Invitation from the King
「今日も大公閣下からの連絡は無し……如何致しましょうか陛下」
「陛下は閣下にお優しすぎる。ここは強引に召還されては?」
「早まるな!下手に閣下の機嫌を損ねると、被害に遭うのはこちらだぞ」
ここ数日、朝議の最後の議題に上るのは、王城への出仕をしない大公をどうやって呼び出すか、だった。机を囲む者達の大半は、未だ先の国王の恐ろしさを忘れてはおらず、どうしても慎重にならざる終えない。
「聞けば人間の小娘に骨抜きとか」
「嘆かわしい。竜王ともあろう御方がたかが人間に」
「しーっ!不用意な発言は控えるべきですぞ」
ここに居る誰もが人間を見下していることは一目瞭然だった。自分達も元を正せば人間の血を持つのに、そのことは棚に上げて。
玉座より見下ろしていた国王エリオスは、つまらなさそうに欠伸を零す。彼等は自分達の食卓にあがる食材が何処から手に入れているのか分かっているのだろうか?いや、分かっていないからこそ見下せるのだろう。真の竜であるエリオスにとっては竜人とて人と大差ない。多少翼が生える程度のことで威張っているようだが、それが何なのだろう。伯父の時代から仕えている大臣達だが、そろそろ首の替え時かもしれないと本気で考える。人は一度権力の味を占めてしまえば、それに固執するばかりで本来の役目を忘れてしまう。彼等も若かりし頃は、民を豊かにしたいという高尚な目的を持っていたはずだが、老いと共にそれらも忘れ去っていったようだった。
「陛下はどう思われますかな?」
大臣でも纏め役の男が、玉座に向けて問う。いつもは一瞥して退出していくエリオスだったが、今日は違った。
「別に大公の相手など誰でも構わぬ。人間であればそなたらと同じ竜人が産まれるだけのこと。ならば竜人の妻を与えたところで結果は変わらぬ。竜は竜にしか産めぬのだからな」
「その通りでございます。ですが、陛下。竜と竜人の子は竜と人間の子に比べ、遙かに強い力を持つ子が生まれやすいのも事実で御座いまする」
「回りくどい言い方であるな、大臣。正直に申すが言い。竜と人間の婚姻など認めぬ、とな」
「我らとて人の子。婚姻を認めぬわけではありませぬ」
「ならば人間との婚姻を許してやるから竜人とも番えとそう言うか。成る程、では大公にその旨、私から告げておこう。敬愛する大公の為だ、とびきりの相手を用意せねばな」
エリオスの楽しげな表情に、ぞくりと底知れぬ何かが背中を撫でる。無意識に吹き出る汗が、顎を伝い地面を濡らす。国王の高笑いが完全に消え去るまで、大臣達は動くことを許されなかった。
「私への招待状?」
渡したクロシュは、苦虫を噛み潰したような表情をしながら頷いた。宛名を見れば確かにエルネイン・ロスェーナと書かれており、既に封を切られた手紙を目で追っていく。
「エリオス……国王からの招待状です。嫌だったら断っても構わない」
むしろ断ってくれ。その願いも虚しく、エルネインが頷くことは無い。
「こくお、陛下からの招待は受けなければ無礼に当たるのよね?だったら行くわ」
「貴方は私の妻になるのですから、国王に対しても無礼で構いませんよ」
「嘘ですから信じてはなりません」
「マァサ!邪魔をするな!」
「いいえ、言わせていただきます。国王陛下から直々に招待されるのはたいへん名誉なことなのです。ひいてはお嬢様を認めさせる絶好の機会ですわ!」
クロシュが人間の娘に想いを寄せている事は知れ渡っている。それに付随する嫌がらせも日々増えている状況だ。エルネインは気付いていないが、邸への侵入も一度や二度では無い。
「私は誰に認められずとも良い!」
「それはお嬢様に仰ってくださいませ」
ぴしゃりと撥ね除けたマァサは、エルネインを前に押し出した。口にしたことは本音だったが、エルネインを見れば何も言えなくなる。
「エル。私は……」
「クロシュ様は良くても私はやっぱり皆さんに認められたいわ。負けたくないの」
譲れない意志を持った黒と銀の瞳が交錯する。先に折れたのは……クロシュだった。
「分かった。エルの好きにすれば良い」
「ありがとう!」
「但し!辛いと思ったら直ぐに戻ってくること。別にここに住んでいる必要はないんだから、また二人であの家で暮らせば良い」
きょとんとしていたエルネインだが、言葉を理解する内に胸が熱くなる。早くも泣いてしまいそうになるのを堪え、にこりと微笑む。
「……ありがとう」
「エル!」
感極まって、欲望のままにエルネインを抱きしめる。マァサ達の前だということも忘れて何度も口付けを落とし、勢いのまま押し倒したところで漸くギルシュが止めに入った。これが最近の大公邸の日常だった。




