Black and White
解決編。少し長めです。
九つの月は一度姿を隠し、今は再び空に存在を主張している。
一昼夜踊り続けている者もいれば、脇で舟を漕いでいる者もいる。一番大変なのは休む間もない楽士達で、曲によっては休みながらも殆ど気力だけで音楽を奏でていた。昨晩から姿を消していた国王が大広間に戻ったことで、それぞれに安堵が浮かぶ。半分眠っていた指揮者は背筋を伸ばし、奏者達は睡魔に負けた同僚を気合で叩き起こす。
「存分に楽しんでいただけたようだな、皆の者。これにて閉場するとしよう。『終演の輪舞曲』!」
舞踏会最後に奏でられる曲が会場内を流れ出す。一番最初に踊り出すのは国王で、一度目の旋律を終えたら周囲が参加するのを許されるのだ。
己のパートナーの手を引き、場を空ける為に大広間の壁際へと向かう。誰が最初に気付いたのだろうか、国王が手を引く相手が国王の姉弟の誰かでは無く見知らぬ少女であったことに。一人また一人がそれに気付き、はっと息を呑む。
国王と並んだ姿はまるで対のよう。
国王を黒とするなら少女は白。衣装の対比も相まって、綺麗なシンメトリーだった。少女を例えるならば大輪の花では無く可憐な花。決して華美では無いが目を惹かれずにはいられない存在感。それでいて黒に寄り添う様は違和感なく、混ざることは無いが反発することもない、まるで空に浮かぶ月だ。
参加者達の驚きを他所に、少女は国王に合わせてステップを踏んでいく。体重を感じさせない軽やかな動きは誰の目から見ても洗練されており、リードしているエリオスも意外な思いで踊っていた。
「驚いたな。貴方がこれ程踊れるとは思わなかった」
「毎日必死で練習した甲斐がありましたね」
費やされた時間を聞けばエリオスはきっと驚くに違いない。少なくともエルネインの今の動きを納得せざる逐えないだろう。ちょっと体力のある人間では済まされないような猛練習ぶりである。
驚愕醒めやらぬ参加者達であったが、程なく一度目の旋律が終わろうとしていることに気付いて、それぞれは漸く動き出す。少女が一体何者か気になるところではあるが、それは間もなく知れることになった。
この輪舞曲は普通一度踊り始めたパートナーを最後まで変えることはないのだが、今回はその限りではなかった。一度目の旋律を終えて二度目の旋律に入る前に流される間奏で、国王は傍に立っていた大公の手に少女の手を委ねたのだ。それはあまりにも自然で、同時に欠けた最後のピースが嵌まったようにすとんと胸に収まった。
先程は国王と少女を綺麗なシンメトリーと称したが、こちらは更に”完璧な”と付け加えねばなるまい。少女の衣装は大公の衣装と明らかに揃いのもの。少女の髪を飾る黒いリボンは大公の袖口を飾る白いレースと意匠が同じである。それは他の部分も同様で、細かな刺繍の模様一つ一つが互いの衣装に必ず使われていた。その意味するところは大公が少女にドレスを贈ったという事実に他ならず、必然この少女こそが噂の”人間の女”だと嫌でも認識させられる。
けれどもそれ以上に彼等の心を抉ったのは、知らなかったとはいえ無意識のうちに少女を認めていたことだ。完璧な一対だと称した時点で、大公に寄り添う少女を対等に見てしまっていたのだから。大公が終ぞ見たことのない熱を帯びた目で少女を見ていたことも、少女がそんな大公へ優しく微笑みかけていたことも、当然だとその事実を受け入れていた自分が許せない。
複雑な周囲の心内を知ってか知らずか、大公は少女と鮮やかに踊ってみせる。心なしか通常より二人の距離が近いのは、それが二人にとっての距離だからなのか、少女の表情も先程よりも遙かに柔らかい。踊りの最中に大公が紡ぐ言葉の数々はこちらを赤面させるものであり、それに答える少女も胸焼けさせるには十分だった。
曲が奏で終わる頃には、自分達が入る余地もないほど二人が深く愛し合っているのを知り、大半の参加者は自分達の敗北を潔く認めていたが、往生際の悪い者もいた。エルレイン誘拐を企てた者達である。クロシュに付けた自分の娘達は、一度会場を出て以来戻ってくることはなく、攫った筈の人間の女がクロシュと踊っているだけでも到底許せないのに、踊り終える頃にはあろう事か素晴らしい踊りを見せてくれた二人に対して拍手する裏切り者もいる。
「何と穢らわしい『終演の輪舞曲』だ!」
「人間如きが高尚なる我らの踊りを穢するとは許されざる行為よ」
「閣下を誑かしたふしだらな女など摘まみ出してしまえ!」
「ほう?私を愚弄するのは誰だ?」
決して大きくはない声が、その場を一瞬で支配する。クロシュの近くに居た者達は震える足で一歩二歩と距離を取り、暴言を吐いた者達の周囲に居た者達も関わりたくないとばかりに距離を空ける。結果として犯人は直ぐに分かった。クロシュが動けば人混みも割れる。そうしてエルネインを伴ったままやって来たクロシュは、三人の前に立ち止まる。
「久しいな、お前達。息災であったか?」
「お久しゅう御座います、閣下。おかげさまでこの通り、今生陛下に誠心誠意お仕えしております」
「そうか。……何か申し開きがあれば言うが良い」
一瞬緩んだかに見えた空気がぴんと張り詰める。凍てついた瞳は嘗ての王を知る彼等にとって見慣れたものだった。
「恐れながら申し上げます!」
声を発しながら、何時まで経ってもクロシュの前では緊張する自分に気付いた。
「御身は尊きと閣下は真に理解しておられるのでしょうか?そこな人間の女にうつつを抜かし、我らを蔑ろにする現状を如何お思いか」
「我々が願うは国の繁栄。どうかそのことをご留意いただきたいのです」
「一時の感情に流されているのではありませぬか?」
蔑視を隠しもしない三対の瞳がエルネインを射貫く。正面から受け止めたエルネインはだが、毅然と顔を上げたまま俯いたりはしなかった。そんなエルネインをクロシュは愛おしげに見つめ、表情を戻す。
「お前達の尊いとは何だ?」
「はっ?」
「私が竜であるからか。それとも私が前王であるからか?」
「両方に御座います」
間髪入れずに答える大臣。
「そしてお前達の言う尊き我が身とお前達が釣り合うとでも?」
「滅相もない。我が身とは比較にならぬほど、御身は尊きものに御座います」
「であれば、此度のお前達の所業は何とする?お前達の娘達は”穢らわしき”身体で私を”穢そう”としたのだぞ」
「それは……」
「娘達の行いは独断によるもの!閣下をご不快にさせるつもりは無かったのです」
「あれらを娘とは最早思いませぬ。どうぞ閣下のご随意になさいませ」
自分達で命じておきながら、娘を捨ててまで保身に走ろうとする大臣を周囲は冷ややかな眼差しで見ていた。この時点で彼等は見捨てられたに等しい。
「……見苦しいな」
「閣下?」
「己の責任を子に押しつける。確かにお前達は”穢らわしい”のだろう。人間の身であるエルネインの方が遙かに美しい」
「なっ!」
「我らを侮辱されるおつもりか!」
「黙れ、人間の子よ」
大臣達は唇を噛み締めた。純粋な竜であるクロシュからすれば、”人間”を侮蔑する彼等もまた”人間”の子なのだから。
「親を貶め、自らを蔑み、子を思わぬお前達は人間以下の生き物だ。お前達は人間を蔑んでいるが、その腹から生まれたお前達もまた人間の子であると忘れてはならぬ」
広間中の竜人達は、心の何処かで人間を見下していた己を恥じた。人間がいなければ自分達もこの場には居ないのだ。漸くそのことに気付かされる。
二人の大臣達も周囲と同様に己の間違った認識に気付いたようで、握りしめていた手の力を抜いて俯いたが、一番年長になる大臣だけは違った。首を横に振り、理解出来ないことを示す。
「貴方様は狂っておられる……。人間に誑かされたのだと何故お分かりいただけぬ……?」
ふらりとクロシュの元へ足を踏み出す。
「貴様が!貴様が閣下を誑かしたのだ!穢らわしい人間の女よ!」
憎悪を宿した目がエルネインに向く。排除しようと伸びた手が迫る。けれども大臣の手がエルネインに触れることは無かった。それどころか自らの手が放物線を描いて宙を飛んでいく。
「エルに触れるな」
冷酷な彼の王の声が聞こえた気がした。
事態の収拾を悟った兵士達が三人の大臣達を引っ捕らえていく。こうして一連の騒動は一応の終結をみた。




