(過去編)ダイジロウ・イトウの異世界食生活・2 コロッケそば
コカトリスとかいう凶悪な鶏の怪物が跋扈するために開発されることなく放っておかれた平原があった。
ある一人の腕利きが、コカトリスを捕まえて、羽をむしって捌いて、小麦粉と秘伝の香辛料をまぶして油で揚げてみたところ、想像を絶する美味となった。
それ以来、その場所には高値がつく珍味を捕獲するためや、自ら食べようとする物好きであふれ、あわや絶滅の危機とまでなってしまった。
今では、最初に訪れた男がフライドコカトリスギルドを結成し、価格と頭数の釣り合いをとりながら、大もうけをしているとのこと。
当時、未開の地は山ほどあったため、開拓し、新しい食べ物を探すことで一攫千金を夢見た玉石混合の腕自慢たちが国中にあふれていた。
冒険者ブーム、到来である。
冒険者とは美味を探す者、のようなイメージがついたためか、戦闘力の他に料理技能も求められることが多く、一流のハンターは王侯よりも贅沢な食生活を送っているものも多い。
食い意地の張ったシャーロット・シャリアールも暗黒騎士にならなければ冒険家になると言っていた。
『ダイジロウも、冒険者になったら?』
とか薦められたこともあるけれど、安定志向なので、冒険とかはしたくない。
今もシャーロットが暗黒騎士になるために国中を旅しているのに付き従っているが、海外旅行気分である。
できれば危地になどはいかず、シャーロットが頑張ってるのを尻目に名物料理でも舌鼓でも打ちながら応援したいところである。
さて、半年前にシャーロットが都にある暗黒騎士庁で試練目録を受け取り、記載された課題をこなす旅が始まった。
大して僕が役に立つわけでもないけれど、流れで付いていく羽目になり、各地で試練場と呼ばれる風光明美な地方を回って、氷の精霊と呼ばれる青くてでっかいカバの餌やりをしたり、炎の神殿で500年絶えることなく燃やし続けられる祭壇にくべるための薪を3日昼夜集めたり、石灯篭を剣で切断させられたり、高さ3mの馬を乗りこなしたり、長さ40kmの暗闇の洞窟を歩かされたりしているシャーロットを応援していた。
手伝ってやりたいけれど、全部シャーロットがしないといけないことだから仕方ない。
代わりに僕はシャーロットが好きそうな食べ物を探して食べさせてあげていた。
牙の生えた魚のすり身を、練って木の棒を刺して炙ったものとか。
グレートサラマンダーとかいう両生類の唐揚げとか。
レタスとキャベツの中間みたいな食感の野菜のサラダとか。
かけたら何でも美味しく食べれてしまう、悪魔のゴマドレッシングとか。
『本当、これだけが日々の楽しみ』
などと、頭にたんこぶを作りながら黙々と食事を取るシャーロットを眺める日々が、半年。
暗黒騎士見習いが達成した試練は17を数えた。
……正直、半年でその達成数がペース早いのか遅いのか、自信ない。
同時期に同じく試練目録を受け取った魔法騎士見習いの貴族子弟達の噂を聞くと、既に50の試練を終えた火炎騎士とか、とっくに試練を終了した魔法博士の噂も聞くし、全然達成できなくて落第した者もいるとか。
そういう話を聞くと少し焦るシャーロットにペースは人それぞれであると諭しながら、人生を楽しもうぜ、などと言っていたら、海の見える町に着く。ここにも試練場がある。
で、今同じ試練場の町に偶然いた、聖騎士見習いのレティウス・フレイムロードって名前のイケメンと話をする機会があり、『今どれくらい試練を達成されたのですか?』と聞いたところ、白い歯をキラリと輝かせて答えてくれた。
『3ですね』
……まあ、ペースは人それぞれか。
シャーロットがこの土地の試練である、『畑を荒らす火吹きトカゲ』の討伐に手こずっている間に、フレイムロード卿と一緒にこの地の名物である、蕎麦の実をこねてゆがいた何かを食べる。そばがきって言うのかな。
金髪で、イケメンで、歯が白くて、マッチョというこの世の男の序列の一位に君臨するオーラを放つ男は、嫌みを感じさせずに武勇譚を話してくれた。
彼がこの半年何をしていたのか訊くと、まず難易度Sの最果ての灯台に単独で挑戦し、頂上に到達。200年間光が灯っていなかった灯台に再び輝きを取り戻す。で、その灯台の頂上に落ちていた錆びた鏡が太陽の鏡とか言う神宝だったらしく、それの輝きを取り戻すためのアイテムを探しに難易度SSの最果ての潮騒の洞窟に挑戦して最奥の聖域で光を浴びせチャージすることで鏡を復活させることに成功し、洞窟の最奥に住みついていた呪われた化け蟹に出会い、鏡の光を浴びせてみたところ呪いを解け、化け蟹の正体が人魚王だったことが判明したとか。そして、人魚王からもらった海神の槍をひっさげて、最果ての大地に突き刺さりその地を呪う毒王の楔という神器を破壊することに成功したのだとか。
最果て好きだな、この勇者。
そんなわけで、半年ほど世界中の最果てを巡っていたために、試練も『灯台を復活させろ』『海王の槍を手に入れろ』『毒王の呪いを解け』の3つしかこなしてないのだとか。
いやあなた、そんなSS級の課題をちゃちゃっとこなしてたら、もうすることないですやん。
と聞いていたのだけれど、そこで急に深刻な顔をされた。
『でも、4つ目の試練が……とても達成できそうにないんです』
で、話を詳しく聞いてみると、次もやっぱり最果ての渓谷とか言う霧が立ち込める谷で、そこに棲む竜を退治するらしい。『渓谷の邪竜ドヴォルザーク』とか呼ばれる今まで何人もの聖騎士見習いが返り討ちにあってきた邪竜とかで、悪は見逃せぬ性質のフレイムロード卿も果敢に挑戦したんだとか。
結果は卿の圧勝で、いざトドメという場面になって
『結局、止めちゃったんです。よくよく考えたら、あんな渓谷でひっそり生きてる竜の命を奪おうと追い回しても、全然聖騎士っぽくないなと思って』
なるほどなあ。
自分が正しいと思うことを、正しく貫いてしまう強さを持ったイケメンだった。
『でも、困っちゃって。そうなると、試練が一つ絶対に到達できないから、俺はもう騎士になれない。うん……それは困っちゃって』
とかそんなに困ってない顔をしながら言うイケメンを見ながら、なんとも言えない顔でそばがきをかじってると。
大きな物音と共に、シャーロットシャリアールが吹っ飛んできた。暗黒の鎧を見に纏い、剣を振う臨戦態勢の少女。
それを追いかけるように現れた軍隊火吹きトカゲ。
どうやらまだ戦闘中のようだ。
『シャーロット、大丈夫か?』
『全然大丈夫じゃない! 何あいつ、ちょっと強すぎない?』
フレイムロード卿が他人事のように言う。
『へー、初めて見た。あれ、なんて奴ですか?』
……。
『あー、あれ。そうだな……。渓谷の邪竜ドヴォルザークってことにしません? 畑を荒らす困ったやつなんです』
イケメンはきょとんとした。
それから10分後、試練の試験管に暗黒魔剣をちらつかせてあのトカゲの名前を渓谷の邪竜ドヴォルザークということで押し切った結果、フレイムロード卿は4つ目の試練を達成し、ついでのどさくさでシャーロットも18個目の試練を達成したことにした。
万事めでたし、としたかったのだが、自分が倒すべきトカゲを倒してもらっただけでは暗黒騎士としての体面がないというシャーロットの物言いで、フレイムロード卿の試練を代わりに一つ、クリアすることになった。
さて、一番難易度の低そうなものを選ぼうと思ったのだけれど、シャーロットが選んだのは
「新しいものを流行させる」
とか言う、あやふやなものであった。
新しいもの……。こういう場合、新しい食材なり調理法を見つけて流通させるというのが意図なのだろう。
世界を旅する聖騎士なら、冒険者の技能や功績も求められるということか。
ちなみに卿に料理をするのかを確認してみたが、どうやら卿も芋は生で齧る派だった。
『腹を下したことはないですね。イケメンですから』
イケメンはすごいなクソが。
さて、なら半年くらい前に評判のよかった芋を蒸して食べる方法でも広めようかと思ったが、半年している内に蒸籠で蒸して食べる料理は鉱脈が掘り尽くされて、今では特製カレーまんが観光地で食べられているような事態。
何かないものか。
そこで、ふと手に持っていたそばがきを見て、思う。
蕎麦、作れないかな。
正直、蕎麦打ちなんて繊細な作業、できると思えなかったのだけれど、雑な味しかないこの異世界では味は濃ければ濃いほどいいみたいなところあるので、蕎麦の実を砕いて練って細く伸ばしただけでも、なんか見た目はぽいものができた。
早速茹でて食べる。
『……味しないね』
味しなかった。
そうか、出汁がいる。
でも、かつおぶしも昆布も……海近いし、昆布あるかな?
シャーロットとイケメンが海に飛び込んだ。
30分後、山ほどホタテガイと海老を取ってきた。
違う! 僕が欲しいのは昆布だ! ……いや、これはこれで。
それで、帆立と海老を贅沢に使った濃厚な海鮮出汁の蕎麦を作った。
意外と美味しいと評判だった。
で、町の人にもちょっと食べてもらったのだけれど
『美味しいけれど、なんか食べたことある』
ですよね。素人がちょっと潜って手に入るくらい近くにあるもんね。
さて、困った。
とりあえず、薬味に葱っぽい葉っぱとか、隣町で手に入れた魚のすり身のてんぷらとか入れてみたりしたけれど、どうにも合わない。せっかくなので、さっき倒した渓谷の邪竜ドヴォルザークのチャーシューなんかも試したけれど、あんまりおいしくなかった。トカゲ系の肉は下拵えが命らしく僕達料理ド下手くそ三銃士に扱いきれる食材ではないらしい。こんちくしょう。
なんか、こう。無駄に主張の強い出汁に負けないトッピングないかな。出汁の味を吸ってくれる、淡白で食感のいい何か……。
シャーロットが言う。
『ふかし芋は?』
それだ! いや駄目だ。芋が崩れる。
フレイムロード卿が言う。
『油で揚げて固めては?』
お前ほんとイケメンだな。
異世界に、コロッケと蕎麦が産まれた。
……いいんだろうか。蕎麦にコロッケのっけるとか、果たしてそんなこと許されるんだろうか。
これをしてしまえば、それは異世界に間違った地球の概念を刻んでしまうのではないか。
僕の一存でそんなことをして
『いいからのせなよ、えい』
『あ、これシャーロット、何をしやがる』
こうして、レティウス・フレイムロードは5つ目の試練を達成し、コロッケを乗せたそばという新しい概念がムーンスレイブ文化圏に広まって行った。
よせばいいのに、彼は友情の印とかほざいて、その料理に『ダイジロウ』という名前を付けた。
以来、僕の名前は、異世界で「コロッケそば」という意味である。




