Tea party
王城まで送り届ける所までは許されているが、それ以上はクロシュと言えども進めない。別れる間の充電とばかりに馬車の中でも、そして馬車が止まってもエルネインを抱いて放さなかったクロシュは、兵士達の見ている前で熱烈な口付けを交わし、エルネインの姿が王城へ消えていって漸く城を後にした。邸に帰るまでの短い距離の中でも何度後悔したか数え切れない。
そんなクロシュの想いを他所に、エルネインは以前出会った時に紹介されたクロシュの弟、シグルスにエスコートされていた。
「お元気そうで何よりです。あの時も可憐でしたが、今はまるで咲き誇るエリネの花のようだ」
事実、クロシュによって選ばれた衣装や装飾品、果ては髪飾りまで、どれもがエルネインの美しさを上手に引き立てている。日に焼けようとも損なわれない白さを生かして、化粧はほんの僅かに施されているだけだが、それで十分だった。
「有り難う御座います。これも皆のお陰です」
「控え目なところも良いですね。……ですが謙遜も過ぎれば嫌味と捉ねかねませんのでお気をつけて」
「……ご忠告、痛み入ります」
「さて、ここで陛下はお待ちです。と言っても、兄上の婚約者である貴方と二人きりにはさせませんからご心配なく」
クロシュに似て、シグルスも同じく心遣いの細やかな人のようだ。お礼を言って室内に足を踏み入れる。柔らかな日射しを身体全体で受け止めながら、エルネインはマァサと散々練習したお辞儀を披露した。全神経を集中させながら、国王の返事を待つ。
「付け焼き刃にしては上手いな。良い、許す。面を上げよ」
許可を出されても直ぐに頭を上げてはいけない。心の中で二拍数えてから、ゆっくりと上体を起こした。二人分の感嘆がエルネインの耳に届く。
「成る程、伯父上に劣らぬ美貌だな」
「可愛らしい御方だわ。さあ、此方へいらして。シグ」
「仰せの通りに。……お手をどうぞ、お嬢さん」
面倒ではあるが、王城ではエスコートなしに女が動くことは許されない。基本は兄弟や夫に手を引いて貰い、場合によっては最も近場にいる男が手を引く場合もある。テーブルの少し前で立ち止まったエルネインは、もう一度腰を折った。
「改めまして、本日はご招待いただき有り難う御座います。エルネイン・ロスェーナと申します」
「知っている」
「こら、女性に対してそんな態度では駄目よ。……私はシグルスの妻、レラインよ。よろしくね」
国王の手を借りた女性は、エルネインへと礼を返した。
「俺はライカン国王エリオスだ」
これで漸く互いの名を呼ぶことを許される。とは言え、竜や竜人にはもっと長い名前があり、その名を明かすのは伴侶と家族だけなのだ。
席に着いた四人の前に、薫り高いお茶を注がれたティーカップが置かれる。
「エルネイン。そなたが何処のものか当ててみよ」
「……ハルツ産のハシュベリーフです、陛下。しかもこれは今年採れたばかりの希少なファーストティーですわ」
「ほう?人間にしてはやるではないか」
「お褒めいただき、恐縮です」
当てが外れたのか、ふんと鼻を鳴らすエリオスをレラインが窘める。口には出さなかったが、レラインの親しげな様子に違和感を憶えた。
「なんだ?私に何か言いたそうだが」
「いえ、レライン様と随分親しげでしたので」
「当然であろう。レラインは我が母だ」
辛うじて驚きを音にすることは無かったが、逆に今度はレライン達が驚いたようだ。エリオスだけが呆れている。
「そなたは何も知らぬのか?そこのシグルスが我が父で、クロシュは我が伯父にあたるのだぞ」
「ええ?!では、クロシュ様は竜人では無かったのですか?」
「な!伯父上を愚弄するのか、人間よ!」
怒りのままにエリオスがエルネインへと手を上げる。竜人と人間とは力が圧倒的に違うのだ。まして相手が竜であるなら尚更、彼等にとっては軽めに叩いたとしても、人間であるエルネインに与えれば骨の2本や3本を覚悟する必要がある。衝撃に目を瞑って備えたエルネインだが、それよりも早く、シグルスがエリオスの手を掴んだ。
「放せ、父上!伯父上を愚弄されたのだぞ」
「落ち着きなさいエリオス。エルネイン嬢は、本当に何も知らされていないんですよ」
「……何?」
少しだけエリオスの力が弱まる。
「エルネイン嬢。貴方は僕がエリオスの父だと知っていましたか?」
「いいえ」
「では、兄上が竜であることは?」
「……いいえ」
少しの間があったのは認めたくなかったからなのか。隠しきれない動揺がエルネインの瞳を揺らす。頭の冷えたエリオスは腕の力を抜いた。それに気付いたのだろう、シグルスは非礼を詫びて席に着く。
「呆れた。そなたは伯父上何も知らぬのだな」
「いいえ」
「何だと?」
「私はクロシュ様の外面こそ知りませぬが内面は知っているつもりです」
「ほう?ならば、私にそなたの知る伯父上を教えてみろ」
「分かりました」
エルネインは語る。彼女から見たクロシュのことを。それは彼等の知るクロシュとは遙かにかけ離れた姿で、唯一シグルスだけがその一端が事実だと知っていた。
「馬鹿な!伯父上はそんなことを為さらぬ」
「何故そう言い切れるのですか?」
「何?」
「陛下がご存知ないだけかもしれません。少なくとも陛下が私の言葉を否定する理由にはならないでしょう」




