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第8話

「なんで、ユーリがここにいるんだ?」


 武器屋の店内には5歳児の子どもが二人と少年の私、そして全身赤い布に身を包んだ変態が一人いた。


「ドメニコさん……。なんで、ユーリを連れてきたんですか!」


 今度はその変態に私は再度同じ質問をした。変態は何食わぬ顔で店内にある今にも壊れそうな三脚椅子に腰を下ろしている。

 ちなみに、ユーリが座っている椅子はどこから持ってきたのか、座るところに柔らかな布が敷き詰められた肘掛もある豪奢な椅子だった。

 5歳児が座るには少し大きいのではないかと思われる、赤い椅子。

 どこから、持ってきた! どこから持ってきたんだよ、こんな邪魔な椅子!


「坊ちゃまがこのリスルガの中を見たいとおっしゃってきかないもので」

「……? リスルガって?」

「おやおや、この要塞の名前も知らないとは……、ははは」


 口を手で隠し、ニヤリと嫌な笑いを浮かべるドメニコ。

 くそう、図書館にある本はどれも古くて、この石壁のことは何も書いてないんだよな。

 ていうか、改めて歴史書を読んでみたら100年前はこんな石壁は存在していなくて、リュミエール街道を含めたこの地域一帯は緑の生い茂る豊かな土地だったと書かれていた。

 砂埃が舞う今の姿からは想像しがたい。


 私の住む図書館のあたりはまだ草原であるが、この町に近づくにつれ、茶色い地肌が見える部分が増え、緑色が少なくなっていく。

 図書館とは反対側の天井のない門をくぐったことはないから、そっちのほうがどうなっているのかはわからないけど、このリスルガと呼ばれる石壁の中だけ、こんな状態なのだろうか?


「自国であるリュミエール王国でさえ、この領域へは手出しができない。そんな完全中立のこの地の名を知らないとは。そんなんで、他人に魔法を教えるというのですか、あなたは」

「くっ……」


 言い返したってこの減らず口に勝てる気がしないので、私はワンの手元にあるお手製の呪文表に目を戻した。

 暗記させるのが一番いいのだけれども、私がいない時に復習とかできるよう、羊皮紙に書いておいたのだ。

 ちなみに、この羊皮紙は図書館から拝借をした。ペンも借りようかとおもったのだが、インクが干からびていてとても使い物にならなかった。


 ペンのほうも羽がボロボロで文字を書く部分も使い物にならないほど古びていたし。

 なんで、誰も新しいのを買わないのだろう。

 仕方ないので、魔法で羊皮紙に焼き付けるようにして文字を書いた。


 一度、せっかく作った呪文表を焼いてしまったときは、しばらくの間、何もする気がおきなかった。

 最終的に私は羊皮紙に文字を焼くのが非常にうまくなったが、今後の役に立つのだろうか、この特技。


「エンハンブレ……エンハンブレ!」


 ワンが人差し指をたて、必死に呪文を唱える。

 ちなみに、今ワンが言っている呪文は指先に光を生み出す光魔法の呪文である。

 生まれた地域によって得意不得意とする魔法属性はあるが、基本この世界の人はどんな属性の魔法でも使える。

 指の中心一点に魔力を集めるこの魔法は、私が最初に会得した思い出深いものだ。

 しかし……


「エンハンブレっ!!」

「うーん、ワン。もうちょっと落ち着いて、ゆっくり呪文を唱えましょうか」


 私は一回で出来たというのに、ワンはなかなかその指先に光を灯せずにいた。

 うーん、発音も良いし何がいけないんだろう。

 ちなみに、ワンのためにこの世界の共通語である言語表を作ってきたのだが、ワンは英才教育でも受けたのか、すでに文字は習得していた。

 なので、文字の読めないユーリにその表をあげたんだけど……


「なあなあ、エル。このヘビみたいなのがモジっていうのかあ?」

「そうだよ。ユーリは将来、王様になるんだろ? ちゃんと勉強しないと、王様になれないぞ?」

「……オレべんきょーきらーい」


 そういって、ぽいっと私の血と汗と涙の結晶の言語表を床に放る。

 な、なんてことをするんだ、貴様っ!!

 私は慌ててひらひら舞う、言語表をつかみとり、大事にたたんで懐にしまった。


「オレべんきょーしなくても、マホウつかえるもーん」

「ほんとかあ?」

「ほんとだよ! ね、ドミニコ!」

「えぇ、坊ちゃまは非常に優秀ですから、この歳で魔法はもう低級のほとんどを使いこなせるまでになっております」


 胡散臭い視線をユーリに向けると、ユーリはそれを感じ取ったのか、椅子から降り腰に左手を当て、右手を目の高さまで掲げた。


「えんはんぶれ!」


 立てた右手の人差し指から、1センチぐらいの光り輝く球体が生まれる。


「これは……」


 これは……すごい。

 私はそのまばゆい光を見て、素直に感心した。

 見事な光魔法である。エンハンブレといっても、使い手によってはその光はピンからきりで、光が弱かったり、円じゃなかったり、すぐに消えてしまったりとさまざまだ。


 ハビエルがこの間、ガラクタの整理でエンハンブレを使ったとき、その光の色はくすんでいて、形も不恰好だった。

 アーシアも食材の整理で使用したのをちらりと見たことがあるけど、なんか細長かった。

 あれはあれで、難しいんじゃないかって思う。


 ユーリが今生み出しているその光は、綺麗な円を描いていて、少し薄暗い店内を灯すには申し分のない明るさを放っていた。


「……」


 ワンがむっとした表情でユーリの人差し指をにらむ。

 そりゃあ、くやしいだろうなあ。相手は文字も読めないのに、いとも簡単に自分が使えない魔法をつかっちゃったんだもん。

 私だってちょっと腑に落ちないものを感じるけど、ユーリは攻略対象だから、きっとこういうオプションがついているんだよなあ。

 けど、そういうチートは己を堕落させるだけだ。努力もせずに手に入れた力は、いつか自分を腐らせるに決まっている。


 ……あれ? 私もゲーム上だと魔法が使えないのに、魔法が使えるっていうチートがあるけど……

 いやいや、魔法を習得するのにどれだけ書物を読んだことか。ユーリは文字すら覚える努力をしていないのだ。

 私はちゃんと努力している。うん、将来のことを色々考えてがんばってる!


「ワン。そう焦ることはないですよ。ゆっくりやっていきましょう」

「エンハンブレ! エンハンブレ!」


 ワンは悔しさでいっぱいの顔を浮かべながら、私の言葉もきかず、むきになって何度も呪文を唱えはじめた。

 その必死な様子から、ワンの焦りがひしひしと伝わる。

 うーん、どうしたものか。

 魔法っていうのは、人の心が影響している。心が豊かだからって、すごい魔法を使えるというわけではないけれど、人の心がトリガーになっていると言ったほうがいいのだろうか。

 ゲームの中のエルゼが無であったように、無からは何も生まれてこない。

 私という別世界のよそ者がこの体に入ってしまったせいで、魔法が使えるようになった、と私は仮定している。


 ということは、ワンも今は無という状態なのだろうか。

 でも、ちゃんと喋れてるし、感情があるように見えるんだけど。

 何故なんだろう。


「とりあえず、一旦休憩しましょうか。俺もお腹が空きましたし」

「エンハンブレ! エンハンブレ!」


 聞く耳もたずか……。

 ワンは懲りずに何度も呪文を唱えているが、その指先に光が出ることはなかった。

 

「では、わたくしどもも帰って、お食事にしましょうか、坊ちゃま」

「そうだな! じゃあ、エル。たべたらまたくるからな!」

「もう、来んな! お前何しにここにきてるんだ? 椅子に座ってるだけじゃないか」

「むっ!エルはオレのケライだからいっしょにいるのはあたりまえなんだ!」

「……あ、あそう」


 なんで、泣きそうな顔で言うんだか。そんな顔をされると、何も言えなくなってしまう。

 わけが分からん。もしかしたら、同年代の友達がいなくて寂しいから来ているのだろうか。

 正直、子守りはワンだけで充分だ。ドメニコもいるが、こいつはユーリを見ているだけで何もしない。

 この、やくたたずめ!


「行きましょう、坊ちゃま。では、失礼いたします。後ほどお会いいたしましょう……エルゼ」

「……」


 背筋に悪寒がゾゾゾゾーッと走る。なんで、こいつは私にだけ呼び捨てなんだろう。エルゼって呼びなれてないから、違和感も半端ないし。

 ユーリのことは坊ちゃまと呼び、ハビエル、アーシア、ワンにさえ「様」をつけているのに。

 嫉妬をはらんだ目をしているところからして、おそらくユーリが私に懐いているのがあまり気に食わないんだろうなというのは分かるけど。

 なんか、怖いんだよなあ。何考えてるかわからなくて。


「よっこらせと」


 ドメニコはその細い体のどこにそんな力があるのやら、ユーリの座っていた椅子を軽々と持ち上げた。

 意外と力持ちなのか……。ていうか、そうやって持ってきたのか。私がここにきたときには既に椅子があったから、てっきり魔法で浮かせてもってきたと思ってたんだけど。

 王族の付き人といっても、結構原始的なんだな。


 ユーリとドメニコを見送り、私は店の奥へとワンを連れて行った。

 



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




「どうだ、ワンの調子は? 順調か?」

「ああ、うーん。うん」


 木製のテーブルを挟んだ真正面に座っているハビエルがツバと茶色い物体を飛ばしながら問うてきた。

 顔にかかったハビエルの租借物を手の甲でぬぐい、隣の椅子に座るワンの服に擦り付けてみる。


「……」


 無言で私を見上げるワンの瞳は明らかに怒気を含んでいた。

 けれど、決してそれ以上怒りに身をまかせようとはしない。

 最初から感じてはいたけど、ワンってなんか子どもらしくないんだよなあ。

 ユーリだったら絶対に「ナニするんだよお!!! きたねえじゃねーかよーーー!!!」って、大騒ぎだろう、たぶん。


「まあ、最初っからうまくいくなんて、よほどの天才じゃなければ無理だろうよ、なあエル」

「えっ? えっへっへ、そ、そうだよねえ。うんうん、そうかもねえ」


 思わずにやけてしまう私。

 決してハビエルは私のことを褒めているつもりではないんだろうけど、何故か褒め言葉に聞こえちゃうんだよねえ。


「何、気持ち悪い顔で笑ってんだ? 食事中だぞ」

「なっ! そこまで変な顔してないし!」

「ほら、ご飯中に喧嘩しないの、ハビエル。それにエル君」

 

 空になったお皿に何かの肉を炒めた料理を盛るアーシア。ゆらゆらとのぼる湯気の食欲をそそる香ばしい匂いがたまらない。

 ハビエルと言い争っていたのも忘れて、私は一番大きな肉に手を伸ばした。

 ちなみに、この世界はフォークとスプーンが主流らしい。うまく肉に刺さらなくて、箸が恋しくなる。


「あっ、それ一番デカいやつじゃねえか!」

「早い者勝ち早い者勝ち~~」


 私はハビエルより先に、その肉をフォークで突き刺し、口の中にがぶっとほお張った。

 うん、甘じょっぱくて、おいしいっ! 何の肉なんだろう、これっ!


「ねえ、ハビエル。これ何の肉なの?」

「あ? ああ、ヨークって言ってな、ここらでよく採れるらしいんだが。頭がどっちかわからねえ、足も手もねえ、なんか気持ち悪いヤツだな」

「……ふ、ふーん」


 きかなければよかった。


 今日はハビエルの家でお昼ご飯を取ることになった。

 もっぱら、アーシアは料理を作っている。いくら作ってもすぐにハビエルの胃袋の中へと消えてしまうせいで、ずっと調理しっぱなしだ。

 アーシアは一体いつご飯を食べられるのだろうか。


 それより、この後もワンの魔法の特訓になるわけだけど、正直行き詰っている。

 いや、最初からうまくできるわけがないって、さっきハビエルも言っていたんだけど、なんかひっかかるんだよなあ。


「あのさ、ハビエル」

「なんだ?」


 お腹がいっぱいになり、フォークをテーブルに置いた。ハビエルも満足したのか、それ以上食べようとはせず、ゴクゴクと水を飲んでいる。

 アーシアはようやく一息ついたとばかりに、ハビエルの隣の椅子に座り、少しずつ肉を口に運んでいる。

 おつかれさまです、アーシアさんっ!


「ご飯食べ終わったらさ、ワンを少しだけ外に連れて行きたいんだけど、いいかな」

「どこか連れて行きたい場所でもあんのか?」

「うーん。なんていうか、ここだと外野がうるさいというか、集中できないし。あと、気晴らしとここの探索も兼ねてかな?」


 ハビエルは口の中に人差し指をいれ、歯に挟まった肉をとりながら、とろんとした目をしていた。

 なんか、親父臭い。というか、お腹いっぱい食べて眠くなってるな、絶対に……。


「この壁の中だったら、どこへ行ってもいいけどよお。外には絶対に出ないでくれよ? ここに来た意味がなくなっちまうからな」

「うん、わかった。じゃあ、ワン。食べて少し休んだら、外へ行きましょう」


 ワンは何も言わず、こくりと首を立てに一度だけ振った。


「怪我だけはすんなよ。まあ、大丈夫だろうけどよ」

「そんな、遠くにはいかないから」


 少し休んだ後、私はユーリの言っていた伝説の剣とやらがある広場へとワンを連れて行ってみることにした。


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