契約
はて、契約?
賞金首一覧にも書かれていたっけ。
そう尋ねられて既視感と共に理解する。
肉屋の店主が言った契約。
これがどんな事を意味するかと言うと、この世界で強くなるには切っても切れない重要な要素だ。
今の俺はもちろん、そんな契約の類をしていない。
していないからこそ、問題がある訳だ。
「あー……はい。盗賊に隷属させていた魔物は殺され、何もかも一切合財取られてしまいまして……」
まあ取られたのは人生なんだけどな。
他人に成り代わる奴なんて盗賊みたいなもんだろう。
「しょうがねえな……どの辺りで遭遇したか、後で役場の窓口に報告しておけよ」
「もちろんです」
肉屋はそう言うとそのまま物置に背を向けて家へと戻って行く。
「……本当に、盗賊に襲われたんだろうな?」
ギク。なんか疑われている。
笑顔を維持しながら手を振り、物置きを寝やすい様に改造する。
「あの」
声に振りかえると受付の女の子が毛布を持って物置の前に立っている。
「これをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
おお……毛布。
しかも埃が付いてない毛布だ。
少しくたびれているのは御愛嬌。
「その、こ、これからよろしくお願いしますね」
「は、はい。よろしくお願いします」
女の子はそう言うと若干恥ずかしそうにしてから家の方へと帰って行った。
良いね。なんかホームレスみたいだとか嘆いていたけど、もう少しがんばれそうな気がする。
女の子に声を掛けてもらったからじゃないと思いたい。
俺はそんなに飢えていないはずだ。
厚手の布地を敷布団にして横になる。
正直疲れたし、暗いから早めに寝よう。
そう思いながら、横になりつつ契約がどう言った物かを反芻する。
――契約。
人間が凶悪な魔物に対抗する為の手段。
いや、この世界において日常生活を歩む上でも重要な要素。
村人でも行なっている一般的な物だ。
簡単に説明すると魔物と契約して力を貸してもらう技法だ。
さて、この契約がどんな物であるかと言うと……やらなきゃ始まらないか。
道具屋にもその機材が並んでいたのを思い出す。
値段はそれなりに張る。
まずLvという概念と自身の能力値が表示される様になる。
これは魔物からの力の供給があって始めて表示される不思議な現象だ。
考えてみればこの世界はゲームみたいな要素が結構あるようだ。
っと、考えが脱線した。
そして重要な事なのだが、契約をしていない人間が幾ら魔物を狩ったとしても目に見えて強くなる事は無い。
もちろん技術の向上とか、魔法の習得とか、がんばれば出来なくはないが契約を行った方が遥かに習得が早いんだ。
回路と言うか、戦える様に体が出来ていないと言うのが正しいか。
しかも魔法的要素が体を循環するので強靭な肉体になっていく。
アニメやゲーム、漫画とかだと気とかオーラとかチャクラとか色々と呼ばれる異能要素だ。
これが無い人間は魔物相手に苦戦する。
適切な戦闘方法で魔物と戦ったとしても契約が無い場合はすぐに勝てなくなって行くだろう。
昼間のダブグライロードコクーンやダリアパープルスパイダーを倒して金を稼ぐには、契約が一番手っ取り早い。
当面は契約相手を探しながら金銭を貯める事を考えるべきだ。
金を貯めて、ある程度強くなったらやる事は増える。
最低限の下地が無ければ次の段階にすら進めない。
こうして俺はこれから必要な事を纏めつつ、いつの間にか寝入っていたのだった。
『異世界に来て無一文で何かを始めるなんて馬鹿なんじゃないか?』
そんな声が頭の中を通り過ぎる。
馬鹿じゃないさ……この程度、やってやれない事は無い。
『そんないるかどうかわからない自分を探して良い事なんか無いだろ。あーあ、あの部屋で引きこもってニートをやっていればこんな苦労なんてせずに済んだんだ』
何もしないであの部屋に引きこもっていたって前には進めない。
お前はその暗い場所で未来に怯えながら生きていくのか?
これから一生、後悔していくのか?
俺はそんな人生、嫌だね。
この声は……俺の本心なんだろうか?
ぼんやりとした意識の中で俺は答える。
そして……目の前に黒い……カードの様な物が回っている様な、幻覚が見えて来る。
これは……なんだっけ?
思い出せない。
けど、思い出さなきゃいけない何かなんだと感じた。
そっと……カードに手を伸ばし……俺は……。
ここで、夢から覚めてしまった。
翌日からの活動をある程度、整理して行くとしよう。
朝起きたら肉屋がまかないの飯を奢ってくれた。
女の子が作ったのかな? と思ったけど店主が作った物で、店主の指示で俺に食わせてくれた物だと女の子が事情を教えてくれた。
目付きは悪いけど凄く善人です! ありがとうございます!
自身の手柄にしない女の子も結構真面目な印象だ。
ただし、朝食を食べた代わり何故か強制的に肉屋でお仕事。
酒場などの飯屋系列に降ろす肉の解体をさせられた。
冒険者の接客は女の子と店主が行っている。
店主め……楽な仕事をしやがってと内心愚痴る。
バイトとしてお金をくれたけどさ!
端材は一部捨てるらしいのでありがたく頂いた。
「で? お前……」
「ヒロと言います」
中藤洋なんて異世界人の名前は……一応、隠しておこう。
異国風と誤魔化せなくもないが、怪しまれるかもしれないし。
何より俺に成り代わった奴がその名前を聞いたら警戒されてしまうからな。
だから名前だけ名乗る。
「ヒロさん」
女の子の声に若干癒しを覚える。
自分でも単純だな。
女の子=善人という発想は捨てた方が良い、と既視感が訴えている。
余計なお世話だ。そういうお前は誰なんだよ。
もしかして既視感の主は女性関係でトラウマでもあるんだろうか?
まあ異世界の女の子の全てが純朴でかわいい訳ではない、というのはわかった。
「私の名前はシャロって言います。よろしくお願いしますね」
「はい、シャロさん」
なんか照れくさいなぁ。
女の子の顔が若干赤い気がするのは俺の思い込みだろう。
「で、ヒロ。お前、契約はどうするんだ? 俺の所の家畜辺りと仮契約でもしておくか?」
そう、契約は純粋な人間以外の生物なら大体可能となっている。
というか肉とする家畜は大体が魔物カテゴリーなのでやろうと思えば出来る。
但し、肉屋が管理しているという事は隷属関係の契約が行われているはずだ。
肉屋の庭で飼育されている魔物を見る。
豚や鶏に似た魔物が飼育されていて、必要になったら息の根を止めて肉にするって寸法だ。
確か……ボスとなる代表の魔物とかと契約して配下となる魔物をコンスタントに取引する……とかあるんだっけ?
この辺りは曖昧にしか既視感が出ないので奪われる前の俺も詳しく知らないのかもしれない。
魔物にもLv等の概念があり、人間と契約して、人間が強くなると流れ込んだ経験や魔素等の要素で大きく成長する。
魔物側にもメリットがある訳だな。
で、肉屋が紹介した魔物と言うのは間違いなく豚とか鶏の魔物だろう。
その点での問題は無い。
問題は借り物の魔物故に何時肉となって契約が失効してしまうかだ。
買い取って使役するって手もある……育てりゃある程度強くはなるだろう。
だけどな……肉屋の所有している魔物と契約した場合、隷属関係だからか俺自身の能力を閲覧される危険が付きまとう。
もちろん正式に俺が買い取ってからでも良いのかもしれないけど、肉屋から正式に魔物を買う金銭が馬鹿にならない。
それに……なんか甘え過ぎているし、好ましく思わない。
契約は人間と魔物が交渉の末に得る力という認識が既視感にある。
強引に隷属した魔物が驚異的な成長をするかと思ってしまう。
繋ぎとしてなら良いのかもしれないけど……なんて考えた結果、俺は首を横に振る事にした。
「いや、隷属している家畜はコリゴリで……盗賊相手に手も足も出ないんじゃ……」
と、過去の経験から頼りにしたくないと言った態度で断る。
すると肉屋も納得した様に頷いてくれた。




