(過去編)ダイジロウ・イトウの異世界食生活・1 芋をふかす
さて、4年か5年前になるだろうか。
僕は暗黒騎士見習いのシャーロット・シャリアールに間違って異世界に召喚されてしまった。
次元の扉を開く暗黒魔法の制御に失敗して、無理矢理開けてしまった空間の穴に、たまたま僕は吸いこまれてしまったのだ。
当時のシャーロットは13才。魔力制御ができず触れる者皆傷つける金髪碧眼の少女は、地下室の牢屋の中にいて、僕は彼女に飯を運ぶ係(暗黒魔法を怖がって誰もしなかったから)で食いつないでいた。
たまたまシャーロットの魔法学の家庭教師だったエルフの先生は日本語をそれなりに理解できる人で、この人にラゴラディバリウス言語を教えてもらいながらシャーロットとコミュニケーションを取ること一カ月。
シャーロットは魔力制御を会得して、光の下に現れて、僕達は友達になった。
さて、僕が地球に帰るためにはシャーロットに暗黒騎士として一人前になり、任意の座標に扉を開くことができるようになってもらわなければならない。
シャーロットはシャリアール家から追い出された実の母親を許してもらうために一人前の暗黒騎士になり家督を継ぐ必要があった。
二人の利害は一致して、僕達は旅に出ることになったわけだが、出発までにはひと悶着あったりした。
僕はこの世界の仕組みとか、どうすれば暗黒騎士として一人前になるのかとか知らなかった。
なんか、騎士学校みたいなところがあってそこで単位でも取って騎士認定試験でも受けるか、成人年齢になったら王様に剣を預ける儀式でもするのかな、くらいの浅い知識である。
シャーロットに質問をしたところ、どうもこの国中の魔法を使う騎士を管理する魔法騎士省の中に特に暗黒騎士を束ねる暗黒騎士庁という組織があって、そこから免許をもらうということらしい。
で、どうすればその免許をもらえるのかは知らないけれど、とにかく一人前の魔法騎士にならねばならないと話にならないということで、シャーロットは日々剣技に馬術に魔法の訓練に明け暮れていた。
さて、そうなると暇なのは僕である。誰もやりたがらなかったシャーロットに食事を運ぶ係というポジションを維持することで正当に食事にありついていたわけで。今ではシャーロットは皆と同じテーブルについて『おかわり!』とか快活に要求するような娘になってしまったのだ。
得体のしれない仕事もない異世界人の居候は、肩身が狭い。
居候、三杯目にはそっと出しである。
シャーロットは真面目くさって
『ダイジロウはシャリアール家の客人だよ』
とか言ってくれるけれど、ちょっと困る。
で、正式な客人である家庭教師のエルフ先生曰く
『シャーロットは、そなたの言うことなら聞く。当家でそなたを邪険にできるものはおらんよ』
あんまりそういうのはなあ。ちゃんとなんか仕事欲しいなあ。なんてぼやくと金髪碧眼の美少女は少し不満そうな顔をする。
『この家にいるの嫌なの?』
そうではない。シャーロットは13才。僕は30代後半。それで彼女の世話に成りっぱなしなのは……。
『じゃあ、私の遣い魔ってことにする? 魔法騎士は遣い魔を使うものだって言うし』
いや、遣い魔って肩に乗る生物なんでしょ? 相場としては。
『うーん、暗黒魔力を集中させれば、ダイジロウを私の肩に乗せるのも……いける?』
いけないだろうなあ。
『もう、文句ばっかり。ダイジロウそんなに私に養われるの嫌なわけ? いいじゃん、ヒモでも』
よくねーよ。
異世界で金髪碧眼の美少女のヒモになる話なんて、誰が喜ぶのだ。
しかし、いざ屋敷の中で使用人の皆さんに何か仕事を頂戴しようにも、僕みたいな素人が手を挟む場所などないし、暗黒魔力を使う御嬢様といつもべったりのおじさんなんて胡乱なものと関わりたい人などおらず、毎回体よく追い払われる。
仕方ないので、屋敷の外を歩いて散策し、食事時になったら屋敷に戻るという日々が続く。
これは辛い。
お弁当にイモを渡されることもある。サツマイモでもジャガイモでもない。どちらかと言うとジャガイモ寄りな見た目で、味はサトイモが似ている……?
これが生なのだ。
この世界では『料理』などという概念はあまりない。そんなの貴族のすることなのだ。普通の人は食材を食べるのが食事である。むしろ、手をかけなくても食べられるイモなんてとても便利なファーストフードなのだ。
でも地球からやってきたダイジロウちゃんは生のイモなんて食べたらお腹を壊してしまう。
シャーロットなどは『ダイジロウって、この世界の人間より体は大きいし力も強い癖に、妙なところが弱いよね。たかが芋でお腹壊すなんて』
いや、食べ慣れてれば大丈夫なんだろうけれど。第一、ありとあらゆる毒に耐性のある暗黒魔法遣いに言われたくない。
仕方がないので、昼ごはんにイモを持たされた時は、焼き芋にして食べている。
シャリアール家の屋敷から歩いて1時間くらい。人気のない雑木林を目指す。ここなら落ち葉も豊富だし、知り合いの家があるからそこで火を借りることもできる。こんなところうろうろしていたら山賊に遭遇しないかという心配もあるが、そこに不安は感じない。何しろ、その山賊も寄りつかない恐ろしい相手の家に遊びに来ているのだから。
全体にサイズの少し小さい民家がある。
家の前で少し大きな声を室内の主人を呼ぶ。
『ガリアガリー、いーもーたーべーよー』
戸が荒々しく開いて、小柄な老け顔の男が出てくる。
『ガキみたいなことを言うな』
彼はガリアガリー。世に言うドワーフという存在である。こっちの世界にもいたのだ。
ドワーフと言うと、地底に暮らしている亜人なのだが、どうもこのガリアガリーも変わり者というか、遠まきに相手にされるタイプらしく、薄暗いとはいえ地上に家を立てて一人暮らしをしている変人である。
シャーロットは彼をいたく気にいっており、友人づきあいをしているのだとか。今彼女が振り回している暗黒魔剣も、彼の鍛え上げたものである。
『こんにちは、ガリアガリー。芋焼きたいんだけれど』
すると肩をすくめる老け顔。
『男だったらそんなもん齧れよな。落ち葉は庭にかき集めてるし、種火は炉端から勝手にとれ。芋はそっちに木の枝研いでおいたから刺して炙れ』
相変わらずサービス精神旺盛なおじさんである。
『ありがとう。芋2つもらったから二人で食べよう』
『2つとも食べておけよ。大して飯もらってないんだろうが』
『居候には十分もらってるんじゃないかな。この体型だとちと辛いけれど』
溜息をつく老け顔。
『ダイジロウ、ヌシはシャーロット様に対しては尊大な態度を取る癖に、それ以外に対して遠慮が過ぎるのではないか?』
それくらいでちょうどいいんじゃないかと思っている。
ドワーフの小屋の庭先で、集めた落ち葉に火をつけて、芋をあぶる。
今日の風も冷たいが、火は煌々とゆらめき、遠赤外線が体を温めてくれる。
ドワーフ茶(多分、どくだみを乾燥させたものの出汁)をごちそうになりながら、適当に駄弁る。
ガリアガリーはあまり笑わないが、それは感情を表に出す必要を感じてないだけで、感受性はむしろ人より高い。
『そんなに、自信のない顔をするな。根拠がなくても笑っておけ。そうすれば、シャーロット様も安心できる』
『……そんなもんかね』
『暗黒魔力の遣い手は、その同化同調の性質から、周りにいる者の感情に影響を受けやすい。暗黒騎士の遣い魔が皆無駄に陽気なのは、その明るさを分かち合うためだ。シャーロット様の御母上の遣い魔も、なかなか個性的であった』
その当時の僕はシャーリー夫人もその相棒グリムロードのことも知らない。
『ダイジロウ、ヌシが我慢をすれば、シャーロット様も我慢をするぞ』
『ううむ。しかし、あのシャーロットが己の欲望のままに生きたら、ちょっとぞっとしないな』
『そこはバランスだ。必要な一線を教えてやれ。焼けたぞ』
ガリアガリーに手渡された芋は、大分黒かった。表面が焦げまくっていた。
芯まで火を通そうとすると、こうなるのは仕方ない。ああ、アルミホイルでもあればいいのにな。
以前、試しにガリアガリーにアルミホイルに該当するものがないかを確認してみたが
『それだったら火属性魔法遣いに頼んだ方がいい』と言われる始末。
ちくしょう、不便だなあ魔法文明世界。
焦げた部分を払い、中身をかじる。ホクホクしてた。
食が一番の娯楽となる異世界の片田舎。芋を上手に焼けるドワーフと友達になれたのは何よりの財産である。
食べ終わりに『いっそのこと煮てみようか。芋煮』と言うと『あんまりこの芋は煮ない方がいいぞ。煮崩れて、味が薄くなる。……いや、腹持ちはいいか?』と返事。
『なら、蒸してみるかなあ』
ドワーフの手が止まる。
『……蒸す?』
『うん、この家って蒸籠はないの?』
『いや、待て、蒸すとは、なんだ?』
うん? ふかし芋とかしないの?
三日後。
あてがわれた小屋の一室でぼんやり「何もしない」をしていると、シャーロットが飛び込んできた。
『ダイジロウ! ガリアガリーから聞いたけれど、ふかし芋って何?!』
いや、芋をね、蒸気であたためて柔らかくして食べるの。味はしないけれど食感は焼くよりほくほくしていいよ。
『ずるい! 私が暗黒騎士の修業頑張ってる時に! 自分だけ美味しそうなもの食べて! 私も食べたい!』
そんな言うほどごちそうじゃないんだけれども。
『私も一緒に芋食べに行く! 無理なら厨房女中に作ってもらうからいい!』
いや、この国蒸籠がないから。女中さんも困るでしょう。
『じゃあ、ダイジロウはどうやって食べたの』
『ガリアガリーに二段組みの鍋にかけれる籠を編んでもらった。わかったから、作るから』
シャーロットが午前の修業に出ている間に、女中さんに芋を二つもらい、お湯をわかす窯を一つ借りる。
ドワーフに竹みたいなよくしなる木の皮で編んでもらった駕籠を置き、中に芋を入れて蒸す。
珍しがって屋敷の女中さん達も近寄ってきた。
よかった。怖がられていないようだ。
時間が経って、さて、もうできたのだろうか? と加減がわからないでいると、女中さんの一人が籠のフタをちょっと開けて中を覗き込み
『多分、もういいと思いますよ?』
と教えてくれた。プロの意見に従って取り出してみると、いい感じふかし芋になっていた。
アドバイスをくれた女中さんに半分割って渡して、食べてみる。
あ、すごい。いい食感だ。調味料なんか全然遣ってないから味しないけれど。
でもそんな食生活を続けていたから、芋の味だけで十分いける。
それが当たり前のこの世界の女中さんは今まで経験したことのなかった食感に眼を丸くしていた。
『わあっ』
新鮮な感想。
遠巻きにみていた使用人や他の女中さんも台所に入って来て、皆で芋を分けあった。僕の食べる分も皆でわけてもらう。まさかここまで反響があるとは思わなかったから、なんか嬉しくてもう一回芋をふかすことに。
ちょっとした芋パーティをしてワイワイやってると、メイド長がやってきて皆に注意して持ち場に帰らそうとしたので、せめてこれ一口食べてくださいと渡して口に入れてもらったら
『わあっ』
って反応が帰ってきて、大満足。
で、ふと裏口をみると。
魔剣を握りしめたシャーロット・シャリアールが、恨めしそうにこっちを見ていた。
『私のいも……』
体中から漏れだす薄墨色の魔力光。それを見て、慌てて逃げ出す屋敷の人々。
止めろ! 芋一つで魔力を暴走させるな! お前の分もちゃんとあるから!
『ほれ、シャーロットお前のだ。食べろ、温かいものは温かいうちに食べるのが作法だぞ』
渡されたふかし芋を美味しそうに頬張るシャーロット。貴族令嬢なんだからもっといいもの食べてるだろうに。
『でもほら、私3カ月前まで孤児院にいたから。これ御馳走の部類』
なら、今からはもっといいものをたくさん食べれるようになるさ、よかったな。
首を横に振られた。
『人生で一番おいしいものを食べてると思う。ダイジロウが、私のことを想って試行錯誤してくれたのが、伝わってくる』
想いなんてこめてないっつーの。どうしてわかんのよ。
『……闇の流れで、こう、なんとなく?』
なんだ闇の流れって。
ふと訊いてみる。
『じゃあ、闇の流れでいつ暗黒騎士になれるのかはわかんのか?』
『そんなのわかんないよ。暗黒騎士は、暗黒騎士庁が免許を出すらしいから』
『……ん? じゃあ、お前まずは暗黒騎士庁に行かなきゃいけないんじゃないか?』
『……そうなの? でも、まずは100の試練をこなして証明書を手に入れないと』
『100の試練? それって何するの?』
『さあ? 騎士になるために必要な色々なことでしょ』
『具体的に何をするの? エルフ先生は教えてくれてないの? そういや、先生はもう里に帰ったんだったか』
色々と嫌な予感がして、シャーロットのお父さんであるシャリアール家当主にお目通りをして、シャーロットが暗黒騎士になるために必要なことを訊いてみたところ。
眼をひん剥いて
『何?! まだ暗黒騎士庁で履修登録をしておらぬのか?!』
とか逆にびっくりされた。
おいおい、芋食ってる場合じゃねえんじゃないか?
慌ててシャーロットに、エルフ先生から何か預かってないかを訊くと、手紙とか書類とかが出てきた。
そこには、都に行き暗黒騎士庁で騎士試練を受ける手続きをして、100の試練が書かれた試練目録を預かり国中の指定された試練場を旅して回る必要があることなどが書かれていた。
『お前、なんでこんな大事なことしてないんだ!』
と怒鳴ってしまったら、ちょっと落ち込んだ様子で
『……そんな難しい文字、読めなくて』
……そうなら、そうと言ってくれればいいのに。ざっと眼を通したけれど、僕も半分くらいは読めたし、誰か読める人に頼んだらよかったんだから。言いにくいなら、僕から頼んでもよかったんだし。
シャーロットはうつむいたままであった。
『ダイジロウは、自分の世界で読み書きできるんでしょ? それにこっちに来てちょっとしか経ってないのにラゴラディバリウス言語、話せてるし、書いたり読んだりできるし』
僕に遠慮、していたのか。
『あのなあ、僕に馬鹿にされるかもって悩んでたのか? それが一番ムカつく。そういう時は読んでくだせえダイジロウ先生様くらい言えばいいんだよ。僕だって全部は読めないんだけれど』
頷くシャーロット。
違うな、僕が言うべきじゃそうじゃなくて。
『芋食べたか? じゃあ、暗黒騎士庁とやらに、行ってみるか』
『……ダイジロウ、一緒に来てくれるの?』
『え? 行かなくていいの? だったら芋食ってここで待ってるけれど』
『……えっと、ダイジロウがもしあんまり行きたいって気にならないなら』
『うるせえガッサ(こっちの世界の馬鹿に相当する言語)! 行くぞ!』
そういうわけで、やっとこさ旅に出発することになった。
ちなみに、蒸籠は屋敷の厨房に寄付し、この世界になかったその調理道具は『ダイジロウ』という名前がついてしまった。
で、ガリアガリーは蒸籠編み職人として有名になってしまい、ちょっとした小金持ちになってしまった。




