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シャーロット・シャリアール、唐揚げをもらう。


 11月27日


 ついに、僕も今日で40歳になってしまった。

 自分の年がいくつか自信がなくて実家に電話したらそうらしいので、そうなのだろう。

 ただ、実家にいきなり「お母、僕って何歳だっけ?」と訊いたら「あんた大丈夫なの?」と心配されてしまってアパートまで押し掛けられそうになったので、否定するのが大変だった。

 前略母上、息子は大変元気です。

 異世界から友達が遊びに来るので、元気を失くしている余裕がありません。


『ダイジロウ! 誕生日おめでとう!』

 かつて、二人で冒険をしていた頃に来ていた男装で、シャーロット・シャリアールは遊びに来た。

 その服装は珍しいなと思って言及すると、普段はこんな格好であるらしい。

 僕のところに遊びに来る時は貴族のお嬢様みたいな格好してるじゃんかよと問うと、『そりゃ、外遊に普段着なんて着ないよ』とのこと。

 そりゃそうか。

 なら、今日はどういう気分でそんな山にも谷にも行けそうな服なの? 誕生日クエストなんて地球には存在しないよ? と言ってみたり。

 しかし、今日は彼女にとっても思い入れの深い日なのだろう。だって。

 僕も言う。

『シャーロット、誕生日おめでとう』

 同じ日に年を取るというのも、縁の一つなのだろうか。


 さて、今日はシャーロットが僕のお祝いをしてくれるというが、日本銀行券を持たずこっちの地理も知らないし店のネット予約もできないシャーロットは、どうするのか。

『ダイジロウ、これが私にできる精いっぱい』

 そう言って、箱を一つ取りだした。

 うん?

 ラッピングのリボンをほどいて、箱を開けると、中から山高帽が一つ出てきた。薄い灰色の、暖かそうな帽子。

『ダイジロウがよく着る背広に、合うと思って作らせてみた』

 おま、ちょ、おま。最高のプレセントやんけ。

 僕こんなんに見合うものなんて用意してねーぞ?!

 シャーロットは心配そうにのぞきこんでくる。

『どうかな? 喜んでもらえたかな』

 思わず素で答える。

『こんないいものもらって、許されるのだろうか』

 シャーロットは少し微笑んで

『被って見せてよ』

 被る。

 すっごいしっくりくる。僕の頭のサイズなんて、いつ計測したの? と訊くと

『そこは、ほら、闇の流れでなんとなく』

 本当便利だな、暗黒魔法。

 しかし、人々より畏れ奉られる暗黒魔法と言いながら、夜目が利いたり、服のシミ抜きをしたりと、便利なことばっかりだな。恐ろしいことと言えば相手の生命力を奪うことくらいか。いや、十分恐ろしいな。

『こっちは返せるものがなくて、悪いんだけれど、また次までに用意するから……』

『ダイジロウ。私、ご飯食べに行きたいな。それでいいよ』

 ……全然恐ろしくない顔をして、暗黒騎士は夕食を所望した。

『ちょっと着替えてくるから待ってろ』


 車で20分。

 飲食店の立ち並ぶ通り。商店街駐車場にマイカーを止める。

 背広に着替えて、帽子を頭にちょんと乗せ、冒険者みたいな格好をしたシャーロットと並んで歩く。

『似合ってるよ、ダイジロウ』

 とか何故か僕の声真似をしてシャーロットが笑う。

 僕に君の真似をして「えへへ」とでも言わせたいのだろうか。気の抜けた返事をしておいた。

『ありがとう』

『えへへ』

 さて。

『シャーロット、何が食べたい?』

『カレー。確かこの辺りカレー屋さんあったよね』

 ああ、カレーチェーン店な。

 シャーロットの地球探訪マップには、食事をした店が全部入っているのだろう。

『カレーな。せっかくの誕生日なのに、カレーでいいの? 肉とか、あるよ?』

『私の世界に一番ない味だから、結構カレー好きなの。それに、あのカレー屋さん、肉料理のトッピング豊富じゃん』

 結局肉もポイントなのね。シャーロットは続ける。

『というか、今領地で私の誕生日パーティしてたから、肉は十分』

『いいの? 自分が主賓のパーティ抜けだして』

『いいの。結局ママの壮行会がメインになっちゃったから』

『決まったのか、シャーリーさんの出発』

『うん、久しぶりの大仕事だからって、ママも張りきっていたよ。本当はね、とっくに王都に出発してなくちゃいけないんだけれど、私の誕生日を祝ってから出るって決めてたらしくて』

『……いいのか? お母さんと過ごさなくて』

『いいの。友の誕生日を祝うのも、騎士としての務めなのです』

 そうですか。


 さて、カレー屋さんに到着である。

 全国展開しているチェーン店。ここのビーフソースカレーが好き過ぎてよく通っていた。

 シャーロットは道中、メンチカツカレーとビーフカツカレーのどちらにするかうんうん唸っていた。

 僕は、シャーロットがどうせ『ダイジロウ、そっちも一口ちょうだい』と言いだすのが透けて見えたので、対極の野菜ごろごろカレーにでもしようかなとか考えている。

 シャーロットの足が止まった。

 ん?

 どうした? と訊こうとして、僕の思考も止まる。

 シャーロットの眼が、怖れを湛えていたから。

 震える指で、前方を指さしている。

『どうした?』

『あ、あれ……どういうことなの?』

 シャーロットの指さす方を見やる。

 そこには、あった。

 確かに、目的のカレー屋が。

 けれど、そこには、幟旗がはためいている。


(カレーラーメン はじめました)


『ダ、ダイジロウ。どうしてカレー屋さんにラーメンの写し絵が貼ってあるの』

 シャーロットの声は、震えていた。

『カレーラーメン始めたらしいよ』

 答えた僕に、食いかかる。

『カレーラーメン? どういうこと?』

『いや、カレーうどんがあるんだしカレーラーメンだって』

『なんで? カツカレーもわかる。ハンバーグカレーも美味しい。でもカレーラーメンだよ?!』

 え、なに。そんなにつっかかるの? カレーラーメンは君の許容範囲外なん?

『落ち付け、お前それ初めて魔獣兵器を目にしてパニックになった時と同じ眼をしているぞ』

『だ、だって。ラーメンにカレー入れて美味しいの?』

 それは、食べてみればわかるのではなかろうか。

 暗黒騎士をなだめすかして、二人で店に這入ってゆく。


 さて、店内はいつもと同じ様子で、テーブルに置かれているメニューが1枚増えていた。

 カレーラーメンである。

 ラーメンとか肉蕎麦とか、味噌風味とか、色んな種類があった。

 こういう時はメニューの一番最初に書いてあるものを頼んでおけば万事よい。

 カレーラーメンのチャーシューと煮卵トッピング。あと唐揚げご飯セットを注文。

 シャーロットは少し落ち着いたらしく、取りみだしたことを詫びて来た。

 まさかこんなことであんなに慌てるとは思わなかったので、少し面白かったと正直に言うと、頬を膨らませて抗議された。

『だって、せっかくの誕生日なのに、知らないもの食べて美味しくなかったら台無しじゃん』

『その時は、また美味しいものを食べに行く理由が一つできるってだけだろ?』

『もう、ダイジロウはああ言えばこう言う』

『シャーロットはネガティブに考えだちだからな、相棒は能天気で十分なのさ』

『……』

『ん?』

『私のこと、相棒だと思ってくれてる?』

『そうじゃなきゃ、なんなんだよ』

 また面倒臭い思考をし出してるなと心の中で少し思ったところで、注文の品がきた。


 普通にラーメン店で食べるラーメン唐揚げ定食みたいな見た目だった。

 スープがカレースープなのが、特色。

 そりゃ、わざわざ全国店が新メニューにするくらいだから、味が悪いわけがない。

 風味もいい。

 早速一口。

 感想を言う前に

『美味しいね』

 とシャーロット。

 うん。本当に。ただ、こんな汁が跳びそうなものを背広着て食べるのはちょっと辛い。

 何度も血を流さずに肝臓を抜き取る邪法の応用でシミ抜きをしてもらうのもあれだ。

 しかり、テーブルの上を善く観ると「カレーラーメン用紙エプロン』というものがおいてあった。

 便利な世の中だ。

 装備して気兼ねなく啜る。


 しかし、汗が出る。ただでさえカレーだ。

 しかも、カレースープだ。普通のカレーなら口に運ぶためにそれなりの温度だが、ラーメンスープに煮立てられたカレーは、熱ければ熱い程値打ちがあるみたいな熱量をしている。

 食べるそばから汗がどっと溢れる。

『ダイジロウ、上着と帽子脱いだら?』

 あ、それが原因か。

 ジャケット着て食べるもんじゃないな。

 そう言えば、インド人が上着着てる姿ってあんまり見ないもんな。

 唐揚げとごはんもうまい。

 普通にうまい。おかわりしたくなったけれど、流石に40もなると計画性なくおかわりする程の余力はないなあ。

 そう言えば

『シャーロット、今日は一口ちょうだいとか言わんね』

 カレーラーメン葱トッピング餃子セットを頼んだシャーロットのために唐揚げを一つ残しておいたのだが、訊かれたシャーロットは少し恥ずかしがって

『私だってもう17なんだから、そんな人のものばっかり食べたりしないよ。そんなこと訊かないでよ』

 だってさ。

 僕からすりゃ16も17も大して変わりはないんだけれどなと思いつつも、友人の心境の変化にくくと内心笑って、唐揚げを最後に一個口に放りこもうとして。

 やっぱりシャーロットが微妙な顔をしてこっちを見ていたので、あげた。

『シャーロット、美味しいから一個食べてみなよ』

『いいよ、気にしないで』

『遠慮は?』

『無粋』

 唐揚げ一個で祝えるのだから、安上がりである。


 第一部 完

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