ』って言ったんだよ」
「はああああ?!」
また翔真と私の声が重なった。ああ、これアレだな…え~と
「悲劇のヒロイン症候群だね?」
「そうそれだ!さすが麻里香。とにかくさ、あいつ…この場合はあいつら?かな…が、自分達は悲劇のロミジュリ?カップルでさしずめ、俺や母さん、由佳は二人の仲を邪魔する悪人な訳よ。事あるごとに優樹菜を苛めるな…優樹菜は悪くない…優樹菜は今身重なんだ…ばっかりで呆れたよ。兎に角、訴訟に応じて貰って、誓約書を書いてもらったらこっちからは関わるのを止めておこうってばあちゃん達と決めたんだよ」
翔真は今は顔を強張らせている。魔質をみると怒っているようだ…。
「俺達を捨てたんだよね?」
「まあ言葉は悪いけどそう言うことよ」
と由佳ママが翔真に答えると翔真は私を見た。翔真、怒ってるな~。
「俺さ…姉ちゃんがパパの話は絶対しないし、何かあったとは思ってたけど…パパは俺達のこと邪魔だって思ったんだよね?新しい家族の方がいい…って思ったんだよね?」
翔真の言い方が本音過ぎて却って答え辛いけど、私は何とか頷いた。子供な分、直球で言葉を投げつけてくる。
「俺は…もういいよ。あんな奴…あんな奴っていうほどパパの事知らないけど。悠真だってそうだよ?悠真も俺も…姉ちゃんもお父さんの子だよね?そう胸張って答えて良いんだよね?」
真史お父さん大号泣です。由佳ママももらい泣きしています。でもね、今回、私はもらい泣きしている心境じゃあありません。
「ママ、お父さん…泣いている場合じゃないよ」
「な、何?ぐすっ…どうした?」
「ふっ…ぐすん…か…和真がお漏らしでもしたの?」
「ママッ!頓珍漢なこと言っている場合じゃないよ。よく考えて!何故今頃、アイツが翔真に接触しようとしたのか…。もう6年も会ってなかったんだよ?」
由佳ママと真史お父さんはハッとして息を飲んだ。
「私、翔真が攫われでもしたら…とそっちが気になったよ」
「攫っ…!」
「まさか…」
私は真史お父さん、由佳ママ、翔真をぐるりと見回した。
「翔真はね、今回無人島に旅行に行くことをあいつに話しているの。普通さ、庶民が無人島…しかも外国の無人島に招待されて遊びに行くなんて…まずはないことよね?」
由佳ママと真史お父さんは何度も頷いている。
「翔真」
「な、なに?」
翔真は上擦った声で返事を返してきた。
「どういう話の流れで無人島旅行の話になったの?」
翔真はウロウロと視線を彷徨わせながら答えた。
「ママは元気か?まだパートに行ってるのか?今はどこに住んでいるのか…。家賃とか払えているのか?とか…」
「やだ…身辺調査みたいじゃない!」
由佳ママが叫んだので真史お父さんが由佳ママの肩を抱いて宥めている。
確かに…気持ち悪い聞き方だ。
「それで翔真は何て答えたの?」
「う、うん…。俺、何も考えずに答えちゃった…。ママは元気で時々パートに出てる…家は引っ越ししたって…。それで、引っ越しってどこだって聞かれたから…ちょっと怖くなってきてここから遠い所って言ったんだ。そしたら引っ越しに何か理由があるのか…て聞かれたから…。ママはまーくんと結婚したからって言ったんだ」
それは…言って大丈夫なんだろうか?元夫の気分としては自分の実兄と再婚って…どうなんだろう?
由佳ママも真史お父さんも何か複雑そうな顔をしている。
「ごめん…」
「翔真が謝ることないよ。だって離婚の原因とかそれまでのアイツの言動を知らなかったんだもん。仕方ないよ」
私がそう宥めると翔真はちょっと泣きそうな顔をした。
「俺が再婚の話したらさ、パパ…顔色変えたんだ。いつ再婚したんだ、麻里香はどうしているんだとか…」
何でか急に私の話題を出してきたね?
「再婚は少し前で…姉ちゃんは私学のカッコいい学校に入学して、頑張ってるって言った」
私学のカッコいい学校…言い得て妙だけど…これはイカン。
「私は私学に通ってて、ママはまー君と再婚している。最近引っ越しした…。これは私達がセレブリティな生活をしていると、アイツは思ったんじゃないかな?お父さん一応某物産の部長様だしさ」
真史お父さんは渋い顔をしている。
「だからと言ってセレブリティかと聞かれると…。そんなに余裕のある生活でもないよね。だって私もそうだけどまだまだ皆にお金かかるから…だから私もママだって働いている。でも傍目には私学のカッコいい学校に通っている…。それでアイツなんて言ってたの?」
翔真は真っ青になって私の方を見た。
「どこの学校だ、て…な、何も考えないでシュアリリス学園だって…今度姉ちゃんの友達と無人島旅行に行くんだって…嬉しくなって、いっぱい喋っちゃった…」
私は翔真を抱き締めながら、背中を撫でてあげた。
「その後から…結構頻繁に連絡来るようになった…。姉ちゃんの事…とか学校の事とか…でも俺、そんな詳しくないし」
すると由佳ママがあっ!と当然声を上げた。
「どうした?」
真史お父さんが聞くと由佳ママは小首を傾げながら
「その亮暢さんの慰謝料ね…養育費も含んでいるからなるべく手を付けないようにして麻里香達が独り立ちした時にまとめて渡してあげようと思ってたんだけど…最近忙しくってそのままにしていたわ」
テヘッと笑っていた。つまりどういうことだ?
「振り込んでいる通帳、ここ最近記帳に行ってないの…」
「ちょっと待って?それじゃあ亮暢が慰謝料をちゃんと振り込んでいるか確認していないってこと?」
おおっ…真史お父さんがちょっぴり怒っている。由佳ママが体を小さくした。
「ごめんなさい…」
「まあ。俺も確認しなかったのも悪いし…兎に角、通帳の確認は日本に帰ってからにしよう。翔真は亮暢との接触は極力避けるようにしなさい。もしアイツが強引に近づいて来るようなら皆で迎え撃とう」
なんだか、亮暢元パパが魔物か魔獣の類と同じ扱いを受けているように気がしてきた。
その日の夜
海斗先輩の部屋に行き、今朝あった篠崎家のドタバタの話しをした。
「そうか…別れた旦那か…」
「はい…」
「詳細は分からないが、俺も麻里香の実の父親の離婚の経緯は調べて知っている」
そうよね…なんて言っても5才の頃からの筋金入りのストーカーだもんね。
「浮気相手の多部優樹菜と結婚して、女児が生まれているのも確認している。生活はまあ…地味だが、篠崎亮暢の収入ではあんなものだろう。只、自分から離婚を切り出したくせに周りには前の嫁にまだ嫌がらせされている…と仄めかしている、と調査報告が上がってきている」
ちょっと!それ何?由佳ママがあんたなんかにいつまでも構っていられるかってのっ!子育てに忙しいわっ!
…あれ?今の口ぶりだと、誰かが聞き込み調査をしているふうだね?もしかして探偵でも雇っているの?
わおっ本格的!…じゃなくて…。
「その…由佳ママから嫌がらせされているって…本当に亮暢が言っているのですか?」
「ああ調査員からの報告では周囲の人にそう言いながら愚痴っているらしい」
本当なのだろうか?はっきり言うと由佳ママはさっぱりした性格だ。しかも今は真史お父さんとラブラブだし、前の屑旦那のことなんてミジンコほども思い出したりしていない。
これ…あれかな?可哀そうな俺アピールかな…。悲劇のヒロイン症候群…?
「麻里香…気になるなら俺達で直接探ってみるか?」
「直接?」
海斗先輩はニヤーッと笑って見せた。
「奇しくも連休はまだ半分残っている。おまけに俺達には魔法がある。しかも俺は姿隠しの魔法を会得している。」
それって…!
「堂々と尾行するということだ」
私はそう言った海斗先輩を睨んだ。
「何故睨む?」
「その魔法を使って子供の頃から私の事を尾行したり、付け回したりしてませんよね?」
明らかに海斗先輩はビクッとなった。
そうかそうか…なるほどね。
まあいいか、今回に限っては見逃してあげましょう。
「待ってろよ!亮暢めっ!打倒メンヘラめっ!」
私は拳を突き上げた!




