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エリオスは唖然とした。国王である自分を前にして、真っ向から否定してみせるエルネインは、エリオスにとって理解し難いものだ。怒りを通り越して興味を覚える。
「そなたは面白いな」
「今のお話の中で、何処に面白いお話があったでしょうか?」
誰もが冗談かと思ったが、エルネインを見るに本気で言っているらしい。どうも調子が狂って仕方が無い。
「私はそなた自身が面白いと言ったのだ」
「そうでしたか」
「そなた本当に理解しておるのか?」
「何をですか?」
「私が面白いと言ったのは、そなたに興味があると同意義語だ。そこは、光栄に思いますと答えるのが正しい」
「分かりました。面白いは興味があると同意義語なのですね」
「あ、ああ。分かれば良いのだ」
絶対に理解していないと思ったのはエリオスだけでは無いのだろう。特にシグルスは、似たような会話を何処かで聞いたような気がして、記憶を走査する為に考え込む。
お茶で乾いた口を湿らせたエリオスは、言おうか言うまいか悩んだ末に、席に着いてからこれまで一度も視線を逸らさぬエルネインと目を合わせた。
「そなたは私が怖く無いのか?」
「いいえ」
即答だった。
「何故だ。私が叩くだけでそなたは大怪我を負うのかもしれぬぞ」
大抵の者は、この問に対してエルネインと同じように否定する。だが、瞳の奥には隠しきれぬ揺らぎがあって、本能で恐れているのだろう、それも仕方の無いことと諦めてもいた。けれどこちらを見透かすような銀の瞳には全く偽りが見えず、それがエリオスの心に波紋を呼ぶ。
「陛下の仰る通りです。けれども、私は陛下にも心があるのを知っています。確かに陛下がそこへ傷付ける意思を持って振るえば、傷付くのでしょう。ですが反対に安らぎを与えようとすれば?それはちゃんと相手に伝わります。それは人間も同じこと。心の有り様で力が左右されるのは、人間も竜も変わりません」
「……そうか。我らもまた人と同じか」
不思議とエルネインの言葉はエリオスの胸に素直に届いた。大臣達の議論をせせら笑っていた自分こそ、人間と竜という種別に最も拘っていたのではないか。
「……礼を言う、エルネイン。真に囚われて居たのは私だったようだ」
「?解放されたなら何よりです」
絶対に理解していなさそうなエルネインの様子に、何処か吹っ切れたようで、エリオスの表情は晴れやかだった。二人の親は、若くして王位を継いだ為か、年を経るごとに偽りを浮かべることが増えた息子を心配していたのだが、久しぶりに見ることが出来た息子の本当の笑顔にそっと胸をなで下ろす。
エルネインの言葉には嘘が無い。だからこそ、素直な言葉が胸を打つのだ。クロシュがエルネインを選んだ理由が少しだけ分かってしまった。
「褒美に一つ、そなたを招待してやろう。月九つが揃う夜に城で私の生誕100年を祝う祝賀会がある。私のパートナーにそなたを指名してやろう」
「エリオス!それは……」
「問題は無い。伯父上の妻になる者ならば私の”家族”だ」
妻を持たないエリオスがパートナーに選ぶのは家族だけ。それの意味するところは、自分の家族としてエルネインを受け入れた証拠に他ならない。
「実際は祝賀会とは名ばかりの、伯父上の見合いの場でもあるのだが、どうだ?」
臣下達の不満を受け入れる形で祝賀会を企画したエリオスは、当初彼等の思惑に口を挟むつもりは全くなかった。あのクロシュが易々と大臣達の言いなりになるとは思えないし、エルネインという人間の女に重きを置いていなかったからでもある。だが、こうして言葉を交わしエルネインを気に入ったことで、考えが変わった。寿命の遙かに長い竜にとって人間の一生など瞬きのようなもの。それくらいの時間を費やすのも悪くないと思ってしまったのだ。エルネインさえ死んでしまえば、また機会は幾らでもあるのだから、今ここでクロシュを怒らせるよりも時間を置いて打診するのが一番の近道だと何故大臣達は気付かないのだろう。
「……クロシュ様はやはり、他の女性を迎えるのでしょうか?」
「さてな。そなたの方が伯父上をよく知っておるのだろう?」
からかうような物言いにエルネインは口を尖らせる。子供っぽい仕草に、エリオスは吹き出すのを堪えなければならなかった。エルネインが眉間に皺を寄せて考え込む間、エリオスは楽しくなりそうな予感に口角を上げる。
「決めました!その招待、謹んで承ります」
「うむ。詳細は折って伝えるとしよう」
それが合図となり、お茶会はお開きとなった。
エルネインとシグルスが居なくなった後。人払いをした上で、親子の二人は暫しお茶を楽しんでいた。
「驚いたわ。本当にあの子の事が気に入ったのね」
「義姉上と呼んでいいくらいには」
息子がエルネインを家族として迎え入れた事にレラインは驚いていた。エリオスの世界は血の繋がった家族と他人に別れていて、決して他人に心を開く事は無かったのだ。それは悪い事では無い。レライン達の立場にもなると、大半の者達が見るのは肩書きで彼等の内面など見もされなくなる。それもまた必要な事だが、心までは偽る事は出来ない。期待しては裏切られ、やがて期待は諦めに変わり、最後は同族だけが理解者となってしまう。
今でこそ竜は竜と番うべしと暗黙の了解になっているが、真実は違う。竜でも人を愛する事がある。けれども両者の種族に立ちはだかる時間という壁は想像以上に大きかった。竜はある程度の成長を見せてしまうと、その後の老いはかなり緩やかだ。しかし、人間はその間に生まれ、成長し、老い、死んでしまう。美しい内はまだ良いだろう、やがて容姿が衰えてくるといつまでも変わる事のない伴侶に嫉妬し絶望し、自我を保てなくなる。愛する伴侶が自分のせいで狂っていくのを見せられれば、心に深い傷を負うのは竜もまた同じ事。そういったことを繰り返す内に、親は子に自分と同じ思いはさせまいと、多少強引にでも同族と、若しくは同族には劣るが人間よりは長く生きる竜人と婚姻を結ばせるようになった。
「クロシュ様はきっと愛していらっしゃるのでしょうね」
竜の愛は人間が想像するよりもずっと深く、ともすれば狂っている。
羨ましいと純粋に思える。竜が愛を知るのは本当に一握りだけ、特別なものなのだ。
「母上は父上を愛していらっしゃらないのですか?」
「あら、貴方が聞くのは珍しいわね」
「いえ。一応参考にと」
素直になれない息子に小さく笑い、そうね、と考える。レラインとシグルスもまた、親の決めた婚姻で結ばれた仲だ。レラインは黄の国の竜で、翼も黒ではなく太陽の光のような淡い黄色だ。
「生涯の伴侶とするくらいには想っているけれど、貴方の言う愛では無いのでしょうね」
レラインが抱く感情は確かに愛には違いないのだが、狂おしいまでの感情を秘めた一生ものの”愛”ではない。そうであれば、シグルスが愛妾達を囲うのを許さなかっただろうし、ましてやシグルスが愛してやまない寵姫など嫉妬で殺していただろう。
「私も伯父上のようになれるでしょうか?」
「それを決めるのは貴方自身よ。私は別にシグのような生き方を軽蔑しないわ。周囲の意見を聞くのも王の務めではあるけれど、心だけは自分のものなのだから」
クロシュは自分の心に従い、シグルスは臣下の心に従った。どちらも悪くは無いし正しくも無い。選択するのは自分なのだから。
やっと終わった…。




