Never do not know
エルネインには気にしなくてもいいと不問にされてしまったが、それでも仕える者の誇りとしてマァサは一連の事態を洗いざらいクロシュに話し正当な罰を望んだ。聞き終えたクロシュはエルネインの判断に委ねると一度は言ったのだが、それでも引く様子のないマァサに根負けし、半年分の減俸処分を言い渡す。
「謹んでお受けします」
「全く、お前のような頑固者はそう居らぬ」
「このままでは旦那様やお嬢様の顔に泥を塗ることになります。それに侍女を束ねる立場の者として、ご温情に甘えていては示しが付きません」
「まあいい。これからもその調子でエルを頼む。下がれ」
一礼して下がるマァサを見送って、クロシュは背凭れに身を預けた。正直マァサのような存在は有り難いものだ。どうやらマァサにエルネインを任せたのは正解だったらしいとほくそ笑み、目を閉じると暫し物思いに耽る。エルネインの長く傍に居るマァサですら見間違うほど似ているというその女に、考えが確かなら一度接触を試みる必要があるようだ。問題は彼等の居場所だが、あれだけ派手に動けば目立たない筈もなく、王城に滞在していることは既に分かっている。
実の両親がいると知ったら、エルネインはどう思うだろうか。
それだけがクロシュの気がかりだった。
出来るならば協力を惜しまない。
それを皮切りにして少しずつ二人の口から情報を引き出していたレグルスは、柔和な微笑みを崩さないようにするのに苦労した。彼等の言葉が真実であれば、二人が必死に探している人物に該当する人物に一人だけ心当たりがある。エリオスは二人の言動に気を取られて聞こうとしなかったのだろうが、とんでもない事態に発展しつつある現状にレグルスは頭を抱えたくなった。
もし本当であれば、彼女は同じ……。
「レグルス殿?如何されたか」
「いえ、少々頭痛が」
「それは大変だよ。直ぐに横になるといい」
いくら何でもと渋るレグルスを強引に押し切って寝かせると、ネイフィはレグルスの額に人差し指を当てた。指先が淡い光を発すると同時に、レグルスの体内に優しい気が流れてくる。癒やしに特化している力は効果覿面で、強制的に心を上向かされたレグルスは礼を言って起き上がった。
「もう少しゆっくりしていた方がいい」
「大丈夫です。お陰様で楽になりました。早速各地の神殿に知らせをやってみましょう」
人捜しをするならば冠婚葬祭を司る神殿に問い合わせるのが一番手っ取り早い。そのことに気付かなかった夫妻は目から鱗が落ちる思いだった。心強い味方に二人は礼を言う。苦笑と共に受け取ったレグルスは、廊下に出るなり表情を一変させたが、夫妻が気付くことはない。
穏やかな昼下がりを過ごしていたクロシュは、突然乗り込んできた両親と弟夫婦、それに国王である甥の存在に苛立ちを隠そうともしない。五人を快く迎えたエルネインだが、双方の険悪さを前にして明らかに戸惑っていた。未だ結婚をしていないエルネインは一家の問題と判断して席を立とうとしたのだが、全員に揃って止められてしまい、困惑しながらクロシュの隣に腰を下ろす。
「単刀直入に言います。兄上は彼女のことを最初からご存じだったのですね」
「私がエルのことで知らないことなどない」
「茶化すんじゃねぇよ。怒らないから正直に言ってみろ」
「だから知らないことなどないと、言っているでしょう?」
クロシュは言外に知っていると告げているのだ。開き直ってもいるように見えるクロシュに全員呆れていた。
「クロシュ様?」
「大したことではないよ。……それよりも、雁首揃えてやって来た理由がそれだけならどうぞお引き取りを」
エルネインに向ける優しさの一欠片もない。
「義兄上は事の重大さがお分かりでしょう!?どうなさるおつもりなのですか?」
「そうよ。あそこの一族は執念深いから大変よ」
「問題ありません。式は滞りなく進めます」
恋の盲目も極まれりといったところか。付ける薬はなしと早々に諦める大人達とは違い、国王であるエリオスだけは看過出来なかった。
「それでは困ります、伯父上!私は国王として二人の婚姻は認められません」
エリオスの宣言に一番衝撃を受けたのはエルネインだった。ただでさえ白い肌は血の気が引いて蒼くなり、今にも倒れそうになる。クロシュは全員の視線から隠すようにエルネインを腕の中に閉じ込め、敵意を剥き出しの視線でエリオスを睨み付けた。
「わ、私……」
「大丈夫だよ、エル。誰にも邪魔はさせないから」
「違うの。クロシュ様が」
「私は構わない、と言いたいけど、それでも貴方は気に病むのだろうね」
みるみる溢れ出す涙を唇で拭い取りながら、クロシュは赤子をあやすように背中を一定の間隔で優しく叩く。エルネインの痛ましさにエリオスへと全員の非難が注がれるが、エリオスは撤回するつもりもなく黙って耐えていた。ひとしきりエルネインが落ち着いた後、クロシュは全員に少しだけ二人にして欲しいと頼む。
「それは構いませんが……」
「こうなった以上、事情は全て話す。夫妻は王城に居るのだろう?呼んでくれ」
レグルスは兄の頼みを二つ返事で受けた。エリオスはクロシュにもの言いたげな目をしていたが、口にすることはなく母と祖父母と共に別室へ移動していく。




